30分程で飽きた。
前から不思議で仕方なかったのだが、チャコちゃんは無駄に腕力が強い。
必死で抵抗したのだが、あっさりと手を捻られて制圧されてしまう。
「神妙にお縄に付け!」
『ぐわぁ!』
2人で揉み合いながら、クローゼットから軽がり出る。
「オマエには黙秘権がある!
行使をさせる気は毛頭ないがな!」
『痛たたたた!』
そんなアホな遣り取りをしながら見上げると、村上翁と幹康さん夫妻が無言で俺達を見下ろしていた。
「えっと、オマエら。
人の部屋でそういう事するのやめてくれない?
親しき中にも礼儀ありって言うだろ?」
『村上さん!
この人ちょっと頭がおかしい!』
「おいおい、人の親族をキチガイ呼ばわりするなよ。
チャコちゃんは生まれつき警官に向いてるだけだ。
中学校の時なんか、警察庁の適性テストで99.28%の史上最多得点を獲得した事もあるんだぜ。」
『それってもはやサイコパスなのでは?』
「まぁ、警官なんて多かれ少なかれ偏執性は求められるからな。」
チャコちゃんは数日前から村上翁の挙動を怪しみ、俺がこのクローゼットにワープして来ると推理し、アンパン片手に張り込みをしていたらしい。
60時間ほど気配を殺して隠れていたとのこと。
恐らくこの女はスナイパーの職業適性もある。
「専務あるところに飛田あり!
専務を監視していれば、必ず犯人が現れると信じていたの!」
『あ、うん。
でも令状も無しに逮捕は良くないと思いますよ。』
「現行犯ッ!!」
『えー、俺は生まれてこのかた何も悪い事してませんよ。
冤罪勘弁して下さいよ〜。』
「私だけ除け者にして府中でハーレム作ってる!」
…除け者にされてるのは単にこの女があの3人から嫌われてるだけなのだが、流石にそれは言うまい。
「う、う、う…
うわーん!!」
俺の手首を鷲掴みにしたまま泣き出すチャコちゃんを幹康さんの奥さんが優しく抱きしめ、般若の形相で俺を睨む。
えー!
悪いの俺かー!?
釈然としねぇなぁ。
結局、幹康さんの奥さんの圧があまりに強いので、俺はチャコちゃんの手に村上翁の万年筆を突き刺して怯ませた隙に逃げ出した。
外は雨…
ハァハァ!
何でこうなる!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ハアハア、中本さん。
作業中申し訳ありません。』
「あ、飛田さん。
御無沙汰してます。」
チャコちゃん警察の魔の手から逃れた俺はワープで中本のアトリエに飛ぶ。
こんな時間まで精勤している友人に心から敬意を抱く。
『ハアハア。
えっと、1つお願いが…』
「いや、飛田さんのお願いなら大抵聞きますけど。
刀を差しての入室は勘弁して貰えますかね。
それ本物?」
『いや、どうでしょ?
竹光にしては重い…』
「うわっ!
アトリエで抜刀しないで下さいよ!」
『スミマセンスミマセン。
すぐにしまいます。』
「あ、ちょっと待って!
これ、かなりの名刀じゃないですか?
最近、東京の美術展に行きまくってるんですけど…
国宝クラスと遜色のない刃紋ですよ。」
そりゃあね。
ドワーフの鍛冶技術は異世界でも別格だからね。
何気なく打った量産品でもかなりの品質だよ。
「で?
何の御用ですか?」
『ちょっと仕事で絵の具が必要なんですけど。
お持ちではないですか?』
「え?
いや、イメージ画用ので良ければ幾らでもお譲りしますけど。
はい、どうぞ。」
『おお、助かります。』
よし、これで顔を隠せるぞ。
ペタペタ。
「ちょっと待って下さいよー!!」
『え?』
「不思議そうな顔しないで下さい!
この深夜に顔一面を真っ黒に塗るって、何を企んでるんですか!」
『いやいや!
企むだなんて人聞きが悪いなぁ。
いいですか中本さん。
これは仕事なんですよ。
誓って悪事ではありません!』
「えっと、真剣を持ち歩いている人に言われたら怖いだけなんですけど。」
『誤解!誤解!
この剣はあくまで護身用!!
万が一の備えですよ!!』
「えっと。
どんな事態を想定してたら真剣が必要なんですかね。」
『中本さん!』
「はい。」
『これに関しては人助け!!
世の為人の為の義挙!!』
「もう飛田さんは遠藤家の選挙区継いだら?」
『政治家なんぞと一緒にしないで下さい!』
「いやー、貴方は向いてますよ。」
『まあいいや、この話はまた後日。
そりゃあ行って来ます!!』
「あー。
ま~た悪事の片棒を担いでしまった。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ワープ!』
一旦荷馬車に戻って独立宣言書の束を回収。
『ワープ。』
新都に忍び込み、各役所や帝国商工会に独立宣言書をバラ撒く。
帝国も王国との交渉材料を探しているからな、この宣言書をさぞかし有効活用してくれるだろう。
『ワープ。』
間髪入れずに共和国に飛ぶ。
元老院会館やら記者クラブビルやらに宣言書をバラ撒く。
『ふふふ。』
コソコソ企んでいる時って、どうしてこんなに楽しいのだろうな。
『ワープ!!』
最後に合衆国のノースタウンに到着。
州庁舎と郵便馬車基地にバラ撒く。
『ワープ!』
荷馬車に戻ると、バルンガ組合長の邸宅(専用の坑道内にある。)に向かう。
深夜だが灯りが点いており、俺が扉に近づくと書生さんが迎えてくれる。
「トビタさん。
バルンガ先生が離れでお待ちです。」
『ありがとうございます!』
既に話が通っていたのだろう。
書生さんは俺の顔と足を素早く丁寧に洗ってくれる。
「トビタ君。
こっちだ。」
『組合長!
こんな遅くまで!』
「いや、氏族の一大事だからな。
早速報告を頼む。」
裕福なドワーフは母屋とは別に細工物遊びをする為の離れを持っている事が多い。
バルンガが招き入れてくれた離れも小奇麗なアトリエだった。
(当然、政治的な会談・密談に用いられるケースが多い。)
『新都・共和国首都・そしてノースタウンに配布しました。』
「御苦労。
足は付いてないな?」
『はい、顔をすっぽり覆いながら物陰の中だけを進みました。』
続いてバルンガに各街の様子を復命。
彼が気にしているのは新都を帝国が保持出来るか否か。
俺は見聞を包み隠さず報告した。
「この件に関しては恩賞を出せないけど構わないか?
何せ公式記録にヒントすら記載出来ないからな。」
『ええ、勿論です!』
「とは言え…
全くのただ働きをさせるのもなあ。」
バルンガは顎に手をやりながら考え込む。
「何か欲しい物はある?
やっぱり金貨?
キミの希望を聞かせてよ。」
『え?
希望ですか…
そうですね、正直金貨はありがたいです。
ただ、ニヴルの現状を鑑みれば今は氏族内にストックしておく時期かなと。』
「だな。
その点は賛成。
それはそれとして、だ。」
『色々考えたんですけど。
俺ってアービトラージで儲けたいだけの人なのかも。』
「正直だなあ。
それ老人達に言うなよ。
あの世代は若いうちは苦労してナンボって価値観だからな。」
『ですね。
あまりいい顔はされないと思います。』
「…まあ、組合として付き合ってあげるからさ。
何か売りつけたい物があれば持って来てよ。
一緒に販路を考えよう。」
『…何を持って来れば怪しまれずに済みますか?』
「君の持ち込み品って全部怪しいからなぁ。
普段フォローしている私の身にもなって欲しい。」
『すみませーん。』
2人で笑い合う。
「取り敢えず、コーヒーは×で。」
『駄目っすか?』
「…バレた時に王国が発狂するからね。」
『ですよねー。
砂糖はOK?』
「本当は駄目だけど…
砂糖・海塩・黒胡椒は可。
但し、仕入れ量を私に教えて。
今年は各100㌔までをOKとする。」
『…はい。』
「あ、不満そうな顔になった。」
『いやいやいや!
不満ではないですよ!』
「キミ、結構顔に出るからなー。
人間種の中では一番感情が読みやすい。
…だから気を付ける様に。」
『あ、はい。
…でも、ガッツリ稼ぎたいんです。』
「気持ちは分かるよー。
キミみたいに力量のある若者なら、それを発揮したいよな。」
『チカラを誇示したい訳ではないんですけど。
それでも能力をもっと活かしたいんですよ。』
「今までの仕入れで十分に証明は出来てるんだけどな。
ワイバーン狩ったのもそうだし。
キミ、評価されてるんだよ?」
『ありがとうございます。』
不意にバルンガが思い出したような表情で呟く。
「…なあ、キミが前に手に入れてくれたロック鳥の卵ってまだイケるか?」
『イケます!!』
「いや、これに関してはマジで欲しいんだわ。
ほら、魔界とのトンネルが繋がっただろ?
交渉材料が今一つ足りなくてな。」
『何個要りますか?』
「個数を聞くとはな…
大きく出たものだ。
じゃあ、3…
いや、10個ってイケるかな?」
『イケます!!』
「じゃあ、それで頼む。
まあ、問題は対価を思いつかない事だが…
キミに金貨を払う為にも、他国との通商ルートを確立するのが一番かな。」
問題は金貨を一番持っている王国に俺が打撃を与え続けている点なのだ。
『でも、相手が弱ってくれた方がカネを巻き上げるのが楽そうじゃないっすか?』
「酷い奴だなー。」
今のままでは王国との通商再開は困難だが、アイル州で独立騒ぎが起これば間接貿易のチャンスが生まれる。
地政学的には隣接していない方が仲良くやれるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、それはそれとして。
大それたことをやってしまった俺はバルンガから休養を命じられる。
商人階級に属する俺なので、組合長の命令は絶対だ。
「まあ、休養と言っても大したことではないさ。
対外的には坑道の奥深くでサウナ休暇していた事にしよう。」
『要は独立宣言を人間種に悟られるな、と。』
「悟られた瞬間に氏族が詰むからな。
キミは数日前から休暇を与えられ、坑道の奥でのんびりしていた。
それでいいね?」
さっぱり理解不能なのだが、ドワーフ種は休暇先に地底の奥を選んだりする。
いつもの鉱山仕事と大して変わらない気もするのがだが、彼らに言わせれば仕事で掘る穴とプライベートで掘る穴は全くの別物らしい。
いつか俺にも共感出来る日が来るのだろうか。
『了解です。
当面、人間種の前には顔を見せないようにします。』
「まあ、あくまでタテマエだ。
この離れはキミに贈呈するから好きに使いなさい。
今日はそのつもりで呼んだ。」
『え!?
いやいや、かなり立派なアトリエですけど…
いいんですか?』
「私も長老会議に詰めっ放しでね。
どうせのんびりする暇もない。
ガルドや奥さんを呼んでも構わないから。」
そんな流れでバルンガ邸の離れを贈呈されてしまった。
(離れと言っても床面積だけなら巣鴨の自宅よりも大きい。)
確かに山羊放牧地での滞在はあまりに目立つ。
逆にここは私坑道の奥の邸宅の離れ、人間種はおろかニヴル内ですら所在が分かりにくい。
ステルスにはもってこいかもな。
書生さんが説明がてらに寝具を用意してくれる。
『流石に家族を呼ぶ訳には行かないでしょう。』
「いえ、逆です。
先生はそういうニュアンスで仰っていたので。」
書生さん曰く、不動産の提供というのは準政略結婚と呼び得る風習らしい。
要はバルンガ組合長がトビタ夫妻の後ろ盾になるという意味。
当然、長老会議の若手仲間である義父ブラギとの関係強化も狙いの一つだ。
また俺に対して暗黙の牽制の意味があるのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目が覚めると枕頭にエヴァが居る。
どうやら話は全て付いているようだった。
「私は嬉しいのよ。
四六時中、親と顔を合わせるのは億劫だから。」
『それは良かった。』
「でも今度はヒロヒコが億劫になっちゃうね?」
試すようにエヴァが笑う。
まあな、例え相手が嫁でも四六時中顔を合わせるのは辛い。
『そんなこと無いよ。
久し振りにエヴァさんと一緒に居れて嬉しいよ。』
30分程で飽きたのでロック鳥の卵を乱獲して忙しいフリをした。
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