第61話「朝のバイキング」
ようやく五人が起きて支度し終えたところで、僕らは旅館の朝バイキングにやってきた。色んなドリンクがある上に、食べ物なんてカレーやパスタや焼きそば、そして山のようないくらなんかもある。どんな組み合わせでも良いという計らいなのだろうか。朝からいっぱいは食べられないけれど、選択肢が多いというのは嬉しいものだ。
ただ、仄香が寝坊してしまったゆえに、すでに席はほとんど埋まっていて。食べ物はあらかじめ選んでおかないと、他のお客さんの邪魔になってしまいそうだ。
「混んでるね」
「まじコンデンスミルクだわー」
「コンデンス……コンデンサー? 何……ソレ……」
「コンデンスミルクって何?」
「えぇ? みんななら知ってると思ったのにぃー」
「適当に言ったのかい……」
相変わらず自由な子だ。
「いやぁ、あたしは知らないけどさぁ。なんかノリで言っちゃった的なー?」
「そっか……」
朝から適当テンションな仄香ちゃんである。
「コンデンスミルクとは練乳の事だな」
「へぇー」
「よく知ってるね」
「蘭ちゃんもの知りぃ〜」
「ただの英語だがな」
なんて、予想外に褒められたから、頬をかいて少し照れくさそうな蘭子ちゃん。かわいい。このイケメン女子がかわいい。
しかし、すぐにいつもの薄ら笑みのセクハラ顔になる……。つまりはしたり顔なんだけど、何がくるんだ……。
「百合葉にコンデンスしたい」
「いや意味分からんし」
「練乳塗れになった百合葉を想像するとソソられないか?」
「朝っぱらからやめてよっ! これからご飯食べるんだからさぁっ!」
「出ましたッ! 蘭たんの下ネタ!」
「ああしかし……百合葉が男に汚されるのは許容ならんな。花の蜜ということで、蜂蜜まみれの方が正しいか……」
「知らんがなっ!」
まったく……。場所も時間もわきまえないクソレズだ。どうしてこうなってしまったんだろう……。
「ゆーちゃんってこれ好きだったよねぇー。はい、焼きそば」
「ああ? くれるの? ありがと……ってこれは焼き鯖だよっ!」
「へいへーい! 良いツッコミだねぇありがとだぜっ!」
「いったいなんなの……」
「いやいやぁ~やりたかっただけでねぇー」
「そう……」
ツッコミキャラが板に付いてきた僕をイジりたいって事だろうか。あんまり声を荒げるのは好きじゃないなぁ。
僕ら五人がバイキングの席に座る。咲姫はカルボナーラを。蘭子は珍しいからとカレーにナンを。譲羽はバターロールにイチゴジャムをと、それぞれが朝バイキングを味わっている中、やはり一人だけうるさい子が。
「ベーコンエッグにぃ~。追いハムだぁーっ! 海苔の要塞じゃーっ!」
なんて、和洋折衷の朝バイキングの中、仄香は朝食に色々トッピングしたりして遊んでいた。まさに言ったとおりお皿が要塞の如しで、焼きそばが添え物みたいだ。まあ、全部美味しそうな範囲内だから、良いのだけれど。
「ゆーちゃんは何取ってきたのー?」
「抹茶蒸しパンだよ。今は簡単なもの食べたかったからさ」
「おげっ! 虫が入ってるパンなの!?」
「やめてよ、食欲無くなるでしょ……」
っていうか昨日も蒸し風呂の時に説明したよね? 本当に鳥頭なのかもしれない……。
「あっ、ミスった! コレ要らないの入ったままだった……! はい、ゆーちゃん。あーん」
そう言って、仄香が押しつけてくるのはパセリ。
「何嫌いなもの押し付けてんの……」
「パセリを食べさせようだなんてなかなかひどいな……」
「食べなくても良いものなのにねぇ~」
「……マズイやつ」
三人の美少女に呆れられる中、僕はその差し出されるフォークから逃げ、ノーと手で拒絶。
「うわー。ゆーちゃんにフられちゃったー」
「いや、普通だからね? 普通に残せばいいよ」
「それはあたしのポリシィーがぁ……」
なるほど。そういう一般的なモラルは弁えているようだ。……ようだ? 人に押し付けるのもどうなのだろう……。ともかく、こってりラーメンを食べきれず残してしまうような子だから、お残しにそんな抵抗が無いのかもと思っていたのだ。
そう思っているうちに、次には卵かけご飯を。結構食べるなこの子……。
しかし、その割り入れた玉子はちょっと揺らせは溢れかえりそうで。 絶妙なバランスでかき混ぜられていた。
「あっ! いくらも取ってたんだね~! 食べさせて〜。玉子オン玉子するからっ」
「いや、こぼれちゃうからね? それ」
「うーん、ケチくさいなぁ。へーん、ゆーちゃんのウツワの小ささがわかったよ〜っ」
「小さいのはアンタのどんぶりだよ……」
溢れ返りそうなのが見えないのだろうか。しかし、こういうときに彼女は器用なもので、決して零さなかったりするのだ。その器用さをもっと他で生かして欲しいもの。
そして、お茶をのんで喉に引っかかった蒸しパンを胃に流し終えると、僕は少量のいくら丼を食べる……う~ん、このなんでも良しな組み合わせの罪悪感……たまらない……。家で作るときは系統は揃えるけど、こういう時だからこそ、パンとご飯が並ぶミスマッチ感も味わえたりするのだ。
※ ※ ※
皆が程よく朝食を済ませた頃。いよいよとばかりに仄香のもっしゃもっしゃと食べるペースが早くなった。デザートタイムが始まったのだ。
「いったぁ! このコーンがあたしの唇に攻撃してきた!」
「冷たき 逆襲……。貫く……メガコーンスラッシュ!?」
「それは痛そうだね……」
仄香がアイスのコーンで口を切ったのだろう。血は出ていないようだけれど、コーンが刺さったら地味に痛いんだよねぇ……。そしてそれに技名を付ける譲羽。かっこいいんだかカッコ悪いんだか分からない……。
「アタシはその暴力性を見越して……柔らかいモノ……っ」
と、譲羽はこれでもかと杏仁豆腐をアピール。白くてふるふる震え、まろやかそうだ。
「上によく乗っかってるオマケが無いのは悲しいケレド」
「わかるわかるっ。杏仁豆腐に乗ってる白いやつ美味しいよねー」
「ふふっ……白いやつはソレ本体だよ……っ」
どんな間違いなんだ……。つい笑っちゃったじゃないか。
「杏仁豆腐の上の赤い実の事を言っているなら、あれはクコの実だな。ビタミンCが豊富で、美容にも良いのだが、月経周期が乱れたりするから、注意が必要だ」
「そうよねぇ。ビタミンCがいっぱいなのよねぇ~」
相変わらずの蘭子ちゃん豆知識であった。そうして咲姫ちゃんは都合の良いところしか聞いてなさそうだ。美意識高いのは大切だけどね。
「ほぇ~。蘭たんはなんでも知ってるなぁ~」
「なんでもは知らないさ」
「知っていることダケ?」
「……そうだな。知っていることしか、私は知らない。気になったことはすぐ調べるから、色々な雑学を知ってしまっただけで」
「ほぇ~」
感心する仄香に蘭子が答えると、譲羽もちょいと話に混じる。蘭子は気になることはすぐ調べる派か……もしや、最近の下ネタブームは、裏で色々調べて急に知識を付けているのかな……だなんて、ちょっと勘ぐってみる。




