順番をちゃんと考えないとな。
エヴァが土魔法(極)で出現させた農地は驚異の千町(1万反)。
工業地帯で生まれ育った俺にとっては未知の広大さである。
『え?
1万反?』
「整数の方がヒロヒコも管理しやすいでしょう?」
かなりの偉業なのだが、エヴァにその自覚はない。
聞けば、大した疲労感は無いので幾らでも再現出来るとのこと。
これが他人であればもう少し頑張らせるのだが、己の妻である。
義父ブラギと共に説得して安静にさせる。
祈祷師にも謝礼金を多目に支払い、エヴァの体調管理を念入りにさせる。
いや、見ればわかるよ。
エヴァはまだまだ余力を残しているし、毎日千町ずつ荒地を農地に変えることも容易いよ。
でも妊娠中なのだ。
何事にも優先順位がある。
作戦は手段、エヴァは目的。
その順番を間違える程、俺は愚かにはなれない。
『お義父さん。
エヴァはMPを使い切って、当面魔法は使えない事にしましょう。』
「…分かった。
皆にはその旨を伝える。」
…もう十分だろう。
千町と言えば石高1万石だ。
我が国であれば、この時点で大名格である。
しかも王国と合衆国を結ぶ街道沿いに密集した農地。
政治的価値は十分だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
見物しているドワーフはどこか他人事だが、押し寄せた難民達は奇跡を見る目である。
そりゃあね。
パンを配布された上に農地を地代1割(後払い)で貸してくれるんだから神様みたいなモノだよね。
1人1反の構想だったが、難民が膨大なので1世帯につき1反を割り当てる事に変えた。
すぐに千町が埋まり、難民同士で喧嘩まで始まる。
「オマエの方が日当たりが良い!」
「水はけはそっちの方が!」
「ウチは5人家族なのに!」
醜悪な光景だとは思わない。
皆、生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
そもそも、農地を借りれた者はまだ良い。
推定20万人の飢えた難民のうち、1反を支給されたのは最初に駆け付けた1万世帯だけ。
残りは当然騒ぎ出し、既に支給された者の農地に押し掛けて喧嘩を吹っ掛けたりしている。
流石に惣堀は越えてこないが、遠巻きに色々と嘆願してくる。
ちなみに配給は打ち切ったので、もう無い。
当たり前だよね、撒き餌を2度も撒く義理はないよね。
「もう農地は増やせないんですかー!」
「担当の方と話をさせて下さいー!」
「何とかして欲しいんですー!」
惣堀の向こうから叫び続けているので、バルンガの書生達がやって来て回答。
「農地を広げる事には王国さんや合衆国さんが反対してるんですよー。
そっちで何とかしてくださーい。」
やや、悪意が込められてる回答。
ニヴルも要領を掴んで来たのか、両国を悪者に仕立てあげる論法を皆が用いるようになった。
【我々は人道支援をしたいのだが、王国と合衆国が強硬に反対するから断念せざるを得ない。】
そういうストーリー。
「余ってる土地さえ使わせて貰えれば、土魔法で農地を作れるんですけどね。
地代?
必要経費の1割だけで構いませんよ?」
多少の試行錯誤もあったが、難民への返答はこの辺りで落ち着き始める。
俺がバルンガ庵に住んでる事もあり、書生達とは気心が知れている。
なので丹念に話し合って微調整。
長老会議から派遣されているメッセンジャーとも密に連絡を取り合う。
今の所、難民たちのヘイトは王国7に合衆国3の比率で向いている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ワープ。』
深夜に旧王都である帝国領・新都に潜入。
裏通りに貼られていた壁新聞を一枚拝借。
同様のアクションを王国領のグリーンシティでも行う。
ついでに合衆国のノースタウン、共和国にも顔を出した。
4か国を5分掛からず走破。
…やはり俺は移動に専念すべきだろうな。
『バルンガ組合長。
お時間宜しいでしょうか?』
「ん?
これは人間種の壁新聞?」
『難民の中に情報通が居たってことで。』
「無理があるなー。」
笑いながらも、バルンガは部下や書生を集めて解析を開始。
人間種の世論を探る。
『どうです?』
「建国宣言、かなり効いているなぁ。
共和国と合衆国は全面支持だが、帝国が波及を警戒し始めているな。」
『まあ専制国家にとっては悪夢でしょうからね。』
「と言うか、王国がこれを鎮圧出来ないって異常だぞ。
合衆国の独立戦争の頃は宣言と同時に王国軍がノースタウン辺まで攻め込んだのに。
あの頃はニヴルも王国べったりだったよなぁ。」
『でもニヴルは当面王国に組する気がない。
そして王国は負けが込んでいる上に兵糧がない。』
「…難民にとっては二択だなあ。」
もう王国に鎮圧されるか独立するかしか道がない。
『じゃあ、第二弾。
そろそろ仕掛けていいですか?』
「問題ない。
今や長老会議もノリノリだしな。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日も農地を借りれなかった難民が嘆願に来たので、黒胡椒や砂糖の袋を配っていく。
合衆国の軍売店が買い取っている旨も教えてやる。
途中で要領を掴んだので窓口はデサンタ達に完全に任せて、俺は俯瞰で全体を見る事だけに専念する。
よし、人の流れが完全に出来たな。
「ヒロヒコ君。
早くも合衆国で砂糖の下落が始まった。」
『でしょうね。』
王国の専売品である白砂糖を難民が売り来たことにより、希少価値が揺らぎ始める。
合衆国は難民から買い叩いた白砂糖を共和国に売りつける。
共和国はきっと帝国に売りつけるだろう。
王国の専売収入は確実に打撃を受ける。
黒胡椒や海塩も同様。
『お義父さん。』
「んー?」
『大勢は決しました。』
「だな。
王族の中に余程気骨がある者が居なければ、王国は壊滅するかもな。」
俺は義父ブラギと共に再度哨戒塔に立つ。
難民の群れがかなり無軌道に動き回っている。
王国軍は後方の塹壕に閉じこもったまま。
もう制止する能力も喪失しているらしい。
合衆国がバリケードを築き、無断越境を試みる難民を撃ち殺しているのとは大違いである。
難民は俺達が与えた香辛料袋を持っている時だけ、バリケードの側の軍売店に買取を頼むことが出来る。
香辛料を売った金で難民達はパンやピクルスを買い、何とか飢えを凌いでいる。
そして小腹を満たした難民達は改めて祖国に憎悪を向けるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この流れのまま王国はドミノ倒しに崩壊するのではないかと内心思っていた。
だが、彼らは裾野の広さを見せつけてくる。
事態の収拾の為に2人の王子がバルバリ峡谷で活躍しているのだ。
雄々しきウィリアムと優しきピエール。
ウィリアム王子は手勢を率いて王国内で増加してる農民一揆を鎮圧しながら南下して来た猛将。
途中の無人地帯で合衆国の民兵団に襲撃されるも鎧袖一触。
その大半を難なく討ち取ってしまった。
各地で徴発を成功させている為、王国軍内では最も兵糧を確保している。
ピエール王子とは以前会った事がある。
恐ろしく物腰が柔らかく寛容な性格。
一見優男に見えるが前線に比較的近い位置で指揮を取り続けた。
この飢餓状態で王国が軍隊の体を取れているのは、この男の功績。
さて、この2人が対立関係にある。
独立運動には武力鎮圧で挑むがバルバリ農地は黙認すべしとのウィリアム。
独立運動との融和を願っているがバルバリ農地は絶対反対のピエール。
2人は真逆のスタンスを一切崩さず、互いの派閥を拡大しながら、互いに大きく距離を置き始めている。
さて、殺す順番をちゃんと考えないとな。
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