第79話「みんなでカラオケ」
ドアポージングだかエレベーターポージングだかしながら、大型ショッピングセンターを抜けて。僕らはようやくカラオケの受け付けに辿り着いた。恥ずかしさにしおれていた蘭子も、いつも通りの凛とした雰囲気に身に纏っている。その佇まいは固有スキルか何かなの? ちょっと欲しいよ?
僕が映画チケットを買った時と同じように、レジで会員証を出し次へ次へと事を進める仄香。彼女がカラオケを言い出したから、我先にと率先してくれているのだ。
「機種どーする?」
「お任せ……かな」
「なんでもいいわよぉ~?」
「好きなようにすればいい」
「き……しゅ?」
譲羽だけは意味が理解できなかったようで、首を傾げてながら受け付けの一覧表を見に乗り出す。
「ユズはカラオケも初めて? 機種とかよくわかんないっか」
「う、うん……。恥ずかしナガラ……」
「ナガラながらにナイアガラッ!」
「仄香は静かにしてね?」
「うぇぇ……」
仄香はともかく。譲羽はそんなに、遊びに詳しくないことに劣等感でも抱いているのか。俯いてしょぼくれる彼女。でも、その気持ちも分かるし、むしろ可愛らしく思える。
「恥ずかしくないよ? 今まで来たこと無いのなら、僕らといっぱい来ればいいんだよ」
僕はすごく練習した柔らかスマイルで譲羽に言ってみる。ちょっとクサいかなぁと思うけれど、
「うん……。そう……スルッ」
だなんて。ニヘラァと不器用な笑顔を見せてくれるからシメたものだ……いや、純粋に嬉しい。
「百合葉。私も、そ……そんなに来たことは無いからな?」
「わ、わたしだってあんまり来たことが無いわよぉ~っ?」
「なんで二人は競い合ってるの?」
ともかく遊び慣れていないメンバーが多いみたいだ。
「なるほどなるほどぉー。じゃあやっぱりあたしが先導の引導をしなければっ!」
「引導は無理でしょ」
「いーやっ! カラオケボックスを天国ライブにするのだ!」
「ライブなのっ?」
本人が楽しめるならそれでいいけれど。
「んで忘れてた! 機種の話だけどねっ! 最新機種なのはこれとこれなんだけどー。こっちはロックとかヴィジュアル系に強くてー。こっちはアニソンとかに強い印象かなー」
仄香は意外と周りを見ているようで、店員さんが困惑し始めた頃に機種の説明に戻る。僕もついノって忘れてしまっていた……。こういうまとめ役は助かるなぁ。
「こっち……っ」
譲羽は仄香の説明を受けて迷わず指差す。それを後ろで見ていた蘭子は横から覗き見る。
「ああ、説明を受けると、そっちの方が助かるな」
「そこまで違うの?」
「マニアックなのが偏りあるかなー。ゆずりんと蘭たんが選んだやつでいいしょー?」
「うん、それがいいかもね」
僕と同じく咲姫もこだわりは無いようだし。「ふんふん」と仄香は鼻を鳴らすと"ロックとかヴィジュアル系とか"の強い方に決めた。
指示された番号の部屋に入り、さっそく壁の明るさ調整のツマミをくるくる左右に回す仄香。
「明るさどーする? 暗くする? 明るくする?」
「そうだなぁ」
「暗いと画面の光が痛い……から、明るくシテ……」
明暗が切り替わる室内を細目で見ていた譲羽が少し険しい顔で言う。それに仄香が「あいあいさー」と、明るめに調整。
二人掛けのソファ椅子が三面に並んでいたので、奥に蘭子。左手に仄香と譲羽。手前のに僕と咲姫が座った……咲姫ちゃん近いよ? いい匂いするよ?
「じゃあさっそく入れちまうぜー? トップバッター仄香だぜー?」
などと仄香は、休む間もなく大きなタッチパネルの機械を指で操作していく。こ慣れている動作でさくっと曲が始まって、彼女はそのまま「てすとーてすとー」と言って、ボリューム調整に掛かる。
彼女が入れたのは、よく店やテレビで流れているアイドルソングだ。オタクっぽいとかチャラそうだとかではなく、すごい無難な曲選。意外と普通で、仄香らしくないなと思ったり。それに、のんびりと体を揺らし、軽くノる僕ら。
「ぬぬぬー。みんな盛り上がりが足りんのう……」
仄香が歌い終わって言った言葉がそれであった。自由なイメージの強い仄香だけれども、みんなが分かる歌をわざわざ選んでくれたのだろうか。しかし、他のみんなは知ってる曲だからとはいえ、いきなりノリノリになれるような性格でも無いのだろう。ほどほどに体を揺らす程度のノリであった。
続く僕は、アニメのオープニングにも使われた、メジャーなV系ソング。しかし、こちらもまた不振。仄香も一緒に歌ってくれたから悪くはないけど、全体の盛り上がりというのが掴めない……むしろ掴まない方が良いのだろうか。
そしてマイクは蘭子の元へ。時計回りとか順番を決めずに好き勝手に入れたから、机をはさんで正反対の彼女に腕を伸ばす。そして彼女がマイクを受け取ったとき、
「ありがとう」
と言って、僕の手をそっと撫でながら。これはアプローチなのだろうか。心を開きつつある彼女なりのスキンシップかもしれないけれど。
「君に、アイッラブッユー。伝えたい――」
プロモーションビデオ付きの背景、教会の中央で黒服銀髪のイケメンボーカルが先ほど蘭子がやっていたポーズに似た動きをしていた。なるほど、これを意識したネタだったのか。
最後のサビを終え、蘭子は満足そうに息を吐く。
「やべぇよ。今のちょーやべぇよ!」
「"やべぇ"とは?」
訊ねる蘭子。まあ仄香の言わんとするとこは分かる。
「なんか……やべぇよ! もう動きとかキレッキレだね! ヴィジュアル系はそこまで興味無かったけど、こりゃキてますわー!」
「かっこよかったわねぇ~」
「黒服に銀髪……ステキ」
なんて、べた褒め仄香に続いて咲姫も譲羽までも高評価を告げる。
「この曲、別の機種だとPVが流れないんだ。こちらで良かった」
だなんて余談も。しかし、それはあくまで曲に対する評価だ。もっと褒めるべき点がある。
「蘭子、歌うまいんだねぇ。ハスキーですごいかっこ良かったよ」
「そうだろうそうだろう。もっと言ってくれ」
「ようようっ! 黒薔薇の騎士ー! イケメン女子ー!」
「ふふふっ」
仄香のおだてに満足そうに笑う蘭子。やはり自信家ナルシストなのがよく似合っている。それが彼女の素なのだろう。
「次は……と、ユズの番だね」
僕が言うと、仄香経由でまわって来たマイクが譲羽の手元に。
「あ……」
手にしてまず吐息を漏らす彼女。みんなを見回す。
「アタシ、普通に歌えなくて……デスボイスしか出せない……」
「え……? 逆にすごくないっ?」
一瞬の沈黙の後に各々が意外そうにする。失礼ながら、すごい美声を発するキャラには見えなかったけれど、意外な特技だ。女子でデスボイスはプロでも難しいんじゃないだろうか。数多くのメタラー女子が諦めたのだってインターネットの情報越しに知っている。現に僕も、デスボは無理だろうって低い声を出して諦めたものだ。男子が訓練すれば高音を出せるらしいのとは別に、女子の低音は喉の仕組み的にキツいのかもしれない。
「マジかよー、ユズボイス期待だなー」
「わたしは気にしないから、お構いなしに歌っちゃいなさいよぉ~」
「私は出せないな。すごい特技だ」
などと、普通は酷評のデスボイスに対して受け入れ姿勢って。ここの子たち耐性が強いというか、変だ……。
ヘヴィなギターの刻みにリズミカルなドラムが繰り返し、ツンと響くシンバル音がやけに印象的な曲が始まる。立ち上がった譲羽はその重低サウンドに身を揺らしながらリズムを取って、ライブ版なのか原曲通りなのか、歌詞にない前奏部分を歌い出す。お経のような怪しい鼻声だ。
「叫び……ます。耳ふさいで、ネ……」
目配せする彼女。腕を組んで頷く蘭子。期待に目をキラキラさせる仄香。グッとオーケーサインしてから耳を塞ぐ準備の咲姫。僕も指で丸を作れば、頷いてカラオケ画面を見る譲羽。
マイク越しに聞こえるくらいの大きく息を吸って――――。
「あああーーーー~っあぁあ~~~」
突き抜けるハイトーン。一度声が落ちたかと思えば……?
「イヤァ――――――――――――――!!!」
笛のような金切り声が響く……っ。これは、すごい……! こんなにしっかりとホイッスルみたいな声を出せる人が身近にいるものなのか。とても人間の出せる音とは思えない……っ! 耳が痛いんだけど、その伸びゆくノイズはとても気持ちよさそうで、つい聞き入ってしまう。
そんな攻撃的な始まりだったが、メイン歌詞ではちょっと不安定なデスボイスに切り替わる。あれでは喉が枯れそうだ。しかし、本人は苦しみつつも楽しそう。
最初は耳をふさいでいた咲姫も、曲が進むにつれてヘヴィサウンドにノれるようになってきて、楽しそうに頭を左右に揺らしていた。この子も良い子だよなぁ。
そこでふと、僕が戸惑っていたことに答えを見いだせた。……カラオケの定番とか関係ない。皆の様子を見渡して確信する。
ああ、こりゃあ自由に入れた方が盛り上がるんだ……。
やがて激しい曲も終わって、ベースの音がフェードアウトする。そこで疲れきった彼女がひとこと。
「この曲……最後に歌うタイプのやつ、ダッタ……ッ」
ガラガラ声で後悔する譲羽であった。
※ ※ ※
インパクトの強い一曲だけでリタイアした譲羽だったが、咲姫もすぐに曲が尽きるという有り様だった。昔見ていた女児アニメのキャラの曲だけで。しかし、好きだったメロディーを思い出して、僕もデュエットしてみたりで悪くない。歌ってる最中にチラチラ横目に見てくる咲姫ちゃんが可愛いでしかないよ?
僕は変わらず有名なロックナンバーを歌うものだから、盛り上がった空気からか、咲姫や仄香がデュエットしてくれたりと、安定してみんなが知っていそうな曲を攻めるのに対し、他の子たちは知らない曲ばかり。そう、みんな自由すぎる曲選なのだ。
一方で蘭子は「薔薇」だの「ジーザス」だの、耽美でディープなV系曲ばかり。「君を抱き締めたい」という歌詞のところで僕をキリッと見るのはなんなんだろう……可愛さしか無いけれど?
「おおう! もうこんな時間だ! あと二曲かねー」
仄香が携帯の画面を見て驚く。五人二時間というのはあっという間だ。
「そんならとっておきのぉ……? ノれるやつ選ぶぞよー」
「ほいほいっ」と言いながら選んでいく彼女。そういえば、カラオケ特有の曲間の無音は、常に彼女がかき消してくれていたかなと思い返す。その落ち着きのないやかましさも、迷惑ばかりではないのだ。
「でーれっ」
曲が始まり、ギターの入りに合わせてそう口ずさんだと思うと、バックミュージックのキーボードに合わせて「とぅとぅとぅとぅーとぅとぅとぅーとぅとぅとぅーとぅ」なんて。ニマッと笑い体でリズムを取りながら、前奏に合わせて歌い出す。そうしてイントロの最後と思われるところ、彼女は大きく拳を上げる。
「ワンツースリーフォー!!!」
それはライブさながら。「れーててってっれってってってってーでーれっ」と、オモチャの国みたいに甘く歪んだキーボード音を真似つつ、食い気味のタイミングで口ギターを織り交ぜながら。ノリッノリで前奏を歌いだす……クオリティー的には演奏しだす――かもしれない。それは彼女にとってのライブなのだ。
一番を歌い出す仄香。歌詞の合間にも「じゅわーんじゅわーん」とギターの音を口で奏でて。それは奇妙であるはずなのに、とても楽しそうで。その身その心で音楽を味わってしまう。
やがては耳慣れた間奏に入って。またも「でーれっ」と口ずさむ。そして、
「へいへーい。ゆずりんっ!」
向けるマイク。
「デーレッ」
タイミングはもう覚えてしまったようでバッチリだ。
「はい次、さきちゃそ!」
腕を伸ばして。
「でーれぇっ?」
「おういえっ!」
そうして、僕ら四人が左右に揺れながら口ギター。蘭子も参加こそしないけど楽しそうであった。
「ユズほどじゃないけど、僕もシャウトしていい?」
楽しかったーなどと口々に言う中、「ラストソングだぜっ!」とマイクを渡された結果、皆に訊ねていた。もちろんというように頷く四人。
「いぇーっ! ここはライブハウスじゃー! 盛り上げろ盛り上げろぉー!」
「仄香ほどは盛り上がらないかもしれないけどね」
でも、僕は僕で大好きな曲を歌う。それは生まれる前の歌合戦で歌われたような、流行にそぐわない曲だけれど。
シャアアアッとフェードインしながら響くシンバル音。何度もヘビーローテーションした曲だから。静かになったタイミングばっちりに狙って、
「いっくよー!?」
僕は叫ぶんだ。
※ ※ ※
「あああーあー、首も手も膝も足もいたーい」
肩を揉みながらレジを後にする仄香。それもそのはず。僕がハイトーンに歌いあげる横で、仄香は膝をツッパンツッパンと叩きながらフォービートを刻んで。それに合わせた両脚は交互に床をドコドコ踏み鳴らしエアドラムに勤しんでいたのだ。当たり前だろう……いや、変な子ではあるけど。
だがそれだけでない。サビに入って譲羽がヘドバンを始めちゃったものだから、仄香も肩を組んで頭を振るという、やはりライブさながらで。……軽音楽部じゃなく写真部であったはずだけれども?
「でも゛、だのじ、がっだ」
「んっ? "楽しかった"って?」
「ぞ、う……」
譲羽ががなり声で感想を言ってくれたようだれけども、口を開いてから気付いたようだ。自分の声の酷さに。
「喋れ゛、な゛い……っ」
ガラガラボイスで声を張り上げてやっと聞き取れるレベル。ものすごく大変そうだ。
「喉に悪いから、無理して喋らなくていいからね?」
諦めたのか彼女はコクリと頷く。楽しかった代償というものだ。仕方ないのだろう。
そうして建物から外へ出た僕ら。「見て見てぇ~」なんて咲姫がビルの谷間から覗く空を指差す。
「きれ~い」
「ほう。綺麗だな」
「うん綺麗だ」
「やっべぇなー」
だなんて、みんなで足を止めて空を仰ぐ。陽が暮れる寸前の茜と藍の色。五人で見とれてしまう。
「こういう夕焼けを写真に収めたいよね」
「だよねー。……ってか、うちら全然写真部してないじゃん! まーたせんせーに怒られちゃう!」
「渋谷先生は見た目より厳しくないよ。仄香が点数を取れないだけで」
「うぬー!? まーたあたしを馬鹿にしたかねっ!?」
「事実だからね?」
アホの子は自意識過剰である。
「活動は最低限してくれればと言っていたから、定期的に写真を撮っておけばいいんじゃないか?」
「そうねぇ。たまにはお外を散歩しましょうかぁ」
「休み挟むからまた来週だねー」
仄香が言って、そういえば今日は週末だったと、少し寂しくなる。美少女たちとの楽しい一週間もあっという間だ。休日よりも平日の方が良いという自分に少し驚いていたりもする。これがお嬢様学校空間……。これが百合空間なのか……。
「土日は天気が悪いのかしらぁ」
「うーん。来週まではわからないけど、大きい雲がかかってるから、明日は天気がぐずつくかも」
「だいじょうぶっしょ! うちらの今日のぷぁうわぁ~でっ!」
「パワー?」
「いや、パワー不足だな」
「ぬぁあにぃ!? 誰のがだってぇ!?」
「もちろん仄香のだ」
「くっ、まだまだ足りないと言うのかぁっ! 油か? 油が足りないのかっ!? ラーメンで給油しちゃうかぁーっ!?」
「そうだな。いっぱい食べてこい」
「重たそうだなぁ……」
二人とも、半分くらい本気で言ってそうで怖いものである。




