それはもう誠にごめんなさい。
結論から言うとニヴル族が悪い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マグダリオン翁は御年640歳。
10年後の定年退職を控え、嘱託社員として会社に残るか郷里に帰って起業するか。
そんな悩みを持つ老コンサル社員。
エルフ大学理工学部にて金融工学の博士号を取得しているので学歴は申し分ない。
新卒で世界最古のコンサルティングファーム・エルセンチュアに入社したのも素晴らしい。
だが、サラリーマンとしては出世出来なかった。
(魔界のそれも最僻地のオーク支配地なんぞを担当している時点でかなりの傍流である。)
そして彼が出世コースから外された原因こそがニヴルなのである。
「忘れもしない…
あれは240歳の時、新卒20年目でそろそろ仕事も覚え始めた頃の話だよ。」
丁度400年前。
我が国では徳川家光が将軍職就任2年目を迎えていた。
きっと家光公も仕事を覚え始めていた頃だろう。
「年利77%!
その高配当に惹かれて、思わず初任給以来20年貯めた貯金を全額投資してしまった…」
そう、若き日のマグダリオン翁が買った債券こそが悪名高きニヴル債であり、言うまでもなく一度も配当が支払われる事もなくデフォルトした。
翁は職場で大いに笑いものにされ【コンサルタントとしての適性に著しく欠いた者】との烙印を押されてしまった。
順風満帆だった筈のキャリアは240歳という若さで道を絶たれてしまったのだ。
ドロップアウト後はひたすら最貧国周りを強いられる。
翁は必死に成果を挙げた。
サハギンに魚醤産業を授けたり、ゴブリンに地熱暖房器具を作らせたりと、なろう主人公ばりのレガシーを打ち立てたのだ。
だが、それは数字にはならなかった。
マグダリオン翁が血反吐を吐く想いで産み出した諸産業は未開種族にとっては奇跡的な富であったが、同期達が王国債の空売りで上げた莫大な利益の万分の一にも満たなかったのだ。
会社は翁を落ちこぼれ社員としてしか見てくれなかった。
数字が取れないので極貧の営業先しか任されず、極貧の営業先しか任されなかったので数字が取れない。
そんな悪夢の400年、マグダリオン翁はニヴルへの憎悪だけを糧に耐え続けて来たのである。
『それはもう誠にごめんなさい。』
誰がどう考えてもこちらが悪いのでまずは頭を下げる。
「謝って済む話じゃないでしょうがーッ!!!!」
400年分の恨みが込められた怒声が交易所中に響き渡る。
ガルドはあまり興味が湧かないのか、ポカンと口を開けたまま俺達の遣り取りを眺めている。
「この400年ッ!!
私は配当を待ち続けたァアアッ!!!!」
翁が勢い良く広げた書類。
ビニールのような物にコーティングされた古紙には
【老後安泰! ニヴル100年債! 年利77%!】
とデカデカと記されている。
…いや、こんなモンに騙される奴はコンサルに向いてないだろ。
「あー。
これアスガルド王の頃のモンだなあ。」
他人事の様にガルドが呟いたので、説明を求める。
曰く、400年前のニヴルの専制君主であるとのこと。
軍勢を率いて四方を侵略し氏族の最大版図を築いたので氏族内では英雄視されている。
ただ、多方面作戦が裏目に出てその息子のヘイムダル王の代で周辺国全てから攻撃されて支配地を失った。
(要はドワーフ版の武田信玄である。)
ヘイムダル王はクーデターによって殺害され、その時に自然発生した長老会議による集団指導体制が今日まで至るという訳だ。
俺が関ヶ原合戦や島原の乱の政治的責任を追及されても回答しようのないように、ガルドにとってもアスガルド時代なんぞは昔話に過ぎない。
だから呑気に頬杖を付きながら卓上の菓子をポリポリ齧っているのだ。
無論、我々の10倍の寿命を誇るエルフ族にとっては昔話ではない。
マグダリオン翁の人事評定をしていた当時の直属上司は役員に昇格して未だに社内で辣腕を振るっているし、ニヴル債購入者の愚かしさを痛烈に批判したコラムニストは最大手経済誌エルノミストの主筆を務めている。
ニヴル・アスガルド債は俺やガルドにとっては古文書に過ぎないが、翁にとってはまだ有効な塩漬け債券なのだ。
『ちなみに、お幾らくらい購入されたのですか?』
「忘れもしないよ!
金貨8万枚ッ!!」
『そ、それは
奮発しましたね。』
400年前とは物価が異なるので何とも言えないが、金貨8万枚と言えば人間種なら孫の代まで遊んで暮らせる金額である。
若き日のマグダリオン翁は実家の家財を無断で売払い、職場の給与前借り制度までフル活用して狂気のニヴル債全ベットを敢行し、よせばいいのに職場で上司や同僚に自らの先見の明を誇示するような言動を繰り返したという。
そして購入から2ヶ月後の残当デフォルト。
翁は涙ながらに周囲から受けた屈辱を訴える。
(当然、一族からも勘当された。)
あまりの愚かさに俺までもらい泣きしてしまう程だった。
「風魔石をお探しという話でしたなッ!!」
『あ、いえ。
物を頼む筋合いでも無さそうなので、もう結構です…』
「ざーんねーんでしたぁーッ!!
丁度、世界最大の投資会社エルフマン・サックスが風魔石の資産格付をA+に格上げしたばかりッ!!」
『あ、はぁ。
それで風魔石が市場から無くなっているんですね。』
「その通りッ!!
エルフの中でもマネーリテラシーに秀でた者は既に風魔石の確保を完了しているゥッ!!」
『なるほどー。』
「その中でもッ!!
最も風魔石の保有数が多いのが、何を隠そうこの私ッマグダリオンなのだ!!
長年の爪に火を灯すようなサラリーマン生活で蓄えた金貨91万枚に加えッ!!
550歳の時にようやく手に入れたエルフ大学裏手の夢のマイホームを抵当に入れての全力信用買い!!
実にフルレバ3000倍ッ!!
個人保有数ランキング断トツ1位ッ!!」
『…お、おう。
随分張り込みましたねー。』
「需給バランス!
各国の産出状況!
諸産業における風魔石使用量の増加ッ!
それら全てのデータを誰よりも収集し、大学時代からあらゆる金融ノウハウを学び続けた私が断言しようッッ!!
風魔石は上がるッ!
それも長期的に上がり続けるッ!!」
『なるほどー。
オチが見えて来ましたよ。』
「ふっふっふ。
残念だったね。
断言しよう♪
この上がり相場で風魔石を手放すバカは絶対にいないとね!!」
『この香り立つチューリップ臭よ。』
マグダリオン翁は別に俺達と交渉する為に来た訳ではなく、恨み言と勝利宣言をぶつけたかっただけらしい。
そりゃあね。
新卒段階でキャリア潰されたら怒るよね。
『えっと、一応確認しておきますが…
風魔石を売って頂く事は…』
「まず配当を払わんかいッ!!!」
『ですよねー。』
当然決裂。
マグダリオン翁は勝利の哄笑と共に去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヒロヒコ、アテが外れてしまったな。」
『そうっすね。
やっぱり痛いですか?』
「いや致命傷だろ。」
『やっぱ、そうっすよね。』
「まぁなあ。
魔界貿易で唯一カネになりそうなのが、オークが売りたがってる材木だろ?
あんなデカいのは産業用トロッコでしか運べない。」
『あ、そっかぁ…
産業用トロッコを作る為には。』
「風魔石か風魔法が必要不可欠だからなぁ…」
『ピンチですね。』
「まだ高炉が用意出来てない事は他種族には悟られるなよ。
足元を見られるからな。」
『そっすね。』
それにしても困った。
俺達は漠然とエルフの風魔法使いを探す腹づもりだったが、マグタリオンの学歴トークによると近年のエルフは魔法を学ばないらしいのだ。
経済学、経営学、金融工学、法学。
皆がそれらの実学(?)を学ぶべく過酷な受験戦争を強いられる。
そのレールからドロップアウトした者が泣く泣くブルーカラー自営業者になり実務の中で魔法を身に着ける。
そんな有り様なのでエリートはますます魔法を蔑むようになる。
「魔法!?
あんなものは落ちこぼれのやる事でしょう(笑)」
それがエルフ社会の総意。
つまり、今や魔法の本場はエルフ領になく帝国や王国の軍事技術研究所にあるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあ、風魔法どうする?」
『実に不本意ですが、個人的なツテを頼ります。』
「何?
ヤバい取引なら無理しなくていいんだぞ?」
『どのみち高炉を組めなきゃ詰む訳じゃないですか?』
「前ほどは食えなくなるだろうな。」
…それでは俺が困るのである。
もうすぐエヴァが子供を産む。
前代未聞のハーフドワーフという形でだ。
それだけでも子供にとっては途方も無いハンデとなる。
そしてもし、その時のニヴル社会に余裕が無ければ…
異物に寛容に振る舞ってはくれないだろう。
豊かである場合以上に周囲の圧が強まるに決まっているのだ。
『組合長に報告が終わり次第、自由行動にさせて下さい。』
「また俺の出番が無くなるじゃねぇか。」
『いえ、親方には色々と口裏を合わせてもらいたいんです。』
「そんなの仕事じゃねぇよ(笑)」
『頼らせて下さい。』
「…任せろ。」
もはや背に腹は代えられない。
…もう人生を捨てるしかないな。
マグダリオン翁と共に破滅するとしますか。
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