子は宝です。
高炉は急ピッチで建造されている。
思っていたよりデカいので、ポカーンと口を開けて見物。
そりゃあ、地下の閉鎖空間でこんな巨大装置を燃焼させるなら、風は絶対必要だろうな。
「どうじゃトビタ君。
ニヴルも中々やるじゃろう。」
『あ、最長老お疲れ様です。
いや、マジで驚きました。
誇張抜きで、技術と叡智の民ですね。』
「ふふふ。
こんなモンで驚いてたら産業用トロッコを見て腰を抜かすぞ。」
どうやら風魔石(極)が手に入ったことにより、ニヴルは三大氏族を越える技術水準を身に着けつつあるらしい。
それが皆の上機嫌の理由。
しかも魔界トンネル内で温泉や大銅鉱を掘り当てる事にも成功した。
「いやぁ、良い事は重なるものじゃの(笑)」
最長老達は功労者達に気前良く恩賞を配り始めている。
俺やエヴァも金貨やら配給切符やらを貰った。
「あー、そうそう。
赤ん坊が生まれるなら、これも必要だろう。
曾孫のお下がりで恐縮だけど、ワシからの気持ち。」
そして最長老からベビーベッドも贈られた。
…これは、生まれてくるハーフドワーフを最長老の家門が庇護してくれるという意味だろうか?
バルンガの書生とこっそり意図を詮索するも図り兼ねたので、無邪気に喜ぶことにした。
そういうポーズを取っていれば、多少は可愛気を感じてくれるやも知れんからな。
ベビーベッドかぁ。
地球で3人生まれるからな。
用意しなければならない。
いや、もう村上翁が万事を整えてくれたかもだな。
地球は…
出産に立ち合うだけでも構わないかもな。
何せ異世界が激動だからね、仕方ないね。
「いやあ、それにしても生活が軌道に載って来たわい。」
『後方の魔界方面は完全に安定しましたものね。
盆地も入植希望者が増えてるみたいですし。』
「前方のバリバリ峡谷も落ち着きそうだしの。」
つい先程、最長老から聞いた話だが、ウィリアム王子から安堵状が届いた。
バリバリ峡谷に出現した千町農地の所有権がニヴルにあると正式に認める書状。
傭兵契約に関しても王国時代の倍額を提示して来た上に、締結すれば元居住地への再移住を認めるとのこと。
『気前の良い人ですね。』
「自国を南下して来る際、あちこちで徴発したらしいからの。
嘘か真か、峡谷に10万石の兵糧庫を構えたらしいぞ。
味方をした勢力には義援米をプレゼントするそうじゃ。」
『へー、凄いっすね。』
「あー、ワシもコメを腹一杯食いてーな(笑)」
『分かります!
白米に魚醤や漬物を振って、塩気だけでガツガツ掻き込みたいです。』
「飯テロやめーや(笑)」
『「あっはっはっは。」』
最長老と笑い合っていると哨戒班から速報。
どうやらピエール王子が記者団に対して千町農地の所有権を主張する声明を発表した模様。
ここからはデサンタ達による補足情報だが、「ニヴル族の所有権を認めないのか?」との従軍記者団の質問に対してNOと断言したとのこと。
『じゃあ最長老。
ちょっくら坑道に潜って来ます。』
「あっそ。
例によってワシは知らぬ存ぜぬだから。」
『ええ。
単に数日坑道の奥でのんびりしておきます。』
「また死体が増えるのー。
いやー、暴力って本当に嫌じゃよなー(笑)」
『最長老も昔は坑道に潜りっ放しだったってロキ先生が言ってましたよ。』
「ったく。
あの先輩は余計な事ばっかりペラペラと…」
そんな会話を交わして最長老と別れる。
バルンガ庵でボロ着に着替えて、顔には中本から貰った絵の具をペタペタと塗る。
深夜になるのを待ってワープ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は障碍者だ。
手と足が完全にイカれてしまった。
狼やらチャコちゃん警察やらに襲撃されたので仕方ない。
問題は肢体が不自由なので立ち姿のシルエットだけで特定されてしまうこと。
何度か姿見を見たが異様な立ち姿である。
下手をすれば影を見られただけで正体が露見し兼ねない。
なのでワープは匍匐前進の体勢で進む。
星明かりを頼りに地面にへばり付き、伏せたままで皆の死角をワープ。
一瞬で王国陣営に辿り着く。
ゲートには難民らしき者が晒し首にされていた。
暗いので立て札は読めないが、どうやら独立宣言の首謀者的存在と思われたらしい。
兵糧庫はすぐに分かった。
1番警備が厳重な簡易砦。
周囲に逆茂木と鳴子がびっしりと敷き詰められている。
『…ワープ。』
口の中でこっそり唱えて屋根上に飛ぶ。
そして屋根の隙間から兵糧庫の中を覗く。
当たり前だが中は真っ暗。
月明かりを頼りに何とか視認して中へ着地。
『…。』
10万石は誇張ではなかったらしい。
そこには巨大な米俵が無数に敷き詰められていた。
異世界の米俵は日本のそれとは異なり一俵で一石。
(日本人に比べて異世界人の膂力が強いことが理由か?)
見た感じ10万俵あっても不思議ではないレベルの超山積み。
どれだけの村々から奪ったのか見当も付かない。
ウィリアム王子は膨大な保有兵糧をカードに地方軍を吸収しそれを編成しながら南下して来たらしい。
故に彼の軍は極めて精強。
まぁ、そんな事はどうでも良い。
俺は灰色鉄鉱山内の氏族倉庫に米俵ごとワープして懇意の倉庫番を探す。
『イェールさーん!』
「おお、トビタか!
バルンガさんから聞いてるぞ!
ここより奥の区画はオマエが丸々使っていい!」
『あざす!』
短く礼を述べると、すぐに王国軍兵糧庫に戻る。
『ワープ!』
そして再び氏族倉庫に。
俵が崩れるのが怖いので、ぴっちりと組むことにする。
『ワープ、ワープ、ワープ、ワープ、ワープ!』
よし、要領は掴んだ!
『ワープ! (×10)』
『ワープ! (×100)』
『ワープ! (×1000)』
一見、猛烈に仕事をしているようにも思えるが、使っているのは口先だけ。
顎が疲れて来たので、あまり口を動かさずに済む発音方法を考案する。
『ワープ(モゴモゴ)。』
よし!
顎が疲れない!
『ワープ! (モゴモゴ×10)』
『ワープ! (モゴモゴ×100)』
『ワープ! (モゴモゴ×1000)』
かなりの量を運んだのだが、殆ど減ってない。
ウィリアム王子、徴発し過ぎだろ。
こんなに奪ったら、そりゃあ難民にもなるわ。
『参ったなー。』
あまりに減らない米俵を持て余す。
もう数千石盗んだから十分かな。
いや、兵糧なんて多いに越した事はないので、もう少し頂戴しよう。
『しかしなー。
一俵ずつ盗んだところで…』
呟き掛けて黙る。
これ500俵ずつ敷布に乗ってるんだよな?
一旦氏族倉庫に戻る。
『イェールさん。
後、何俵くらい行けそうですか?』
「えー、さっきので終わりじゃないのー?
積み替えスペースも必要だから、これ以上は困るぞ。」
『あっ、そっか。
倉庫ってパンパンにしたら出し入れが出来なくなるから駄目なんですよね。』
「大体、一俵でも場所取るんだから、もう少し広い場所に持ち込んでくれよ。」
『すみません。
配慮が足りませんでした。』
この氏族倉庫より拾い収納スペースとかあったかな?
少し考え込んでから盆地に飛ぶ。
『うーん、口に入るものを野晒しにするのは抵抗あるんだけどな。』
ロキ爺さんが干し肉を片手に晩酌していたので訪問。
「おーう、トビタ少年か!
こんな時間にどうした?
まあ、呑め呑め。」
『あのー、養豚場予定地を使わせて貰う事は出来ませんか?』
ロキ爺さんが養豚場建造の為に、草刈りを張り切っていたのは知っていた。
先程、横目で確認したが綺麗に整地されていて素晴らしかった。
「えー、やだよー。
今週中には子豚を入れたいもん。
折角魔界から豚を輸入するんだぞ…」
聞けば魔界でも養豚は盛んらしく、特にゴブリンが作ったベーコンは上質で人気とのこと。
異世界に来て1番の衝撃。
『米俵を置かせて欲しいんですよ。
ロキ先生もコメが食べたいって言ってたじゃないですか。』
「えー、食べるのは好きだけど、スペース取られるのは嫌じゃなー。」
『まあまあ、共同手柄って事にしますから(笑)』
「えー、不穏分子2人が連名って、それ絶対にセット粛清フラグじゃーん(笑)」
『「あっはっは!」』
さっき貰った配給食を譲ることで妥協させる。
この老人は口では文句ばかりだが、いざ仕事が始まると誰よりも精勤するので信用出来るのだ。
『ワープ! (500俵)』
「おいおーい、そこに水飲み場を作る予定じゃったんだぞ。」
『ワープ! (500俵×10)』
「おいおーい、そこは豚舎を建てる予定なんじゃがなー。」
『ワープ! (500俵×100)』
「おいおーい、予定地を占領するのやめーや。」
『ワープ! (500俵×1000)』
「おいおーい、予定地を包囲するように置くなよー。」
『ワープ! (500俵×10000)』
「おいおーい、誰かこの小僧にツッコめや。」
気が付くと、とっくに朝が来ていた。
ルーチンにも慣れて来たので100万石でも盗む自信があったが、王国兵糧庫が空になってしまったので作戦終了。
『ふわー、眠っ。
んじゃロキ先生。
帰って寝ますわ。』
「おいおーい、キミの所為でワシの寝るスペース無くなったんだけど?
え、何?
息子に縁を切られたワシを放置して、キミは新婚家庭に帰るの?」
『いやいや、もうすぐ産まれますし。
子は宝です。
勘弁して下さいよ。』
だが、ロキがゴネるので2人で盆地仮眠所に行って、馬乳酒を飲んでからゴザで寝た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何だかんだで10万石ワープは過酷だったのだろう。
目が覚めると既に夕刻になっており、俺の顎は筋肉痛になっていた、モゴモゴ。
「ちょ!待てや!
何でワシの土地が備蓄庫になるんじゃ!
ざけんな、殺すぞ!」
「まぁまぁ。
ワシとパイセンの仲じゃないっすかー。」
表ではロキと最長老が盃片手に激論している。
どうやら、養豚場の建設許可が一方的に取り消され、兵糧の周りを屋根で囲って備蓄庫にしてしまう事になったらしい。
そりゃあね、ワープ使いの俺でも10万石の輸送は(顎が)疲労困憊だからね。
幾らドワーフでも、あれを動かす気にはなれないよね。
『ロキ先生、怒ってます?』
「うがーっ!!」
『ヒエッ!
スミマセンスミマセン!』
「ワシの老後設計を壊しやがって!」
これ以上ヘイト値を上げたくないので、1等地の坑道を贈呈する約束をしてから逃げる。
まあな、予定潰されたら怒るよな。
たかだか養豚場でもアレだけ怒り狂うのである。
10万石を喪失したウィリアム王子はどんな気分だろう。
「トビタッ!
状況が動いたぞッ!」
『親方ッ、座標ッ!』
「10時の方向、距離2万ッ!
VIP車両1に護衛の騎兵は1個中隊!」
『あざすッ、ワープ!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
8回のワープで高速疾走するウィリアムの馬車を視界に収める。
まさかの黄金塗りである。
ガルドの報告では1個中隊に護られているという話だったが、どれだけ周囲を見ても100騎に満たない。
恐らくは信頼出来る馬廻りだけを連れているのだろう。
進路は王国方面。
どうやら居城に逃げ帰る途中らしい。
そりゃあね。
突然兵糧が無くなったら撤退せざるを得ないよね。
『ワープ。』
車窓から垣間見えた車内に飛ぶ。
突然斬り掛かられる事も覚悟して車内に突入したのだが、狭い空間。
あ、そうか。
VIP馬車にはトイレまで完備されてるんだ。
記念に用便しようか真剣に悩むが自粛。
流石にそれは士道不覚悟である。
「誰だっ!
誰が裏切った!」
突然怒鳴り声が聞こえたので思わず身をすくめる。
どうやらウィリアム王子が怒り狂っているらしい。
そりゃあね、10万石が紛失したら怒りもするよね。
王子を宥めているのは恐らく奥さんか何かだろう。
赤ん坊の泣き声が聞こえると言う事は、家族を引き連れて戦争していたのだろうか?
「黒幕を必ず処刑してやる!
ウッズ侯爵辺りが怪しい!」
ウィリアムと奥さんの会話を聞いているうちに状況がおぼろげに掴めてくる。
今朝、兵糧庫が空になっている事に気付いたウィリアム王子は諸将を臨時召集して犯人探しを行ったらしい。
貴賤を問わず公開拷問を敢行した。
諌めようとした将校を数名手打ちにしたらしい。
この態度に諸将は憤慨、ウィリアム派から離反したのとのこと。
まぁな、義援米欲しさに味方していただけだからな。
突然泥棒呼ばわりされたら、自然にそうなるよな。
で、皆の前で疑いを掛けられ恥をかかされた将軍が激昂しウィリアムの旗本を斬殺してしまった。
ウィリアムは当該将軍を誅殺するように諸将に命じるも、将軍に同調するような雰囲気になったので慌てて王国領に逃走を開始したとのこと。
あくまでウィリアム夫妻の感情的な会話を繋ぎ合わせた推測だが、概ねこんなところ。
軍記物みたいで面白かったので、ついつい便座に腰掛けたまま聞き入ってしまった。
「要塞にさえ戻れば全部解決する!
態勢が整ったらまずは裏切り者共を皆殺しだ!
ちょっとトイレ!」
まさに不意の遭遇だった。
盗み聞きに夢中になっていた俺はウィリアムと目が合うまで目的を忘れていた。
「ちょっ!」
『ッ!?』
想像よりも小柄な男だった。
年齢も俺と大して変わらない雰囲気。
この男もまたピエール同様に時代に引きずり出されのだろうか?
「ゴフッ!」
『…。』
ウィリアムも相当な男である。
俺を視認した瞬間に身体を捻って背後のテーブルに手を伸ばそうとした。
だか先手はこちらが取った。
別に俺の武勇が優れていた訳ではない。
念の為、抜刀して刃先を扉に向けていただけなのだ。
そして刃の先端がウィリアムの腹に深々と刺さった。
ただそれだけの話。
「キ、キサマ…
ピエール派の刺客か?」
『…。』
首を狙って刃を突き降ろすが、右手が潰れている所為か肩口に当たる。
「グワーーッ!!」
『…。』
雰囲気的にこれが致命傷になったっぽい。
刺した俺がドン引きするくらいの血が勢い良くウィリアムの肩から噴き出した。
悲鳴を聞いて駆け付けた奥さん(?)も悲鳴を上げてひっくり返ってしまう。
赤ん坊を抱いているという事は授乳中だったのだろうか?
そりゃあね、俺だってビビるわ。
「ま、待て!
妻子は…」
言われてハッとする。
一瞬座り込みかけた奥さん(?)が気丈にも立ち上がりベルの様な物に手を伸ばしていたからだ。
慌てて母子共々滅多刺しにして殺す。
「キ、キサマには人の心が無いのか…」
血の海で藻掻きながら、最期にウィリアムが涙を流して俺に抗議する。
『…。』
「何か言ったらどうなのだ!
やましいから黙っているのだろうッ!」
『え?
だって顎が痛いから…』
「え?」
『え?』
俺なりに説明した方が良いのだろうかと思い、向き直った時には既に彼は事切れていた。
当初の計画通り、ウィリアム一家の殺害に用いた王国軍の剣を残していく。
『ワープ。』
バルンガ庵に併設された水場に飛んで身体を洗い流す。
うん、スッキリ。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
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