34.「ははっ やっぱシェリルって最高!」
「お前は――」
「二度目ですね。国王様」
国王を背に庇いながらルークは楽しげに手元で剣をくるりと回した。
そうして先ほど剣を交わした目の前の男にもルークは柔和な笑みを向ける。
「貴方とも二度目ですね。ペテン師さん」
「ルーク・ヴァレンティノ……」
「あぁ、名前まで覚えてくれてたんだ。光栄だね」
どこまでも楽しそうにルークは笑う。
そんな彼の背後から、見知った男も出てくる。
「まったく、ようやく合流できると思ったらこれですからね。言っておきますけど、私は、荒事は苦手なんですからね」
「エリック様?」
気がつけば、謁見の間の外にいたはずのサシャも隣に居た。ルークたちの登場に彼女が驚いていないところを見るに、どうやらサシャは全て知っていたらしい。
そのことに何か思う前に、国王を背中に庇ったルークがにやりと笑う。
彼の声の先には、未だ剣を手から離さないイアンがいた。
「ここら辺でやめておかない? これ以上騒ぎを起こすと、兵士たちが来ちゃうよ。国王様の護衛をしていた兵士は俺たちが寝かせちゃったけど、この周りにもたくさん兵士がいるからね。この場で殺されるのはさすがに嫌でしょ」
イアンはルークの言葉になにも答えない。
そうしている間に騒ぎに気がついたのか、兵士が入り口からどんどん入ってきた。
「あーぁ、だから言わんこっちゃない」
「……」
兵士の格好をして国王を背に庇うルークと、国王に剣を向けているイアン。
どちらが国王の敵なのかは一目瞭然なのに、彼らは迷うことなくルークたちを囲んだ。
「は?」
「あなたたちは本当に馬鹿ですね」
そう言うイアンの口元には、微笑みが浮かんでいた。
「貴方たちは二つの間違いを犯しています。その一、私がどうして仲間を増やしていないと思ったのか。もう三年もここにいるんです。多少は味方を作っているに決まっているでしょう。この王宮にいる兵士の四分の一は、もう私の指示で動きます。オルテガルドに無茶な侵攻を繰り返す国王を見限って、こちらについてくれたんですよ」
オルテガルドへの侵攻で、オルテガルドよりもエルヴィシアへの損害の方が大きかった。勝てない戦に送り込まれる兵士たちに反抗心が芽生えるのも無理もない話だった。
「そして、間違い二つ目。私の狙いを見誤っていること」
イアンが片手を上げると同時に、兵士たちの視線がシェリルの方へ向いた。
「え?」
一人の兵士が振り上げた剣を隣にいたサシャが弾く。彼女の手にはいつの間にかナイフが握られていた。かつてシェリルに向けたナイフだ。耳障りな金属音がその場に木霊する。しかし、襲ってくるのは一人だけではない。何人もの兵士が束になってシェリルに詰めかけた。
「シェリル!」
「私の目的をどこまで理解しているかわかりませんが、彼女を真っ先に守らないということは、彼女の身は大丈夫と踏んでいたんでしょう?」
サシャは兵士の剣を弾きながら、イアンに声を飛ばした。
「貴方はなにをしようとしているのかわかっているんですか!? シェリル様のことを殺すということは、知識の箱舟の能力も使えなくなるということですよ!? 貴方はそれが目的のはずでは――」
「あぁ、やはり目的は知っていたのですね。……ただ、惜しい」
「惜しい?」
「無限書庫をもつ神使を我が手中に収める方法は、なにも彼女を連れ帰るだけじゃないんですよ」
その言葉にサシャはしばらく考えた後、「――まさか!」と声を上げた。
「はい。そのまさかです。エルヴィシアの神使は王族の血を引く女性に受け継がれます。神使が亡くなった時点で、七歳以下だった王族の女性にね。私の妹はね、三年ほど前に結婚したばかりなんですよ。その相手というのが、とても遠縁ですが、こちらの王族の血を受け継ぐ人間でね。……この意味がわかりますか?」
「お前の妹とやらが妊娠しているわけか。それでその子以外には神使を受け継ぐ候補がいない」
「当たりです。今朝、妹が無事に女児を出産したと連絡が入りました。ですから、あとは私が彼女を殺すだけです」
イアンはゆっくりとした足取りでシェリルに歩み寄る。
剣の切っ先が大理石に擦れてざりざりと嫌な音を立てた。
隣に居たはずのサシャは、兵士たちの相手をしているうちに引き離されてしまっており、ルークたちも他の兵を相手にしていて動けない。
「シェリル!」
シェリルは震える足を叱咤し、イアンから逃げようとした。しかし、すぐさま髪を掴まれてイアンの側に引き寄せられてしまう。
「しかし、殺す前にこちらはもらっておきましょうかね」
イアンはシェリルの首に掛かっている紐をたぐり寄せた。そうして、その先にある無限書庫への鍵を手に入れる。
それと同時に、イアンはシェリルを乱暴に床に放り投げた。
「――っ!」
「本当はもっと早く事を終わらせるつもりだったんですよ。神使だという嘘もつき続けるのには限界がありますしね。しかし、やはりどうにもできないということはありますね。妹の一人目の子供が男の子だったときは、本当にすごくがっかりしたんですよ」
イアンはエリックに支えられている国王の方をちらりと見る。
「本当は彼も殺したかったのですが、それはまぁ、いいでしょう。これでようやく、私の念願が叶う!」
イアンはシェリルに向かって剣を振り上げた。
シャンデリアの光を受けて輝く切っ先に、シェリルはもうだめだと目を瞑った。
瞬間――
「――シェリル!」
その声と共に、ぎゅっと誰かに抱きしめられた。
びっくりして目を開けると、目の前に鮮血が飛び散る。
眼前に舞う赤に目を奪われていると、シェリルを抱きしめていた人間の腕の力がわずかに緩んだ。そこでシェリルは初めて自分を庇った人物に気がつく。
「ルーク様!?」
ルークはシェリルを抱きしめたまま目の前の男を睨み付ける。剣を構えるその腕からは結構な血が流れていた。背中は金属の鎧があるから助かったが、腕の方はそうもいかなかったらしい。剣が持てているのが不思議なぐらい彼の腕はぱっくりと開いていた。
「はぁ、健気ですねぇ。あれだけの兵の壁を突っ切ってきたのですか」
「愛の力だからね」
「しかし、もうそれではろくに剣も握れないでしょう? ――諦めて死になさい!」
そう言ってイアンが剣を振り上げた瞬間、彼の剣は飛んできた何かに弾かれた。
それがナイフだと気がついたのは床に転がったそれを見たからだ。
「ルーク様、お願いします!」
そのナイフを飛ばしただろうサシャが叫ぶ。
ルークはそれに一つ頷くと、シェリルの手を引いて走り出した。
二人は誰もいない廊下を手を繋いだまま駆けていた。
彼らがいるのは王宮の深部。本当はこの建物から出たかったのだが、入り口付近は別の兵士がいたので諦めたのだ。彼らがイアンに与していない兵士かどうかは見た目だけではわからないし、この状態で多勢に無勢は避けたいところだったからだ。
しかし、このままではいつかイアンに追いつかれてしまう。シェリルはそれがわかっていた。王宮の深部ということは、出入り口がないということだ。もしかすると王族だけが知る秘密の抜け穴なんてものがあるかもしれないが、シェリルはそれを知らなかったし、そんなものがあるのならばイアンが真っ先に封じているだろうと思ったからだ。
恐らく、イアンが今日国王を殺すつもりでそうしかけたのだろう、王宮の深部に人は居なかった。息子は留学中のため、元々ここに住んでいるのは国王のロジェだけだが、彼の世話をする侍従や使用人の姿も見て取れない。
「まったく用意周到だね……」
そう言いつつ、ルークの足取りは徐々に緩やかになっていき、やがて歩く程度の速度に落ち着いた。彼の額には脂汗が浮いており、腕の怪我が相当身体にきているのだろうということがわかる。
「ルーク様、大丈夫ですか?」
「んー、どうかなぁ。平気って言いたいけど、結構深く切られちゃったからねぇ」
ルークがそう答えると同時に、カツン、カツン、カツン、とわざわざ存在感を誇示するかのような足音が響いた。それがイアンのものだと悟った二人は急いで柱の陰に身を潜めた。足音はまだ遠いが、このままではすぐに追いつかれてしまうだろう。
「アイツ、まるで狩りを楽しんで着るみたいだな」
ルークは柱から顔を出し、廊下の先を見つめながらそう呟いた。
そんな彼らの元に、イアンの冷たい声が届く。
「もうあなたたちは詰んでいるんですから、無駄な抵抗はやめて早く出てきてください。鍵もこちらの手中です。無限図書に逃げ込むこともできないでしょう?」
イアンは二人の居場所をつかめているわけではなさそうだったが、それでもここまで余裕があるのは二人がもう逃げられないと知っているからだろう。そして、万が一襲ってきたとしても、負傷したルークでは相手にならないと思っている。
「ま、思ってるとおりだけどね」
ルークはそう言って切られた箇所より少し上にハンカチを巻き付けた。ルークが止血をしようとしているのを見て、シェリルはとっさに彼を手伝う。
「でも、どうしよっかね。武器はあるんだから、一瞬でも隙が出来ればなんとかなるんだけど……」
「隙があればいいんですか?」
カツン、カツン、カツン……
そう確かめている間にも足音はどんどん大きくなっていく。
イアンは近づいているのだ。このままでは数分後、もしくは数十秒後には、二人はイアンに見つかってしまうだろう。
「もう諦めてくださいよ。そうすれば苦しむこと無く、ひと思いに殺して差し上げますから」
ひときわ大きくその声が聞こえた瞬間、シェリルははっとした。
そうして、先ほど思いついた考えをざっと頭の中で精査した。
(これなら――)
シェリルは一つ頷いた後、ルークの手を取った。
「シェリル?」
「ルーク様、信じていただけますか?」
いつになく真剣なシェリルに、ルークは愉快そうに口の端を上げた。
「もちろん。愛する人の言うことですから」
シェリルはその言葉にルークの手をぎゅっと握りしめると、彼の手を引いて廊下の中心に躍り出た。廊下の先にはイアンの姿が見て取れる。
シェリルはそれを確認して身を翻した。
「ルーク様、こっちです!」
シェリルは一目散に走り出した。それを追うようにイアンも走り出す。
「見つけましたよぉおぉ」
無我夢中でシェリルはルークを連れて走る。そうして目的の扉の前で足を止めた。
扉の前で足を止めたシェリルにイアンは笑いながら走ってくる。
「無限書庫に逃げる気ですか? 無駄ですよ。鍵はこちらにあるんですから」
そう言って彼が出してきた真鍮製の鍵は紛れもなくシェリルのものだった。
(だけど――)
イアンは剣を振り上げる。
「そちらは、ルーク様からもらったお守りです!」
シェリルは扉に本物の鍵を差し込んだ。そして、ルークと一緒にすぐさま扉の中に転がり込み、扉を閉める。
「なに!?」
イアンが驚いた声を出すのと、彼の剣が扉に突き刺さるのは同時だった。
「くそっ! 騙された!」
イアンは扉に刺さった剣を抜こうとする。しかし、以外にも深々と突き刺さった剣はなかなか取れない。
「くそっくそっ!」
イアンは扉に足をかけるようにして思いっきり剣を引っ張った。
すると、わずかに剣が動いた。そのわずかな動きを感じ取ると、イアンは一気に剣を引き抜いた。その瞬間――
「なるほどね。剣が刺さっただけでも『扉が壊れた判定』なわけか」
あり得ないはずの声が、彼の背後から聞こえた。
「は?」
振り返ればルークが剣を大きく振りかぶっている。彼の背後には開いた扉があり、そこからシェリルがこちらを覗いていた。
――あれは、王妃の部屋
「なん――」
「ははっ やっぱシェリルって最高!」
ルークは軽やかに笑いながら、容赦なくイアンに剣を振り下ろした。
面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、
今後の更新の励みになります。
どうぞよろしくお願いします!




