第3.25話 ~天命篇~
鷲宮准ト云フ名前ハ、余リニモフワフワトシテイル
鷲とは、鳥とは空を飛ぶ動物だ。たった一人で悠々と、風を受けてどこまでも羽ばたいていくのはきっと、どこまでも気持ちの良い孤独であろう。
風を切り、空間を切り裂き、時間すらも置いてけぼりにして突っ切って突っ切って突っ切っていく。時に番が出来たり、時に子を為したり、時に人に飼われたりとあるだろうが、しかし往々にしてその飛翔は、延々と命ある限り続く旅路は一本道だ。
羽の一片までもを震わす風が、揚力を得るために精一杯に翼を羽ばたかせて、しかし王者たる彼若しくは彼女は、きっと孤独だろう。
空を飛ぶとは、そういうことなのだろう。であれば鷲宮何某、というのは意外と格好いい姓なのかもしれないとさえ思えたが、続く准という名前がすべてを台無しにしているような気さえした。
准とは、準の常用外漢字だ。その意味とは准える。対象に対し別の対象を比較したり、もしくは“そうであればいい”という願望を当てはめる行為のことを指す。
では准える、もしくは准えられている対象とは、いったい誰なのだ?
小学三年生当時、鷲宮准は広辞苑や漢和辞典などを引きながらそのように考えていた。
己はあまりにも、フワフワしている。空の王者のはずが、しかし准えるというたった一文字で似非に成り下がってしまったような違和感と、どちらでもなくどちらにもなれない不安定さが、まさしく字面の通りであると云えたからだ。
名は体を表すとはよく云うが、こうまでよく当てはまる人間もそうはいなかろう。それは結局、流されやすい意志薄弱な人間なのだと云われているような気さえしていた。
だからこそ、彼女は名前か苗字、どちらかで呼ばれることを好んだ。フルネームで呼ばれるたびに、相手を殺したくなってしまうからだ。
彼女にとって、愚かだとかそういった言葉は何の責め苦にもならない。彼女にとって最大限の侮辱とはすなわち、フルネームで呼ばれることが最も強い罵倒の言葉となる。
お前は地に足のついていない存在だ――そう云われているような気がするからだ。
だから彼女は思うのだ。鷲宮准と云う存在はあまりにも地に足のついていない存在だと。
□
彼ハ云ツタ
「鷲宮准とは御鏡弥生であり、御鏡弥生とは鷲宮准だ」
君ニハ酷ナ話ダ――戻ルナラバ今ノウチダ
御鏡出雲のガラス玉めいた瞳に、しかし彼女、鷲宮准は毅然と返した。
どうせもう戻れない場所まで踏み込んでしまったのだ。ここまでの五日間はセーブは出来るがロードのできないRPGのようなものであり、こうまで二人の在り方が目に見えて変わってしまった以上、責任は果たさねばなるまい。
御鏡弥生の云うところに於ける責任とやらを果たすためではなく、少なくとも変えてしまった責任を果たすためにも、知るべきだった。
超能力があるのだ。脳死した人間が生き返ろうと、あり得ない話ではないだろう。いや、あり得ない話だからこそ御鏡弥生の庇護下に置かれたのだろうが。
逃げられるのならば逃げてもいいのだろう。しかし逃げるような、逃げていいような場面でも決してない。親友の人生と、自分の人生が掛かっているのだ。いや、親友の為と云うのは少しばかり嘘が混じっている。
結局のところは誰の為でもなく、自分の為なのだ。自分の為になるからこそ、御鏡弥生のために骨を折っている。普段ならば間違いなく愚かだと自嘲していただろうが、そんなことをしている暇はない。
「ならば、聞くよりも見たほうが理解しやすいだろう――私の目を見てくれ。ゆっくりと、深呼吸をしながら」
云われたとおりに彼女、鷲宮准は御鏡出雲のガラス玉めいた瞳を覗き込むようにして見つめた。
ガラス玉の先はどこまでも闇が広がっているような気がしていた。見つめれば見つめるほどに、沼のようなそれはどこまでもその深淵を深めていくような気もしていた。
気が付けば、彼女は一人になっていた。場所はよく知っている彼女の生まれ育った町、家からほど近いスーパーマーケットの目の前にある十字路。しかしその中心は御鏡弥生と邂逅した春休み序盤のような、美しいまでの朱が広がっていた。
濃厚な、ねばつくような、煌く朱の美しさと香りが、そして何よりその量がすべてを物語っているような気すらしてくる。
アスファルトに染みつく朱と対照的に、空は憎らしいほどに青く何処までも広がっていながらも雲の高さの低いような印象を受ける夏真っ盛り。彼女がここ数日、いやというほどに見てきた自身の事故現場だった。
母親との買い物の最中、トンボに目を奪われて車道に飛び出した彼女を待っていたのが、それだった。
トラックが急ブレーキをかけ、避けようと動いて民家に激突して、接触した彼女、鷲宮■■の左脳は吹き飛んでいた。息をしているということはまだ生きているのだろうから、所謂“偶然”、とやらが重なった結果だろう。
世の中にはいくらでもいる。銃弾を右脳側に受けても生きているような人間や、完全に左脳や前頭葉が無くなっても100まで長生きしている人間が。
そういった人間の大半は重度障碍者として生活しているが――しかし彼女はいまだに何の障碍もなく、生活に何の支障もなく生活している。健常者として高校に入学が決まっている。
ここまでは夢で見た内容そのままだったと云える。
彼女が推察するに、この後何かがあって――例えば御鏡弥生の云う超能力とやらが完治させたのではないかというのが彼女の予想だった。が、その認識は甘かった。
端的に云って、彼女の人権というのは無視されていた。いや、死んだ後の人間に人権というのは適用されるべきなのかどうかは古今東西常に論争の種になってきたことであるが、少なくとも当事者であったはずの彼女にとって、まさしく知らないほうが良かったであろう情報には違いない。
場面は移り変わった。移り変わった先は、時折夢に出てきた打ちっぱなしのコンクリートが特徴的な狂気を孕んだ殺風景だった。
その空間はどこまでも白い。気持ち悪いくらいに、病院のそれとは似ても似つかないほど白くて、白すぎて、純白すぎて気持ち悪い空間だけが広がっている。そんなどこまでも白亜に包まれた頑丈な折の中に彼女はいた。
烏の濡れ羽色の髪は今では考えられないほどに長く伸びて、瞳から生気は感じられないが、まず間違いようもなく御鏡弥生本人である。
鷲宮准にのみ分かる。今の御鏡弥生とどれほど乖離した存在感であろうとも、少なくともそれが御鏡弥生であることは分かる。それだけの時間を過ごしてきたという自負が彼女にはあった。
想像を絶していた。ただ、それだけしか浮かばなかった。
血に塗れた実験室の悪臭はそれだけで感染症にでも罹ってしまいそうなくらいに臭く、そして何よりもナニカで淀んでいて、常人が立ち入ればまず間違いなく発狂するだろう。
御鏡弥生はその中心、こちらも床や壁材同様血に塗れた医療用のベッドに寝かせられ、頭蓋を開かれ電極を直接脳味噌に挿し込まれていた。
『被検体M-3の経過は順調。初期被検体A~Lまでの失敗が嘘のような適合率だ。■■■■■■■■■の発現も目前だ。我々はついに、偉業を成し遂げようとしている。定期ビデオレポート終了』
落ちくぼんだ、微かに赤みがかった瞳はビデオカメラに話しかけていた研究者風の男に向けられているがしかし、そこに確かな感情は、彼女の自由意志とやらは感じられなかった。
いや、御鏡弥生と目の合う位置にまで来てようやく分かった。
彼女は破綻している。
壊れている、と表現するのが一般的だろうが、だがこの彼女を正確に表現するならば、破綻しているという表現が最も適切だろう。
なんとなれば彼女、御鏡弥生は何も考えていないのだ。それはタダ只管に目の前の研究者風の男はどうすれば瓦解するのかだけを考えている。人が壊れていく姿を見たいと、人が生を求めて喘ぐ様を鑑賞したいと願う破綻者のそれだ。
彼女が元々こうではなかったことくらい、鷲宮准にも理解できる。その程度は察せられる。何かを皮切りに歪められたのだろうことも、其れこそが彼女の本当の異能なのだということすらも。
御鏡弥生が次に通されたのはだだっ広い白い箱庭だった。御鏡弥生の手には少し大きいとすら思えるカランビットナイフが握られ、彼女の対岸側には同じような格好で同じ得物を握る子供がいる。
彼らの瞳は彼らを見てはいなかった。恐怖とか、義務感とか、そういった強迫観念じみた感情のみが先行した――要するに、今目の前に立っているのは得物でしかないというある種の狂気のフィルターが掛けられ、その狂気のフィルター越しに観測しているに過ぎなかった。
即座に御鏡弥生はその子供に近づいていく。まるでそうしなければどうなるのかを知っていて、恐れている風に。
子供も同様だった。お互いがお互いに恐怖に背中を押されて――この後どうなるのか、そんなものは明白だった。
躊躇なく、一切の呵責なく、そして何の後悔もなく、御鏡弥生は子供の首目掛け逆手に握ったカランビットナイフで一閃、掻き切った。
大動脈を切られて吹き出す大量の朱はどこまでも蠱惑的で、子供の体は一瞬の痙攣ののち地面に倒れ伏した。御鏡弥生に手を伸ばしたのは恨みか、恐怖か――其れか若しくは助けを求めてのことだろうか…………もしくは、全てなのかもしれない。
恨みと、喜びと、恐怖と、絶望と、希望と、諦観と、そういった感情全てがごちゃ混ぜにかき混ぜられた深淵その物と云っても過言ではない。
そんな、人間が普通に生きるうえで持ってはいけない類の、一種の呪いのような視線を御鏡弥生に向けながら、視線を外すことなく静かに絶命した。
御鏡弥生はと云えば、何の呵責もなく、何の責任もなく、何の後悔もなく、死体から視線を逸らす様にカランビットナイフの朱に目を奪われていた。
今現在軍やPMSC’sなどで使われる元来農耕用の刃物として使用されてきたナイフだが、刃毀れを起こしながらも確かな手応えとともに“殺した”という感触と実感を少女御鏡弥生に与えていた。
おそらくこれが最初ではなく、何度も繰り返されてきたのだろう。もはや御鏡弥生のその精神性は通常の人間とも破綻者のそれともまた違う、一種の超越した領域に踏み込んでいた。
ニヤリ、という表現がこれほどまでに似合っていると思わされる笑みはないとさえ断言ができるほどに奇麗な、それはそれは見事なまでに奇麗なくらいに口角は弧を描く様に持ち上がり、殺人と云う行為そのものに酔いしれている。
普通の人間が持ってはいけない、崩壊していながら一種の完成へと至ってしまった価値観。衝動ではなく、理性的に行われる殺人行為。間違いようもなく、シリアルキラーと云って差し支えない。
コレガ、ドクトル・バタフライヤ境堺ノ云ツテイタ罪ダト云フノダロウカ
だが、根本として何かが足りないような、そんな予感も同時に鷲宮准は感じていた。
罪と云うには十分すぎるほどの罪に見えたが、しかし彼女の目にはその罪の根本とは違う種類の罪にしか見えなかったのだ。
そもそもこれでは、己と御鏡弥生の関連性がほとんどないではないか。何がどう、己に関連するのか――既に答えは分かってしまっていたが知ると決めた以上最後まで見るつもりで、目の前の惨劇から目をそらさなかった。
飛んでいく子供の首。臓物。千切れた筋繊維。
如何にすれば効率的に人を殺せるのか、効率的な殺人、ともすれば人体解剖の見本市のような有様を呈していた。
人の気配で淀み、狂気で歪み、あらゆるものが破綻している。崩壊している。倫理観だろうが何であろうが。故に嬉々として死体を解体し続ける御鏡弥生を見る研究員の姿も同様に歪んでいる。
狂っていると評することはいくらでもできる。どこがどう狂っているのか、とはパッと見では目の前の惨状くらいしか槍玉にあげられないだろうが、この狂鬼はもっと根本からの狂気だ。
人を見ているのではない。モルモットを見ているのでもない。彼らはあくまでも物を見ているのだ。死体という物と、御鏡弥生と云う物と、生まれるだろう能力と云う物。
研究者たちの思惑など意にも介さず、爛々と赤い瞳を淫らに乱れさせる御鏡弥生は、しかし同時に美しかった。
また、場面が変わった。
地元の病院に運び込まれてから一週間後、少女鷲宮■■は脳死していた。左脳が完全になくなっているのだから、奇跡の回復とやらも見込めない。奇跡の回復を為せるほどの運がなかったのだ。ただそれだけだ。
仮に奇跡の回復をしたとしても、どの道重度障碍者として生活していくほかないだろう。彼女の両親はあっさりと、というほどではないが延命を諦めた。諦めざるを得なかった
霊安室に送られた彼女は、しばらくもすれば葬式が執り行われ火葬され骨壺に収められることになるだろうことは明白だった。其処に彼らがやってきた。
御鏡出雲ト御鏡皐月夫妻ダツタ
この瞬間に、不幸なことに彼女は己の出生を、これで完全に理解してしまった。
思い出せない七歳より以前の記憶、そんなものそもそも存在しなかったのだ。あるとしても忘れているだけだろうと、彼女は思っていた。思いたかったのだ。
一度死んで、そしてこの後に続く何かによって生まれ直した。
彼女は御鏡出雲の云った言葉と幼いころの想いを反芻していた。
鷲宮准とは御鏡弥生に準じる存在である。
准とは、準の常用外漢字である。その意味は准える。
鷲宮准は御鏡弥生であり、御鏡弥生は鷲宮准である。
鷲宮准と云う個人の出生は、御鏡弥生が今の彼女のよく知るところに於ける御鏡弥生の誕生に依存しており、故に彼女は一度死に、生まれ直した。もしくは、生まれ変わったのだ。
七歳より以前の記憶がないのではない。そもそもそんな物、生まれ直した時点より存在しなかったのだ。そう、彼女が鷲宮■■という名を失い鷲宮准として新生した時点で、彼女はバートランド・ラッセルの世界五分前仮設宜しく、七歳の時に突然生まれたのだ。
七歳の時に突然生まれたのだから、仮に七歳より以前に生きていたとしてそれは最早別人だろう。それが、鷲宮准と云う存在の抱える罪なのだ。
ソシテ、更ニ救ヒヤウノナイ話ガ聞コエテキタ
「今日脳死したばかりの死に立てほやほやらしい」
「――――本当にやるのね、あなた」
「しょうがないだろう。あの子を救うにはこうするほかない。あの移動特異点まで協力してくれるんだ、成功させるために万全を尽くしたい」
「あの子を廃人にしてでも……?」
「そうだ。失敗すれば、廃人になるだろう。だがそれでも、最悪生きていてくれさえすれば……それで――――」
鷲宮■■によく似た木偶人形を置くと、御鏡皐月は慣れた手つきでその死体を背負い、気配どころかその姿すらも消して病院を後にした。
何故鷲宮■■の遺体が必要なのか、彼女には分からないことだったが、何だってあり得てしまうということを知ってしまった以上、もはや驚くことはなかった。ただ単純に、仄かな怒りが湧くだけで。
その怒りでさえも、自分の物ではないような感覚を抱いているあたりからして、それが自分が持つべき感情なのだと知りながらももはや持てないのだと理解してしまった。
「この子にも、この子のご両親にも顔向けできないわね――弥生の能力の一部と、弥生の崩壊した人間性を移し込み、気づかれぬうちに元通りに戻し、火葬してしまうだなんて」
「――――知られなければいい。少なくとも、当事者たちにだけは知られなければいい。それ以外のすべてを敵に回しても」
「そう、ね……」
「しっかりしろ皐月――もうこうするほかない。俺たちは選べなかったんだ。あの子を殺すか、完全に完膚なきまでに壊すか、どちらも選べなかったんだ…………」
最低な判断だ、と云わざるを得ないが、同時に夫妻の考えも理解できるような気がしていた。
既に死んでいるから、良心は痛むが少なくとも生きている人間で同じことをやるよりは大分マシだ。そういうことなのだろう。子供を持つということの意味を、理解できていない人間が云うことではないだろうが。少なくともそれだけは理解できる。到底褒められたことではないのも、彼女は理解していた。
またも場面が変わる。
ここまでを見てきて、これが最後の場面転換だといえる自信があった。すでにこの鷲宮准の知らない過去の一部は終わりに近づいている。
鷲宮■■から鷲宮准に、御鏡弥生が御鏡弥生になった全ての原因の物語が。
御鏡弥生が覚醒していた。彼女が視線を動かすたびに悶え苦しみ、一人また一人と研究者風の人間、若しくは実験対象と呼ばれていた子供が絶命していく。
ある者は泡を吹いて土気色の顔を床にこすりつけ、ある者はリンパ腺を掻きむしって、ある者は自分の下顎を両手で引きはがしたショックで、ある者は工事用のドリルを腹に突き立て十字架に凭れ掛かり、ある者は何事も無かったかのように静かに死んでいる。
彼女が見出したのは、単純に生の否定だ。
人間とは完成を目指して生き続ける生物だが、しかし同時に完成などありえない。どうせお前たちは無為に生き、徒に生を貪り死ぬだけなのだから今死んだところで構わないだろうさぁ疾く死ね。
まさしくそういった、手前勝手な理屈の下に実行される生命体への絶対的な殺害権とその権化。この時点の御鏡弥生とは即ちそういった存在だ。単純に、分かり易く、理屈でもなんでもなく神の領域に両足どころではなく腰元辺りまで浸かっている。
「ねぇ、おじさんはどう思う?」
「――何をだね?」
「そりゃあ勿論、この世界だよ。生きている必要ってあるのかな? そんなに生きるのが苦しくって辛いならいっそ皆でそんなことを想うことのない場所に逝っちゃえばいいんだ。そう思わない?」
堺境、稀代の結界師、死の蒐集者、三重の結界で世界から隔絶された動く特異点。人の生と死、その過程を神聖化する人間原理の体現者ともいえる彼がドクトル・バタフライを背に匿い、御鏡弥生の戯言に付き合っていた。
相性は最悪だろう。全人類への絶対的殺害権を持つ殺意の特異点と、あらゆるものからの干渉を拒み尚も人に干渉する動く八寒地獄。
いや、相性が最悪だからこそ盾役を買って出たのかもしれない。相性がどちらに対しても最悪なら、最終的に共倒れになる可能性が高い。場を膠着させるのには打って付けだ。
何故なら、この瞬間までにすでに何千回と云える視線のみの攻防が繰り広げられているからだ。
結界を破る音と、結界が防ぐ音。なまじ御鏡弥生の能力が未だ不完全故に二人はいまだ決定打を与えられずに膠着状態が成立している。
「かもしれないな。だが生憎と、私は世界の命運だとかに興味はない」
「なんで?」
「知れたこと。私は世界の命運なんかより、人の生死にこそ興味がある。どのように生き、そしてどのように藻掻き足掻いて死ぬのか。自身の根源的渇望を知った人間知らぬ人間、それらがどのようにして生きどのようにして死ぬのか。いうなれば、私は人の一生を蒐集しているのだよ」
「じゃあ、私たち相性最悪だね」
一層目の時間結界を突破し、二層目の空間結界を破壊した音が聞こえると、三層目の無力化結界から鈍い音が響く。
今にも割れるような音を立て、結界の歪みが質量の無い攻撃の姿を映し出している。もはや瞬間的な補強すらも無意味になりかけた頃合で、それは霧散した。一層目と二層目の再展開が間に合ったのだ。
時間を掛ければかけるほどに覚醒していく。こうしている間にも破壊後に即座に胎蔵界、金剛界を修復して再展開、その間隙を縫うように金剛界と両界の隙間、1ミクロンもない隙間に殺意を忍ばせ、再展開後に起動――そんな不毛に最も近いやり取りを幾度も繰り返している。
本人から切り離し遠隔で起爆させたということだが、ラジコンでもそうなように電波を遮断する物の中に受信機側が入れば動かなくなるのは道理だが、これもまた同様だ。能力者本人から切り離されてしまったから、霧散したのだ。
それでもこの男、堺境は動じることなく機を待った。御鏡夫妻の選んだ選択肢の結果を。
「だが、相性が最悪だからこそ、ということもあるのだよ」
「――あぁなるほど。ちょっとエキサイト翻訳し過ぎてたみたい。次は気を付けるよ」
洒落を挟みながらも、彼女の視線は場の闖入者に向けられていた。本来後戻りの一切利かない能力を使う故に次と云う概念その物が崩壊している彼女が、冗談や酔狂でその言葉を口にした。次なんて、明日なんて来なければいいとさえ思っている本人が。
恨みがましい視線を、彼らに浴びせた。
期待の眼差しを、彼らに向けた。
高濃度に濃縮された殺意その物を、彼らにぶつけた。
もはや入り混じりすぎて一体何を考えているのかすら分からない深淵で見ていた人影とは一つしかない。厳密には二つだが。
「そうか。それは良い心掛けだが、残念だが弥生、お前に次はない」
「……会いたかったよぉ……!! お父さんお母さん……私寂しくて痛くて辛くって死にそうだったんだよぉ……? 何でお迎えに来てくれなかったのぉうぇ~ん」
「―――― 一年の間に随分とまぁ嘘泣きが上手くなったもんで。しかも随分ご機嫌斜めみたいじゃねぇか。何か良いことでもあったか?」
飄々と、なんてことの無いように云っているが、しかし声色は決して笑っているような、そんな気安いものではなく、もっと真剣な物だった。
対する御鏡弥生はと云えば、今の御鏡弥生に通じるような冗談めかしたトゲのある云い方で、一年も彼女を見つけられずにいた夫妻を詰っていた。お前たちが早く見つけてくれないから、私はこうなってしまったのだぞ――そう見せつけるように。
そこはドラマみたいに抱き着きに来るところだと思うんだけどなぁ、という御鏡弥生の呟きには誰も返事をしなかった。冗談としてはあまりにも寒々しかっただけ、だ。他の理由はない、とだけは彼女にも理解できた。
「……別に? ちょっと頭のなか弄られて殺しまくってたらこうなってたんだよ?」
「そうかいそうかい我が娘が元気なようで何よりだ」
あてつけがましく、恨みがましく、苛立たしげに悲し気に、演技ぶった言い方と仕草で頭の横で人差し指をクルクルと動かして握り拳を作ると一杯に開いた。
悪戯を見咎められた子供のように、家出していたのを咎められる子供のように、駄々を捏ねて親を困らせる子供のように。
妙なシナを作って父親と母親を見つめる瞳には、少なくとも親愛の情なんてモノは欠片も無くて、あるのは深い憎悪と諦観とやけっぱち染みた殺人衝動だけだった。それが分かっていて御鏡出雲はしかし、駄々を捏ねる子供を宥め透かすようにして云った。
「お父さんたちと一緒にお家に帰らないか? こんな陰気なところに引きこもってたってしょうがねぇ」
「最初っからそうする気なんでしょ? ……嫌だって云ったらどうするの?」
「ん~、まずはちょっとクロロホルムって頭弄り直してってしてからお持ち帰りかねぇ」
「娘に何てことしようとしているのかしら、あなたって人は」
「ちょっとこう触手とかの出てくるエッチな本みたいなことするだけさ皐月ちゃん」
「――今日の夜は覚悟してなさいね、あなた」
「――お父さん、夜の営みには正官庄が良いってそこの藪医者が云ってたよ」
まぁ勿論、夜なんて来ないんだけどね。
御鏡弥生がそういうのとともに赤く染まった瞳が御鏡出雲を直視した。
それは死ねという絶対命令。絶対的な上位者からの過程も結果も無視して押し付けられる磔刑に似た概念の奔流に過ぎない。完成していないにしてもあまりにも濃度が濃すぎた。まるで堺境とのそれはお遊びだったとでもいうかのように、強く、強く――
もしもこれが直撃でもすればその瞬間普通の人間ならば粉微塵にでもなっているだろう。運よく耐えられたところで触れた部分から呪死の毒が一瞬で体を駆け巡り、数舜ののちには発狂しているだろう。
これこそがドクトル・バタフライの作り上げようとしていた完全なる超能力者。
行き着く先は深みに過ぎないとわかっていて生み出した人間性の狂気。愛憎も情緒も何もかもが綯い交ぜになった結果として深淵をその身に取り込んで生まれた怪物だ。
逃げ場もなく、感触も与えずに縊り殺す。唐突に、かつ自然に何の疑問の余地もなく死を与える、いや死なせる。
まだ完全に覚醒したわけでもないのが唯一の救いだが、それも時間の問題だ。現に最初の覚醒時にはただ視認した相手を錯乱状態に陥らせるだけだったのが今では無条件に視界に入ったものを殺すレベルになっている。しばらくもすれば無差別に死の概念を振りまくようになるだろう。
そんな代物を受けてしまえば御鏡夫妻ですらも死は免れない。のだが、それは直前に防がれた。
「よくもまぁ仲良く歓談できるものだ。尊敬するよ。それもまた家族としての情かね?」
堺境だった。
結界の範囲を広げて無理やりに御鏡夫妻を守ったのだ。そのためにまた一枚、再展開された時間結界が破られたのだが、破られた瞬間にはまた再展開している。
皮肉を漏らしながらも、その顔色はまだ余裕の残ったような感じで、暗に早くしろと御鏡夫妻を急かし、その間も御鏡弥生の放つ攻撃全てを弾いていた。
呪死の毒の塊と云っていい視線が、そこから放たれた未だ未成熟な絶死の超能力が完全に弾かれている。それもどこまで持つかは分からないが、少なくとも精神的に動揺を得ている今の御鏡弥生ならば、何度同じ攻撃をして来ようと同じだ。
先ほどまでは確実に殺そうという気と、あらかじめ何重にも結界を張り巡らしていなければあっという間に殺されてしまう濃度で視線、若しくは殺すという意思のみで発現していたが、今のそれは最早児戯にすら等しい。
我儘的で、深く何かを考えての物ではない完全な当てつけだ。
この状態になって初めて彼女の持つ超能力、ともすれば異能力と呼んでもいいそれは威力を大きく弱体化させた。今が好機なのは一目瞭然だった。
「分かっているとも――弥生、お父さんもお母さんも、常に誰かに本気で云ったことは絶対に成し遂げる。それが娘殺しだろうが洗脳だろうが、どのような汚名を被ることになろうともだ」
「大丈夫よ、痛いのは一瞬だから。次に目が覚めた時には悪夢なんて一切合切忘れているわ」
手前勝手なのは十二分以上に承知している。その行為が人道的にも倫理的にも反している大逆だということも、そして人様の大事な子供の遺体まで巻き込んで行おうとしているのだ。正しいはずもない。仮に正しいとして、そんな正しさは歪みしか生み出さない。
それでも彼らは最早それに縋るしかない。
望んで生んだ子供だから、家族だから、お膳立ては用意しようとすればなんでも用意できるが、一つ共通することは、彼らの人生で御鏡弥生の存在しない瞬間など存在してはならないことだ。
多数決を取れば大多数が殺せと云うだろう。実際その通りだ。誰の云うことも聞かずただ手当たり次第に殺すような人間兵器、生かしておいてもしょうがないだろう。
その方法を考えなかったわけではない。考えて、熟考した末に殺せないという結論に至ったに過ぎないのだ。
誰かにとって悪だから、誰かにとって恐ろしいから――そんな物関係ない。自分たちにとっては可愛い娘で。其れで答えは十分だったのだ。
殺さないで済むなら、また元通りに暮らせるのであれば、娘の為ならどんな汚名でも被る覚悟を持ったのだ。
彼らがやったこととは、この春休みに彼女が嫌というほどに苦労して集めることになったアイテムたちを作ることだった。
どういう原理なのか彼女には全く持って分からなかったが、御鏡弥生の心を四等分した物をそれぞれのアイテムたちに込めていった、やっていたことはそれだけだった。そのアイテムの中に彼女の遺体が混ざっているだけで。
ドクトル・バタフライが用意したものはどこにでもある熊の人形。
堺境が用意したものは一振りの錆びた刀。
御鏡出雲が用意したものはそこいら辺に落ちていたであろう.44magnamの薬莢。
御鏡皐月が用意したものは病院から盗み出した鷲宮■■の脳死体。
これら四つに堺境が分離させた御鏡弥生の心をどのような方法か知りたくもないが定着させて、それは終わった。
癌を摘出するかのように、心の膿んでいる部分を四等分された御鏡弥生はと云えば、母親に寄りかかるようにして静かに寝息を立てていた。先ほどまでの狂気など全く感じさせない穏やかな寝姿だった。
成功したのかどうなのか、彼女、鷲宮准には分からないことだが、少なくとも御鏡弥生がこの時点で暴走のようなことを起こしていないのだから成功したのだろうとだけ理解した。
成功したのなら、そのためだけに担ぎ出されてきた鷲宮■■の遺体はこれで役目を終えたことになる。だが本当に脳死していたのなら、今先ほどまで息をしていた自分は何なのか。
幽霊の類であるはずもないが、しかし仮にそうだとしてここまでを見てもまだ己が奇跡の復活とやらを遂げた理由にはたどり着けなかった。
所詮彼女は超能力者初心者に過ぎない。結界がどうだのこうだの説かれたところで理解出来ようはずもない。けれどそんな初心者でも明白に理解できるほどに、鷲宮■■の遺体は全く、何もされていないのだ。強いて言うなら御鏡弥生の心を入れられた程度で――。
そこまでを考えてようやく、彼女も漸く合点がいった。御鏡出雲が鷲宮准と御鏡弥生は同一人物だといった理由が。
過去の御鏡弥生の持つ才能喰らいの簒奪王とは明らかに違う能力、その本質とは端的に他人の生命を“奪う”こと。才能喰らいの簒奪王も本質はブレておらず、これもまた相手の能力を無条件に“奪う”ことがその本質だ。
では才能再定義の贋作王の本質は何かといえば、これもまた“奪う”ことに他ならない。相手の能力に合わせ使用者の望む能力として再定義し発動する。それは上手く活用すれば相手の有利性を“奪う”ことになる。
超能力とは使用者の強い精神性の発露に過ぎない。故に精神の根底的概念、ともすれば渇望的な願望が万に一つでも変わるようなことがあれば能力は直接的にその影響を受ける。
制約が緩和されるか、それか制約が激成するか。
部分劣化を起こすか、それか部分的に向上するか。
強い超能力を持つ者ほど自分にとって都合の良い法則に縛られる、彼らの人格の根幹なのだから本質がブレれば在り様も変わる。
それが御鏡弥生の才能喰らいの簒奪王で、
それが鷲宮准の才能再定義の贋作王なのだ。
もっと端的に云えば、鷲宮■■に這入った御鏡弥生の心の一部が変質した結果生まれた、いわば突然変異個体とでも云うべき存在。それこそが彼女、鷲宮准の正体なのだ。
鷲宮准は鷲宮■■であった頃に一度死んでいる。
鷲宮准は御鏡弥生の能力が変質した結果、七歳のころに脳死後42時間以内で突然生まれた存在だ。
鷲宮准は鷲宮■■であった頃の記憶は持ちえない。何故なら鷲宮■■と云う存在は七歳のころ、事故に遭って脳死した瞬間にすでに死亡しているからである。鷲宮准は鷲宮■■の脳死後に新しく生まれた存在だから、鷲宮■■の記憶を持たない。
そして御鏡弥生と源流を同じとし、その人格面も互いの足りない部分を補い合う合わせ鏡めいた要素が強い。つまり文字通り御鏡弥生は鷲宮准であり、鷲宮准は御鏡弥生である。
鷲宮准が准えられている対象とは、御鏡弥生を於いて他にいない。
□
目ガ覚メレバ、諸悪ノ根源デアル御鏡弥生ノ顔ガ見エタ。
傍目にはいつもと変わらぬ笑顔に見えるが、眉尻は微妙に下がり今にも涙を流しそうなほどに瞳は潤んでいた。慈愛とか、憐憫とか、そういった様々な感情が入り乱れた百面相の混沌が、御鏡弥生の顔面に広がっている。
よくよく頭を動かしてみれば、彼女、鷲宮准は御鏡皐月の膝に寝かせられている、俗にいう膝枕をされていた。
「今君に見て貰ったのが、十年前の真実だ。鷲宮准、君には俺たちを殺す権利がある」
「いつ復讐されても良い様に、遺書は毎日用意してきました。貴女の想うようになさい」
頭の整理が追い付かない、ということはなかった。
兄が去年の誕生日に寄越した懐中時計を見れば、先ほどのやり取りからすでに二時間以上が経過している。軽く開け放たれた襖の奥に見える外の景色は、余裕で真っ暗だった。
風邪を引いたときのように重たい頭を振るようにして起き上がり、まず彼女がしたことは――
「しません。そんなこと、しません」
「――そういうと思ったよ」
「後悔はありませんね?」
「はい」
後悔ハアルガ、シカシソンナコトシヤウダナンテ思エナカツタ。誰ニ甘ヒト云ワレヤウトモ
しょうがない。そんなことをしたところでしょうがないことだ。すでに十年前に始まりここまで来てしまったのだ。鷲宮准として、御鏡弥生として。
何より、今の人生は鷲宮■■ではあり得なかった未来なのだ。とっくの昔に閉塞してしまった未来を、鷲宮准として新生し今この瞬間でさえも味わっているのだ。
そう、間違いようもなく、そして他の誰に代わりもなく、この人生とは即ち鷲宮■■ではあり得ようはずもなく他ならぬ鷲宮准の歩んできた人生なのだ。それを辞めようだとは、少なくとも彼女には思えなかった。
殺して御鏡弥生の心の最後の欠片を手に入れることもできるだろう。殺すと云えば彼らは恐らく、何の抵抗もなく死んでくれるだろう。
ダガソレデハ駄目ナノダ。殺シテ解決スル問題デハナイノダ。
誰も殺さないだとかはおとぎ話だが、少なくともこれは渦中の人物である御鏡弥生本人がルールを決めた上での殺人を伴わない決闘で――いや、そんな物は御鏡弥生に責任を押し付けているだけだろう。
要するに、彼女にはまだ、この期に及んで欠片ほども、人を殺す覚悟が得られなかった。ただそれだけなのだ。
ダカラ殺サナイ。ダカラ殺セナイ。ダカラ生カス。ダカラ悔ヒロ。
生きて、その罪を悔やんで、それが彼らから彼女に示すことのできる唯一の償いなのだ。
彼女はそう静かに、御鏡出雲と御鏡皐月に判決書を与えた。
「――――実家に電話してきていいですか? 色々と、親に話さないといけないことができましたし」
「あぁ――それが終わったら夕飯にしよう」
「えぇ」
返事もそこそこに、御鏡弥生に手を引かれて客間を出た彼女、鷲宮准はいつもの部屋に戻るなりすぐさまケータイ電話を出して母親の電話番号に電話を掛けた。
疲労感とか色々凄まじいが今かけておかなければ後々後悔するような気がしたのだ。
仮に先ほど見た記録が真実であるのなら、仮に先ほどのが嘘偽りないのだとすれば、だとすれば鷲宮准はとんでもない親不孝者である。それを、確認したかったのだ。いや、確認しなければならないのだ。そうする義務と責任があるのだ、鷲宮准には。
最初に決意したときと同様に、知らなくていい権利があるのだろうが、知った以上知らなくてはならないのだ。知ることから逃げてはいけないのだ。
5回目のコールを聞いて、鷲宮准は気が付いた。今日は母親の出勤日だったことを。もしかしたら出ないかもしれない。そう思いながらかけ続けること一分。電話がつながる音とともに母親の眠そうな声が聞こえた。
『はぁ~~い……お母さんですよ~~』
「また休んだのか……」
『足攣っちゃってぇ、動けなかったぁ。だからお休みして寝てたのさぁ~』
開口一番、出た言葉は呆れを多分に含んだものだったが、父親も母親も兄も、働いているのだ。そういう日くらいあるだろう。そしていつかは自分もその枠組みの中に入ることになるのだ。
あまりに知りたくない情報を知りすぎて憂鬱だが、しかしそんなことも気が付かない振りをして母親は電話の目的を問う。
普段電話なんて不測の事態でもない限り掛けないような娘が、ホームシックに罹るほど泊まり込んでいるわけでもないのに電話してくるなど、普通ではないのだ。少なくとも鷲宮家の諸兄にしてみれば。
「十年前、私白雉だったって出雲さんから聞いて……どんなだった?」
『…………そっかぁ。出雲君答えたのかぁ……そりゃ、聞かれたら答える他ないか。あの人もナニカ、負い目ある風だったしなぁ』
「――そんなに酷かったの?」
『いやぁ酷いなんてもんじゃなかった! 奇跡の回復だっつって病院から電話来たもんだから玄関にいたお父さん捕まえて、ついでに卒業式直前のお兄ちゃんとお姉ちゃんの首根っこも引っ掴んで病院行ったら何でかあんた名前忘れてるし全く違う名前を出雲さんたちに名乗ってるしでねぇ……』
アリヤ困ツタワ!
母ハサウ、遥カ昔ノ笑ヒ話ノヤウニ笑イ飛バシテイタ――思ヒ出シテ声ガ上擦ツテイルノヲ必死デ押シ隠シテ
自分たちはとんでもない親不孝者だと、鷲宮准はただそう懺悔するように、その言葉だけが頭の中をぐるぐる回っていた。
被害者であり、そして加害者なのだ。いや、ある哲学者の言葉を借りるならこの世に加害者も被害者もいないのだろう。あるのは被害を主張する者と罪を追求する人間だけ。それは宛ら存在もしないはずの正義を問う求道者や偽善者のごとく。
だから決めた。この先は後悔しかないだろう。どう考えても絶望しかないだろう。しかしそれを解決しなければならないのだ。
自覚なしに傷つけた両親や、周囲の大人が犯したあまりに大きな罪を清算するために。
こちらは去年の十月から書き始めて十二月辺りに書き終わりました。




