等価交換を希望します。
村上邸。
村上顕康の書斎。
そのクローゼットの中に到着した俺は座禅を組んでいる。
傍らに置かれているのは除湿剤に偽装した感知センサー。
こういう小賢しい真似をする者は異世界を含めても他にいない。
巧妙に気配を殺しているが、扉の向こうに奴が居ることを確信していた。
10分経過、20分経過、30分経過…
不意に互いに潜めていた呼吸がシンクロした。
「やっほー♪
奇遇ねぇ、私も丁度今帰って来た所なの♥」
声は扉のほぼ密着距離から聞こえた。
直線距離で30センチもない。
「扉を開けてあげたいんだけどね?
今、ちょっと不自由なんだよねー。
誰かさんに刺された手の甲が動かなくてさ♥」
俺は無言でクローゼットを開ける。
眼前には須藤千夜。
吐息が交差する間合い。
右手には漫画的にグルグルと巻かれている包帯。
人格はさておきギャグセンの高さは評価している。
問題は部屋が大きく模様替えされてる事。
ここは本来村上翁の書斎。
ダーツを教わった事もあり結構気に入っていたのだが…
今は女の部屋に成り下がっている。
須藤の背後にはクイーンサイズのベッド。
カーテンや絨毯の色彩が明らかに女物に代わっている。
チャコちゃんがこの部屋を乗っ取った?
では村上翁はどこに?
『…ご無沙汰しております。』
「本当だよー。
神出鬼没すぎーww
どうせ異世界に行ってたんでしょーww」
『…イセカイ?
はて、何のことやら。』
「私に会いに来てくれたんだよね♪」
『いえ、村上さんに用事があったんです。
初年度の決算に向けて、早めに準備を整えておきたいと。』
「あ、じゃあ私も会議に参加するー。」
『申し訳ありませんが、弊社ドワープの会議ですので部外者の方はご遠慮下さい。』
「えー、でも私の㈱ナウシカも飛呂彦と同じ決算日だし♥」
『え?え?え?』
決算日をぶつけて法人設立!?
え? そんな粘着聞いたこともないぞ!?
「うふふふふ。
循環取引、しよ♥」
『違法行為は駄目です。』
「でも罰則規定はないよ?」
『罪を犯してはならないという事ですよ。』
「飛呂彦、変わっちゃったね。」
『何も変わってませんよ。
その場その場で自分の得になる振る舞いをしているだけです。
今はお行儀良くしている方が得なだけです。』
「ふふふ。
そんな真面目クンが私に会いに来たって事は、人に言えない何かをさせたいんだ(笑)
異世界関係?」
『…。』
「遠慮しなくていいよー。
私と飛呂彦の仲じゃない♪」
『…はい、お願いしたい事があります。』
「うん、いいよ。
お願いでも取引でも、どっちでも応じてあげる♪
飛呂彦が選んでくれていいよ♥
どっち?」
前から思っていたが、相当クレバーな奴だ。
(つまり女としては愚か極まりない。)
どう答えても向こうの望む方向に誘導されてしまう問い方。
『風魔法の使い手を探してるんです。』
「いいよ♪」
『まだ最後まで言ってません。』
「女にとってはそれで十分♥」
女にとってどうかは兎も角。
頭の回転が早いこの女にとっては案外十分なのかも知れない。
『…コレに風魔法を込められますか?』
「お?
異世界アイテム来たー♪
ねぇねえ、これ何?」
『ロック鳥の殻です。
魔法を注入して保存する事が出来るそうです。』
「あはは!
要するにチャージだね♪
ゲームとか漫画で重宝されてるアイテム(笑)
ねぇ、これって結構レアなんじゃない?」
『らしいですね。
ロック鳥は標高4000メートルの山頂に巣を作るんです。』
「たまは巣の鴨も狩りに来てよ。」
『善処します。』
チャコちゃんはロック鳥の卵の殻をペタペタと触っている。
「何個持って来たの?」
『殻は…
5個ですね。』
「オッケー。
全部出して。」
10分ほど弄り回してから、サインペンで番号を振る。
『?』
「5通り試してみたわ。
何番がアタリだったかを後で教えて。」
『…はい。』
上手く言語化は出来ないが、変化は感じる。
錯覚かも知れないが、殻の周囲の空気がやや揺れているようにも見える。
『…謝礼を払いたいんですけど。』
「えー、要らないよー♥」
『流石にタダで働かせる訳には行かないでしょう。』
「ふっふーん♪
私の休業補償は日本一高いと思うよ。
飛呂彦でも払うのは難しいかもね。
ああ、別に大物ぶってる訳じゃないのよ。
私の風魔法でマイニング可能な暗号通貨の額を鑑みると自然にそうなるのよ。」
『また風車を増やしたの?』
「深圳の風力発電ベンチャーが共産党政府の弾圧を恐れて逃げたがってたのよ。
ビットコインで在庫を買ってあげたら大喜びしてたわ。
前に東金に行ったじゃない?
あの辺、土地が余ってるから好き放題出来て助かるわ。」
『そっすか。』
聞けばチャコちゃんはフェラーリと六本木のタワマンを手に入れ栄華を謳歌しているらしい。
ちな本社はキプロスで登記したとのこと。
『うーん、足の付かないドルか貴金属なら幾らかは払えるかも。』
「ああ、それなら少しだけ払って貰おうかな。
気持ち釣り合いが取れてればそれでいいよ。」
『分かりました。
俺も等価交換を希望します。』
取り敢えず5万ドルでも渡せば後腐れは無いだろうと思った。
その刹那、チャコちゃんが正座のままで俺の右側に高速移動していた!
ワープ?
違う、ただ純粋な敏捷性ッ!!
『ぐああああああッ!!』
何も分からないまま悲鳴を上げてから、その原因が突如右手に走った激痛にあると気づく。
手の甲には深々と万年筆が突き刺さっていた。
『ぐわああああああッ!!』
腕から背に抜けるような痛みに、思わず全身を丸めて右手を庇う。
噴き出す汗は熱いようにも冷たいようにも感じた。
「等価交換♥
これでお揃いだね飛呂彦♥
お揃いの障碍者手帳取ろ♪」
『ガアアアアアッ!!』
「ヒロヒコッ!
大丈夫かッ!?」
いつの間にかチャコちゃんではなく側に居たのはガルドだった。
どうやら薄れゆく意識の中で反射的に荷馬車にワープしていたらしい。
という事はブラギ邸の敷地内か…
身内のテリトリーに逃げ込めた事で安堵したのだろう。
そこで俺の意識は飛ぶ。
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