カーラとキーラ
雪がシンシンと降るある夜のことでした。
カーラはお気に入りのブランケットにくるまり、あたたかいミルクを飲んでいました。
白い雪が何度も何度も空から舞い降りて来て、カーラの花壇を隠してしまいました。
春になったらおかあさまと花の種を植える約束でした。
「早く春が来ないかなぁ」
カーラは窓枠に肘をついて、雪を見ながらため息をつきました。
雪が溶けたら春になるとおかあさまが言っていたのです。こんなに降っていたらどんどんどんどん雪が積もって、春が遠くなってしまいます。
カップの中のミルクは、同じ白でもこんなにあたたかいのに。コクコクとミルクを飲み干して、カーラはほうっと息をつきました。
ミルクが入っていたカップを、ベッドサイドのテーブルに置きました。ふかふかのお布団の中にブランケットごと入って、眠る準備をします。
「明日は雪がやみますように」
カーラは眠る前のお祈りをしました。
その夜のことでした。
きらきらきらきら
聞いたことのない音がして、カーラは目を覚ましました。部屋の中がボォッと光っています。
よく見ると、床の上で何かが光っています。カーラはブランケットを巻いたまま、あたたかいベッドから出ました。いつもより少し寒いような気がしました。
カーラはブランケットに包まったまま、そのきらきらに近づきました。そのきらきらはテニスのボールのような形をしています。どこに目があるのかは分かりませんが、シクシクと泣いているようでした。
「どうしたの?」
カーラが声をかけると、そのきらきらはカーラに気付いたようでした。顔がないのでよく分かりませんが、なんだか悲しそうです。
『意地悪を言われたの』
とても綺麗な声で、まるでウインドチャイムのようでした。
「誰に言われたの?」
『お兄さんとお姉さん』
「何を言われたの?」
『雪を降らせるのが下手だって』
「下手なの?」
『……うん。うまくできないの』
「そうなの?」
『うん。多かったり、少なかったりするの』
きらきらはポロポロと涙をこぼしました。こぼれた涙は床に落ちると透明な石に変わりました。
「キレイ」
カーラは嬉しそうにそう言うと、ブランケットをベッドに置いてその石を拾いました。
「もらってもいい?」
『いいけど、そんなのがほしいの?』
「うん。とってもキレイ」
カーラはその石を光っているきらきらにかざしました。
「わあー!」
嬉しそうなカーラを見ていたら、きらきらの涙は止まっていました。
カーラは机の引き出しからキレイなビンを取り出すと、
「お父さまにいただいたの」
と言って、透明な石をビンに入れました。
カーラは机の引き出しからリボンを取り出しました。
「このリボンはお母さまにいただいたの」
嬉しそうにリボンを結びました。
「ほら、もっとステキになった」
カーラはとても嬉しそうです。
「お父さまはね、お国のために戦っているのよ。お母さまはお星さまになったの。新しいおかあさまが来たのだけど、お忙しいからわずらわせてはいけないの」
カーラはそう言うとブランケットにくるまり、また布団に入りました。
空が少し明るくなってきました。
『帰らなくちゃ』
「明日も会える?」
『いいよ。夜になったらまた来るね。朝と昼は危ないから』
「約束よ?」
『じゃあ、名前を付けてくれる? そうしたら約束ができるよ』
「名前?」
『そう。なまえ』
「『キーラ』はどう? きらきらしているし、わたしと似てるから。わたしはカーラよ」
『すてき』
「キーラ、おやすみなさい」
そう言うとカーラはスーッと眠ってしまいました。
キーラは名前を貰ったのが嬉しくて、初めての約束が嬉しくて、胸の中がポカポカしてきました。部屋の窓をすり抜けてお空の家に帰ります。
でも、お空の家は意地悪なお兄さんとお姉さんがいるのであまり好きではありません。それでも帰らないといけないのです。朝陽に焼かれたら消えてしまうからです。消えてしまうのは嫌でした。
ところがその日は、いつも嫌なことを言うお兄さんとお姉さんがいませんでした。他のお兄さんとお姉さんは何かを言いたそうにしていますが、誰も話しかけては来ませんでした。キーラは知っています。意地悪なあのお兄さんとお姉さんが話すなと言ったに違いありません。キーラは奥の部屋で一人で眠りました。
夜になりました。カーラのところへ遊びに行きます。こんなにワクワクしたのは初めてです。
「来てくれたの? ありがとう。約束を守ってくれて嬉しい」
カーラは嬉しそうにそう言いました。
「ごめんなさいね。少し寒くてお布団から出られないの」
『じゃあ、旅をした時の話をしようか?』
「うれしい! 聞かせて聞かせて!」
好奇心いっぱいのカーラの瞳を見たキーラは嬉しくなって得意気に話します。山と山の間に広がる雲海の話、天にある星でできた川の話、こぼれ落ちそうなほどの星が瞬く海の上の話。
カーラは目を輝かせてキーラの話を聞いていました。いくつもの夜、キーラとカーラは色んな話をしました。カーラの話は家の中のことや、星になったお母さんから聞いたというお姫様の話。キーラには少し難しかったのですが、どんなお話でもカーラが楽しそうに話すので、キーラは嬉しくなりました。
最近のお空の家の中は静かでした。お兄さんとお姉さんが一人また一人と旅立ったからです。最後に残ったお姉さんは旅立つ前にキーラに言いました。
「あなたがずっと居座っていても人々は喜ばないわよ。みんな春を待っているの」
キーラは怒りました。
「そんなことない! カーラは喜んでるよ!」
初めてお姉さんに言い返しました。
「……その子布団から出ないんじゃないの?」
「……なんで知ってるの?」
「人はね、暖かくないと暮らせないのよ。あなたがいたら、それはそれは寒いでしょうね。それにね、そろそろ春の女神様がお目覚めよ。分かっているでしょう? 消えてしまうわよ」
キーラは悲しくなりました。カーラはずっとブランケットを手放しません。
「ボクのせいなの?」
キーラがポロポロと泣くとまた透明な石が床に散らばりました。
「カーラにさよならしなくちゃ」
その夜、キーラがカーラの家に遊びに行くと、カーラは布団の中にはいませんでした。いつもカーラが使っていたブランケットが畳まれていました。キーラは部屋を出て家の中を見ました。家の中にも誰もいません。暖炉にも薪がありません。カーラもお引越ししちゃったのかな、とキーラは思いました。
「さよならしたかったな」
キーラは次の街に行くことにしました。女神様が目覚める前に違う場所にあるお空の家に行かなければなりません。
最後にキーラは思いっきり雪を降らせました。雪に混じって、ポロポロと涙が零れました。今日だって会いたかったし、もっと遊びたかったのです。でもそこにカーラはいません。透明な石がたくさんできましたが、拾わずにそのままにしました。
キーラはその日のギリギリまで雪を降らせると、お空の家に帰りました。支度を済ませて、カーラがいた部屋の方をしばらく眺めました。それから、次の街へと旅立って行きました。
おしまい




