第17話「サプライズ?」
「やべーわー。こりゃあ明日の補習もヨユーっしょ!」
「そんな、すぐ調子に乗ってー」
仄香の頭を小突く。
「えへへぇ」
「褒めてないよ?」
「うぇーっ!?」
大袈裟にリアクションを取る彼女。完全にノリが芸人か何かだ。
僕らが図書館での勉強を終えた頃には、黄色がかっていた西日もついには赤みを深め、すっかり夕方らしい茜空が姿を見せていた。
誰もいない廊下。図書室を後にした僕らの影が、ゆらゆらと重なり長く伸びている。
「基礎はたくさん教えたから、明日の補習は大丈夫なんじゃなぁ~い?」
咲姫が仄香と譲羽に微笑みかける。
「うん、ありが……トウ」
「明日は一緒にがんばろーねーゆずりーん!」
「うんっ」
「えいえいおー!」と仄香が両手をあげ、おずおずと譲羽はそれを真似て片手の拳を上げる。うむうむ、仲良きかな。
当初、不安要素はたくさんあったけど、なんだかんだ実力試験の内容は理解出来る程度には達し、残るは本人達の頑張り次第――という具合まで上り詰めた。"やれば出来る子"みたいだ。
コツコツタタッと、僕らそれぞれの足音が夕紅の校舎に響く。
さて……。一緒に帰りたいけど……ね。
「ちょっとみんなっ」
皆が一様に階段を降りようと向かう中、僕は先へ進もうとする三人へ声を掛ける。
「どったの? ゆーちゃん」
「何か忘れ物ぉ~?」
察しが良いな姫様。しかし、忘れ"物"ではないんだ。
「僕、ちょっと用事思い出したから、みんな先に帰ってて? 長くなるかもだから」
「えーっ!? ってもまあ、あたし寮生だからすぐそこで別れるしねぇー。いいぞよー」
「ウン」
仄香は了解っと、そして譲羽も頷いて同意を示してくれた。ここまでは問題ない。
あとは……。
「ほんとー? じゃあわたしは待ってるねぇ」
やっぱり……。
ふと思ったのだけれど、何かしら咲姫を遠ざける理由が無ければ、彼女はどこまでも着いて来るよなぁ、多分。もう親友感覚なのか、はたまた……。
「ごめんねー。遅くなるかもだから、咲姫には早く帰って欲しいんだー」
そう言って、一緒に居てはマズい事情を知られぬよう言い訳作り。
「ううん? むしろ今だって暗いからぁ、いっしょに帰りたいなぁ~って!」
おおうっ! 胸が! きゅんて! すごい可愛いんだけど待って待って!
僕の言い訳を潰しに掛かってきたのである。うむぅ、どうするか……。これからの百合ハーレム計画が悟られぬように、少しでも不安の種は潰しておきたいのだが。
よし、まあ仕方ないだろう。
「分かった、それなら二人だけお先にばいばいだねー」
「じゃあねー」と、先行していた仄香と譲羽に手を振る。
「おっけー。またあしたぞよー!」
「ばい、ばい……」
語尾にぞよを付けるのがマイブームなのか、その場のノリなのか、妙なテンションの仄香とぎこちない譲羽が小さく別れを告げる。うん、こっちは素直だ。
「ばいばぁ~い」
さて、残る姫様は……。
「で、なんの用があるのぉ?」
それを言いたくないんだなぁ……。内容はともかく、これから小芝居を打ちに行くのだから、あまり疑問に持たれちゃあ駄目なんだ。
さて、落ち着いて僕。ポーカーフェイスだ。嘘をくワケじゃないんだし、クールに。
「咲姫。落ち着いて聴いてね?」
「う、うん」
落ち着くのは僕の方なんだけどね。彼女の両肩を掴み真剣に見つめる。おっ、ちょっと赤くなった。やはり脈があるかもしれない。
「僕は今から、咲姫のために、やらなくちゃあいけないことが……あるんだ」
「わ、わたしのため?」
「そう」
僕が頷くと逡巡するように視線を外す咲姫。
「それって、わたしが知っちゃあ駄目なの?」
「うーん、あまりよくないね」
そして彼女は「うーん」と再び考える。咲姫のためであり本人に知られたくないこと。この二つが揃うだけで察しの良い彼女なら――。
「……そっかぁ。それなら仕方ないわねぇ」
折れてくれるのだった。
「ありがと」
「うぅ~うんっ? こちらこそよぉ~」
多分サプライズだと気付いてくれたのだろう。計画は少し変更になるけど、ついでに彼女を喜ばせられるのならばむしろウェルカムだ。サプライズの一環ということにしてしまおう。
「ごめんね、遅い時間に送ってあげられなくって」
「大丈夫よぉ~。百合ちゃんがそこまで言うなら……ねっ!」
咲姫は星の飛びそうなウィンクをする。ああ可愛い、結婚したい。
「それじゃ、僕は行くから、気を付けて帰ってね?」
「うんっ!」
僕が手を振ると咲姫も大きく腕を振る。満面の笑み。元気な返事。よし、これで問題無いだろう。
「るんるるんるるんっ」と咲姫は階段を下っていく……実際に口に出しちゃうあたり可愛すぎない?
「さて、上手くいくといいけれど」
彼女が踊場を抜けた辺りで独り呟く。実際にはそんなに気を張る心配なんて無いかもしれないけど、これから行う計画は、僕の百合ハーレム計画が掛かっていると言っても過言じゃないんだ。
どうか、素敵なプレゼントを送ってあげれますように。
そう心に決め、僕は職員室へと向かうのだった。




