第30話「百合葉のバレンタイン」
バレンタインデーの放課後。待ちに待った時間。
今日一日は昼休みどころか授業の合間までなんだか忙しくて、待ったと言うわりにはあっという間に迎えてしまったり。
僕は部室の机に置いた大きな袋の中を、崩れ落ちないよう整理整理……。
するとつまらなそうに頬杖をついていた蘭子がニタリと笑い、わざとらしくカチカチと歯を鳴らして見せ、食べる口の動きをする。
「百合葉。ずいぶん大荷物を抱えているなぁ。私が楽にしてやろうか?」
「蘭子、僕がもらったチョコ食べる気でしょ……。ダメだよみんながせっかくくれたモノなんだから。一つ一つ味わって、明日にお礼を言うんだ」
「面倒な事をするものだな」
「甘いもの大好きだからいいの。僕の楽しみを奪わないでよ」
「ふんっ。せいぜい、食べ過ぎでその美しい顔をこれ以上、けがさないようにするんだな」
「うっ……気をつけるよ。心配してくれてありがとう」
赤く腫れ上がったニキビの事を言われたのだろう。僕自身は自分の顔を美しいとは思えるようになれないけれど、それでもニキビやら肌荒れやらで醜くなるのは嫌だ……。チョコの悪い成分を上回るくらい、食生活と美容には力を入れないと……。
それにしても、本来は大人クールな蘭子ちゃんが相当ご機嫌斜めである。そりゃあそうだろう。大好きな僕がたくさんの女の子からチョコもらってチヤホヤされた一日だったのだから。絶え間なく女の子が来るもので、僕の美少女たちに構う時間がなくてちょっと心苦しいばかり。ちゃんとフォローしないとなぁ。
しかし、予想外にもらったチョコだからって大事にしないようでは、僕の理想のイケメン女子には程遠くて。好きな子だけにしか優しくしないタイプは嫌いなのだ。うん、浮気性じゃないよ? 博愛主義さ。
学校でなんて食べられない。家で一つ一つ写真を撮って、一言手紙を返せるようにしておきたい。
クラスメイトほぼ全員と、他クラス、果ては上級生からもクラス訪問されもらってしまった……。しかも、どこから情報が漏れたのか、抹茶やビターなど、僕好みのほろ苦くて甘い系統ばかりで、僕はついつい笑みがこぼれちゃうくらい……。僕はイケメン女子を目指しているだけで根っこはイケメンでは無いから、もらう時にクールを取り繕えなかったのだけれど。しかしなぜかその反応すら好感触だった……。
もてはやされるお得な立場とて、ここまで持ち上げられてる感はむずがゆいなぁ……。自分の身の丈に合っていないから、いつかみんなの熱が冷めてしまうんじゃないかと怖いモノ。ならばいっそう、イケメン女子になるべく、日頃から頑張らねば……。さわやかな挨拶。感謝を忘れない。ちょっとした褒め言葉。女の子の陰の努力を見逃さない。あとはなんだ……もうよく分からないから、とにかく女の子が嬉しい事を研究して実行していかないと。
そんな僕の大きな過ちは、僕は好きな子の分しかチョコを用意して無かった事だ。他の子たちの分を作り忘れたのが大きな誤算……とチョコをくれたうちの一人、青髪ツイン巻きロールのお嬢さま藍羅ちゃんに言ったら、
「あらっ? 百合葉さんはバレンタインデーではなくホワイトデーにくださる立場でしょう? 楽しみにしてますわ~」
との事だった。それ僕が完全に男役になってない? お菓子作り第二回戦をしないといけないの? 大変だよ?
まあ、たとえ義理でも、女の子からの気持ちにはしっかりと応えるべきだ。ちょいちょい本命っぽい作りのもあるような気がする……。
よく、ホワイトデーは三倍と言うけれど、三倍にしてもいいくらい、バレンタインデーというのは先に渡す女の子たちにとって重要なイベントなのだから。ならば、あまり悩みもせず苦労もしないで返すだけの側は、三倍くらいで釣り合いが取れるというもの……なのかもしれない。
まずい、自分で考えておいてハードルをぶち上げてしまった。はてさて、来月はどうしようか……。くっ、どういう返しがイケメンなんだぁ……! そもそも僕はあげる側なのになぁ! 来年は義理チョコもいっぱい作ってホワイトデーのハードルを下げるようにしないとなぁっ!




