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そっちのパターンか。

トンネルを抜けるとそこは魔界だった。

アニメや漫画では青色や紫色のおぞましいカラーリングで表現されがちだが、景色に然程の特徴はない。

この間チャコちゃんと行った山梨の風景と似たようなものだ。



『親方…

魔界って言ってもそんなに景色は変わらないですね。』



「そりゃあ、内陸国なんて大体似たような景色だろ。」



事前の取り決め通りトンネルを出た先には【交易所】という看板が掲げられた国境検問所が設置されており、当然ながら魔界側の同意なく入国する事は不可能である。

トンネルの開設・使用許可こそ得ているが、出口から数えて30km内側までの土地所有権は魔界側にある事も覚書で合意済。

ここは既に異郷なのだ。



「ヒロヒコ。

あんまりキョロキョロすんな。

お出迎えだ。」



『スミマセン。

注意します。』



俺達を出迎えたのは魔族と呼ばれる種族。

青や紫や緑といった寒色系の肌と2本の角が特徴。

その中でも緑の肌にガタイの良い連中をオーク族と呼称しているとのことだった。

出口側の山脈は天領ではあるが、オーク族が運営権を保有している。

魔界政府に対して毎年借地料を支払っていたらしいが、トンネル計画が持ち上がった時点で出口周辺に関してのみ運営権が停止された。



「ようこそドワーフの皆様!

我々は貴方達の来訪を熱烈に歓迎します!」



中央に居た一際大柄なオークが深々と一礼したので、俺達も倣う。

言葉とは裏腹に一同の顔付きには重度の緊張と警戒が浮かんでいた。

無理もない。

ニヴル族と言えば王国専属の傭兵氏族であった時期が長い。

王国の侵掠に苦しみ続けた彼らからすれば敵そのものなのだ。

逆に言えば、そこまでの怨敵の申請に応じるほど、トンネル計画には魅力があったと言うことである。



「はじめまして。

交易所主任のデンキリックです。(ペコリ)」



  「ガルドです。(ペコ)」



「…父がお世話になりました。」



  「?」



『トビタです。(ペコリ)』



「ドワーフ種の方もそうですが…

人間種の方をお迎えするとは思っておりませんでした。

不手際もあるかと思いますが、どうかご寛恕頂ければ幸いです。」



なるほど。

緊張はお互い様なのだ。



「ご覧下さい。

あちらが皆様のレストルームとなります。

今度からご自由に使って下さいね。


【直訳】

交易所から勝手に出るな。」



『「ありがとうございます。」』



「さあさあ、所長室へどうぞ。

茶菓を用意させますので。」



所長室で改めてデンキリック氏と自己紹介を交わす。

副官(監察役?)氏とも型通りに挨拶。

オーク式のテーブル茶道のような礼法でもてなされる。

デンキリック所長自らの手で茶が注がれる。

薬膳茶の様な風味。

恐らくは魔界における高級品であると見当を付ける。



()()なニヴルの皆様と誼を持てて喜ばしい限りです。」



「『恐縮です。』」



皮肉である事をガルドは気付けていない。

そりゃあ、あれだけ好き放題していたら名は高まるだろう。


ただ安心感もある。

最初こそ揉めたらしいが、ニヴルが魔界林業に参入しない旨の誓紙を出したことでオークがやや軟化したようだ。



「是非とも互恵的な品目をやり取り出来ればと考え、この交易所を設立した次第であります。」



そこでデンキリック所長は俺に目線を移す。

この雰囲気、ある程度《トビタ》の存在を認識しているとみた。



「合衆国経由で共和国との交易が出来れば、我々としても嬉しいのですが…」



言いながらカタログを開く。

木材の価格表、卸値と希望小売価格が記載されている。

なるほど、話が早くて助かる。



「スギ、ヒノキ、カシ。

サンプルも裏手に用意しております。

バラも対応可能です。」



デンキリックが目線で俺の反応を伺って来たので返答。



『合衆国の小規模商社とは面識だけあります。

ノースタウンという街に本社が置かれているのですが、木材需要を探ることなら可能です。』



俺がそう言ったた途端に部屋中に歓声が上がる。

どうやら、彼らは彼らで喉から手が出るほど販路が欲しかったようである。

俺がそう答えた事で安心感が湧いたのか、そこからは互い突っ込んだ遣り取りになる。


魔界(と言うよりオーク族)が売りたいのは一にも二にも材木。

問題は輸送なのだが、ガルドはトンネルを整備さえすれば物理的に可能だと考えている。

後はペイラインに乗るか否か。



『デカっ!!』



交易所の裏手に並べられていた木材を見て思わず声を出してしまった。

素人の俺ですら分かるレベルの名木である。

むしろ、日本に輸出すれば皆が喜ぶのではなかろうか。



「ふふふ、こう見えて当家は山持階級でしてな。

ご用命の際は気軽にお声掛け下さい。」



いや、魔界の物産などに期待はしていなかったが、価格次第では買い手は付くのではないだろうか。

特に共和国。

以前俺達はギガント族長から林業族の若きドンであるクラッスス議員を紹介されている。

条件が合えば、向こうも喜ぶのではなかろうか?



その後も互いの需給情報を交換。

ニヴルが余らせている土魔石と銅鉱石は魔界でも余っている。

俺達としては穀物を買いたかったのだが、王国に流れる可能性があるので禁輸中とのこと。

魔界の主要穀物は小麦・大麦・蕎麦。

価格も良心的。

近年、トウモロコシの栽培が始まったそうだが、土質が合わない所為かこちらは著しく品質が悪かった。

合衆国製品と競合出来るとは到底思えない。

事前に分かっていた事だが、魔界もニヴルも共に輸出品目は少なく、中々旨味のあるビジネスが生まれそうにもない。



「じゃ、じゃあこれはどうです!

プライベートな品物になりますけどね!」



業を煮やしたデンキリックが別室から木箱を持って来る。



「わ、私どもの種族では珍重されているのですけどねえ。」



開けた箱には…



『ああ、エメラルドですね。

こんなに大きな原石は初めて見ました。』



「え!?

分かるのですか!?」



『え?

あ、はい。』



「い、如何でしょうか?」



デンキリックはデカい図体の癖に妙に相手の顔色を伺うような物言いをする。

見た目によらず気が小さいのだろうか?



『え?

いや、俺は普通に上物だと感じましたけど。』



「おおお!!

嬉しいです!!

いやぁ、エメラルドなんてねぇ。

人間種の皆さんからは嫌がられてるので。」



『そうなんですか?』



「我々オークの象徴石なんです。

ほら、オークの肌って緑色でしょ?

それでご先祖様達が親近感を持ったのでしょうね。

正装にはエメラルドを合わせる法律まであるんですよ。


…だから、まあ。

人間種の皆さんはエメラルドを嫌がるそうです。」



『…ああ。』



そりゃあね。

俺は王都でさんざん対魔族感情を見て来ているからね。

オークの象徴石なんて異世界人は嫌がるに決まってるだろうね。


…でもまあ。

地球にはオークが居ないし、そこそこ高値が付くか。



『所長のブレスレッド。

赤地にエメラルドが映えてますね。』



「ありがとうございます。

父の形見です。」



デンキリックは一瞬だけガルドを見る。



「販路…

何とかなりませんかね?」



『エメラルドを売りたいと?』



「ええ、モノが良いと分かっているだけに…

どこかに買い手が居るのではないかと。

ついついそういう希望的観測を持ってしまうのです。」



『ちなみにこの原石。

銀決裁なら幾らほどですか?』



「え?

王国銀貨は…」



『安心して下さい。

鋳潰したインゴットで支払います。』



「…10㌔。」



確か今の相場はグラム単価200円前後だったはずだ。

200万円でこの原石なら多分安いな。

例えこれが換金不可能なクズ石・偽物だったとしても、政治的には安い。



『…OK.

俺が個人的に買うのはありですか?』



「何の為に?」



『販路を探す為に決まってるじゃないですか。』



デンキリックは無言で立ち上がり握手を求めてきた。

デカい手だ。

だが、そこまで硬さがないのを見るに戦士ではないのかも知れない。

さっきも【山持階級】を自称していたからな。

要は地主のようなものなのだろうか?


俺は灰色鉄鉱山に貯めている資産をトロッコで運ぶと約束する。

但し、これはあくまでデンキリックとトビタの私的な取引。

互いの共同体にとっては益がないので、皆で価格表を刷り合わせて妥協点を探る。

無論、困難極まりなかった。



「いやあ、トンネルさえ開通すれば…

販路がすぐに広がるものだと勘違いしておりました。」



『いえいえ。

気持ちは分かります。

クラッスス議員には必ず打診致しますので。』



「緊張して来ました。」



彼の気持ちは理解出来る。

魔界は典型的な貧乏国であり、そもそも大した輸出品がない。

せいぜい穀物・材木・石材、といった原料輸出が出来るか否かなのだ。

それらにしても豊富に産出する程のものではないし、人間種最大のマーケットを誇る王国には売れない。

王国は穀物なら喜んで買ってくれるだろうが、それが侵略軍の兵糧に化けるのは自明の理である。

デンキリックが嗜好品であるエメラルドを売りたがるのは正しい判断だ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さて、かなり打ち解けてきたな。

去り際に本題に入るか。



『じゃあ、所長。

復命の足で銀塊を用意してきます。』



「おお、何から何まで。

楽しみにしております。

それではくれぐれもクラッスス議員の件を宜しくお願いします。」



『はい、必ずや。

他にも何か魔界から輸入するべきものがないか、組合に伺いを立ててみます。』



「おお!!!

頼もしや!!」



『あ、そうだ。』



「はい?」



『大したことではないのですが。

ちょっと風魔法が足りないらしいんです。

風魔石を売って頂く事は可能でしょうか?』



足元を見られたくないので、さりげなく話を持って行く。

欲しそうな顔をしたら吹っ掛けられる可能性があるからね。



「えー、風魔石ですかぁ…」



露骨な困惑顔。

あー、駄目かあ。



「最近エルフが風魔石投資を始めちゃって。」



『え、エルフですか。』



よし、本命が来た!



「彼らが一度ポートフォリオに組み込んじゃうと、徹底的に買い込んで100年は手放しませんからね。

近世に、水魔石が暴騰した事件があったでしょ。

アレも彼らの仕業ですよ。」



『へ、へー。

魔界にもエルフの方が住まれておられるのですね。 (棒)』



「いますよー。

財政学講師の肩書で派遣されて来るケースが多いですが…

要は債務の取り立てですなww」



『へ、へー。 (棒)

そうなんですね。 (棒)

後学の為に一度会ってみたいです。』



「おや、トビタさんはエルフなんかに興味がありますか?

この藩にも滞在してますよ。」



『そ、そうなんですね。』



よし!

いきなりアタリを引いたぞ。

これで風魔法問題は解決したも同然だな。

思わず安堵の溜息が漏れる。



「あ、じゃあこうしましょう。

エメラルドの決裁の時に付き合いのあるエルフを連れて来ますよ。」



『え?

いいんですか!?』



「ははは。

お恥ずかしながら弊藩も彼らからの借財がありまして…

日々彼らからせっつかれてるんですよ。

もっと販路を開拓してキャッシュフローを改善しろってね。

寧ろ、今回みたいな取引なら彼らも見たがると思いますよ。」



その場ではポーカーフェイスで通したが、トロッコが走り出してから爆笑しながらガルドとハイタッチ。



「ヒロヒコ!!

大手柄だ!!

言ってみるものだなあ!!!」



『ええ安心しました!!

これで氏族に顔も立つというものです。』



帰還してバルンガに復命。

笑顔で抱擁し事態の進展を祝う。

その足で長老会議に出頭。

エルフ発見に場が沸き立つ。



「トビタ君!!

キミは輝いているよお!!!

最高の若者だ!!」



『あざッす!!!』



瀬戸内の孤島に隠してあった銀インゴット10㌔をブラギ邸に運び込む。

内弟子の皆さんに炉を借りて丹念に地球の刻印を鋳潰す。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



約束の取引日。

交易所には明らかに魔族とは雰囲気の異なる老人。

細い身体、色白の肌、長い耳。

よし、恐らくはエルフ。



『では、デンキリック所長。

銀をご確認下さい。』



「ありがとうございます。

では、こちらが前回お見せしたエメラルドです。」



改めて観察するが、確実に200グラムはある。

つまり1000カラット。

地球では、さぞかし暴利を貪れることだろう。

正面ではデンキリックが銀のチェックをしているが、表情からして合格っぽい。


そして俺達の横から微笑を湛えて取引を見守るエルフの老人。

よし、良い雰囲気だ。



「いやあ。

トビタさんが来てくれて本当に良かったです。」



『いえいえ。

頑張って販路を探してみます。』



2人でしっかりと握手。

よし、席は温まった。



「ではトビタさん。」



『はい!』



「改めて正式に紹介致しますね。

総合コンサルティングファームのエルセンチュアでアソシエイト・ディレクターを務めておられるマグダリオン氏です。」



『はじめまして!

ニヴル族のトビタです!』



エルフ老人はゆったりと微笑む。



「ご紹介に預かりましたマグダリオンです。」



老人が丁寧にお辞儀をしたので、俺も倣う。



「さて、風魔石をお求めとのことでしたな。」



『はい!

是非お譲り頂けましたらと思いまして!』



マグダリオン翁は俺に向き合い人懐っこく破顔。






















「誰が恵んでやるかボケェッ!!!!!!」



なるほど。

うん、なるほど。

そっちのパターンか。

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― 新着の感想 ―
なんか次回でこのジイが、と、言いたいところだが○○持ってきたらとかはじまんやろ。ゴネたら、いけトビタ!札束びんた、貴金属シャワー、嗜好品アタックや。
順調に爺ハーレムが出来てるようでなにより。
これまた凄く仲良くなれそうなジジイだな、凄く・・・漫☆画太郎先生タッチです (当作品で偏屈ジジイを見る度そう思うようになってしまった)
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