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【500万PV】織田勘十郎異伝〜自重しなかった結果、別家を立てて生き残ります。〜  作者: 八凪 柳一
第三章 三河の現状と東進準備

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第十二話 天文13年春時点での駿河戦略

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけると幸いです。


また、いつも誤字報告をしてくださる皆様、とても助かっております。自身でも確認はしておりますが、また間違うこともあるかと思います。その時はよろしくお願い致します。(ただし、誤字報告だけで、お願いします。)


なお、送り仮名は、どちらでも良い場合は、分かりやすくする為、多めになっている事がありますが、誤字では無い事もあります。誤字の場合は修正し、誤字じゃない場合は、ルビで対応しようと思います。


※2022/10/23から20時更新になりました。

「さて続きましては、駿河の内応状況を説明致します。よろしいか?」


 勘助が進行を続ける為、周囲を確認している。異論は無いようだが、武田陸奥守が難しい顔をしている。娘婿義元のカリスマ性を知っているが故だろうが、こちらには今川家に対する奥の手がある。最悪、現在の今川家を親族込みで族滅させても、飾りとしての今川氏は手元にあるのだ。


「まず、親族衆からは、浅井・瀬名・関口が内応致します。おそらく河東に向かうでしょうから、河東で義元の足止めに努めて貰いましょう。」

「はぁっ?どういう事じゃ?」

「陸奥守殿、それについては私から説明しましょう。」

「ん?其方は司芭左馬助じゃったか?んん?お、おまっ?!もしや竹王丸か?」

「ははっ。流石は陸奥守殿。よく覚えておいでよ。」

「なるほどのぉ。三河守さま。これが手札か?」

「一つのな。」

「しかし、分からんのは、あの三家が内応するかが分からん。」

「父の醜聞を一つお話ししましょう。」

「たけおう、あ、いや、左馬助良いのか?」

「はい。浅井小四郎の妻は父氏親の娘となっておりますが、実際は瀬名陸奥守の娘にございます。その陸奥守の娘が我が母。つまり小四郎殿は義理の父、刑部少輔と伊予守は叔父になります。まぁ、そういう理由で、この三人には今川宗家に恨みがあるのですよ。」

「なぬ。氏親がか?婚前にか?あ、いや、すまぬ。忘れよう。」

「この話を知る者は少ないのです。それ故、私もそうそうに那古野に追いやられたのですけどね。ちなみに、刑部大輔も知ってますよ。叔父が話したらしいです。」

「あそこはあそこで、今川最古参の譜代の一つだろう。という事は岡部や朝比奈もか?」

「おそらく。他の譜代だと、由比や三浦でしょうが、あそこは今川よりも古い家柄なので、なんとも。」

「そろそろ良いか?左馬助、すまぬな。嫌な思い出だろうに。」

「三河守さま、お気になさらず。三河守さまの為ならかまいませぬよ。」

「駿河を取ったら報いるとしよう。」

「あ、いや、私は器ではありませぬ。まだ公家を相手に和歌や蹴鞠に興じておった方が楽しいので、このままで。」

「そうか?そう言うならあとで、好みそうな文物でも渡すかの。」

「ほぉ、気になります。」

「うおっほん」

「「あ」」


 話が逸れかけたのを勘助が無理矢理戻してくれた。親族のあとは家臣団だが、これはものすごく多い。流石は今川家、国人衆は六家しか無い。しかも一家は浅間社の大宮司だ。元国人衆はほぼほぼ家臣に組み込んだのであろう。


 さて、内応する今川家臣は「朝倉・安藤・一宮二家・井出三家・岩本・江尻・大野・大村・岡部(水軍)、荻二家・興津三家・加々爪・各和二家・神尾・佐竹・関口・伊達・中川・長谷川二家・広戸・向・山内・弓気田」の三十一家。ここに出てくる岡部は譜代岡部の血縁ではない。水軍の将として伊勢向家から養子を迎え、岡部姓を名乗らせた。そう、西尾水軍副将、向三太郎の実子だ。


 先ほど、戦国ラノベの転生主人公に殺しすぎだと批判したのを謝らねばならない。こんだけ残るなら、今川義元を含む三十五家は族滅させても良い気がしてきた。そもそも河東を北条に渡すと駿河は狭いのだ。茶とか色々特産品を作れば銭回りは良くなるだろうが、三十九家は残し過ぎではないだろうか。


 なお、葛山家は北条親族衆なので、最初から調略対象にしていないつもりだったが、河東の乱での今川への裏切りもある。葛山家に対する動きが無いかは小角衆を張り付けて注視しておくだけに留めている。北条とは戦前から水面下で書のやり取りを三河守になった頃からしている。前世の私は織田家の次に北条・島津が好きだったのだ。そのほとばしる想いを手紙で送ってしまった。


 公的には河東郡という郡は存在しないが、武田家、今川家、北条家の隣接する富士川から黄瀬川にかけての富士郡と駿東郡の一帯を三国が「河東」と称している。かなり広いが不干渉地帯、いわゆる「蔵入地」とする。所属は北条だが、あそこには浅間社がある。さて、北条はどう見るか。

私が河東と聞いて初めに浮かんだのは、

「天河之東有織女 天帝之女也 年年机杼勞役 織成云錦天衣 天帝怜其獨處 許嫁河西牽牛郎 嫁後遂廢織紉 天帝怒 責令歸河東 許一年一度相會」『月令廣義』七月令の逸文でした。

ええ、七夕のルーツとなったお話ですね。河東は地名だと後から知って、だいぶ恥ずかしい思いをしましたとも。

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