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24.最後の手紙

「死んだ……?」

「俺はなんにもわかってなかったんだよ。アイツがどれだけお人好しか。領地を大切にしているか。目の前で傷ついている人を放っておけないか。結局俺が領地に戻ったのは、アイツが亡くなった翌日だった。結構、責められたよ。なんですぐさま帰ってこなかったのか、とか、なんで見殺しにした、って。俺だけでも帰ってきていたら、アイツを止められたのにって。んで、愛想を尽かしてみんな屋敷から出て行った」

「出て行った……」

「前に会ったアンヌって覚えてる? アイツの両親も、そのときにね」

 そう言えば、アンヌもそんなことを言っていた。屋敷の勤めを理由はなにも言っていなかったけれど。

「もしかして、ルーク様が領地にこだわっているのは、妹さんの影響ですか?」

「まぁ、アイツが命をかけてまで守ろうとした場所を、ないがしろにしてもいけないでしょ。じゃないと、さらに恨まれる」

「恨まれるって」

「妹は俺を恨んでいるよ。言っていたんだって『お兄様がきてくれるまでなんとか押さえ込むわよ』って。馬鹿だよなぁ。俺はその頃には戻らないって決めていたのに。俺はそこまで領地のことを想える奴じゃないのに」

 ルークはそこまで話し終えると、こちらを見る。

「ってな感じ。どう? 幻滅した?」

 シェリルはなんと答えるべきかわからず、ただただ首を振った。

 幻滅はしていない。けれど、吐き出された事実を受け止めきれてもいない。

 そこにあるのは、ただただどうしようもない深い痛みだった。

 胸に手を当て俯くシェリルを見て、ルークはなぜか笑い出した。

「泣かなくていいのに」

「え?」

「泣いてるよ」

 その言葉と同時に目尻を拭われる。

 そこについた水滴を見て、シェリルは初めて自分が泣いていたことを知った。

「危なっかしいなぁ。今の話が全部嘘だったらどうするの?」

「え!? う、嘘なんですか!?」

「嘘」

「うそ!」

「嘘が嘘」

「もう!!」

 ルークはまたからからと笑う。

 けれどその笑った顔が腹立たしくもあり、嬉しくもあるのだから、不思議だった。

「でも、自分からこのことを話したのはシェリルが初めてかも」

「それは……嘘?」

「これは本当」

 先ほどとは違い、ルークは穏やかな表情を浮かべていた。

 シェリルはそんな彼の表情に安堵すると同時に視線を下げる。

「妹さんは、ルーク様の事を本当に恨んでいるんでしょうか?」

「恨んでいるでしょ。自分を見捨てた兄なんだから」

「でも、ルーク様だって、帰りたくなくて帰らなかったわけじゃ――」

「それでも変わらないものを、事実って人は言うんだよ」

 ルークは全てを諦めたような、受け入れたような顔をしている。本当は辛いはずなのに、辛いだなんておくびにも出さずに、彼は微笑んでいる。

(ルーク様の噂、大半は取るに足らないものでしょうけど、『嘘つき』ってところだけは本当かもしれません)

 過去を話すとき、彼は少しも表情をゆがめなかった。時間が感情を削ぎきったわけではないだろう。哀しみに心が慣れたわけでもないだろう。

 それでも笑っているのは、彼が無理をしているからだ(嘘つきだからだ)。

 シェリルはしばらく考えたあと、ルークにずいっと身体を寄せる。

「やっぱり、私は妹さんがルーク様を恨んでいたとは思えないです」

「別にいいんだよ、気を遣わなくて。『恨んでいる』で俺は納得しているし、さっきの話だって言い訳がしたかったわけじゃないし」

「でも! ルーク様は優しいですし! いつも笑っていて楽しそうですし! 私の話だってちゃんと聞いてくださいますし! 皆さんから頼られていますし! 困っている方を放っておけませんし!」

「……今日はやけに強情だね」

「それにそれに……、私にいろんな初体験をさせてくださいましたし!」

「いや、言い方……」

「だから、だから!」

「シェリル、ありがとうね」

 受け止める言葉なのに、慰めを固辞されて、シェリルはもうどうしようもなくなってしまう。ルークは、シェリルの髪の毛をさらりと撫でたあと、もう話は終わりだというように立ち上がる。

「とりあえず、もうちょっとここにいなきゃいけないならちょっと休もうか。身体壊していたら意味ないからね」

「妹さんに怒られてしまいますからね!」

「怒るかなぁ、ナタリア」

「ナタリア?」

「あぁ、妹の名前。ナタリア・ヴァレンティノ」

「ナタリア……ヴァレンティノ」

 シェリルはその名前に、はっとして立ち上がった。そうして、際ほどルークに紹介した、引き出しがある棚の方へ向かう。

「どうしたの?」

「ちょ、ちょっと待っていてください!」

 ルークが見守る中、シェリルは棚の中を漁る。本当はふわもこたちに持ってきてもらえれば良いのだが、入っている場所がわかるのならば、きっとこれが一番早い。

 足下では心配そうな気配をしてふわもこたちがシェリルの事を見上げていた。

「多分、ここに……――あった!」

 シェリルは手のひら大の小さな紙片がたくさん入ってきた引き出しをそのまま持ってくる。

 そして、ルークの前にある机にそれを置いて、その中の一枚を彼に差し出した。

「ルーク様、これ!」

「これ?」

 シェリルが差し出した紙をルークは手に取る。そして、その筆跡を見て目を見開いた。

「これ……!」

「前に言った文通相手から来た手紙です!」

 こちらを見上げてくるルークの視線は、まるで信じられないものを見るようなものだった。

「私の文通相手は『Natalia.V』。両親を早くに亡くし、家族は三つ上の兄と一緒にオルテガルドに暮らしている貴族の女性です。みんなからは『ナタリー』と呼ばれていて、好きなものはアップルパイ! 趣味は刺繍と読書! ペットの小鳥には『ユキ』って名前を付けていました!」

「ナタリー……?」

「それが、ナタリーが送ってくれた最後の手紙です!」


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