地獄絵図とはよく言ったものである。
盆地は見せない。
対魔界外交方針の一つである。
少なくとも、こちらから教えてやる義理はない。
いずれ、魔界側を含めた国際社会があの盆地の存在を知る日も来るのだろうが、それまでに定住・活用して誰がどう見てもニヴルに所有権のある状態にしておきたい。
「と言う訳で、まずは祠じゃな。」
『ドワーフの祠なんて見たことないっす。』
「長老会議の門脇にあるじゃろ。」
『え!?
あんな小さいのが!?』
「ワシら、たまにうっかり踏んづけちゃうからの。」
『ご先祖様を祀ってるんだから、もう少し丁寧に扱いましょうよ。』
「ワシ、敬われるのは好きなんじゃけど、敬うのは苦手なんじゃよ。」
この不信心者のロキ爺さんと共に盆地を視察している。
長老会議が俺達コンビに下した指令は極めてシンプル。
【盆地をニヴルっぽく装飾する企画案を出せ。】
えらく抽象的な命令だが、俺達2人は内心楽しんでいる。
バカデカい祠を建てる案は長老会議でも出ていたので、俺達は場所選びを行う。
好ましいのは盆地の中央。
丁度美しい湖があるので、その畔を候補地にする。
タテマエとしてはニヴル歴代の英雄と先祖全員を祀る祠。
柱や屋根も氏族の紋様そのものを取り入れたデザインにするらしい。
『わざとらしくないですか?』
「でも利権が絡んでるからのう。
折角見つけた土地なんじゃから所有権を確定させたいじゃん。
ワシ、先祖供養なんてアホらしくて行かないんだけどさ。
実利に繋がるなら大歓迎♪
この土地は山羊を放すだけでもペイ出来るぞ。
いや、この地形なら豚だな!」
『そっすよねぇ。
この広さの土地は手放せないです。
淡水が採取出来るのも地味にポイントが高いですよね。』
そうなのだ。
調べれば調べるほど、この盆地は価値がある。
まず、第一に未発見の土地であること。
かなり慎重に調査が進められたのだが、誰かが住んでいた形跡が全くない。
第二に、そこそこ広い。
しかも周囲の山の地質が掘削し易い性質であり、四方の山を削って盆地を今の2倍強に拡張する事も可能である。
第三に湖と小川の存在。
やはり水が豊富なのは助かる。
「キミの農業案は悪くないんだ。
管理された田園など所有権証明の最たるものじゃからの…」
『問題は誰が耕作するかですね。』
「うむ、とりあえずワシは嫌じゃ。」
『俺も性に合ってません。』
「かと言って人間種に貸し出すのもなぁ…」
ロキは横目で俺を観察しながら呟く。
『後から所有権主張されたら意味ないですしね。』
「穀物は食いたい。
でも耕すのは嫌。
人間種にやらせたいけど、後からゴチャゴチャ言われそうで不安。
↑これがワシらの総意ね。」
『人間種ってそんなにクレーム付けます?
ドワーフに対しては一歩引いてるイメージがあるんですけど。』
「えー、そんな事ないよ。
キミの前で言いたくないけど、土地に関しては執着強いよ。
やっぱり農業種族なんだろうな、農地に対しては特に煩い。」
俺は普段意識しないのだが、ドワーフに言わせれば人間種は農業の事ばかり考えてる種族らしい。
まあ、瑞穂の国から来た俺としては返す言葉もない。
ちなみに人間種の魔法属性は《水》らしい。
『え?水魔法?
そうなんすか?』
「だってキミら年がら年中、水路や降雨の心配ばっかりしてるじゃん。」
『いや、まあ、作物の収穫に影響しちゃいますし…』
「ははは!
農夫でもないキミでもそれだ。」
言われてみれば人間社会は農業中心だよなぁ。
日本人は台風が来れば田んぼや水門を見に行くのが通例だが、ドワーフはまず鉱山の入り口が崩れてないかをチェックするらしい。
やはり根底から産業観が異なるのだろう。
ドワーフからすれば人間種の農業への執着は不気味に映り、それが不信や猜疑に繋がるらしい。
「アイツら口を開けば、《この農地は御先祖様が拓いた》って言うからな。
それで何百年もずーっと居座ってるの。
豊かな土地ならまだ理解出来るよ?
でもワシから見ても農業に向かない荒地で必死に農業やって年貢まで払ってるのよ。
その執念が怖い、気持ち悪い。」
『人間種の間じゃ美徳として賞賛されがちな話なんですけど…
でもまあ、農業に興味ない種族からすれば不気味でしょうね。
いや、俺は両方の理屈が分かるんです。
人間種にとっての農地ってドワーフにとっての鉱山みたいなものなので…
ロキ先生だって、自分で開いた鉱山は他人に触られたくないでしょ?』
「そりゃそうだよ。
掘った穴は掛け替えのない自分の穴だし。
そこから出た物は、当然ワシに所有権がある。」
そんな話をしながら、移動用に連れてきたラマにブラッシング。
畜産地区の選定もノルマに入っているので適地を探さなくてはならない。
湖の向かいでは戦士団から派遣された特別チームがモンスターをかなり念入りに駆除してくれている。
氏族としても所有権確定を急いでいるのだ。
『ロキ先生…
土魔法で農地って作れないんですか?』
「え?
いや、どうだろ。
具体的には何をすればいいの?」
『いや、土を掘り起こしてフカフカにしたり…
pH調整したり…
その横に水を引いたり。』
「うっわー。
如何にも人間種の好きそうな仕事だな。」
ドン引きしながらも、ロキ爺さんは土魔法の用途をあれこれとレクチャーしてくれる。
聞く限りは耕運機よりもコスパは良さそうだ。
『それをドワーフ側でやっちゃえば、所有権をかなり強めに設定出来るんじゃないですか?
人間種も歓迎するかも。』
「歓迎?
なんで歓迎されるんだよ?」
『あ、いや。
ドワーフが農地権利を主張するって事は、人間種の農地に関しても認めるって事じゃないですか?
習慣を理解してくれただけでも安堵すると思いますよ。』
「うーん。
ノーコメント。
確かにメリットもあるんだろうが、トータルすればデメリットの方が大きい気がする。」
『じゃあ、美味しいとこだけ取りましょうか?』
「おっ、そういう話は大好き。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あくまで長老会議に語った俺の構想ではあるが。
まず。
【バルバリ峡谷において、ドワーフは土地所有権を主張しない。】
これで人間種の安心は買える。
彼らが最も恐れているのが、ドワーフが建国してしまう事であるからだ。
そんな事態になれば、王国・合衆国が即日停戦してこちらの攻め込んで来る可能性すらある。
その上でバルバリ峡谷の土地に勝手に農地を作ってしまう。
そして避難民にレンタルして地代を取る。
土魔法を上手く使えば農地が出来る事は、実はずっと前から目星をつけていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやいやいや。
所有権の無い土地に農地なんて作ってやってどうするの?
…だいたい、こんな事はキミに対して言いたくないんだけどさ。
ワシらはこれ以上に人間種に増えて欲しくないんだよ。
生活圏のすぐ傍に農地なんか作っちゃたら、間近に大量の人間種が居座る事になる!
それだけは避けなければならない。」
『じゃあ、仮に1年限定だとしたら?』
「…?
それは1年だけ農地を貸すってこと?
じゃあ1年経ったらどうするんだよ?」
『いや、土魔法で壊しちゃいましょうよ。』
「?????
ゴメン、それって何の得になるの?」
『まず1年限定を宣言する事によって人間種の警戒心を和らげます。
だってそうでしょう。
ドワーフが勝手に農地なんて整備し始めたら怖いじゃないですか?
居座られたらどうしようって思いますよ。』
「ふむ。
まあ、それはお互い様だろうけどね。」
『そして1年後の地代…
まあ穀物生産量の10%から20%ですけど。
それが入って来るなら悪い話じゃないでしょ?
例えば100万石の麦を育てさせれば10万石の収入がある訳なんですよ。
しかも耕作は人間種が勝手にやってくれる。』
「…いやあ、机上の空論だよ。
人間種はしつこいもの。
1年限定って言った所で、1年後には絶対ゴネ始めるだろ。
過去、そういうパターンがいっぱいあったんだよ。」
『いや、バルバリ峡谷に限っては1年限定が有効なんですよ。』
「?」
『だって人間種の土地である事を宣言した訳でしょ?
しかも農地は難民にだけ貸すんです。
あくまで難民救済。
だから1年だけ。』
「ふむ。」
『結果、王国が潰れます。』
「いやいやいや。
意味が分からない。
どうして難民を救済する事が王国と関係あるの?」
『だって王国は九公一民ですよ?
一方、ドワーフの農地は一公九民な訳じゃないですか。
ロキ先生が王国人ならバルバリ峡谷で働きたいと思いません?
しかもドワーフは人間種を徴兵しない。』
ロキ爺さんは顎に手をやりながら、頭の中でひっきりなしに計算をしている。
この老人は熱烈な種族主義者である。
だからこそ、その審判を通過したアイデアであればドワーフ種の利益を脅かさないと踏んでいる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その翌日にエヴァを連れて来た。
長老会議直属の土魔法使いも数名同行している。
「…長老会議がトビタ少年の案を承認したってこと?」
『いえ。
現時点では机上の空論扱いです。
そんな簡単に農地が作れるのか、って指摘されました。』
「だからこそ、奥さんを使って盆地でプレゼンしたいと。」
『ええ。』
妊娠中のエヴァがトロッコに乗るのは反対だったが、ドワーフ女性にとっては大した負担ではないらしいので止む無く認める。
曰く、臨月でも平気で乗馬するとのこと。
『ロキ先生。
麦はアルカリ地質で育つらしいんです。』
「そんなこと、子供でも知っとるわい。」
『失礼、ドワーフ種に地質を語るなんておこがましかったです。』
「…いや、別に。」
『そして種を撒く前に耕運の必要があります。』
「…ああ、人間種がいつも必死でやってるアレね。」
『土魔法で出来るんじゃないですか?』
「…それを嫁さんにやらせるの?」
『実験のみですよ。
確かめたいじゃないですか。
自分の構想が妄想なんかじゃないって。』
「その点だけは賛成だな。」
ニヴルはずっと王国領内に居た種族だ。
だから人間種の農耕を横目で見て来たし、その中でも好奇心が強いエヴァなら必ず風景を目に焼き付けていると確信していた。
「じゃあ、始めるわね。」
『出来るの?』
「今、ヒロヒコが言った通りなんでしょ?
耕運、排水対策、pH調整、面積の均一化。
後、水平にしておくね。」
エヴァは殆ど地面を見なかった。
手元の古文書【他種奴隷観察記録(人間種)】をずっと眺めている。
かつてはドワーフが人間種を捕獲して強制的に農業や畜産をさせていた時期もあったらしい。
(俺も拉致された身なので、被害者の苦衷は察するに余りある。)
正直、あまり愉快ではないのだが、回り回って幾人かの難民が助かるのであれば、それも運命だったのかも知れない。
「土魔法(極)ッ!!
人間種再現ッ!!」
エヴァは両手を大地にしっかりと置いて力強く叫んだ。
…間違いない。
須藤流の究極奥義である【天目山エターナル風林火山ウインド】と同等のオーラ。
これが魔法の極みなのだ。
「これで出来てると思うけど…
後は本職の農業技術者にチェックして貰って欲しい。」
『エヴァさん、体調は?』
「ん?
普通だよ?」
強がっている訳ではなさそうだ。
エヴァの表情は明るい。
ただ、長老会議から派遣されて来た土魔法使いのクヴァシル氏は渋い顔。
『何か問題ありましたか?』
「いえ、私は若い頃王国の農村に出向していたので…
これが成功であると確信しております。」
『おお、良かったです。』
「ただ、このレベルの土魔法は…
レベル5の私ですら、かなりの消耗を要しますな。
流石はトビタさんの奥様です。
いやはや、極とはよく言ったものです。」
要はクヴァシル氏の危惧は再現性なのだ。
氏は1年農地案には賛成。
ただエヴァにしか参画し得ない作戦に意義があるのかを考え込んでいる。
「トビタさん。
プレゼンとしては大賛成なんです。
以前から私は採掘だけでなく農業用整地にも進出するべきだと意見しておりましたから。」
『やはり、反対が多かったのですか?』
「うーーーん。
農業アレルギーですなぁ。
まあ、王国を追放された今となっては、それどころではないのでしょうが。」
クヴァシル氏はアイデアそのものには賛成。
但し、作戦の遂行がエヴァ頼みになってしまう事を危惧している。
言いたい事は分かる。
人間種なんかに嫁いだ女が英雄になっては政治的に困るのだ。
それでは生まれて来るハーフドワーフが【英雄の子】になってしまう。
ドワーフと言うのは余程あけすけな文化を持っているのか、「それだと排除出来なくなっちゃうでしょう?」と真顔で俺に語ってくる。
自分が彼の立場でも似たような危惧を抱くと思うので文句はない。
エヴァもよく分っている。
トビタ夫妻がレガシーを幾つも打ち立てて、ようやく生まれてくるハーフドワーフは生存を許されるのだと。
今回、彼女にしては強引に盆地に同行して来たのは、我が子の前途を考えてのことなのだ。
その心理を見抜いているからこそ、クヴァシル氏は連れて来た高弟にエヴァの魔法を再現させてみる。
結果、5人も名手を連れて来たにも関わらず完璧に再現出来たのは1人だけ。
その1人にしても肩で息をしながら座り込んでしまっている。
「先生、申し訳ありません!
1日1反が限界です!」
「キミは良くやっとる。
ゲルで休んでなさい。」
高弟達はゲルに入るなり寝転んでしまった。
彼らが流していた大量の汗を見る限りスタミナの限界だったのだろう。
「言葉の通りです。
私が後継者と考えている彼ですら1反。
氏族では最高の使い手と自認していた私でも10反が限界でしょう…
後は、企画が採用されるとしても政治判断でしょうなあ。」
そりゃあね。
トビタ夫妻だけが活躍しちゃうのは問題アリだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ワープ。』
バルバリ峡谷を一望出来る丘に秘かに飛ぶ。
相変わらず大量の難民が荒野を彷徨っている。
合衆国軍のバリケードはもはや王国軍ではなく、難民の流入に備えた仕様になっている。
王国軍は難民の群れを避ける様にかなり後方に布陣している。
よく見ると、難民達が狩ったモンスターを奪い合っている。
あの分だとかなりの餓死者が出ているな。
地獄絵図とはよく言ったものである。
まあ、俺にとっては好都合だ。
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