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世界が俺より愚かであるのなら

バルバリ峡谷前の荒野が一瞬にして広大な農地に変わった。

難民・王国軍・合衆国軍が見守る前での奇跡だった。

さて、ここからが本番。


王国が馬鹿な振る舞いをしてくれればゲームクリアだったのだが、世の中はそんなに甘くない。

ここからでは見えにくいが、どうやら武官を下げて文官のみで合衆国側と協議を始めた模様。



「トビタ君。

多分、次は外交部が来る。

そしてその次は王族。」



デサンタが耳元で教えてくれた。



『まさか。』



「そのまさかだよ。

見えるかい?

両軍の騎兵が全員下馬しているだろう?

手前の馬車に王族が乗っている証拠さ。」



『じゃあ、合衆国側と話しているのは。』



「間違いなく王族。

本来なら合衆国人なんかと絶対に同席しない王族が馬車の中からとは言え会談に応じている。

この意味は分かるかい?」



『王国の優先順位が合衆国からニヴルに切り替わった…』



「流石だね。

どうする?

僕の目にはニヴルが不利になったように映っているけど。」



『実は策があります。』



「ほう。

この場合だと取れる選択肢は相当限られてると思うけどね。」



『人間種では絶対に思いつかない策です。

多分、思いついても実践出来ないんじゃないかな。』



「ふふふ、キミは面白い男だが笑えないのは欠点だね。」



『改善に取り組むことを検討しておきます。』



デサンタとクスクス笑い合っていると、数十名の騎兵がやって来る。

恐ろしい事に王国と合衆国の混成部隊だった。

しかも先程までと違って揉めてない。

なるほど、優先順位を間違えてはくれないか。


まずは先触れが2騎先行してくる。

しかも王国と合衆国から、それぞれ一騎ずつ。

ご丁寧に仲良く並走して来ている事が最大のメッセージ。



「王国軍第1軍団所属、スコット大佐です。」

「合衆国軍中央監察部、シモンズ大佐です。」



両名は下馬してから名乗ると、【正式な窓口】への取次を求めて来た。

先程までとは全くアプローチが違っていた。

きっと、本来の外交手順とはこういうものなのだろう。



「ワシはただの老いぼれなのでよく分からんのですじゃ。

こちらのトビタさんが偉い人達から色々任されておられますじゃ。」



いつの間にか俺の隣に居た最長老がしゃあしゃあと嘯いてから、まるで見物人のように傍らの岩に腰かけてしまった。

なるほど、誰もが一筋縄ではいかない。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




30分後、やって来た本隊が全員下馬して王国・合衆国と交互に名乗っていく。

まるで年来の同盟国のように呼吸が合っていた。

スコット・シモンズ両名は少し離れた位置で片膝をついて控えている。

あれは外交的装飾。


《大佐なんかより遥かに偉い人が来ましたよ。》


とドワーフでも理解出来るように視覚化してくれているのだ。



「はえええ。

人間種の偉い方がお越しになった。

トビタさん、どうしましょう?」



フザケたジジーだが、少数種族のリーダーにはこの程度の老獪さが必須なのかも知れない。



『では、長老会議から代表者を呼んで参りますので御要件だけ伺わせて下さい。』



俺の言葉を聞き彼らは冷ややかに笑った。

まぁな。

今の短い遣り取りやデサンタ達の態度で、俺と傍らの最長老がコアである事など露見しているのだろう。


ほんの数秒、場の全員が沈黙しそれぞれに思考を整える。

俺と最長老が黙り続けて、こちらからは情報を出さないと決め込む。

必然、1人の若い合衆国将校がざっくりとした概要を語る。


言うまでもなく突然出現した広大な農地についてだ。

色々と言葉を飾っているが、両国は如何にしてこの農地の所有権をドワーフに持たせないかを考えている。


当然だろう。

ドワーフによる建国を阻止する事は、古来より人間種が共有している至上命題。

少なくとも兆候らしき物が見えただけで即座に結託出来るくらいには徹底しているのだ。



「この辺りも権利関係がややこしいんですよ。」



俺達が黙っていると、礼服を着た王国人が口を開いた。

雰囲気からして宮廷貴族。

十中八九外交部署の役職者だろう。



「我が国としては、無用な争いを避けたいと以前から考えておりました。」



奇遇だな。

俺も無益な争いは避けたい。



「どうです?

丁度、合衆国さんと平和協定について相談していたのですが、ニヴルさんも同席して頂けませんか?

同じ大地で暮らす、掛け替えのない友人として。」



人間種の魂胆は分かっている。

ニヴルをこの土地で建国させない為の言質を取りたいのだ。

王国と合衆国の間で結ばれるように見せかけた国際条約に署名させて、その行間に書かれている本音部分でニヴルを束縛したいのだ。

俺が日本人で本当に良かった。

自称掛け替えのない友人の魂胆は完璧に読める。



『同席と言うのは、どのレベルの同席ですか?』



間を持たせる為に何気なく聞いたのだが、人間種にとっては痛い質問だったらしい。

王国・合衆国が顔を合わせて黙り込んでしまう。



  「トビタさんは若いのう。

  これは人間種の皆様が好む

  三国交渉じゃよ。」



「違ッ!

…。」



交渉団は反射的に否定しようとして慌てて黙り込む。



  「ほほほ。」



上手い。

流石に権力の座に居座り続けているだけの事はある。

最長老はこちらが何の責任も負わずに済む位置から、あっさりと王手飛車取りを仕掛けた。



「「「…。」」」



交渉団は猜疑と不安の混じった表情で互いの様子を伺い始める。



【三国交渉】



実態としてはまさしくそうなのだが、人間種としては絶対に認めてはならない単語である。

公文書にこの文言を挿入した瞬間に、ニヴルを国家だと認識していた証拠になってしまう。

それだけは絶対に避けねばならない。

あくまで、眼前に居るのは人間と似た形をした野蛮種族でなければならないのである。


だが、三国交渉の体裁を完全に否定してしまうのも難しい。

それならニヴル側には責任ある回答を出す義務が無くなるからだ。



「えーっと、友好的な話し合いがしたいと言うことなんです。」



言っている本人が1番苦しそうである。

外交現場で本音に沿って言葉を選んで行くと、抽象語しか使えなくなってしまうのだ。

そもそも、彼らは高位者ではあるが王でも大統領でもない。

いや、人間種を代表する資格を持ってない。


一方、最長老はニヴルの第一人者である。

(その証拠に17年間上座に居座っている。)

そして俺はハーフドワーフの利益代表である。

俺達2人はこの場で決断出来るし、決裂して襲われてもそのまま開戦する覚悟もある。



【国家間交渉であれば長老会議から正式な全権代表を同席する。】



最長老の咳払いに巧妙に誘導されて、俺はそんな趣旨の発言をしてしまう。

成る程、若造というのはこうやって使うのだな。



「「「…。」」」



交渉団、沈黙。

日頃のドワーフがここまでロジカルに返答しないだけに困惑しているようである。



「…わ、我々では判断出来かねますので。」



  「トビタさん。

  もっと偉い人が来るそうじゃ。」



「「「…ッ!?」」」



交渉団、絶句。

だろうな、これ以上高位の人間を派遣するのは彼らにとって非常に不本意。

ドワーフを峡谷に住み着いている野蛮種族ではなく、対等の交渉相手として見做したことになってしまう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




更に1時間経過。

両大佐を残して交渉団は帰ってしまう。

当然の判断である。

余計な言質を取られかねない状況になってしまったからだ。

佐官程度なら失言をしても切腹させれば済む話。

スコットとシモンズが残されたのはそんな理由。



「我々はニヴルの皆様との、よりいっそうの友好を願っております。」



頑張って微笑を維持しながらシモンズが口を開く。



「その為にも互いに誠実な土地利用に努めたいですね。」



スコットも頬をヒクヒクさせながら最長老を横目で睨む。

そりゃあね、このジジーが権力持ってる事を悟れないような馬鹿が派遣されるような場面ではないよね。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




そこから更に小一時間。

両大佐は粘る。

それも無数の禁句を定められた状態で、農地の所有権が人間種側にある事を不可逆に確定化しようと試みてくる。


彼らが使用を禁止されているであろう語句は下記の通り。


【主権】【領土】【国家】【条約】


外交現場でこの4つを使えないのは相当苦しい。

更に陰湿なのが、最長老の家来衆がやって来てゲルを組み立て、座り込んで遠巻きに見ていた難民達にパンを配り始めたことだ。



「ちょっ!!」



スコットが咆哮しかけて慌てて押し黙る。



『あ、はい。

何でしょう?』



「あ、いや。

…どうして食料を配るの?」



『だって放置してたら彼ら死んじゃいますよ?』



「…。」



『王国さんは反対ですか?』



「いや!

反対している訳ではない!」



『良かった。

大佐殿に止められたら、彼らが飢え死にしてしまう所でした。』



スコットは後方に手旗信号を送ると唇を噛んで俺に向き直った。



「我が国の人民に勝手なことをしないで頂きたい。」



『じゃあ王国さんが配ればいいじゃないですか。』



「…。」



『…。』



「…どうしてキミ達はこんなに大量の穀物を保有しているのだ?」



『戦争しなけりゃ、嫌でも溜まるでしょ。』



この皮肉は俺の個人的な宣戦布告である。

スコットは俺を睨み終わると、頻繁に後方を振り向いて信号の返信を待つ。

やがて合図を確認したのか、何も言わずに去って行った。

王国軍の旗信号が幾つか解析出来たのは嬉しい副産物。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




パンが貰えると聞きつけたからだろう。

大量の難民が押し寄せて来て、その列は夜中になっても途切れなかった。

朝、俺が起きた時には農地の分配が終わっており、一反ずつを割り当てられた難民が各々の田地にテントを張っていた。



「ねぇ、ヒロヒコ。」



『はい。』



「こんなので本当に生まれて来る子供の安全を買えるのかしら?」



『買えるよ。

…世界が俺より愚かであるのなら。』



エヴァは息を殺して溜息を吐く。

頼りないパパでゴメンな。

この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
ニブルの資産持ち出し制限やらしてくれた王国さんに意趣返しができて族長たちもニッコリ 国際的には王国と合衆国の係争地で王国難民の独立地域であり合衆国のニブル自治区? めっちゃ複雑…
愚かなサイコロの突き合いやねぇ 自分にとって都合の良い場所で都合の良い目を出そうとしている 7の目を何時でも出せる相手にね
子供のためにここまでできるの、漢だよカッコいいぞ!
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