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…親父の逆をやっているだけなので、特に誇る気も無い。

惣堀の向かいに農地っぽい空間が出現した。

多分、土魔法で出現させたアレは農地だと思うのだが、確信は持てない。


何故なら、俺も含めてニヴル族にはまともな農業経験者が存在しないからだ。

(菌糸類は真面目に栽培している。)

ガルドやロキ爺さんは若い頃に無法を繰り返して【農業刑】の判決を受けた事があるが、両名共に脱走したので携わらず仕舞いであった。


術者のエヴァも農業経験はない。

子供の頃、空き地に枇杷のタネを埋めて遊んだ記憶が朧気に残っている程度である。



「ごめんさい。

王国に住んでいた頃の見様見真似だから…」



『いや、多分合ってると思う。

pH値は調整したんだよね?』



「ええ、弱アルカリ。

そこは完璧。」



クヴァシル氏が5反、お弟子さん達が3反、エヴァが2反。

長老会議の指示に従い、まずは計10反の麦用の畑(?)を土魔法で生成した。



「クヴァシル君、アレは本当に使えるのかね?」



「いえ、古文書の記述は再現出来ているのですが…」



長老衆の1人がクヴァシル氏を問い詰めているが、氏にとっても返答のしようがない。

ニヴル屈指の神童として幼少の頃より研究開発に勤しんでいた彼には、農業などという下賤仕事に携わる暇はなかったのだ。

クヴァシル氏の土魔法は坑道の掘削や岩盤の固定のような有意義な目的のみに使う事を望まれていたし、彼も氏族の期待に愚直に応えていた。

(魔界トンネルの掘削計画に最も貢献したのが彼である。)



『デサンタさん。

どうでしょう?

理論上、麦が育つ筈なのですが…』



「うーーん。

見た感じ、作付け前の麦畑っぽく見えるね。

仲間に農家の息子が居るからチェックさせよう。」



デサンタ元曹長が脱柵仲間を呼び、数名の農家出身者に検分させる。



  「うーーーん。

  ちゃんとした畑に見える。」



  「いや、これ普通に育つんじゃないですか?」



  「これは本物の土なんだよね?」



農家出身の彼らではあるが、魔法で生成された農地を見たのは初めてである。

おっかなびっくりで土をツンツン触っていた。



「トビタ君。

季節的には作付け出来るみたいだけど…

どうするの?」



『え?

どうでしょう?』



長老衆を振り返るが「人間種に任せるー。」との返答。

まあな。

彼らにしたって農業経験は絶無なのでコメントの出しようがないのだろう。

長老会議の決定は以下の通り。



・農地の運用はバルンガ組合長が指揮を執る。

・人間種集めは言い出しっぺのトビタが責任を持つ

・地代は1割。

・王国や合衆国のクレームは無視するが、戦争までする気はない。

・好評なら農地を増やしても構わないが、広げていいのは無人地帯のみ。

・トビタ夫妻・クヴァシル一門への恩賞は保留。



「えっと、悪いけど…

現段階でトビタ君にはまだ恩賞が出せない。」



『あ、はい。』



「これはキミ達を軽んじている訳ではないんだ。

農業に縁が無かったワシらには、あの農地っぽい物を評価しようがないんだ。

悪いけど事態の推移を見守らせて貰うよ。」



『はい。』



「ここだけの話だけどさ…」



『あ、はい。』



「トビタ君、王国に仕返しがしたいだけだろ?」



『え?

あ、いや。』



「たまたまワシらと想いが一致した。

そうでなければ、こんなアホらしい作戦にGOサインなんて出さんよ。」



『…申し訳ありません。』



「ま、王国さんにはダメージ行くだろうね。」



『行きますでしょうか?』



「ワシらだって、追放された仕返しはしたいんだけどさ。

王国さんが潰れちゃっても困るんだよ。

それは分かる?」



『はい、あれだけ大きなマーケットが消滅したら…

ニヴルが保有している技術や資源の売り先が無くなってしまいます。』



「そういう事。

ワシらも若い頃は散々火遊びしたから強くは言えないけどさ。

…結果を出してよね。」



『はい!

目に見える形でプラス収支に持っていきます。』



「うん。

その心意気は嬉しい。

何度も同じ事を聞いて申し訳ないけど…

具体的にはどうプラスに持って行く?

今日は数字で答えて欲しいな。」



『穀物10万石を入手します!』



「ははは!

10万石と来たか。

大きく出たなあ。」



『それに加えて!』



「うん。」



『王国・合衆国・共和国への交易路を確保します。』



「目の前の戦場を見て、それを言うのかい?

アレはどう見ても両国共に超長期戦の布陣だが。」



『…殺してもいいんですよね?』



「駄目!」



『あ、すみません。』



「そういう楽しい事は年長者に譲りなさい。」



『ははは、失礼しました。』



「これは内々の話だが…

既に君の子供を保護する事は決定している。」



『そうなんですか?』



「危うい面もあるが、キミの今までの功績は大きいよ。」



『ありがとうございます。』



「しかし。

ハーフドワーフが増え続ける事には反対だから。

それも満場一致で反対。」



『ええ、正しい判断だと思います。』



「…ただ、もしもキミがプラス収支を出せたのなら。」



『…。』



「風当りはマシになるよ。

それも確実にね。」



『余所者の俺に機会を与えて下さって感謝してます。』



「…キミ、もう自分を余所者とは思ってないんだろう?」



『半分はニヴルです。』



「Good!

じゃあ君の子供はクォータードワーフだ。

ハーフほど抵抗はないかもな。」



『…ありがとうございます。』



「結果を出せ。

ワシら全員キミが勝つところを見てみたい。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『デサンタさん。

お待たせしました。』



「おう。

最長老は何て言ってたの?」



『結果を出せ、と。』



「ははは、そりゃそうだ。

で?

キミはどうする?」



『本気を出します。』



「僕に出来る事はあるかい?」



『…王国軍の内情を教えてくれませんか?

それも王族と軍隊の指揮権限について出来るだけ詳しく。』



「そっか、本当に本気を出すんだね。」



『デサンタさんにとっては心苦しいかとは思いますが…

俺が王国人に対して悪意を持っていないことだけは信じて欲しいです。』



「…勘違いしないで欲しい。」



『!?』



「キミに加担する訳じゃない。

キミの勝利によってもたらされる副産物を祖国にもたらしたい。

それだけなんだ。」



荷馬車の中でデサンタから王国軍の仕組みを入念に教わる。

表も裏もタテマエもホンネも全てだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



10反の畑をデサンタグループと共に検分する。

農業経験者が多い為、その助言は本当に助かるのだ。

人間もドワーフも皆で集まり、ワチャワチャと農家あるあるで盛り上がる。

そして農奴から徴兵されたケリー氏が麦の種類についてレクチャーしていた時…


王国騎兵が2騎。

停戦旗を翻しながら疾走して来た。

かなりのスピードである。

なるほど、俺達人間種は農業種族なのかも知れない。



「少しいいかな!!」



駆けつけた王国騎兵の階級章は…

准将!?

流石の俺も驚く。



『ええ、何か。』



准将は目を見開き、農地を凝視している。

この角度からでも顔から汗を流しているのが見えた。

きっと彼にとって最も好ましくない事態なのだろう。



「この土地はッ!」



言い掛けて准将が黙り込んでしまう。

まあな、これは領土問題なのだ。

一介の将官が迂闊に発言出来る領域ではない。



「…ニヴル族の皆様はここで農業がしたいのか?」



かなりトーンダウン。

慎重にこちらを観察している。



『いえ、違います。』



「…。」



准将氏の焦点がハッキリと俺に合う。



「…キミが噂のトビタ殿だな。

ニヴル族に婿入りした」



『ええ、その飛田です。

今は人間種の皆様との通訳を務めております。』



准将氏が俺の隣にいたギョームに目線で確認を取る。



  「相違ない!

  このトビタ君は氏族を代表して

  コメントを出す権限を与えられている。」



「随分な御出世ですな。」



気持は分かる。

皮肉の一言でも言わなければ収まらないのだろう。



「ではトビタ殿。

心して答えられよ。

ニヴル族はこの地での農業を希望しているのか?」



『いいえ、希望しておりません。』



「…。」



『…。』



「その割には随分立派な畑だ。」



『依頼があったので整地を請け負っただけです。』



「依頼?

そこの脱走兵共からかね?」



准将とデサンタが感情の無い目で一瞬睨み合う。



『いいえ、人間種の皆様から依頼されました。』



「…。」



『既に王国の陣にも書状が届いていると思いますが、我々ニヴル族はバルバリ峡谷において領有権を主張しない宣言を行っております。

()()()()()()()()()()()()()、全て人間種の土地であると認識しております。』



「うむ、あの宣言は良かった。

実に殊勝な心掛けである。

ウィリアム殿下もお喜びであった!」



…ウィリアム。

王国兵からその名を聞くのは2度目だ。



『この峡谷に王国や合衆国の農民が多く滞在されてるじゃないですか。

ニヴルにも嘆願があったのですよ。

【働き口があれば雇って欲しい】と。』



「え!?

駄目駄目!!!

農民は国の宝だよ!!

ちゃんと祖国に戻って貰わねば困る!!」



『はい、そういう協定がある事は知ってます。

許可なくニヴルが王国人を雇う事は禁止と聞きました。』



「当然だよ!

異種ぞッ!!!


…いや、文化摩擦が起こってしまうと皆が困るからね。

うん。

友好の為の配慮だ。」



『…なので、人道的な観点から農地生成の依頼だけ請けました。

あくまでこの農地は人間種の皆様の農地。

我々は所有権を主張しません。』



「…そうか所有権を主張しないのは賢明な判断だ。

では我々が耕作人から徴税することに異存はないね?」



『はて、徴税ですか?』



「当然だよ。

ここは王国領なのだから!

王国の領内で耕作する者は規定通りの年貢を納める義務がある!

法律で決まっていることなんだよ!!」



『まあ、王国人同士でそういう取り決めがあるなら、それでいいんじゃないですか。』



「よし!

言質は取ったからな!!

では、早速そこの貴様ら!!

耕作人名簿を提出し、開業年度の年貢を前払いして貰うぞ!!」



『あ、待って下さい。

彼らも耕作はしません。

単に見物していただけです。』



「では誰が耕すのだ!?」



『峡谷に居る人間種の方ですね。

ほら、難民キャンプの彼らです。』



「なら話は早い。

あの難民共は我が国の農民である。

当然、年貢を支払う義務がある。

よし話は片付いた。

耕作人が決まったら教えて欲しい。

彼らに名簿を提出させよう。」



『あー、すみません。』



「今度は何だね!?」



『彼ら、王国人ではないそうなんです。』



「いや、何を言っている!

あの難民は我が国の人民だよ!!」



『そうは言われましても。

本人達が違うの1点張りで。

どうやら合衆国への入国を申請しているらしいですね。』



「おい待て!!」



『?』



「…いや、待って欲しい。」



またもや准将氏は黙り込んでしまう。

そりゃあね、もう将校クラスが独断でコメントを出していい次元の話ではないよね。

誰かさんが独立宣言を世界中に撒いた事も影響しているんだろうな。

地政学的に考えて、周辺国は王国辺境の独立を歓迎するだろう。

何せ手を汚さずに王国領土を削れるのだから、こんなに旨い話はない。

だから王国は迂闊に事を荒立てれないのだ。



「…では年貢はどこに納めるのか?」



『別に、作物なんて育てた人の物でいいじゃないですか。

ああ、整地代金として我々は1割だけ貰いますけどね。』



「ちょ!?

それはニヴルが年貢を徴収するということ!?

実質的な領有宣言!?」



『いえいえ大袈裟だなあ。

何度も申しているように、領有の意図はありませんよ。

あの農地も1年で解体する事が決まってますし。』



「解体?

どうして?」



『ここは人間種の領土ですから。

あくまで人道支援として1年限定で提供しただけです。

永続的にドワーフの農地になるのはお嫌でしょう?』



「いや!

別に嫌とかそういう差別的な感情はないよ。

ただ、あくまで国際法の話をしているだけだ。」



准将氏とそんな話をしていると、俺の計算通り合衆国側も駆けつけて来る。

(こっちの代表は大佐。)

そして准将氏と激しく口論。

どうやらニヴルへの接触は停戦協定違反ならしい。

あれよあれよと言う間に王国・合衆国の騎兵が続々と集まって激しい怒声と共に牽制し合う。

たかだか10反の農地を挟んで、100騎を越える騎兵同士が準戦闘態勢。

間に居る俺は生きた心地がしない。


まず合衆国大佐氏が王国側の停戦違反を激しく非難する。

これに対して王国准将氏は「民政問題だ。」と突き放した上で、鉢伏山の不法占拠に強く抗議。



「そうだな、トビタ殿。

現在は我々のレンタル期間だよな?」



『あ、はい。

仰られた日付までは王国軍様にお貸ししております。』



「聞いたかね大佐!!

地権者のトビタ殿もこう言っておられるよー!!

早く撤兵したまえ!!」



  「撤兵するのはそちらが先であろう!!

  直ちに我が領内から退かれよ!!」



「我が領内!?

何たる暴言か!!

このバルバリ峡谷は歴史的にも文化的にも疑う余地もない王国領である!!」



いつもの水掛け論が始まる。

不意に意見を求められたので『人間種の領土だと思います。』と回答。

双方不本意な様子ではあったが、迂闊に反撥して話がこじれるのを恐れたのか、発言に謝意を示した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



数時間経過。

俺達ニヴルは既に惣堀の中に戻って食事をしている。

外ではしばらく准将氏と大佐氏の口論が続いていたのだが、先程帰還した。

難民の一群がこちらにやって来たからである。

さしもの軍人も数の暴発は怖いのだ。



「あのー。

ここで仕事を募集しているんですか?」



難民のリーダーらしき男が恐る恐る惣堀の内側に話し掛けてくる。

俺の隣に座っている最長老は黙って俺を観察するのみなので、引き続き皆を代表して回答する。



『雇用ではなく、農地のレンタルですよ。』



「レンタル農地ですかぁ。」



『借りられます?』



「でもお高いんでしょ?」



『1割。』



「え!?」



『あくまで人道支援ですから。

必要経費として、収穫を1割だけ下さい。』



「まさか、そんな夢の様な話が…」



後は当初の想定通りの流れ作業。

変化を嗅ぎつけてやって来た難民達にデサンタグループが仕組みを説明して回る。

王国人同士なので話が速い。



『じゃあ、エヴァさん。

始めて貰って構わないですか?』



「ええ、万全よ。

クヴァシル先生がエーテルを支給してくれたし。」



戦士団が群衆を整理してエヴァの眼前を開けさせる。

農地の設置場所に関してはヨルム戦士長を交えて念入りに考えた。

王国側が大軍で押し掛けようとすると、合衆国から横槍を受けてしまう位置。

軍人が一番嫌がる場所を選び抜いたのだ。



「ヒロヒコ。

もう少し人間種を下がらせて。

危ないわ。」



『グンナルさん!!

右側の群衆をもっと下がらせて!』



  「了解!!」



「…土魔法(極)ッ!!

展開せよ!!!」



エヴァが叫ぶと同時に神々しい光が峡谷を染めた。

思わず目を瞑った俺達が恐る恐る見開くと、そこには無限の農地が広がっていた。



『エヴァさん。

ありがとう。

まさか、こんな光景を見れるなんて夢にも思わなかった。』



「ねえヒロヒコ。

夫婦で嘘は良くないわ。」



『…全てが計算通りだよ、決まってるじゃないか。』



「お父さんが言ってたわ。

ヒロヒコは作戦を宣言通りに当てて来るから長老会議も驚いているって。

何かコツでもあるの?」



『…一生懸命やってるだけだよ。』



俺なりに策を当てるコツが分かって来た。

要は人を人と思わないことなのだ。

そうすれば簡単に殺せるし救える。


…親父の逆をやっているだけなので、特に誇る気も無い。

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レンタル農地は一割、安いと取るか高いと取るかは人次第だが王国が9公1民を出したから一割設定にしたのかな、もしこれが1割超えてしまうと王国と利害がぶつかりあってしまうので。 えげつない手だ、難民達はも…
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