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32.「もしかして、叔父様の目的って――」


 シェリルが行動を起こしたのは、その日の午後だった。


(まずは、どうやって叔父様を元通りにするか、ですわよね)


 シェリルは柱に隠れながら、廊下の先を見る。場所が場所だからか行き交う人はおらず、シェリルはそっと柱の陰から出て、またその先にある柱の陰に隠れた。

 そこは、王宮の深部、王族の居住区の廊下だった。客を迎え入れるように作られた部分よりも、少しだけ簡素で落ち着いた雰囲気が漂うそこを、シェリルは誰にも見つからないように物陰に潜みながら進む。

 こうやって人目を避けるように慎重に進んではいるが、実際のところシェリルは隠れる必要はない。まったく使っていないが、一応ここにはシェリルの部屋も用意されているし、深部に入っていい許可も正式に与えられているからだ。しかし、シェリルがここに踏み入った目的を考えれば、出来れば見つからずに行動する方が望ましいのである。

 シェリルが深部に足を踏み入れた目的。それは――


(どうして叔父様があんな人に頼るようになってしまったのかを調べないと……)


 叔父上――国王の部屋を探るためだった。

 シェリルしか行動が出来ない以上、力尽くで呪術師を排除することは出来ない。ならば国王に正気に戻ってもらって、彼に自ら手を切ってもらうのが一番だと考えたのだ。このために「オルテガルドから帰ったばかりで、独りであの塔に戻るのは寂しいんです」なんて慣れない嘘をついて王宮への滞在をもぎ取った。

 なので、出来れば人に見つかりたくはない。何らかの理由で国王の部屋への侵入がバレた場合、今までにない行動を取ったもの――すなわちシェリルがその犯人だと疑われるのは想像に難くないからだ。

 シェリルは、誰にも見つからないように奥へと進む。先に進めば進むほど、静謐な雰囲気が高まって、国王の部屋に近づいているのがわかるようだった。

 そうして、あと少しで国王の部屋にたどり着くというときだった。前方から足音が聞こえてきた。シェリルは先ほど来た道を慌てて戻る。角を二つほど曲がると、再び正面から足音が聞こえ、シェリルは震え上がった。

 前から足音。後ろからも足音。


(は、挟まれてしまいました!)


 身体が強ばる。別に入ってはいけない場所ではないので咎められると言うことはないだろうが、「ここでなにをしていた?」という話になるだろうし、見つかったら当分国王の自室に侵入なんて大胆なことしばらく出来ないだろう。

 シェリルがその場でオロオロとしていると、突然背後から腕が伸びてきた。とっさに振り返ると、先ほどまで閉まっていたはずの背後の部屋の扉が空いている。

 そこから伸びてきた腕は、シェリルの手首を掴んで――


「きゃっ――」


 無理矢理部屋に連れ込んだのである。

 シェリルを連れ込んだ人物は、彼女の身体を後ろから抱え込み、口を片方の手で塞いでいた。「静かに……」と命令された声が低くて、シェリルの身体は抵抗することなく強ばる。


(ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうしましょう!)


 混乱している間に足音が部屋の前を通り過ぎる。それが二度。

 足音と人の気配がなくなったところで、背後の男はシェリルの事を解放した。

 解放した……はずなのだが……。


「大丈夫ですか?」


 そうかけられた声が先ほど聞いたものよりも明らかに高くて、シェリルは大慌てで声の主を振り返ってしまう。そこには、意外な人物がいた。


「サシャ!?」

「すみません。いきなり口を押さえてしまって」

「い、いえ。それよりも先ほどの声! 本当にサシャですか!? というか、前にも――」


 シェリルはサシャが黒いフードを被って自分の前に現れたときのことを思い出す。確かあのときも、サシャは今のような高い声ではなかった。


「私、訓練で男性の声も女性の声も出せるようにしたんです。……こんな風に」


 その『こんな風に』と言ったサシャの声は明らかに男性で、シェリルは思わず後ろにのけぞってしまう。

 そんなシェリルの反応にサシャは薄く笑った後、申し訳なさそうな顔で視線を下げた。


「それよりも、すみません。私の顔なんか見たくないでしょうに。ですが、このまま見ているわけにもいかず」

「いえ。その、助かりました。ありがとうございます」


 シェリルはその場で頭を下げた。


「それとサシャ、昨日は怒ってしまってごめんなさい」


 その言葉にサシャは信じられない面持ちで顔を上げる。


「方法はあれでしたけれど。許すことは出来ませんけど。サシャが私のことを考えてくれたことには違いないのに、自分の事を棚に上げたまま怒るのは筋違いでした」

「そ、そんな頭を下げないでください! シェリル様に頭を下げられると、私の立場がなくなってしまいます」

「でも、私があそこで貴女の手を取っていれば――」

「違います! 違うんです! それに、実は――」


 サシャがそう何か言いかけたと同時に、彼女の手が棚にぶつかった。その衝撃で、棚に置いてあった写真立てが一つ、倒れてしまう。


 シェリルは写真立てを元に戻そうとする。そこで彼女ははたと気がついた。


「これは――」


 シェリルが手にとった写真には若き日の国王と、見知らぬ女性が映っていた。その仲睦まじい様子からしてきっと二人は恋人同士だったのだろうということがわかる。

 シェリルが部屋の中を見回すと、サシャがすぐさま答えを持ってきた。


「ここは、王妃様の部屋です」

「王妃様の?」

「といっても、もう十年以上前に亡くなられていますが」


 シェリルは棚の上を見る。しかし、そこは十年以上主がいないとは思えないほど清潔に保たれていた。埃なんてものは一切なく、蜘蛛の巣だって張っていない。おまけに花瓶に花まで生けられている。

 それは部屋のあり方でいえば普通だったが、亡くなった人の部屋だということを考えるとなんだか異常に見えた。


「亡くなってから今までこの状態が保たれているんですか?」

「はい。今でも掃除も二日に一度はしているそうです」

「二日に一度!?」


 まったく使われていないにしては頻度が高すぎる。

 どおりで花がいきいきとしているはずだ。


「使用人仲間から話を聞くに、お二人は大変仲がよろしかったみたいですからね。亡くなったときもすごい嘆きようだったとか。だから部屋もずっとこのままなのではないのでしょうか……」

「そう、なのね」


 シェリルに王妃との思い出はない。叔父の隣に女性が立っていたことはあったような気もするが、幼すぎて顔は覚えていないし、彼女と話した記憶もなかった。

 シェリルはなんとなく部屋を眺める。

 そして机の上の万年筆に書いてあった名前を見て、驚いた。


「この名前って――」

「どうかしましたか?」

「ちょっと、こちらに!」


 シェリルはクローゼットの扉を無限書庫へとつなげる。

 本棚の奥、シェリルの自叙伝が置いてあった場所にサシャを案内した。


「これを見て!」

「これは――」


 シェリルの自叙伝の隣には、ずらりとこれまでの神使の自叙伝が並んでいる。

 その中にサシャは知っている名前を見つけて目を大きく見開いた。


「『イザベラ・ロレンツ』この方、私の前の神使です」


...◇


『今日はロジェが久々に外に連れ出してくれたわ。仕方がないことだけれど、私はあまり外には出れないから、こうやって連れ出してもらえると、とっても楽しい。でも、内緒で連れ出してくれていること、そろそろバレないかしら。心配だわ』


『あぁロジェ。もうすぐ貴方と結婚できるのね。結婚を申し込まれた時、嬉しくて涙が出そうだったわ。結婚したらどんな生活が待っているのかしら。すごくすごく楽しみね』


『今日、お医者様が「おなかの中に赤ちゃんがいる」って教えてくれたの! ロジェと私の赤ちゃんよ。すごいわ! でもなんだか最近、胸焼けがひどいの。吐き気などもあるし、なにかの病気かしら……』


『今日、お医者様から蝕瘍だと診断されてしまったわ。息子も生まれてこれからだというのに。どうして……。でも大丈夫、きっと治るわよね』


『お医者様はもう完治は難しいというの。だけど、彼は諦めていないみたい。毎日のように書庫に本を読みに来てくれている。私の病気について調べているみたい。私も諦めずに頑張らないとね!』


『最近、だんだんと起きている時間が短くなっている。身体も動かなくなってきた。ロジェはもう私のことを見ているようで見ていない。

 この前にロジェに言われたの「大丈夫だよ。たとえイザベラが死んでも、僕が蘇らせてあげるからね」って。彼はこの書庫で死者を蘇らせる方法を見つけたのだという。

 でも、私は知っている。あれはおとぎ話だ。

 イシュタリアをモデルにした子供向けの、童話。

 ねぇ。知っている? 私はまだ死んでいないのよ』


『ねぇ、ロジェ。お願いだから、私のことを見て……』


...◇


 シェリルはそこで本を閉じる。


「もしかして、叔父様の目的って――」

「まぁ、あり得るかも知れませんね。ただ、イザベル様が亡くなったのが十年以上前、国王様がおかしくなったのがあの呪術師が来てからですから、一度はイザベル様の事を諦めていたのかも知れません」

「だけど、あの呪術師が来てからまた――?」

「もしかすると、全部わかっていて向こうはあの呪術師を差し向けたのかも知れませんね。イシュタリアをモデルにした童話からそんなことを考え始めたのなら、かの国にも使者を送ったり、連絡を取ろうとしたりしていたかもしれませんから」


 イシュタリアはエルヴィシアと同じように原初三国だ。もしかすると国王は、かの国ならば不思議な力が合って当然と考えたのかもしれない。

 シェリルは本を最後までめくる。そうして最後のページで手を止めた。


「これは――」


面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

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