第51話「むにゅー」
みんなでグミをもっきゅもっきゅと味わいながら、部室で勉強。ピーチティーにマスカットグミと、面白い組み合わせだ。同時に口に含めば、トロトロに溶けるグミを味わうことも出来る、甘さのお祭りだ。
「仄香って甘いもの好きなの? お菓子持ち歩いてる感じ?」
「ん~。それもあるけど、今日はみんなで食べたいなーって買っといたー」
「そっかぁ。わざわざありがとね」
彼女もまた、この空間を大事にしたいと思ってくれているのだろう。そう思うと心が温かくなって、そんな彼女がすごい愛おしく思える。
しかし、一方で仄香ちゃんは無い胸を意気軒昂と張る。相変わらずわざとらしい。
「だよねーっ! みんなにお菓子配るとか、あたしったら懐が深いよねぇ~。もうふっかふかレベルだよねぇ~」
それは完全にツッコミ待ちにしか見えず……。
「胸はまっ平らだけどね……」
「んんん!? 誰の胸が小さいって!?」
「その流れはすでに聞いたが……」
もう、彼女の中では鉄板ネタにしたいようだ。いや、誰の胸が鉄板だというわけでなくね?
「ちょっとええかい? そこの巨乳さんたちやっ……あ、蘭たんとゆーちゃんとゆずりんのことね?」
「待ってぇ……わたしはぁ~?」
「ゆずりんでギリギリなんだから、さっきーは論外です!」
「がびぃ~んっ!」
なんて事実を突きつけられて、分かりやすいくらいにショックを受ける咲姫ちゃん。たぶん本人も貧乳気味なのは気付いてるんだろうけど……仲間外れにはされたくなかったのだろうか。
「そんなことよりもさっ! 無乳って響きかわいすぎじゃんって話よ! あれよ? 無乳の子の胸をむにゅうって無理に寄せて揉んだとき、恥ずかしぃ~くすぐったさですっごい可愛いんだかんな?」
「いや、知らんけど。いま無乳なのは仄香自身だよ?」
「仄香は揉まれたいのか?」
「いや、別に揉まれたいわけじゃないけどー?」
「何の力説だったのさ……」
その発言は誰かの胸を揉んだ経験おアリな発言だよ? 仄香ちゃん? レズ?
そんなことよりも、仄香に貧乳を『そんなこと』扱いされて咲姫ちゃんは机に突っ伏してしまった。だいぶショックが大きいみたいだ。
そこで、慰めるために咲姫の胸を撫でようかと思ったけどやめた。そういうのは僕のキャラじゃないし、考えてしまった時点で負けである。仄香のセクハラ菌が伝染ってしまったみたいだ。
「ともかく! 巨乳なんかと比べたら可愛いブラの種類たくさんあるんだかんね? つまりは無乳が可愛い! 優れてる!」
「そう言いつつ、クマさん下着なのだろう?」
「ち、違うしっ! あたしを子ども扱いすんなしっ!」
「そうだよな。ブラのホックすら付いてない被り物ブラだもんな」
「か、被るけどさぁーッ! 頭からインだけどさぁーッ!? そんなとこまで見ないでよ蘭たんのエッチ!」
「百合葉の下着を覗き見た人間には言われたくないが……」
蘭子の仄香への煽りもなかなか大したものだった。強い口調で攻められない僕と違って、単刀直入な良い返しだ。
「へっ! だって蘭たん、運動の時におっぱいがバルンバルン暴れて大変じゃなーい!? 無乳ってホント省エネだかんねー!?」
「負け惜しみするな。みっともないぞ?」
「はっ? 違いますし? 無乳の"メリット"、述べてるだけですし? ムニューイズベストですし?」
「ベストじゃなくてノンバストの間違いだがな」
「ぐぬぁっ!」
蘭子の上手い切り返しに流石の仄香も一本取られたようで……。先ほどから「しくしく」だの「どうせ貧乳ですよぉ」と呟いて突っ伏している咲姫と同様に、仄香もノックアウトされてしまった。というか咲姫ちゃんそろそろ復活しよ? その姿はただただ可愛いだけだよ? 可愛いよ?
ちなみに完全無乳だとブラの種類がグンと減ってしまうのでは……。巨乳よりも貧乳の方が可愛いブラが多いと言うだけなのに、負け惜しみにすらなってなかった。
「言うてさ……。やっぱお気に入りのやつで鏡の前に立つとさ、これかわいいんじゃね? うちかわいいんじゃね? って思うときあるよね……」
「いや、さすがにそれは……」
「あるあるぅ~! わたしすっごいかっわいぃ~って!」
呻くように仄香が言うと、どんな復活の呪文だったのか、咲姫ちゃんが大復活した。この子は自分の可愛さを語るときが一番輝くようだ……。可愛いのでそれでよろしい!
「良いデザインのが似合うと……魂が慟哭してシンクロしたみたいに感ジル……」
「そうだな。今日も私は美しいなと、毎日思って見ているさ」
僕は否定したが、残る二人も仄香の言葉に賛同していた。よく考えたらこの空間は屈指のナルシストと中二病人間ばっかりだったわ。
でも、かつての僕が野暮ったすぎただけで、普通の女子ならばそういう感覚なのかもしれない。僕は無駄な肉が多くて、自分の体を好きになれそうにないけれど。もっと細く長く、スマートな体が望ましかった。
「あたしは無乳だけどさ……。それでもそういうおっぱいトークをしたかっただけなんだよ……思った以上にダメージを受けてしまったよ……。みんなの意見聞けてよかったぜぃ……!」
先ほどまでとは打って変わって、ニヒルな顔で親指立てる仄香、そして、わざとらしく机に「ぐはっ」と突っ伏す。なるほど、今までの長い自虐はこの話題に繋げたかったのか。多分、自分をネタしたのも場を盛り上げるためでもあるだろうし。お馬鹿ながらも、その心意気は尊敬にも値する。ちょっと百合娘感が強いけど。ウェルカムだけど。
そこで、テンションが落ち着いたのか、起き上がった仄香は僕を観るなり途端にニヤけて……机越しに手を伸ばしてきて……?
「まあ!? このむにゅーは誇っていくけどねぇっ! ひゅ~いっ!」
「――ッ!? 馬鹿っ! いきなり揉むな!」
とりあえず、彼女はハイテンションセクハラ娘なのには変わりがなかった。




