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エピローグ

 正直なところ賭けだった。

 シェリルの力の特性として、無限書庫をつなげた扉が壊れると前につなげた扉から外に出られる、というものがあるが、果たしてその『壊れた』判定がどこまで有効かわからなかったからだ。

 うまくいけば背後を取れるが、失敗すれば刺さった剣を抜かれた後、扉を開けられて無限書庫で鉢合わせになるかもしれない。あるいは扉の前で待ち伏せされ、出てきた瞬間に捕らえられるか、最悪の場合殺されてしまう。

 だけどあのときのシェリルにはそれしか思いつかなくて、そして彼女は賭けに勝った。


 そうしての今、である。


「サシャ、見てください! 死の予言が消えました!」


 シェリルはヴァレンティノ邸にある自室で、自叙伝を掲げながら、そうはしゃいだような声を出した。自叙伝の最後のページにはもうなにも書いておらず、それはもうただの日記帳に成り下がっている。

 あの騒動から一週間と少しが経っていた。

 イアンとそれに協力した兵はあれから雪崩れ込んできた兵たちに捕まった。まだ裁判は行われていないらしいが処罰されることは確実で、エルヴィシアには一時の平和が戻った。

 そんな中、シェリルたちはロジェにオルテガルドにもう攻めてこない事を約束させて、そこから一目散にオルテガルドに逃げ帰った。エルヴィシア国王はシェリルたち礼がしたいと言ってきたのだが、勝手に動いたことがオルテガルドの皇帝に気づかれてもいけないので、それらは丁重にお断りしたのだ。

 サシャはシェリルの持っている自叙伝を見つつ「おぉ」と声を出した。


「おめでとうございます。これでもうメロメロ作戦なんて必要なくなりましたね」

「そうね。……と言いたいところですが。ルーク様の協力なくして、今回、私が助かることはあり得ませんでした! やはり、夫婦仲が良好だと良いことがあるに違いありません。なので私は、これからも油断することなく、ルーク様をメロメロにするために頑張って行こうと思います!」

「はぁ……」

「それに――」


 そういう作戦を抜きにしても、シェリルはルークと仲よくしたい気持ちがあった。それがどこからくる気持ちなのかはわからないけれど、もっと彼のことが知りたいし、彼と話したいと思ってしまう。


「まぁ、このまま作戦を続行したいのなら、好きにすれば良いとは思いますが、もうメロメロにしようとする必要なんてないと思いますけどね」

「そんなことはありません。今度こそしっかりメロメロにして――」

「誰をメロメロにするって?」


 突然、そんな声が背後から聞こえて、シェリルは思わず振り返った。

 すると、そこにはルークがいた。彼は扉の前に立ち、にっこりと人の良い笑みを浮かべている。その後ろにはどこか疲れた様子のエリックもいた。

 シェリルはルークの登場に笑顔になり、彼に駆け寄った。


「ルーク様! 腕はどうでした!? お医者様はなんと?」

「別に、なにも問題ないって。そもそも今日は包帯替えてもらっただけだし。……で、誰のことをメロメロにするの? もしかして浮気?」


 浮気なんていうとんでもない単語が飛び出してきて、シェリルは驚いた小動物よろしくぴょんと飛び上がった。そして、否定を表すようにぶんぶんと首を横に振る。


「ち、違います! 浮気なんて事は一切ありません。先ほどのメロメロはルーク様に対してで!」

「なぁんだ、よかった。ほら俺ってばこう見えて嫉妬深いからさ。シェリルが浮気しちゃったら俺、相手の男どうにかしちゃいそうだったし」


 ルークはそうとんでもないことを言いながら、からからと笑う。

 シェリルはルークの言葉の意味がわからないのか「喧嘩はダメですよ」と窘めていた。


「って事で、そういう作戦はもう必要ないんじゃない?」

「え?」

「だってほら、もう俺ご覧の通り、シェリルにメロメロだし!」


 シェリルはその言葉に、いつぞやと同じ上に唇をとがらせた。


「ルーク様、そういう嘘は良くないと前にも言いましたよね? 人はメロメロになると、頬を赤らめたり――」

「そういうところも、可愛くて大好きだよ、シェリル」

「だから! 『可愛い』という台詞はもうちょっとこう、恥じらいを持って告げられる言葉なんですよ! こんな風に簡単に告げるものでは――」

「愛してるよ?」

「だーかーらー!」

「まるで狼男ですね」


 じゃれ合うルークたちを見ながら、そんな感想を述べたのはサシャだった。

 隣にいるエリックも同じような冷めた表情で彼らのことを見ている。


「しかも本人、それを楽しんでいますね」

「実はマゾっけがあるんじゃないですか、あの人」

「いや、あの人は生粋のサディストですよ……」


 そんな会話をしている従者の側で、シェリルとルークの会話は続く。


「本当に好きなんだけどなぁ。どうやったら信じてくれる?」

「ルーク様の『好き』は『ライク』ですよね! 私は是非『ラブ』にしていただきたいんです!」

「ラブだって、すごいラブ。とんでもなく大きなラブ。えー、なんで伝わんないかなぁ。もしかして、キスでもしたら伝わる?」

「ルーク様、いけません! そういうのは心に決めた相手にやるものですよ!」

「んー、だから、俺には心に決めた相手がいてね」

「そうですか! それなら、その人に負けないように、私は頑張りますね!」

「んー、だからね――」


 さすがのルークも難しい顔をし始めて、サシャとエリックは同時に苦笑を浮かべた。


「私たち、ずっとこれを見させられるんでしょうか?」

「諦めたらどうですか? 恐らくずっと見させられますよ。……と言うか、貴方シェリル様に言わないんです?」

「なにをですか?」

「ご自分が男だって」


 サシャはその言葉に一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた後、人差し指を唇の前に立てつつ、微笑んだ。


「言ったら、そばにいられなくなるじゃないですか。私はいつまでもお側であの方をお守りするんです」

「……貴方、隙あらば奪おうとしていませんか? やめてくださいよ! 勝手に主人の初恋に割って入るの」

「でもこう言うのって隙を作る方が悪いと思いませんか?」


 不敵に笑うサシャの隣でエリックが頬を引きつらせる。

 そんな彼らの側ではまた別の攻防が始まっていた。

 どうしてそうなったのかわからないが、いつの間にかシェリルが壁に背をつけた状態でルークに追い込まれていた。壁に腕をついてシェリルを見下ろしているルークの顔はこれまでにないぐらい近く、シェリルは今にも爆発しそうな心臓を抱きしめながら必死に声を絞り出していた。


「ル、ル、ル、ルーク様! こういうのは好き合っている男女でやるものだと先ほどから――」

「だから、俺はシェリルの事が好きだってさっきから言ってるでしょ? それともなに? シェリルは俺のこと嫌い?」

「嫌いではありませんが……」

「じゃぁ、好き?」

「それは、もちろん!」

「じゃぁ、キスしても良いって事にならない?」

「そ、それはならないような気がします!」


 シェリルの否定に、ルークは「さすがに騙されないかー」とおかしそうに笑う。


「でもさ、このまま行けば、僕らは半年後に夫婦になるんだし、今から予行練習はしておいた方が良くない?」

「予行練習?」

「そう、いきなりみんなの前でキスをしろって言われたって、シェリルだってできないでしょ」

「それは……」


 みんなの前でルークと口の粘膜を合わせる行為をする。

 想像するだけで血が沸騰しそうだった。

 そんなシェリルの反応に商機を見いだしたのか、ルークはここぞとばかりに攻めてくる。


「俺は何事も練習は必要だと思ってるんだよね」

「それは確かに……」

「だから、今から練習。どう?」

「それは……」


 ルークはシェリルの細い腰を掴んで自分の方へ引き寄せた。二人の身体がぴったりとくっついて、シェリルの心臓はいっそうおかしなリズムであばれだす。

 ルークはシェリルの腰を掴んでいない方の手で、彼女の頬を愛おしげに撫でると、そのまま輪郭に手を這わせて唇を近づけた。


「愛してるよ、シェリル。仲の良い夫婦になろうね?」


 そうして、唇が触れあおうとした瞬間、シェリルは手を突っ張ってルークから身体を引き剥がした。その顔は真っ赤に染まっており、声も羞恥に震えている。


「す、すみません。練習はとても有意義だと思うのですが、ちょっと恥ずかしくてこれ以上は……!」


 そう言いつつシェリルはルークを見上げる。すると、ぽかんと呆けたような表情のルークと目が合った。心なしか彼の頬も赤くなっているような気がして、それがまたシェリルの体温を上昇させた


「わ、私、恋愛というものをまた一から勉強してきます!」


 そう言ってシェリルはルークを押しのけると、クローゼットの扉から無限書庫に逃げ込むのだった。


「うぅ……。逃げてきてしまいました」


 シェリルは無限書庫の中でそう小さく呻いた。

 先ほどまでルークに抱きしめられていた身体は熱く、未だに火照っている。

 この気持ちはなんなのだろうと思う。彼のことが嫌いではないのに、むしろ一緒にいて心地が良いとさえ思うのに、ある一定の距離を超えて近づくと変な拒否反応が出るのだ。


(心臓がこれでもかと鳴って、身体が熱くなり、頭がうまく働かなくなる……)


 ルークとは仲よくしたいと思っているのに、こんなことでは仲の良い夫婦なんて夢のまた夢だ。

 そんな風に悩んでいたからか、緩徐の足は自然と自叙伝の方へ向いた。自叙伝は無限書庫の中でも比較的浅い場所に置いてあるのだ。だからこそシェリルが自分の自叙伝を見つけることになったのだが。

 神使の自叙伝の棚にはやはりずらりと人の名前が並んでいる。

 シェリルはその中で、一つおかしなものを見つけた。


「私の自叙伝?」


 背表紙には間違いなく『シェリル・ロレンツ』の文字。

 しかし、シェリルの自叙伝は今シェリルの部屋にあるはずなのだ。だから、ここにあることは絶対にないのに……

 シェリルはおそるおそる本を手に取る。そして、本を開いて、息を詰めた。

 彼女が開いた最後のページには――


『私は崖から落ち。海の藻屑となってしまいました』

「ええぇぇぇぇえぇ!?」


 新しい死の予告が書き込まれていたのである。


最終話です。

皆様、ありがとうございました!


面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

今後の更新の励みになります。

どうぞよろしくお願いします!


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