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題名のない音楽祭 ~Konzert ohne ein Titel~  作者: 魔弾の射手
本章 Zur Genealogie der Molal
8/20

第4.00話 ~完結編~

苦節三か月、ようやっと完成しました。

□大昭25年 4/2 PM18:53 春休み最終盤




 テレビが映すもの、それは現実離れした外界の惨状だ。

 これは地獄なのか。それとも天国なのか。知るのは渦中の彼らだけである。

 だが少なくとも、少なくとも鷲宮准は、この惨状を天国だなどとは思いたくなかった。




『今日の天気は曇りのちスギ花粉! 西高東低の気圧配置は大凶! エルニーニョに誘われたカッシーニとフェーン現象はカップラーメンの露と消えることでしょう!』




『揮発性の高い哀れなる花粉症患者は今こそ税金を投げ捨て、マスクの大渋滞と共に池袋を凱旋せよ! 絢爛たる不燃ゴミたちは徒党を組み、周波数を同じくするラーメンとチャーハンは先鋒を司れ!』




『号外! 渋谷に咲くゲリラ豪雨! 青信号の指し示す道は大吉! そのソフトウェアは銀河系に相似! あぁこれこそ至高のランチタイム也!』




『税金だ! 燃える風に流れつくEMPに、今こそオリエント公会議の税金を指し示せ! 思い知るが良い……空き缶たちの腎臓(じんぞう)を! これこそ内なる小学生の催した祭典也!』




『これはいったいどういうことでしょうか。まるでマンホールから流れ出るお地蔵さんたちの大渋滞のように、市民たちは五人官女の笛や太鼓に合わせてサボタージュしています! サぁ今すぐにでも私を迎ヱ入れルのだ! あれこそリバティー! ユートピアのパロディーだ! 進め! (たか)れ! 私こそが――』




『現在電波が大変乱れております。電波が安定するまで番組内容を急遽変更してお送りいたします。水曜コメンテーターの大原田畑(おおはらだばた)敦子(あつこ)さん、市民のこの大暴動をどう思われますか?』

『これはきっと自民党が遂に動き出したんだと思いますよ。自民党は日本が嫌いな暗月の王子様ですからね。これは自民党が暗月の制約令の秩序に基づいた、日本崩壊の序曲でしょう』

『え、あぁ――ち、秩序? ――えぇっと、自民党がですか?』

『そうに違いありません! 私の云うことは絶対なんです! ――根拠? 根拠は私が皇帝だからです! 皇帝の云うことは絶対! 神が私を皇帝だと定めたからです!』

『落ち着いて! 暴れないでください! スタッフさん止めて! カメラ止めて!』

『絢爛たるブリキの兵隊たちは徒党を組み、周波数を同じくするラーメンとチャーハンは丼と蓮華の鳥居を潜って先陣を突き進むが良い! 三人官女と不燃ゴミたちの笛や太鼓に合わせて、玩具たちはその行進を憚ることはない! 心の中の中学二年生はそのするめ臭い情熱と性欲の赴くままに前進せよ! 私こそが皇帝だ! HAAAAHAHAHAHAHAHAHAHAHHAHAHAHAHA!!』

『スタッフさん止めて! 局から出さないで! 早く!』




 マスクをかけた人間が一糸乱れぬ猥雑(わいざつ)さと混雑さを伴ったパレードをしている。

 不燃ごみを片手に、何事か口ずさみながら、お互いがお互いに絶妙なバランスで邪魔をしあっている――そのさまは誇大妄想患者が千人集まり徒党を組めばこんな風になるのではないかと云えるような、そんな天国や理想郷の名前を借りた地獄染みた光景。


 狂っている。狂気のパレードが、躁狂的な祭典があちこちで狂い咲いている。恐怖のパレードが凱旋している。何を踊っているのか、踊らされているのかも理解できない民衆が。


 平和に浸りきった民衆は目の前の危機に気付かない。訪れる破滅の前触れにさえも。

 弱きものは失い、強きものは蹂躙される。


 だがこれもまだ序の口なのだ。少なくとも、今のうちは。

 死刑執行人の断頭鎌(ヨハン・ライヒハート)は再覚醒中で、未だ全力を発揮していない。

 最初は人を錯乱させ、狂気に呑ませる。其処から度合いが上がっていく。

 人が人を殺し、自分で自分を殺し、やがて知覚範囲の全ての生命体は死ぬ。星すらも例外ではない。代謝行動をとるあらゆる生物がその埒内に収められている。

 これこそ御鏡弥生の持つ生物殺しの反奇跡カウンター・アビリティ。その真骨頂である。


 これが鷲宮准と御鏡弥生の罪だ。


「お目覚めになられたのですね、鷲宮様」


 自分たちの決断の末路をありありと見せつけられて居たところに、都城美峰はちょうどよくやってきた。まるで計っていたように。


「今朝からこの方、ずっとこんな感じです。お気になさらないでください。それよりもお加減の方は如何ですか? 取り敢えず出血は止めましたが低体温症などを起こしていましたのでしばらくは安静にしていたほうが良いかと」


 今日ハヤケニ良ク喋ル……気ヲ使ハレテイルノカモシレナイ


 時刻は夕方。丸一日寝込んでいたことを確認すると、身を起こした。案の定、左腕の感覚はない。

 二の腕から先が奇麗になくなっていた。

 千切られたわけでもなく、切断されたでもなく、二の腕から先が超音波加工機やウォータージェットで切り取られたかの如く、奇麗な断面を残している。止血された関係で今は丸みを帯びた跡があるが。

 御鏡弥生を目覚めさせた結果だ。完全に左腕は死んでいる。仮に蘇生などの能力に再定義したところで、既に死んでしまった結果を覆すことはかなわないだろう。


 不可逆。一方通行。御鏡弥生の超能力は生命の結果を強制する。

 人はいつか死ぬ。無意味に、無慈悲に、無価値に――何が在ろうと必ず。生命性の行き着く先は誰しもこの世で最も平等である。

 溺死(できし)圧死(あっし)縊死(いし)落下死(らっかし)餓死(がし)窒息死(ちっそくし)轢死(れきし)衰弱死(すいじゃくし)過労死(かろうし)焼死(しょうし)病死(びょうし)爆死(ばくし)戦死(せんし)感電死(かんでんし)老衰(ろうすい)撲殺(ぼくさつ)殴殺(おうさつ)刺殺(しさつ)中毒死(ちゅうどくし)安楽死(あんらくし)――手段や方法、生命倫理などに拘りさえしなければ素人が思いつく範囲でこれだけの死因がある。素人が自分の死因を考えるだけでこれだけの選択肢がある。死因なんぞ選びたい放題だ。其処に価値を付加するのが人間だ。

 圧死は嫌だ、痛そうだから。窒息死は嫌だ、苦しそうだから。過労死は嫌だ、疲れそうだから。病死は嫌だ、寝たきりになりそうだから。

 あらゆるものは手段と方法を問わなければ選択肢など幾らでもある。其処に新聞やテレビやインターネットと云った媒体を使ってメディアは“死”という概念に価値を付加し世論(せろん)を誘導する。

 何々は良い死に方だ、何々は悪い死に方だ――極論、日本という国家は事実上、メディアによってコントロールされている。世論も、そして政治さえも。

 日本のメディアというのは、力を持ちすぎている。作法(リテラシー)という物に兎角敏感ではなかった時代を引き摺っているのだから当然だろうが、左に傾倒した連中が無暗矢鱈と吠える。吠えた結果政治の路線を変えればそれすら糾弾する。そして自分の発言に責任を持たない。

 例えば、ある感染症で封じ込めを行っていた豪華客船についてあるコメンテーターはこういった。『一度下船させて家に帰してからもう一度受けて貰えばいいんじゃないか』と。その結果、感染症が大流行した際には『何故政治家はあの時乗客を下船させた』と糾弾した。


 そういう風にして、メディアは市民に近い場所から、市民を扇動する。市民に刷り込みを行う。

 戦争の意義、国防の意義、“生きる”ということの意味はメディアのみならず、人間の手によって変えられた。“死”という概念とその価値観は、メディアによって、他ならぬ人間の手によって価値を変えられた。価値を付加された結果、概念の持つ意味を変えられたのだ。原義的に平等に訪れるものだという事実を忘れさせ、“死”を遠ざけるために。そうすれば、永遠の命(不老不死)が手に入ると思ったから。


 御鏡弥生の超能力とは即ち絶対者からの過程も工程も無視した、ただ一言“死ね”という至上命令(死刑執行)。仮にその命令に逆らえたとして、全身を蠕辱(じゅじょく)する毒となってやがて全身に回りきり衰弱して死ぬ。必ず死ぬ。それが御鏡弥生の、他ならぬ人間が無意識に発する命令だから。


「お嬢様は目下行方不明です。外界がこの有様なのでおそらくお嬢様の身はそれほど危険な状況ではないと思って良いでしょう」


 堺様ト蝶野様ガ現在捜索中デス。一両日中ニ結果ハ出ルデセウ。鷲宮様ハ其ノ儘安静ニナサツテクダサイ。無理ニ動ケバ冗談デハナク本当ニ死ンデシマイマス。


 捲し立てるように、しかし口調自体はいつもの落ち着いた感じで淡々とした風に都城美峰は鷲宮准に伝えた。

 堺境とドクトル・バタフライが動いたとなれば、今度こそ本当に死んでしまうだろう。もしかすれば返り討ちに遭うかもしれないが、その時は御鏡弥生が告げた通り、本当の世界の終わりが始まるだけだ。どちらに転ぼうとも、鷲宮准にとってはこの上なく唾棄すべき未来であることに変わりはない。

 御鏡弥生のいない鷲宮准の人生とは、気の抜けた炭酸水で割ったハイボールのようなものだ。氷の溶け過ぎて風味の薄れたブランデーのようなものだ。圧縮二酸化炭素の抜けきったスパークリングワインのようなものだ。

 風味の無く、風情の無く、色の無く、温度の無く、そして何より脈絡しかない、そんな淡々として平生(へいぜい)とした人生に相違ない。何故なら、これまでの人生において思い出と云える思い出全てに御鏡弥生は介入していた。

 御鏡弥生が問題ごとを持ち込んできたからこそ巻き込まれるようにして遭遇した殺人事件があった。御鏡弥生と付き合ったからこそ乗り越えなければならない問題があった。御鏡弥生が御鏡弥生であったからこそ、今の鷲宮准があった。それはこの変わりすぎてしまった春休みも含めて、鷲宮准を鷲宮准足らしめる大事な思い出(ファクター)だ。

 それは目の前の彼女にも同じなのだ。


 中学校入学時分から縁あって当時3歳の御鏡弥生の世話を任された。どこか聡い、子供にしては聡明すぎる頭脳を持つ、端的に言って気持ち悪い子供である御鏡弥生を13年間世話してきた。それは彼女にとってもある種充実した時間だったのではないだろうか。

 慕情の様な物を抱いている。慈母のごとき感情を抱いている。アクシデントを挟もうと、御鏡弥生は御鏡弥生でしかなく――

 死ぬと分かっている家出を容認できる人間など、いない。付き合いが長ければ長いほど。御鏡弥生の実の両親と同じくらいの距離で接してきたからこそ、それは強い。

 しかし目の前の子供に――それも片腕を失くしてしまった子供に八つ当たりできるほど、出来た大人ではない。そも、これは二人が選択した結果なのだとしても。選択の責任は果たさなければならないとしても、少なくともその責は、彼女の定めるところではない。

 やり場のない怒りとか悲しみとかの感情を押し殺し、事務作業に徹する。それが少なくとも、彼女が鷲宮准と御鏡弥生に見せてきたいつもの自分の姿だからこそ。


 ソロソロオ夕飯ヲ作ラナクテハイケマセンネ。一度席ヲ外シマス。オ夕飯ハコチラニ直接オ持チイタシマスノデ、ソレマデノ四十分、オ眠リニナラレタハウガ良イデセウ。少シハ気分モ良クナルハズデス。


 そういった感情が分かってしまうから、呆けて何もできずにしてやられた自分に腹が立った。いや、そういう意味では確信(齟齬)があったのかもしれない。

 あの瞬間、少なくとも内心で、鷲宮准は少なからずこう思っていた。

 自分は御鏡弥生によって害されることはありえない。

 そんなことはありえないはずなのに、不思議とそれを信じていた。自分は決して彼女に害されることはありえないと、不自然なまでの自信があった。


 何故ナラ自分ハ(・・・・・・・)今コノ瞬間ニ(・・・・・・)コンナコトデ(・・・・・・)死ヌハズデハナイカラ(・・・・・・・・・・)

 ソンナ確信ガアツタ。ナラバ何ヲ恐レルコトモナイ。


 結果として彼女の確信した通り、死ぬことはなかった。その代わりに、左腕を喪失した。死ぬことはなかったが、害された。害されることはありえないという確信までは裏切られた。

 確信というのは少し違うか。要するに、思い上がりだ。増上慢であり、楽観だ。

 自分はこの場で死ぬはずではない、自分はこの場で死ぬことはありえないというそんな確かな感触があった。実際に死ぬことはなかったのだからその確信はあっていたとは云えるが、同時に慢心していたのは事実だ。その結果が左腕の喪失だ。

 都城美峰の立ち去り静けさを取り戻した空間で、鷲宮准は沈黙する。

 こんなトンチキ染みた確信を以て事に当たっていたなどと告げた日には殺されるのではないかと思えるほど、自身の甘さに歯噛みせざるを得なかった。そしてその尻拭いに、また誰かが動いている。自分は結局、子供でしかないのかと。

 頭をくらくらと激しい酩酊感に襲われているが、いつもよりも若干空気が冷え込んでいるような気がするが、行かなければならない。二人で乗り越えると決めたのだから。

 終わるまで諦めてはいけない。勝負とは、負けだと思った瞬間に負けるのだ。兄が依然云っていた言葉だ。死にさえしなければ何度だって挑める。死んだらその瞬間に終わりなのだ。最後まで、最期まで、足掻き続ければいい。所詮人はそう云う生き物だ。


 布団から抜け出てトランクケースから服を取り出す。彼女がそうであるなら、御鏡弥生も同様の格好をしているだろう。お互いの共通点など、結局は人工的なものだと知っていても、そんな些細なことにふと笑みをこぼしている彼女がいた。


 死ぬことは時として美徳だろう。だがしかし、今は死ぬべき時ではない。死ぬべき瞬間も、まだ来ていない。故に御鏡弥生も鷲宮准も、死んではならない。

 死ぬことは何よりも貴い、死ぬことは責任を取ることである、自分の命一つで事が済むなら安いものだ? 寝言は寝てから云え、馬鹿も休み休み云え。


 片腕故にいつもの倍以上の時間を掛けて用意を済ませれば、手ぶらで彼女は直接に玄関口の方へ移動する。


 命は何よりも貴い。仮に自分の命一つで全世界の人間を救えるからと云って、それは安いわけがない。究極的に、到着点として、自分の命は何よりも貴い。それ以外に選択肢がないなら仕方ない部分もあるが、覚悟もなしに吐いて良いセリフでは決してない。それは傲慢だ。

 死を軽く考えすぎている。


 コンバットブーツを履くのすら時間がかかる。片腕とはこうも不便かと理解すると、能力を使って腕を生やす。ガワだけの再生だが、こけおどしには丁度良いだろう。


 死とは、重い。死を軽く考えすぎている。

 死ねば蘇るのがライトノベルの常套だろう。死者が蘇生しないことはありえない。主人公が蘇るのはお約束中のお約束だ。故に主人公とは玩具だ。神の玩具だ。

 こういった場面では、決死の覚悟で以て御鏡弥生を止めるのが常套だろう。自分の命を差し出してでも御鏡弥生を正気に戻すものだろう。……神の玩具になるつもりはない。

 今は死ぬべきではない。死ぬことが責任を果たすことにはならない。何度も述べたことだが、逃げたとして誰一人として責めはしないだろうが、逃げることは許されない。今ここで死にに行くのは、究極的には敵前逃亡に過ぎない。思考の破棄だ。


 夕暮れの街中は、それもこうまで古風な民家の並ぶ路地は何とも薄気味悪いものだ。彼女は独り言ちるように現実から逃避する。周り中薄気味の悪い言葉を叫びながら狂っている。世紀末染みた終わりすぎるほどに終わり過ぎた有り様は最早救いようがない。

 これが人の深層心理の望むことか? 社会契約から無理やりに解き放たれた烏合の衆は戦争を始めるでもなく、訪れる破滅を只座して待つ哀れで滑稽な喋る木偶人形でしかない。

 再覚醒中の御鏡弥生の本当の歪み(超能力)本当の欠陥(超能力)はあらゆる総てに死を強制する。その意味は変わってはいないのだろう。人間として、彼らは終わっている。

 例えば――


「Now……It’s a show time!」


 彼女の視線の先数キロ、サラリーマンの群れが一斉にビルとビルの合間、掛けられた鉄骨から飛び立った。その一瞬の飛翔の次に待ち受けるのはニュートン力学(万有引力)に従った確固たる結果としての落下死という最期。

 敷かれたアスファルトの灰色の肋骨の上に紅と薄橙色の華が順繰りに咲き乱れる。それはまるでパプリカのような鮮烈な朱で――落下するごとに範囲を広げていく緋の深淵のなか、墜ちる目玉の一つと目が合った。

 彼らは飛び立ちたかったのか? いや違う。彼らは解放されたかったのだろう。紙飛行機となり千里を超え逝く姿はそれを如実に物語っている。

 夢と現実が交じり合っている。躁狂的な祭りは咲き乱れ、幽世(かくりよ)現世(うつつよ)に境は最早存在しない。故に何にだってなれる。人間と云う(くびき)から解き放たれた自然状態に最も近い状態―― 一瞬でも彼らは超能力者に似たような存在となっていた。


 他の何を捧げても、自分たちの蒔いた種は自分たちで回収しなければならない。そうしなければ本当に後悔することになると知っている。

 不意に激痛が奔った。奔った場所など分かり切っている。左腕だろう。

 既に存在しない肘から下があるような違和感と、罷り間違えて動かそうとするたびに激痛が奔る。まるで灼熱の鉄箸で肘の中を無秩序に、不用意に、乱雑にかき回されているような灼熱の激痛が肘から沸き上がり、止まることはない。止まったとしても時間差でやってくる。

 幻肢痛。

 腕や足を失くした人間が掛かるというあれだ。無いはずの腕があるように感じられ、その腕を動かそうとして激痛に苛まれる。


「紙飛行機の遊ぶ青天! 箱舟に揺られゆく肝臓は珍味!」


 まずはこれをどうにかしなければならないだろう。

 側だけを再生した左腕に疑似的な神経を通す。灼熱の激痛を納めるために、超能力に超能力を上掛けする。通常なら不可能だが、抜け道など幾らでも用意できるのだ。

 動かない。結局は存在しない神経だ。あくまでも逃げ道を作っただけであり、動く動かないは二の次三の次。痛みを和らげるために生体電流の抜け穴を作り上げ痛みを遅延させているだけに過ぎない。いつかは飽和する。


 嗚呼、ソレニシテモ五月蠅ヒ。頭ガ溶カサレサウダ


「馬鈴薯のごとき脳髄は深淵への近道! その血糖値は体脂肪分120%充填?!」


 五月蠅ヒ


 結局これは滑稽なる断頭台(Marche)への(au)行進(Supplice)だ。悪戯に命を削って死刑執行人の元まで自ら赴く自殺行為に過ぎない。

 血が足りていないのか脳味噌の動きは緩慢で救いようがない。

 考え事は纏まらないし、周期中のイライラに似たそれは溜まるばかりで不快極まりない。

 手足の感覚は朧気で壁に手を突いてようやっとの有り様だ。

 呼吸は浅く、視界は霞んでいる。

 死は目前にまで迫っている。

 だがそれは、動かないことへの免罪符にはなり得ない。動けるのならば、立って歩けるのならば前へ進まなければ、救い(・・)などありえようはずもない。

 自ら動かぬ者に、自ら救われようとしない者に、一体誰が救いを与えようものか。


「使い捨てられるライターは今こそ火に焼かれたまえ! おぉ香しきかなニトログリセリンの神よ!」


 五月蠅ヒ、五月蠅ヒ


 鷲宮准は、救われようとしていた。他ならぬ自分の手で、自分自身を救うために、自分の半身(御鏡弥生)を救うために。

 救いたいから(・・・・・・)救われたいから(・・・・・・・)救われるために(・・・・・・・)、結末を決める。それは御鏡弥生(鷲宮准)との約束だからでも鷲宮准(御鏡弥生)が被害者だからでもない。

 自分たちの人生を始めるために、一度終わらせなければならないのだ。


「量子ビットに咲くシナモン、レンダリング精度はボルシチに互換?」


 五月蠅ヒ、五月蠅ヒ、五月蠅ヒ……!


「回収途上の粗大ゴミたちが反乱を起こすさまは圧巻で、宛らフランス第一共和革命のようなんだ、それが! 私が都合の良い永劫回帰や神の死などと云う哲学の死を許さないことくらい、インドネシアじゃあ常識なんだよ!!」


 五月蠅ヒ、五月蠅ヒ、五月蠅ヒ、五月蠅ヒ…………!


 戯言が両耳を蠕辱する。まるで洗脳でもされているかのように、周囲の人間の毒が頭に廻ってきそうな不快感が漂っている。紛れもなく、御鏡弥生の範囲内(胎内)

 日本全国、もしかすれば世界中を御鏡弥生は絶死の呪いで包み込んだ。いずれ生命体は本当の意味で滅びるだろう。開けない夜はないとは陳腐な表現だが、明けない夜はこうしてやってくる。

 終わりは終わりへ向かい、始まりはない。それを否定するのが御鏡弥生の能力の本質であり、その結果出現した第一段階が、彼女の両耳に殺到する周囲の惨状。


 周囲の惨状を一網打尽に解決する方法は、結局これ以外になさそうだ。それが至った結論だった。この一週間とちょっと、彼女は散々にそれに依存してきた。

 彼女が偽物なら御鏡弥生は本物だ。しかし、あらゆる偽物に通じることだが、源流は同じなのだ。才能喰らい(リヴェンジェンス)の簒奪王(・ベガーブング)とて、才能再定義(カヴァレリア)の贋作王(・ルスティカーナ)とて、両者例外ではなく死刑執行人の断頭鎌(ヨハン・ライヒハート)をその祖とする。

 片方が分流を伝って源流に回帰したなら、源流を同じくするそれが元祖を上回ってはいけない道理はない。元祖が悪品(粗製)に成り下がったなら偽物は良品(マシな物)を売り出せばいい。マーケティングとはそう云う物だ。

 それこそ彼女が最後に求めた救いの形(超能力)だった。


 もう、格好つけている暇はない。ここから先は、最終楽章へと光の速さで突き進む超特急(交響曲)。誰も救わないし、誰も救われない。私が求めたのは、そういう最悪の結末(救済)だ。


 右目の輝きが左目に侵食したのは覚悟だったのだろうか。直後、それは前触れもなく、漫画やアニメやゲームみたいな詠唱時間(クールタイム)も挟まずに発動した。


「さぁ今こそ、この青空の元、遥かなる断頭台に向かって凱旋だ!」






「五月蠅い!!」






 ビリビリと鼓膜を打つ大音声。高音とも低音ともつかない中音域の絶叫は夕暮れの沈みかけた街中によく響き渡る。

 なりふり構わない全力で、正常であることを叩きつける。上書きする。お前たちはこうでなければいけないと。それが酷く独善的で、それが酷く誰かの自由を阻害するとしても、絶対王権でそれすら封殺する。


 私はそんな自由は要らない


 ただ一言確固たる意志を以て。

 発したのはただの言葉だ。しかしそれがトリガーだったのは間違いようも疑いようもなく事実だ。それを発した瞬間にはすでに発動していた。

 呆然と、唖然と立ち尽くす木偶の群れたちの姿は何とも滑稽で、自分たちがなぜこんな夕暮れに粗大ゴミや不燃ゴミなんかを持っているのか、先ほどまで何を口走っていたのか、ちょっと早い痴呆症にでも罹ったような酩酊感からの覚醒に、誰も対応できない。

 たっぷりと数分かけてようやっと絞り出た言葉は、あまりにも頓珍漢で、滑稽過ぎた。


「――――わしら、何しとったんじゃろ……?」


 鷲宮准はその場からとっくに逃走した後だった。

 いや、仮に彼女がこの場に残っていたとして彼女が躁狂的な祭典を終わらせた張本人だとわかる人間がどれほどいただろうか。


 どだい、誰かが誰かを救うなど烏滸がましいにもほどがある。使命感を持って誰かを救えるような人間もいるだろうが、そんな者究極的には一握りだ。大概は、自分の為だ。

 有史以来変わらない人間の、英雄たちの、少なくともこの社会契約にある中で自己の利益のために動いた結果、最大公約数的に大人数を救ってきたにすぎない。

 この春休みを始める前の鷲宮准なら大勢を救うことに躍起になっただろう。当初の鷲宮准のその精神性とは、その行き着く末路とは即ち正義の味方(英雄欺人)に他ならない。正義感が強い精神性(ココロ)だった。

 彼女は生まれ直した時から、元々から歪んでいた。それが御鏡弥生と真に邂逅したことで本来なら自覚せずに一生を終えるはずだった超能力が開花した。その果てに彼女はようやっと悟ったのだ。


 自分には誰かを救うことは出来ないと悟った。人間が人間として人間である以上、人間(誰か)人間(誰か)を救うことは決して叶わない。

 影響を及ぼすことは出来るだろう。事実上救ったも同然な行為に映ることもあるだろう。だがしかし究極的に、誰かが誰かを救うことなどできはしないのだ。

 だから誰も救わない。誰も救われない。故に誰も救えない(・・・・・・)し、誰の救いようもない(・・・・・・・・・)。極論人は、一人で勝手に救われる。

 自分を救えるのは、自分だけなのだ。

 自分に救いを与えられるのも、自分だけなのだ。

 許すことが出来るのも、憎むことが出来るのも、自分が自分故なのだ。


 それをこの期に及んでようやっと悟った。誰かが誰かを救うなど増上慢も甚だしい。

 だから誰も救わない。救えないのだから、救わない。だが助けはする。助けられるなら、助ける。

 だから彼女は自分を救うために、自分を許すために、自分の半身(御鏡弥生)を救うために、歩かなければならなかった。それが死を伴うとしても、最後の最後に勝ち(救済)を狙うから立ち向かう。

 端的に、彼女はどちらも選べなかった。御鏡弥生が彼女に残した二つの選択肢のどちらも。

 世界を救う(御鏡弥生を殺す)には、鷲宮准にとって世界なんてどうでも良くて、御鏡弥生を救う(世界を殺す)にはあまりにもヒトであった頃が懐かしすぎた。

 そんな中途半端を世界が許さないとして、誰もがその結論を許さないとして、そうした原因の一人であり、御鏡弥生(アレ)のただ一人の友人であるところの鷲宮准がそれを許さずして誰が許せるというのか。


 街を歩く。彼女の向かう先は阿鼻叫喚の地獄絵図。それを意に介さず進めば何の予告なしに地獄の黙示録は終わりを告げる。

 我に返った人間、放心する人間、戻ってきた現実から逃避する人間――様々だが共通していることは一つ。彼らは一直線に突っ切る少女を見たということ。地獄の祭典に臆することなくその身を滑り込ませていく姿はある種常軌を逸している。

 こんなものを恐れずに突っ込めるような精神性の者など、それこそ真に異常者。頭の螺子が数本吹っ飛んでいる。恐れず、臆せず、陽気な振りして晴れやかすぎて気持ち悪い恐怖と狂気の彩る大行進へと。その足取りはまさしく断頭台への行進。たった一人が集団を押しのけ遡上し突き進む、たった一人の孤独な断頭台への行進。

 片腕を抱えヨタヨタと幽鬼めいた動きで歩き続ける化け物じみた少女は静かに雑踏に消える。行く場所は決まっているとばかりに他には目もくれない。一直線に雑踏をかき分け進む。最短距離で征く大行進。

 異常の中にあって本当の異常は一層異彩を放つもので、彼女の抱える深淵と彼らの抱える深淵が根源を同じくする別系統であることを如実に物語っていた。


 進む先は決まっていた。彼女が最初に戦闘を行った場所、県立競技場だ。全てはここから始まったのだ。







 県立競技場の中心部、楕円を描くトラックの内周部分にて御鏡弥生は待ち構えていた。

 喧嘩に明け暮れた春休みの初め、一番最初に会場として選ばれた場所。そこそこ大きな施設は様々なスポーツをこの競技場一つでほぼ完結させてしまえる規模で、当然のことながら、外界があんな惨状なら使う人間など彼女ら以外にいるはずもなく、故によく響いた。

 御鏡弥生は真っすぐにトラックへの出入り口、それも一番最初に彼女が通った場所を凝視していた。其処以外から来るはずもないという確信と自信があった。人と云うのは須らくそういった固定観念や一度でも通った方向からしかやってこないと知っているからこそ、愚かな好奇心でも抱かない限り其処以外から来るはずもない。そして鷲宮准とは、簡単にはそう云った好奇心に憑りつかれるような娘でもない。

 予定通り、想定通り、想像通り、一歩一歩踏みしめるようにやってくる鷲宮准に万雷の喝采を以て出迎えた御鏡弥生は、よろよろと牛歩のごとく近寄る彼女にまるで暇つぶしの一環のような戯言を投げかける。私とお前の関係はいつもそうだったろう? そう言いたげに小首を傾げて。


「誰も自分の依って立つ足場を考えたこともない。思考を停止し想像力を欠いている。闇を恐れていることから逃避して――どこからその道が続き自分はどうしたいのかを決められず、自分に与えられた役割にだけ満足して、知ることを恐れ、想像を放棄している。やがて人はいつか想像しなくなるだろう。今でさえそれが加速している。想像することを辞めた人間は種として閉塞する。ただただ与えられる外的刺激を受け流して、淡々と二酸化炭素を吐き出し続け、やがて訪れる滅びを一片の感傷もなく待ち続けるだけの哀れで、愚かで、滑稽で――矮小と表現する事すら憚られる木偶に成り下がる」


 開口一番に御鏡弥生はそんなことを宣う。ホッブズか――それがどうしたんだ。


 御鏡弥生の両瞳は真っすぐに鷲宮准を見つめていた。見つめたうえで、一見しなくとも電波なことを臆面なく宣う。自信満々にそうなると予言する。何故なら先ほどまで、少なくとも鷲宮准が長い時間を掛けて踏破した断頭台へ続く道(ゴルゴダへの巡礼)は、その道中に際限なく湧き出していた者たちこそ、その末路なのだから。

 好き勝手宣い、アヘン中毒のように茫然自失となるか突き抜けたなら偽物の天国に酔い痴れる。

 全ての元凶はここにいるぞ、正義の味方が正義を執行する対象はここにいるぞ――御鏡弥生は断頭台へ上った愚かな正義の味方を煽る。お前の結末を聞かせて貰おう。アヘンの源はここにあるぞ。


「知っているかい、想像と記憶とは、もともとは一つの物なんだ。ただ呼び方が違い、後から意味が変えられていったに過ぎない。真実に目を背け、想像することを放棄し、ただただ周囲と同調し共通した幻想を思い描く限り、やがて人間はその“自己の不整合(不自然状態)”を知るだろう。人間が万人の万人による万人の為の戦争のために自ずから構成した社会契約の中にあって、自己という認識の欠落はやがて不自然状態を認識する。それを知った時人間は完全に死滅する。分かるんだよ。人間が生み出した恐れの象徴、絶対的な死(リヴァイアサン)(ボク)だから」


 それがこの阿片(異変)の正体である。これは全て、人類が根底に持つ自滅願望であるのだと御鏡弥生は鷲宮准にのみ、己の半身である鷲宮准にのみ語る。

 戦争を辞めて繁栄に酔い痴れ求めるだけとなった人類はやがて死滅する。絶滅のスイッチはいつだって押されるか押されないか、接点が触れるか触れないかの瀬戸際を彷徨っている。死刑執行人の断頭鎌(ヨハン・ライヒハート)の初動段階は、その接点をほんの少し押し込んでやったに過ぎない。死の連鎖など、結局は何れ死ぬという運命が遅いか早いかの違いでしかなく、予定調和なのだ。

 お前はそんな奴らとは違うだろう?


 御鏡弥生は問う。お前はもっと面白い奴であったはずだ。お前は己の一部なのだから、詰まらない答えなど持ち合わせようはずもない。

 世界を殺すもよし、御鏡弥生を殺すもよし――選ばせてやる。選んでくれ。友であり分身であり己であるところの鷲宮准。お前には世界はどう映った?

 生かしておく価値などないのだから共に彼らを殺しつくして一緒に死ぬか? それも良い。

 私はあまりにも危険で生かしてはおけないから殺してしまうか? それも良い。

 世界の命運はお前の選択に委ねる。お前にこそ相応しい。お前にしか託さなかったのだ。私は殺すしか能がないから、お前が選べ。


 私たちが別たれた意味は、そこにあったのだ。


 これはそう云った意図の発露であり、要するに御鏡弥生の自殺願望でもある。

 目に映る人間が憎たらしい。幸福に暮らす子供が憎たらしい、自身の不幸に酔いしれ助けを求めない子供が憎たらしい。

 目に映る人間が憎たらしい。幸福に過ごす夫婦が憎たらしい、自身の苛立ちに任せて自ずから不幸の泥沼に足を踏み入れる夫婦が憎たらしい。子供から逃げ道を奪う大人が憎たらしい。

 目に映る人間が憎たらしい。自身の最大幸福のために平気で他者を踏み躙る悪漢共が憎たらしい、他者からの称賛欲しさに悪漢共を制圧する善人(偽善者)共が憎たらしい。

 目に映る人間が憎たらしい。人の命を食い物にする人間が憎たらしい、食い物にされているとも知らず法螺吹き共(デマゴギー)の意見を鵜呑みにするだけの愚民共が憎たらしい。

 目に映る人間が憎たらしい。本当の闇を知らない口先だけの(カラス)が憎たらしい、本当の闇を知りながら見て見ぬ振りする白鴉が憎たらしい。

 怨霊めいて悪念めいて、それすら超越するほどのただ憎たらしい、死ねばいいのに、死ぬべきだという負の無限力にのみ感応した磔刑の概念、絶死の阿頼耶識(あらやしき)、飛びぬけてしまった殺意の奔流――そんな誇大妄想を刷り込まれた(インストールされた)存在の行き着く先は二つ。人食い鬼となるか、負の悟り(自殺願望)に至り命を絶つか。

 だから当然、少なくとも御鏡弥生の不幸体験と比べてその出生以来断然幸せな家庭で育った鷲宮准にもまた、憎悪や怨念めいた憧憬(どうけい)を抱いている。思わず“つい”で縊り殺したくなるほどに。

 狂った先に待つのは、静かなる殺意だ。静かなる叛意は宛ら悟りの境地に至ったのと変わりない。上に行こうが下に行こうが、どの道行き着く結論は同じなのだ。天国も地獄も、突き抜ければ結論は同じなのだ。

 死にたくて死にたくて仕方がないのに死ねない。他人を造作なく殺すことは出来ても自身を殺すことだけが出来ない。


 故に、御鏡弥生らしくないと鷲宮准は断ずる。それが彼女をこの世に結びつける楔になる。


「お前らしくもないな、弥生」

ワタシ(ボク)らしい? ワタシ(ボク)らしさって何さ」

「少なくともお前は、普段のお前なら、そんな殺気を私に向けることはありえないな。偽物(・・)だよ、お前は」


 私の知る御鏡弥生は、誰彼構わず死を望んで実行できるような人間ではない。何だかんだで弱いところも相応にあって、何だかんだで人生を気に入っている、ただの人間(・・・・・)だ。


 半身が生き続ける限りもう片方も生き続ける。御鏡弥生が壮大な自殺を遂げなかった背景は鷲宮准が死ななかったからだ。半身たる鷲宮准がこの世にある限り、戦い続ける限り、彼女もまた生き続ける。鷲宮准はストッパーなのだ。御鏡弥生の膿から膿みだした安全装置、AFPB(暴発防止装置)

 生まれたのは必然だった。いくら御鏡弥生の心や記憶と云った物を断片化しようと、復元が可能ならば暴走する可能性も暴発する可能性もある。御鏡弥生は、本能と呼んでも良いそれは鷲宮准の脳死体に残る生存の意思と強く結びついた。

 それが田舎の騎士道物語カヴァレリア・ルスティカーナ

 それが鷲宮准の異能。

 それが御鏡弥生が死ねなかった理由である。


「偽物か……そうかもね。天然物の異常者(超能力者)からしてみれば偽物だろうね。でもさ、それはある意味平等じゃないか? 全員纏めて十把一絡げに殺意を抱いているという意味では」

「そうかもな。ある意味お前が今現在で一番最も平等な人間だろう。けど私はそんな平等要らない。私はそんな結末要らない」

「じゃあ、(ボク)を殺すのかい? 他ならぬ君の手で」

「私はお前を殺さない。私はお前に殺させない。お前が選ぶんだよ。お前の将来を。開き直ってんなよバカ……!」


 云うが早いか動くが早いか――御鏡弥生の紅く煌く両瞳が一層強く煌いたのは直後だった。

 一秒とか瞬間とかそんなタイムラグなど一切なく、十字架を描くような磔刑は無慈悲且つ無感動に執行された。不意打ち染みたスピードと方角へ向けて。それは破滅への間奏曲と言い換えても良い。


 突如として、そして何の疑問を挟む余地なく磔刑の十字架の範囲内に死が溢れた。


 思い思いの方法で自殺を遂げる民衆たち。ある者は舌を噛み切り、ある者はベランダから飛び降りて、ある者は喉を搔き破って、ある者は鋸で頸動脈を引き裂いて、ある者は斧で頭を叩き割って、ある者は散弾銃を口に含み撃発して――それすら出来ない者は脳内を蠕辱するイメージに精神を喰いつくされるか、それとも臆した他の同類と殺し合うか。

 死ぬ。死んで逝く。何処までも、止まることもなく何処までも何処までも死の連鎖は続いていく。死の論理は拡散していく。DNAを念写する怨霊のように。これこそ万物否定の反奇跡(カウンターアビリティ)

 絶滅の合図が鳴らされた一帯は宛ら、黙示録に登場する七番目のラッパが吹かれたかのように死を連鎖させ魂を捧げ続ける。捧げる者が無くなるまで闘争や自滅が続き、やがて動く者がいなくなるまで。

 この世のありとあらゆる一切滅尽滅相(めつじんめっそう)。全て消えてなくなれ。全て死んでしまえ。全て塵と消えろ。どだい人間とは、生まれた瞬間から死へ空しい行進を続けるだけの生命体なのだから。

 絶滅とはこうして始まる。明けない夜はこうして始まる。


「だからさせねぇって言ってんだろうが!」


 キレ気味な鷲宮准の絶叫が木霊したのは死の連鎖が始まった瞬間だった。

 自滅を図ろうとした者、自殺を図ろうとした者、何の感傷も何の感慨も無く心を死滅させた者――自殺を遂げた者、他者に代理自殺を遂げて貰った者、例外なく柔らかい風のような一撃は街路を抜け空を包み人々に纏わりつき、否定(・・)した。

 時間を巻き戻すかのように、自殺を遂げた者は蘇り、自殺を果そうとした者は正気に戻る。

 自滅のスイッチ、絶滅の論理、殺意の逆十字を否定する。それは究極的に、救い(地獄)を遠ざけることだ。大多数の人間にとって救いとは、地獄に等しい。他者との共感や同調という物は快楽だろうが、行き過ぎればそれは自発性の失われ柔軟性を欠いた屍であり、それは端的に誇大妄想(同調圧力)である。

 これはそれを目覚めさせている。自滅の同調圧力から解き放ち人間という肉の器に再び縛り付ける大罪、大多数から救いを奪うというこの上ない反逆行為である。

 鷲宮准が才能再定義(カヴァレリア)の贋作王(・ルスティカーナ)に求めた役割とは詰まる所大多数への反逆である。端的に、救いを奪い人間であることを強要することである。それは結果として、御鏡弥生の発した死刑執行命令(ヨハン・ライヒハート)の取り消しに他ならない。

 しかし数があまりにも膨大過ぎた。

 才能再定義(カヴァレリア)の贋作王(・ルスティカーナ)死刑執行人の断頭鎌(ヨハン・ライヒハート)の発動後に発動する。それは詰まる所、一度死んだという結果を直後に取り消しているのと同義だ。故にこの力は常に後手に回らざるを得ない能力であるといえる。

 包括的に、無差別に殺して回る毒の風が蔓延するのと共に、何処からともなく吹き込む癒しの布津主。しかし数が膨大過ぎれば、間に合わない者もいる。


 死刑執行人の断頭鎌(ヨハン・ライヒハート)は、運命を強制する。やがて訪れる寿命を使い果たさせる。いずれ死が訪れるなら今死んでも意味合いは変わらないと。つまるところ世界や神様の目線から見て予定調和、決定事項と云える。いずれ人は死ぬから今死んでも構わないという横暴にして身勝手も良い所な、上位者の視点である。

 それに対し才能再定義(カヴァレリア)の贋作王(・ルスティカーナ)はその決定事項を覆す。それは間違いであると断じ否定し取り消す。つまるところそれは前者が神であるのに対しこちらは人に過ぎず、性質は第三者や裁判官と云える。その決定は間違いであるから強制的に取り消すという横暴にして身勝手も良い所な、下位者の視点である。


 前者は決定権をその身に保持して強制し、後者は決定した結末を査問し審議し棄却する。


 分かるだろうか、この歪さが。

 鷲宮准が行えるのは即ち、御鏡弥生の下した死刑判決への請求棄却判決及び上告のみであり、御鏡弥生が行えるのは第一審から第三審まで一貫した死刑判決である。

 判決から時間が経てば上告は破棄差戻され、無抵抗であれば死刑は執行される。現実の裁判と違う点と云えば、何度でも請求棄却判決が下せること、何度でも上告できることだろう。そしてこれらが意味するのは、数舜でも間に合わなければ死刑判決は覆せないということだ。

 断頭台の効力が及びそれが事実として世界に固着したとき、鷲宮准の左腕のように死は確定する。そう、コンマ何秒という世界であろうともだ。


 こうしている間も、死は連鎖していく。生と死の狭間を行ったり来たりするこの攻防に、終わりはない。

 絶死の蟲毒が凱旋し絢爛たる赤い紙吹雪がビル風に舞えば、肉片共は一遍残らず地べたを這いつくばる。其処に愚か者が横断幕を手に席巻したとき、地べたを這いつくばる肉片共は木偶に成り下がる。

 不毛極まりない。一周回らずとも不毛極まりない。

 これまでの間に都合二百回、彼女たちを中心に街のあらゆるところで死の血液感染(ブラッドボーン)が巻き起こり、それを否定する救いの神風(デマゴーグ)が死を遠ざけた。

 一歩も動かず一歩も譲らぬ視線だけの攻防――宛ら拝火教の聖典(アヴェスター)に記されるがごとき決められていた闘争は終わりの兆しを見せない。

 既にあちらこちらへと飛び火している。其れこそ一度正気に戻った人間がまたも狂気に飲まれ自害を始めようとするような救いようも何もない天国のような地獄と、地獄のような地獄に引きずり戻すのと、両者は拮抗していた。手負いか万全の状態かという違いはあれど、能力的には拮抗していた。


 どちらが救いなのかなど鷲宮准には今もって理解が及ばない世界観だ。生きていればいいことの一つや二つあるだなど、そんな事気軽に掛けていい言葉ではないと理解している。

 しかし自身の人生を、たった一度の人生を一挙に、饒舌に、壮絶に否定して良いモノではないだろうことだけは確かだ。


 勉強しかしてこなかったからなんだ、君がその結果を否定して、誰が認めるというのか。

 誰かに好かれた試しがないからなんだ、誰かに好かれるだけが人生じゃないだろう。

 青春を棒に振ったからなんだ、いつだって、やろうと思えば青春とやらは満喫できる。

 好きな女に振られたからなんだ、そういう時だってあるさ。人間なのだから。

 他人よりも不幸な経験をしてきたからなんだ、強く生きろ。誰にも君を否定させるな。前に進み続けろ、命ある限り。

 正義よりも不義を社会が是とするなら何だ、変えたければまずは自分が変わらなければ何も変わらず、また誰もついて行かない。

 誰かが君を否定するからなんだ、君の人生は誰かの意思・決定で否定されて良いような物なのでは断じてないはずだ。




 違うのか?




 たった一度の、君だけの為に生まれてきた人生だろう


 君がこれまで生きてきた足跡(そくせき)だろう


 その人生は、例え誰がどう云おうと君以外では通りようのない未来だ


 だから当事者である君自身が君を否定してやるなよ――君の人生の責任は誰の物でもなく、他ならぬ君の物なのだから。




 永遠に続く千日手に終わりの兆しを見せたのは、手を貸してやると豪語した他ならぬ鷲宮准の方であった。


 体中から出血していた。

 脳味噌が焼けただれてペースト状になっているような感触が、破れて血を垂れ流す鼓膜越しに感じられる。

 粘液の摩耗して毛細血管のマントルから噴火した鼻血は止め処を知らない。

 充血し視神経や網膜の焼き切れた目から滂沱の血涙が溢れていく。

 臓器が機能不全でも起こしたか、今頃になって毒が回ったか、血反吐に肉片がこびり付いている。そういえば夕食を食べていない。

 左腕の傷口は開き切り側の維持できなくなった左腕が消失するとともに地上は彼岸花染みた朱に染まる。魅惑的で蠱惑的な赤の旋律が鷲宮准の体内から狂い咲き続ける。


「准、聞こえていないかもしれないけど、君の負けだ。僕と一緒に、人類の洛邑(らくゆう)を見守ろう。大丈夫だよ、皆が望んだこと(自業自得の結果)だ」


 脳の回転速度を速める能力、固有時(タイム)時間変動(アルター)、つまり体感の時間を早めたり、脳の活動速度を速めることで体感時間を速めたり遅めたりする能力を発動し、これまで何百と云う切り結びに堪えてきた。

 しかし能力の効果が切れたのが先かそれとも体が無段階変速(シフトアップ)し続ける戦闘に耐えきれなくなったか、鷲宮准の体は自壊していた。

 個人には個人の認識速度がある。それを無理やり早め、体が耐えられる限界を超え続ける暴挙を続ければどうなるかなど自明。その果てに待つのは自己崩壊による確定した破滅の未来だ。


 無理を続けた理由など、全人類の為などでは断じてない。鷲宮准は其処までお人よしであることを辞めた。

 全て、この為だ。




「――決めつけるなよ」




 短期的な超大量出血を起こしておきながらショック死していないのが不思議だが、鷲宮准は大麻(マリファナ)薬局で買える合法麻薬セントジョーンズワートでもキメたかのごとき地に足の着かないおぼろげな感触を頼りに、御鏡弥生を目指した。


 左腕切断面及び脳組織再生――完了


 地に足の着いていない生活には慣れている。鷲宮准だなんて、正しく地に足が付いていない奴の典型じゃないか。


 視神経及び網膜再生――完了


 おまけに超能力者だなんて、属性盛り過ぎだ。これではまるでインターネット小説の主人公みたいで、尚更地に足が付いていないじゃないか。5mくらいは空に浮かんでいるのでなかろうか。


 耳鼻及び多臓器再生――完了


 でもそんな物は皆同じだ。異常を求める者は相応に地に足が付いていないし、日常を求める者も相応に地に足が付いていない。人は生まれながらに歪んでいる。

 弱いか強いか、正義か悪か、多数決か少数決か、それを追い求める時点からして、人は生まれながらに歪んでいるのだ。


 創血準備――準備完了。輸血を開始します


 この世に強者などいない。強者と云う概念自体、劣等感を根幹とした嫉妬の類に過ぎず、究極的には全人類みな弱者なのだ。強者など何処にもいない。居るとすればそれは、誰かから見た誰かの印象に過ぎない。正義と同じだ。

 誰もが他のことなどどうでも良く自分の為にやっていることであって、他のことなどついでか、その結果に過ぎない。

 この世に正義など存在しない。あるとして、あり得て、それは偽物だろう。中身の伴わない利益追求に過ぎない。


 仮死状態解除、生命活動を再開します


 だから無論、戦争に正義などないし、これまでの行為の何処にも彼女たちの正義の在り処を指し示すものなどない。正義とは所詮、勝者が形作る虚像に過ぎぬのだから。

 勝つのでも打ち負かすのでもなく、鷲宮准が求めたのは救いだ。たった一つの救いだ。

 いつまでも不幸に縋って居たいと思えるほど軟弱でもなければ、自分のこれまでの人生を悲嘆できるほど思い入れが浅いわけでもない。それは勿論のこと御鏡弥生も。鷲宮准が御鏡弥生の半身であり、御鏡弥生が鷲宮准の半身であるからこそ、分かっていた。

 御鏡弥生はその気になれば何百回でも鷲宮准を殺せる力をその身に持っている。なのに御鏡弥生は彼女、鷲宮准の誘いを受けた。いや、鷲宮准の誘いに自ら誘った。

 こんなことやる必要も無く、御鏡弥生が壮大で遠大な自殺を遂げたいなら即座に鷲宮准を殺してしまえばいい。それだけで終わってしまう。

 云ってしまえば、宇宙戦艦ヤマト作中でイスカンダル星が波動炉心の設計図をリークしてくれたから地球防衛軍は星間戦争に勝ち、我が青春のアルカディア作中でイスカンダル星のように助けてくれるチートのような他惑星人がいなかったから負けたような物。ボタンを正しく掛けるか間違えて掛けるかで結果は容易に変えられてしまうのだ。


 それが意味するところとは即ち――


「お前こそ、本気出してないじゃないか。殺す殺す云っといて、友達は殺せないか? 自滅を狙うだなんてお前らしくもない。お前この前百万くらいネトゲに課金して金の暴力でビギナーキラーやってたじゃないか。どうしたよ」

「それは――」

「殺す気なんてはなっからないんだろ? 半身だからとかじゃなくて、そんな後付け設定どうでも良くて――――――」


 ――――お前、もうとっくに正気に戻ってるんだろ?


 よろよろと近づいてくる鷲宮准を手も触れずに縊り殺すことなど容易なはずなのに、御鏡弥生はしかしその一手を下せなかった。鷲宮准はそれでも走っているつもりなのかのそのそと一歩一歩大股気味に近づいてくる。

 本当に正気に戻っているのかなど定かではない。しかしそれはこの場においてはどうでもいいことだと云えた。いや、人類存亡がかかっているというのにどうでもいいとは何たる言い草であるかと思うだろうが、少なくともこの場においてはどうでも良かった。

 重要なのは一つ。御鏡弥生がたじろいだこと。御鏡弥生が恐れたこと。御鏡弥生が躊躇ったこと。

 ここまで来て、御鏡弥生は目の前の友人に恐れを抱いた。いや、血塗れで迫りくる少女が怖くない人間が常識的に考えていないのかと問われればそれまでだが、御鏡弥生は確かにその姿に恐れを抱いた。一番現れて欲しくない属性だった。

 何故見透かされたのか、何故そう理解していながら見捨てないのか。見捨ててくれよ。それじゃあまるでお前――


 物語の主人公みたいじゃないか


 そこまでを想ったときには鷲宮准は既に目の前を茫洋とした瞳のまま御鏡弥生に一直線に歩き続けている。

 壊れたブリキ人形のように右足、左足、交互にたどたどしく歩く。歩く。一歩でもその間隙を埋めるために。御鏡弥生は知らずに一歩、続いて二歩後退った。完全に本能的な行動であった。

 鷲宮准が愛おしい物にそうするように、壊れたブリキ人形が発条が伸び切るギリギリまでを動力に変えるように手を挿し伸ばすと同時、瓦礫に躓いて直後には前方に倒れ込んでいた。

 完全に力の抜けた生きている屍のような代物を支え切れるほど、御鏡弥生の腕力はそれほど強くはない。平均的で、故に押し倒されるのは当然の帰結と云える。御鏡弥生は血の気の薄い鷲宮准の顔を直視せざるを得なかった。もはや見るまいと誓った友の姿を。


 唇は微妙に青ざめ、血色の良かった夏場には小麦色のよく似合う頬は蒼褪め、瞳は同行が必要以上に開いたり閉じたりを繰り返している。

 死にかけの老人を見ているような気分だった。鷲宮准はこんなどうしようもない片割れの為に死にかけの老人になった。子供時代に親や周囲の人間が助けてくれたように、今度は不出来な姉だか妹だかを助けるために。

 片腕を失った少女が鴉の濡れ羽色をした少女を押し倒している風にしか見えないだろう。事実そうなのだが、だが、御鏡弥生の心は不思議と安堵して、その上安らいでいた。

 右腕で状態を支え、左腕の切断面の付け根を御鏡弥生の薄い胸において、死線期呼吸を繰り返す彼女を、御鏡弥生は愛おしいものを目の当たりにしたような気がしていた。一週間前、鷲宮准がそう思ったように。


「君は、莫迦なんだね……きっと君は後悔するよ、その選択を。あのとき殺しておけばよかったって」

「それでも、私はお前に生きていてほしい! そのためなら私は、私の一生をお前に捧げられる! お前さえいれば、他の何者も要らないんだ――」

「それは、男女逆だと思うんだよな……でもどうする? ワタシボクを殺したところで、生かしたところで、その左腕はもう完治しない。痛みは消えない。死んでしまったからね、治しようが無い」


 こんな問答、先ほど鷲宮准の発言に肯定するようなものだとわかっている。分かっていても聞かずにはいられない。

 お前は一生、こんなどうしようもない奴の介護をするのか? こんな生きているだけで大勢を犠牲にするような畜生をか?

 お前の左腕を殺したのは間違いなく己だ。だから罰をくれ。(それ)こそが救いだ。ほんの一筋の救いだ。全人類単位で見ても、御鏡弥生個人として見ても、そして何より鷲宮准として見てもだ。

 一生を己の介護に捧げる必要なんてない。そんな物、吊り橋効果の最たるではないか。

 其の問いかけに、その言葉の羅列に、嫌だ嫌だと駄々を捏ねる子供のように涙を流しながら答える、いやにいじらしくて可愛らしくてそして何より人間臭い鷲宮准は勘違いするなと一言告げてやることでその答えとした。


「最初のうちは吊り橋効果の恋愛感情でその痛みを誤魔化せるかもしれない。“これは私の愛だ、私と彼女の間の橋なんだ”って具合に。でも熱も喉元過ぎれば何とやら。しばらくもすれば、君はその痛みに耐えられなくなる。そしてそれを七十年以上続ける。そんなことは不毛だ。今ここでワタシ(ボク)を殺せば、溜飲だけなら下がるよ。そのあとの人生を楽しく過ごせるようになるかもしれない」

「そんなことは関係ない。私はお前にもう一度心を捨ててほしいだけなんだ。お前が生きていてくれさえすれば、私はそれで幸せなんだ…………」

「それで自分の命を、一生を棒に振るのかい? 」

「勘違いするなよ、私は私の一生を棒に振るつもりなんてない。お前に私の命を預けるんだよ。お前は私の大事な、私の本当の友達(・・)だから……一緒に歩いてやる。これからもずっと、お前は私の隣を、私はお前の隣を、歩いてやる。」


 本当の友達なら、信じるに足る本当の友誼(ゆうぎ)で結ばれた友達なら、目だろうが心臓だろうが何だってくれてやる。そう云う物だろう、友達って奴は。

 お互いに信頼し合って歩けるなら、それが友達って奴じゃないのか?


 人間だった時があまりにも懐かしすぎた。人間で居続けさせたい。まだお互い、二十歳も超えてない。人生に悲観するには、まだもう少し猶予があるじゃないか。

 都合の良い言葉の羅列(エゴイズム)だとは彼女とて重々承知している。しかしまだ、お互いあまりにも若すぎる。周囲の人間纏めて壮大な自殺を企てている。止めるのも友達の役目なら、認めるのも友達の役目だ。

 普通ならとっくに諦めて手放してとっとと手を下しただろう。普通はそうだ。誰も手綱を引けない暴れるだけの馬なんぞ必要ない。ならば殺処分してしまうだろう。

 彼女は好きだった。あまりにも好きだった。人間であった時が懐かしすぎて踏み外しきることさえ踏み止まれるほどに鷲宮准は御鏡弥生が好きだった。愛していた。愛すべからざる少女(御鏡弥生と云う人間)を愛してしまったのだ。


 だからいいか、結末を人に押し付けるな。私はお前を救いたい。お前は救われる覚悟があるか?

 覚悟があるなら手を伸ばせ。掴んでやるから。助けてやるから。お前を救うことは出来ないが、救われる手助けはしてやれるから。

 やり直すには遅すぎることなんてない。早すぎるくらいなんだよ。不幸だっていいじゃないか。幸せにはなれるんだから。


「だからいいか、これはお前が選ぶんだ。人間だった時が恋しいなら、人間だった時を懐かしいと思うなら、破滅願望なんか捨ててしまえ。そうしたら殺してやる。それでも壊したいなら、それでも殺したいならまず最初に私を殺せ。私はお前みたいな殺人姫と心中するつもりはこれっぽっちもない」


 そう、これは私の我儘なのだ。誰も幸せにならない不幸ばかりが連鎖する最悪の答えなのだ


「私のことを嫌ってくれていい! 私のことを恨んでくれていい! それでも私はお前に生きていてほしい! お前が生きているだけで多くの人を殺してしまうとしても、それでもお前には生きていてほしい……! これはお前の両親に云われたからでも、都城さんに云われたからでも、そんな理由じゃない。私は私の意思で、お前を殺す代わりにお前に生きていて貰いたい!」


 だから、これまで彼女に云われたことを反駁した。

 そう、彼女の能力とは即ち『彼女自身の想像力が追い付く範疇において最大限の効果を発揮する可能性の塊』である。その都度必要に応じて想像することで通常のエナジードレインではありえないレベルにまで能力を飛躍的に上昇させ、極論生存率が0.01%でも100%の生存を可能にする。

 であるならば『感知野にいる全てを任意に殺すことができる能力』か、其れともこの崩壊してしまった人格を奪い取れるだろう。そのために何を代償に払わなければならないのかは想像つかないが、並大抵のものではないだろう。

 最悪、死ぬだろう。それでも彼女には生きていてほしいのだ。其れが彼女、鷲宮准の罪なのだ。

 そう思ってしまったことそのものが、既に罪なのだ。

 どうしようもなく道を踏み外し過ぎているが、どうしようもなく全てを巻き込み過ぎているが、どうしようもなくどうしようもない組み合わせだが、それでも――――


「生きていればきっと良いことの一つや二つあるさ――無ければ作ればいい。今までもそうしてきたように――だって私たち、どうしようもない連中だけど、それでも人間なんだからさ…………!」


 弥生の家で見せる相手もいないのに友達同士で集まって浴衣着て花火で遊んで枕投げして叱られて――宿題を持ちよって勉強会を開いて結局おやつに夢中になって叱られて――三が日に集まって雪合戦して遊んで、羽子板したり書き初めしたり炬燵で蜜柑食べたり――そんなのでも良いじゃないか。そんなので十分なんだ。私たちはまだ子供だから、だからもう少し――許されても良いはずなんだ。

 だから生きることを諦めないでくれよ――諦めすぎて自暴自棄になんてならないでくれよ――それじゃあ、お前の為に東奔西走した私は一体何だったって云うんだよ。

 終わり過ぎているほどに終わっているけれど、まだやり直しは利くはずなんだ。まだお互い、二十歳も越えてないじゃないか。もう少し生きてからでも、諦めるのは遅くないと思うんだ。


「敵わないな――君は、どこまでもそうやって偽物であり続けるんだね。でも、奇麗だ――美しいと思うよ。僕とはやっぱり違うな……」

「偽物も本物も関係ないよ。それは私たちが女として生まれてきたことくらいに、どうでもいいことで――私たちは結局、大掛かりな遠まわりを続けて今ようやっとスタート地点に戻ってきただけだ」

「いいや、偽物さ。本物はそういった感情を忖度しない。そういった感情を、僕自身を見てくれるのは結局、偽物だけなんだね。本物の偽物の本物だから――本物(偽物)だよ、君は間違いなく。こんなろくでなしに命預けるって、何考えてるんだよ君って奴は……」

「それでも私は、お前とそんな些細な違いでも共有したいんだ――そうさ、私は僕っ娘美少女が大好きなレズビアンだからね」


 有無を言わさずに、彼女は御鏡弥生に接吻した。

 もうどうにも出来そうにないネガティブな感情は忘れさせてやるから。そんな祈りを込めて。




 初めてのキスの味は、しょっぱかった


 どちらの物かなど、云うまでもない――







 夢を見ていた。


 私がいた。名は鷲宮■■……鷲宮准だったっけ? ――どちらでも同じことだ。

 しかし奇妙なことに、鷲宮■■と鷲宮准は同時並行的に二人、其処に存在していた。片や男児と見間違えられそうな恰好で、片や男子に見間違えられるような恰好で。

 死んだというわけではなさそうだと気が付くと、彼女、鷲宮准の胸中でとぐろを巻き去来する不快感の無く無抵抗に受け入れられるような懐かしさ(・・・・)から、鷲宮■■に合わせるように屈んで目を合わせて見せた。

 手を伸ばすのは懐かしさからだけではない。御鏡弥生にとっての最後の一欠片が自分であったように、鷲宮准にとっての最後の一欠片もまた、己自身(鷲宮■■)に他ならず、故に本能的に鷲宮■■(過去の記憶)を求めていた。触れれば全て、元通りに慣れるかもしれない。そう識っていた。

 知っていた。識っていた。知っているにも拘らず、触れるか触れないかのうちに、鷲宮准の腕はそれ以上進まなくなっていた。びくりと一瞬腕がはねて、最早それ以上進まない。


 進めないのではなく、進まない。これは無意識の意思とかそういった類ではなく、間違いなく彼女本人の意思によって歯止めが掛けられた行為だった。故に進まない。


 御鏡弥生から救いを奪ったことに対する後悔か? 違う。

 大多数の人間を救えなかった後悔か? そんな物どうでもいい。

 一度決めたことなのだ。後悔がないかと云えばうそになるが、うじうじと後になってから悩むほど適当に決めたわけではない。責任と覚悟を以て決めたのだ、大多数への反逆者になると。その決断自体に憂いも無ければ錯迷の念もない。


 では何か。何が彼女を踏み止まらせたのか――そんな物、答えは単純だった。


 彼女は――鷲宮准は、鷲宮准として生きたこの十年近くを忘れられなかった。そして鷲宮■■であった数年間も捨てられなかった。思い出を捨てて新生などできはしない。

 二人が合わさることで生まれる者とは即ち、新しい鷲宮■■に他ならない。同一化するとも違う。御鏡弥生がそうなったように、鷲宮准に封じられた人間性は、劇物染みて膨大だ。

 思い出とか、そういった物が混ざり合った末に待ち受けるのは、新しい鷲宮■■の誕生だ。鷲宮准が鷲宮■■にとっての新しい鷲宮■■であったように、鷲宮准と鷲宮■■にとっての新しい鷲宮■■の誕生である。劇物(人間性)によって、また真っ(さら)な状態からのリスタートなのだ。

 下唇を噛み、眉間には皴が寄っているのを自覚して、敢えて鷲宮准は微笑んでみせた。己にとっての劇物(過去)は、最早必要なかった。


『いいの?』


 手を伸ばせば触れられ、すぐさま新生するだろう。しかしそれだけは選べなかった。

 御鏡弥生が鷲宮准たちとの思い出や記憶に縛られていたように、鷲宮准がそう易々とそうであった人生を捨てられるはずもない。そうであった過去を忘れられるはずがない。

 そして何より――


「あいつと、約束したからね――約束、守らなきゃ」


 記憶を取り戻す――中盤からはそれが目的となっていた。己が不自然に思わず生きてきた十年前にあったはずの何か、それを知らなければならぬと。知ったところでどうになるでもないのに。

 しかし事ここに至って、ようやっと踏ん切りがついた。

 思い出さなくても良い過去を無理して思い出す必要はないのだ。いつか思い出せればいいな――その程度で気楽に構えているくらいが、塩梅良いのではなかろうか。


 そんなことを、この年になってようやっと理解した。辺りは既に朝日で照らされて真っ白に染まり上がっている。

 遅すぎるなぁ――そう呟いた彼女に、鷲宮■■はフッと羨ましそうに微笑んで見せて、やがて静かに光の中に去っていた。楽しんでねと云う言葉だけを残して。




 彼女、鷲宮准が気が付いた時には、家のベッドに寝かせられていた。

 犯人は分かっている。彼女だろう。




 おはようございます




 聞き慣れた声を朝一番に聞くことになってしまった――そう思いながら、家の扉をゆっくりと、音を立てないように閉じて、彼女は声の主に顔を向けた。

 ひやりと冷たい刃物を向けられるような、そんな錯覚を覚える視線にゾワリと背筋の泡立つ感触をこれでもかと堪能して、それでも彼女にとってもう一人の姉のような存在であった彼女に、困ったような笑みを浮かべて、同じように返した。


「いつから其処で待っていたんですか?」

「五時間ほど前からですね。ちょうどお嬢様と鷲宮様が接吻を終えられたあとから」

「すみません……寝坊してしまったみたいで」

「――と云うのは冗談です。実のところは三十分ほど前からです」

「心配して損した!」


 軽口を叩きながら、それでも彼女は御鏡弥生の側付きから目を離さなかった。目を離した瞬間に殺されてしまうような錯覚が五月蠅いほどにしていて、目を離せなかった。

 殺意が側付きのこの細身の女性の一体どこから発せられるのかと云う密度で以て彼女の全身を包み込もうとするのだ。絶えることなく、隙間もなく。故に気を抜くことも目を逸らすこともできなかった。

 そんな彼女をおいてけぼりに、都城美峰は慣れたように黒塗りの車の扉を開け放ち、いつものようにこう云うのだろう。


 お嬢様がお待ちです。さぁ、どうぞお乗りください。


「お嬢様がお待ちです。さぁ、どうぞお乗りください」


 彼女が入ってから対面の座席に座る様にして都城が乗り込むと、車はゆっくりと走りだした。

 しばらくはどちらからも言葉は無かった。彼女からしても、都城からしても、話しかけるにはどうしたってきっかけがなかった。いや、きっかけ自体はあったがあり過ぎてどれをきっかけと呼べばいいのか分からなかったのだ。

 だから彼女、都城は先んずるように、結論から述べた。お前を恨んでいると。


「御鏡家使用人一同の代表として、結論から申し上げます。我々は貴女を恨みます」

「……ですよね。そりゃ、そうですよね」

「ですが御鏡家使用人一同を代表して謝辞を述べさせていただきます――――ありがとうございます。お嬢様の命をお救い頂いて、感謝します」


 それでも、それでも恨むのだ。彼女たちにとって、また彼女たちの大事なお嬢様から記憶と心を奪った簒奪者だから。

 それでも曲がりなりにも御鏡弥生はまだ生きている。御鏡弥生は世界を壊さなかった。御鏡弥生は自分を殺さなかった。生まれるべきではないと断じながら、それでも自分をなかったことにしなかった。だからこその、感謝だった。

 けれどそれでもどうしても彼女はその言葉に何も慰められなかった。

 これでよかったのかは未だに分からない。これが最良の答えだったのかも分からない。本当は御鏡弥生が云う通りに殺せばよかったのかもしれない。そうすれば恐らく都城が黙っていないだろうが、それでも本当は彼女の本物の意思を忖度するべきだったのかもしれない。分からないのだ。“正しいこと”は存在しないということを知ってしまったがゆえに。

 見てしまった。知ってしまった。追体験してしまった。もう後戻りはできないほどに、彼女も歪めてしまわれた。この五臓六腑を凌辱して溶かしていくような吐き気もきっと、勘違いではないのだろう。それが、御鏡弥生の抱えていた病みなのだ。


 其処からの道中で会話と呼べる会話も無く、やがて御鏡邸にたどり着くと、都城が扉を開けるよりも早く御鏡弥生は車に飛び込んできた。いや、車にではない、彼女に、と云った方が正しい。

 腹のあたりに顔を埋めるようにして腰にきつく腕が回されている。スカートが捲れているとか、そんなどうでもいいことを考えながら、それでも腹に纏わりつく彼女を、彼女は何故かどうしようもないくらいにいとおしく思えていた。


 自然と手が伸びて、彼女の頭を撫でていた。


「よかった……君を殺さなくて、本当に良かった…………」

「弥生……私も、また貴女に会えてよかった……」


 しばらく抱き合ったのち、再び車はゆっくりと動き出した。今日、鷲宮准と御鏡弥生は晴れて、高校生になった。












































 後に彼女たちは、この短いようで長かった旅路の果てにこう思う


 青春こそ、理想郷(アルカディア)であったと――

















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