素晴らしい御志だと思います。
エヴァも義父ブラギも俺の地球帰還を許可してくれている。
一応顔を出した方が良いのだろうが…
異世界情勢が大詰めだからな…
また今度でいいだろう。
「本当にいいのよ?
私と同じ時期に妊娠したんでしょう?
妊娠負担は人間種の方が大きいって聞いてるわ。
合間を見て見に行ってあげて。」
『ありがとう。
エヴァさんの気遣いは嬉しいのだけど…
一段落するまでは、こっちに張り付くよ。』
俺とエヴァは総堀の淵に設けられたゲルに義父ブラギと共に詰めている。
この数日、膠着状態が続いているのだが判断を迫られる場面も幾度かあった。
なので農地問題が落ち着くまでは即応体制で居続けなくてはならないのだ。
『お義父さん。
マイナス収支が続いているのではありませんか?』
「いや、問題ない。
吐き出しているのはヒロヒコ君が今まで納めてくれた分だ。」
『勝手ばかりして申し訳ありません。』
「…これは内々の話だが、魔界の鉱山入札。
ウチが取った。」
『え?
そうなんすか?』
「オーク本家も歓迎とまでは行かないが、協調路線を歩みたい旨のコメントを出している。
風魔石も仕入れてくれたしな…
これでようやく我々の本領が発揮出来る。」
『安心しました。』
「但し、今回譲ってくれたオーク側の面子を潰さない為にも共和国案件は絶対に決めるぞ。
彼らの協力なしでは魔界案件には近づけないんだからな。」
『はい!』
ありがたい事に、魔界の材木は共和国・帝国に需要がある。
ギリギリだがペイラインにも乗っていた。
後は眼前のバルバリ峡谷を自由通行させてくれれば、薄利ながらも安定した財源を確保出来るのだ。
王国、合衆国、難民。
これらを何とかして、ようやく我らニヴルは再出発出来る。
まさしく正念場。
なので地球には帰らない。
向こうは別に生き死にが懸かっている訳でもないしな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
盆地から戻って来たガルドと近況を報告し合う。
既に200世帯が盆地に移住しており、急速に村落が築かれているとのこと。
「ちな、ジャイアントタートルは絶滅したぞ。」
『親方はやり過ぎるからなあ。』
「亀肉は薬効が良いから、何匹か残しておけば良かった。」
『仕方ないっす。
切り替えて行きましょう。』
「で?
難民情勢はどうだ?」
『海塩や黒胡椒を合衆国に売りに行かせてます。』
「買い叩かれるだろう。」
『みたいですね。
でも、そのお陰で食料やテントが買えてるみたいです。』
「ほーん。
少し余裕が出て来たってところか?」
『どうでしょう?
王国軍が難民から食料を徴収しようとしてますからね。』
「え?マジ?
何で?」
『未納の年貢を取り立ててるつもりらしいですよ。』
俺も流石にドン引きしたのだが、王国軍は難民キャンプに度々接近して年貢の支払いを迫っているそうである。
流石にこっちの生成農地には近づいて来ないが、斥候が常時遠巻きにニヴルを監視している。
この剣呑な雰囲気で地球に帰る気は湧かない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
千町農地出現から丁度10日。
状況が動いた。
ガルドと山羊肉を串焼きにして炙っている最中である。
「ヒロヒコ。
ご指名だ。」
『え?』
俺が顔を上げると、ガルドが哨戒塔からの旗信号を指さしている。
【王国からの使者来訪。】
確かにご指名だ。
この場合、俺が立ち合う決まりになっている。
暴力沙汰には発展しないと思うが、念の為にガルドが護衛に付く。
ブラギは役職にある為に顔を出さない。
迂闊に接触して言質を取られるのが怖いからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やあ、久しぶりだね。」
『御無沙汰しております。』
眼前に立っているのはピエール王子。
優美な物腰、思考はリベラル、下々に寛容。
そんな為人にも関わらず戦線を支え続けた凄味がある。
『直ちに長老会議への報こ…』
「いや、今日はキミと話をしに来たんだよ。」
『…恐縮です。』
「今、アイル州では独立運動が起こっているのだが…」
『はい。』
「私はこれを目の敵にして弾圧するのは間違っていると思う。」
『ええ。』
「何者かの工作でないにも関わらず独立運動が巻き起こったとすれば、その咎は人民ではなく我々為政者側が負うべきであると考えている。」
『…そうですか。』
「なのでアイル州に対しては弾圧ではなく、話し合いと減税で向き合うべきである。
自国民に武力を用いるのは反対だ。」
『素晴らしい御志だと思います。』
「但し、こちらの農地に関しては話が別だ。」
『ッ!?』
「別に突飛な話じゃないよ。
国家の主権を脅かしている。
ニヴル族だってそうだろう?
我々が勝手に坑道に入り込んで採掘を始めて平静でいられるかい?
例えそれが廃鉱であっても看過はしない筈だ。」
『仰る通りです。
見逃してしまえば、統制が取れなくなりますし…
他氏族も相手にしてくれなくなるでしょう。』
「ああ、そういう事だね。
農地の所有権について前向きに話し合いたい。
当然、こちらは王国に帰属する旨を主張する。」
『承知しました。
ただちに長老会議に…』
「キミだよトビタ君。
私はキミと交渉しに来た。」
『いや、俺は役職者でも何でもなく。』
「繰り返す。
我が国はバルバリ峡谷に存在する農地の所有権を主張する。」
『…。』
「話はそれだけ。
ゴメンね、いつも一方的で。」
ピエール王子は馬のサイドバックから酒瓶を取り出しこちらに放り投げると、優美に一礼して幕僚と共に去っていった。
「優男ながら気骨がある。」
それがガルドの第一声。
俺も同様の感想を持っている。
恐らく、本来戦場には向かない性格なのだろう。
にも関わらず身を危険に晒し続けている。
今日の交渉だって危ういのだ。
ドワーフ相手に数騎でやって来て「オマエ達の所有権は認めない」と宣言。
少なくとも俺にはそんな度胸はない。
『親方はああいうタイプ好きでしょう。』
「だな。
噂を聞く限り軍人に向いていないとの評だったが…
きっと王に向いているだけなのだろう。」
死角に隠れていたブラギも姿を現し、3人でピエール王子の後姿を見送った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻。
ウィリアム王子からの書簡が届けられた。
文面は至ってシンプル。
【バルバリ峡谷におけるニヴル族の農地所有権を認める。
また傭兵契約の再締結を希望する。
締結の場合、元居住地を無償提供し過去の未払い分も全額支払う。
契約範囲は王国内の叛乱鎮圧のみとし対共和国戦は免除する。】
この書簡により自動的に敵が定まった。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
感想・レビュー・評価も頂けると嬉しいです。
この続きが気になると思った方はブックマークもよろしくお願いいたします。
【異世界複利】単行本1巻好評発売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4046844639




