第19話「冬の朝、温泉のお誘い」
冬休みのある日。雪は少ないのに朝からツンと冷えた日。突然、蘭子から温泉のお誘いがあり、駅で待ち合わせる事に。
残念ながら仄香と譲羽は家の用事で行けなくて。僕と咲姫と蘭子の三人だ……。温泉と言えばセクハラされないかちょっと不安だけど、僕らは恋人でありそして友達でもあるんだから、そういう温泉に行くなんていう付き合いも出来るのなら最高だなって思った。もともと僕はぼっち属性なのだ。
ショッピングモールが併設された縦にも横にも大きい駅。平日昼前でも人の多いホームを抜けて改札を出た先のドーナツ屋の前。ファー付きのダッフルコートで毛の部分以外が全身真っ黒コーデな蘭子ちゃんが居た。下を見れば黒デニムパンツで、上も見事な黒髪ロングなだけに、普通はちょっと引く色合いかもしれないけれど、そんな黒一色でもサマになるのが彼女だ。
「お待たせ蘭子。待たせちゃった?」
「なに。君と今日過ごす時間を考えるのはいくらあっても足りないくらいだから、たとえ朝から晩まで待たされても全く問題ないさ」
「そ、そう。待ってくれてありがとね」
つまり、結構待ってたのかな……。キザではあるけれど、誤魔化しきれてないのが可愛いところ。
というか、約束までまだまだ時間あるじゃん。なに余裕そうにすましちゃって。むしろ楽しみでめっちゃ早く来たのかな。かわいいなぁ。
「でも、蘭子が提案するなんて珍しいね。冬の朝は寒いから温泉に行きたくなるのも分かるけど」
「いきなり予定を決めて、日帰りで旅行というのが……憧れだったんだ。本当は譲羽も一緒に来れれば良かったが……」
「ああ、そうだね……。あの子、そういうの大好きだもん……。仄香も悔しがってたし……」
そう。その話がLIMEであがったとき、明日以降スケジュールが合う日が無かったのだ。なので、とりあえず今日寒いから行こうという事に。確かに、なんだかこういう突発的な約束もいいなぁ。
僕らは恋人であり友達でもある。そのあやふやだけど一線を越えた関係性が、僕は大好きだったりする。
ところで蘭子ちゃん。普段は譲羽ちゃんと二人きりで話すところをあまり見ないのに、彼女に対する特殊な想いを感じるなぁ。いいぞいいぞ? 表立って喋らずとも心が通じ合ってる感じ、いいぞいいぞ?
そうしてしばし待ったあたりで、咲姫が改札の方から駆けて来た。ゆるふわウェーブをふわふわ揺らしながら走るサマはすっごい可愛い。待ち合わせ時間にピッタリで、きっと彼女も急いで来たのだろう。
「やあ咲姫。今日は一段とかわいいね」
と僕が言ったのだけれど、咲姫の返事も待たずに蘭子がパンと手を叩く。
「さて、それじゃあ咲姫も来ない事だし、百合葉と二人で温泉デートとするか。行くぞ、百合葉」
「ちょっぉ! 来たわよぉ! 間に合ったじゃないのぉ! それともアナタの目って節穴なのぉ~?」
「なんだ咲姫。あまりに遅いから、来る気が無くなったのかもと思ったぞ。ついに私たち二人の関係を応援してくれるようになったのだなと。いやはや、今日は記念日だな。祝日にしないとな」
「そんな訳ないじゃな~い。突然のお誘いだったから大慌てで準備したのよぉ~。どこぞの節穴な誰かさんとは違って、百合ちゃんの為にもわたしって綺麗でいないといけないからぁ~?」
「ふん。手間を掛けないと綺麗になれないとは哀れだな。それで恋人との大事な時間を失うようでは、百合葉の彼女としては失格だぞ」
と、蘭子が咲姫にいきなりの喧嘩腰であった。仲裁に入る僕。
「まあまあ、約束には間に合ってるわけだし、そういうのは自分の納得のいくようにしてくれれば良いからさ。咲姫、今日は一段と綺麗でとってもかわいいよ。僕の為に朝から頑張ってくれたの? 嬉しいなぁ」
「そ、そうよぉ~。自己満足もあるしぃ、でもやっぱり百合ちゃんには綺麗なわたしを見せたいも~ん」
「朝からめっちゃ頑張ってくれたんだね、ありがとう。爪もグラデーションとかすごく綺麗だ」
「でしょ~?」
咲姫ちゃんは相変わらず手間の掛かりそうなシニヨン風の三つ編みリングからポニーテールを出した髪型で、うっすらとメイクをしてるのだった。指もネイルが塗りたてなのか綺麗に整えられている。
「ふんっ。どんなに朝に頑張っても、温泉に入れば全てが水の泡だがな。それとも、私たちを待たせてまで綺麗になる準備でもするのか?」
「あっ……そうだったぁ……。しょんぼりぃ」
普段聡い咲姫ちゃんも本当に気付かなかったのか、俯いてしょぼくれる咲姫。
「いいよいいよ。綺麗な咲姫を一瞬でも見れたなら満足だし。今のうちに目に焼き付けておかないとね? もう咲姫に目が釘付けなくらいだよ」
「うへへぇ~。百合ちゃん、好き~」
「僕もこんな可愛い彼女を持てて幸せだよ」
「くっ。百合葉だって時間の大切さを求めるだろうに……」
「さっ、それじゃあバスターミナルに行こうか」
僕らのやり取りに苦言を呈する蘭子。しかし、僕は何も答えず移動するのだった。
確かに僕は毎朝の大事な時間をかけてまでメイクをするなんてとても出来ない。そうする位なら、せいぜい夜のお風呂ついでに顔パックやらで自分磨きして、朝には家事や勉強を終わらせたりする方が、何倍も僕は気持ち良いのだ。そういう綺麗で居たいという女らしさの薄さ、中性を求める生き方は、とにかく効率を求める蘭子との親和性も高いだろう。
でも、たとえそれが無駄になったとしても、その陰の頑張りは、その想いは、しっかり汲み取って認めるべきだと思うのだ。女の子だって恋人だって友達だって、結局は人と人。一緒に居る時間を長くしたいというのも分かるけど、ただ効率を求めて恋人に会う下準備すらも貶すというのは、冗談でも僕はしたくない。そういう無駄になるかもしれない努力を忘れた時、人は心の何かを失うのだろう。可愛く茶化すくらいならいいけど、僕はただただその気持ちが嬉しいわけだし。だから今回は蘭子のフォローはしてあげられない。
ところで、しょんぼりぃって言っちゃう咲姫ちゃん好き。あざといの分かり切ってる感じが最高に好き。好き好き光線出せそうなくらい好き。くらえっ! 僕の咲姫ちゃん好き好きビィームッ! ふふっ、脳内で星一つを破壊してしまった……。
そんな僕らはバスターミナルで温泉入浴券付きの高速バスを購入する事に。本来はドケチ……ならぬ、倹約家な僕にとっては痛手だけど、この子達との思い出作りにケチケチはしてられない。
そう、世の中お金よりも美少女なのだっ!
「温泉ってこんな価格で行けるんだね。このくらいならまだ手が届く範囲だなぁって思うよ」
「何せ日帰りだしな。本当は泊まって百合葉とイチャイチャしたいところだが。それはちょっと急だろう?」
「まあね……。お金も困る……」
「奢ると言っても?」
「それも困る」
「だろう」
それはフェアじゃないという僕の気持ちを汲んでくれているようだった。だって、顔の良さだか面倒見の良さだかで無償で美少女にお金を出してもらうのって、ヒモ男と何が違うんだって考えてしまう。いくら聞こえの悪いハーレムと言えども、僕が毛嫌いする男共と一緒だなんて、僕のプライドが許さないのだ。
そうして、間もなく来たバスに三人で乗る。冬休みで平日の昼間だからなのか、バスの中はガラッガラだ。僕らは一番後ろの席に座ることに。
「なんだかいいね、こういうの。女三人、旅物語の始まりって感じ。なんかオシャレじゃん?」
「そうねぇ。温泉巡りの旅とかしてみたいわよねぇ」
「大人の男三人だったら、ここでプシュっとビールを開けるのかもな。ほら、プシュッ。かんぱーいと」
「やだぁそれぇ~。オシャレも品もない~」
「でも、サイダーとか紅茶のボトルとかなら良いかもね。帰りにやっちゃう?」
「百合ちゃんまでぇ~」
と、バスの後ろで喋る僕らであった。いつもの落ち着きのないロリっ子たちがいない。比較的落ち着いた旅。
そうやって、僕らの短い小旅行が始まる。




