行けたら行くわ。
意識を取り戻した時、枕頭には義父ブラギが駆け付けていた。
『あ、お義父さん。
申し訳ありません、こんな格好で。』
「いや、構わない。
そのまま寝ていなさい。
丁度エヴァも戻って来るところだ。」
『いえ、大した傷では…
グッ!!』
「寝てなさい!
キミは無理をし過ぎるんだ!」
『…申し訳ありません。』
「簡単に報告しておく。
キミが失神して後に、バルンガ組合長がエクスポーションを使用した。
なので出血や感染に関しては心配しなくていい。」
『ありがとうございます。
組合長にも御礼を言っておきます。』
「ただ、甲の骨が変な折れ方をしている。
私も人間種の骨格はよく分らないのだが…
祈祷師曰く、後遺症が残る可能性が高いとのことだ。」
チラっと包帯越しに右手の甲を見る。
確かに出血は完全に止まっている…
止まっているのだが…
『感覚が殆どないですね。
麻酔が切れてからじゃないと何とも言えません。』
「え?
麻酔?」
あ、なるほどね。
そっかそっか、麻酔なしで感覚喪失か…
嫌な予感するなあ。
これチャコちゃんの言った通り障碍者手帳コースの予感するなあ。
胃が痛い。
「風魔石を手に入れる為に無理をしてくれたんだろう。
すまんな。」
『いえ、俺も氏族の一員です。
高炉が無ければどのみち詰みますし。
多少の危ない橋は渡りますよ。』
「事後承諾で恐縮だがロック鳥の殻を簡易鑑定させて貰った。」
『はい。』
「5個のうち、一つだけ魔力の入ってないものがあった。
棒線が引かれたものだ。」
…棒線?
ああ、きっとチャコちゃんが記したアラビア数字の「1」だな。
「残りの4つが凄いんだ。
風魔法(大)が2つ。
純度も素晴らしい、余程優秀な魔法使いのものなのだろう。
どちらか1つで高炉が作れる。」
『ああ、良かったです。』
「問題は残りの2つ。」
『え?
何か都合の悪いことでも?』
「風魔石(極)だよ。
大国の軍部が最終兵器として隠し持つような代物だ。
それも片方は【永続】の効果まで付与されている。」
『あ、どのみち氏族に上納するつもりでしたので、建造に使って下さい。』
「いや、ここまで価値がある物を無断では持ち出せないよ。
まずは勝手に鑑定した事を謝罪する。
君の負傷に関係があるのか確かめる必要あったからな。」
『お気遣いありがとうございます。
ただ、俺の中では氏族の財産と捉えてますので…
用途に関しては皆様に一任致します。』
「恐らくは…
(極)のどちらかで高炉を建てることになるだろう。
ギガントも風魔石を探しているようだから、(大)を提供する流れになるだろうな。
どのみち、共和国にオークの材木を流すならギガントの協力は不可欠だ。」
『…丸く収まるみたいで安心しました。』
「私はキミの怪我が完治してから喜ぶとするよ。」
溜息を吐いて義父ブラギは立ち上がる。
どうやら扉の側でエヴァが控えていたらしく、父娘でしばらく話し込んでいた。
「おかえりヒロヒコ。
大冒険だったようね。」
エヴァが包帯を巻き直してくれるが感覚は未だない。
手の甲には洒落にならない大きさの凹み。
見た瞬間に深刻な後遺症を覚悟する。
「勇ましい男の人は素敵よ。」
『いや、これはノーカンで…』
「…女の人でしょ。
それも私に許可を求めて来た人。」
『え!?』
何故分かったかを問おうとして止める。
例によって俺の顔に書いていたのだろう。
「ごめんさいね。
私が妊娠しちゃったから、ヒロヒコの自由が無くなっちゃったね。」
『いやいや!
エヴァさんとの子供は嬉しいよ。
何を置いても養いたいと思ってるし。』
「相手の人…
怒ってる?」
『どうだろ、俺を刺してる時は楽しそうだった。』
「ふふふ、その気持ち少し分かる。」
『…勘弁してよぉ。』
「ねえ、1つ我儘を言ってもいい?」
『あ、うん。
何でも言ってよ。』
「その人に御礼を言いたいの。
風魔法が手に入らないことで、お父さんが本当に悩んでたから。
その人が風魔法使いなんでしょ?」
『うん、かなりレベルの高い魔法使いだよ。
自分で起こした風に乗って飛んでるのを見た事がある。』
「あらぁ。
神話級じゃない。」
まあな。
洒落にならないビットコインをマイニングしてるみたいだからな。
令和の神話ではある。
「ヒロヒコが悪いんだぞ。」
エヴァは悪戯っぽく笑って、俺の手を軽く持ち上げる。
釈然とはしないが返す言葉はない。
「ねえ、その人の名前を教えて。」
『…チャコ。』
「チャコさんへの伝言を伝えて欲しいの。
《貴方のおかげで父が苦悩から解放されました》
ってね。」
エヴァは唯一魔力が籠っていないかった殻を手に取ると、祈る様に握り締めた。
「加護あれかし。」
魔法に疎い俺でも、殻に魔力が通った事はハッキリと認識出来た。
空気の膜のような物が優しく覆っていた。
『分かったよ。
次に会ったら必ず伝言と共に渡す。
あまり顔を見たくはないんだけどね。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日静養に努めたが、右手の感覚は戻らない。
頑張れば緩やかに開閉出来るのだが触覚が失われているのだ。
祈祷師曰く、絶対に損傷してはいけない神経が損傷したとのこと。
何となくニュアンスは伝わった。
「オマエ…
まるで歴戦の勇者だな。」
呆れ半分でガルドが言う。
右手右脚が潰れた。
おまけにレフ・レオナールに付けられた全身の傷も不思議と消えていない。
『お恥ずかしい限りです。』
「ヒロヒコは実績を挙げた。
誇っていいぞ。」
『…そうなんすかね。』
「俺はブラギに最高の婿を用意出来た事を誇らしく思っている。
これまで兄らしい事を何一つしてやれなかったからな。」
『ふふっ。
親方の役に立ててるのなら安心です。』
帰宅したバルンガも交えて状況確認。
長老会議としては風魔石(極)の【永続】で高炉を建造する事を希望している。
ただ、エルフマン・サックスの発表がなくとも極クラスの魔石は高価過ぎるので、俺と書面を交わす必要があるらしかった。
その足で会議場に出頭し、風魔石の上納を宣言。
風魔石(大)をギガントに譲渡する件も快諾した。
オークの材木を共和国に流すルートさえ確立出来れば氏族は安泰だからな。
俺としても大商いが生まれる瞬間を見るのは最高の気分だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自由時間は貰ったのだが、地球に帰る意欲が湧かない。
どうせチャコちゃん警察が張り込んでるだろうしな。
「ヒロヒコ。
私に気を遣わなくもいいのよ?
他に大切な人が居るのなら、その人も大事にしてあげて。」
『あ、いや。
俺はニヴルの一員になった訳だし…
まだ魔界交易がどうなるかも分からないし…』
人間とは不思議な生き物で、自由を与えられると行使する意欲も薄れる。
ドワーフは日本人と異なる夫婦観を持っているのか、エヴァも他の女に対して寛容だ。
(重婚が推奨されている訳ではないのだが、甲斐性に比例して妻を増やす分には問題ない。)
男とは不思議な生き物で、妾を勧められると正妻に申し訳なくなる。
『いや、改めて宣言するけど。
俺の正妻はエヴァさんだから…
いや、他の子も粗略にする気はないんだけど…』
まあ、急いで地球に帰る用事もないしな。
まずはドワーフの材木を合衆国や共和国に流せるかどうか。
そちらの方が遥かに重要だ。
あ、思い出した。
盆地開拓チームからミーティングに誘われてるんだった。
そうだよな。
折角発見した盆地なんだから何とかしてマネタイズしたいよな。
『勿論里帰りもするよ。
ただ、こっちの用事が一段落してからね。』
エヴァは話しながら手際よくリゾットを作っている。
そして俺の身体を支えながら、食べさせてくれた。
『…まあ、一応向こうが故郷だし。
あー、でももう親も居ないし。
何か用事があったら顔を出す事にするよ。
うん、そうだな。
行けたら行くわ。』
無論、地球でも色々用事があるのだが…
そこまで急ぐ必要はないだろう。
来週は魔界から返礼使が来訪するそうだし、当面はこっちで頑張らなきゃな。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
感想・レビュー・評価も頂けると嬉しいです。
この続きが気になると思った方はブックマークもよろしくお願いいたします。
【異世界複利】単行本1巻好評発売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4046844639




