第13話「気高き薔薇の君」
低く落ち着いた声で叱責する彼女。いや、実は怒りたいワケではないのかもしれない。長いマツゲに覆われた漆黒の瞳で、ふぅと溜め息をついて興味なさげに僕らを見やる。その目つきは鋭く切れ長で、睨まれれば竦んでしまいそうだ。
暗闇に浮かぶ、深紅の薔薇を思い浮かばせる美貌。堀が深くキリリとした顔立ちは、華々しい容姿端麗というよりも、凛々しい眉目秀麗がイメージに近い。アジアンビューティーともいえそうだけど、存在感を放つ艶やかなストレートロングヘアーが短髪であったのならば、彼女は中性的なイケメンという部類だっただろう。
「ああ、鈴城さん……ごめんね」
彼女の顔色を伺いつつ謝る。僕の前の席で、名前は蘭子ちゃんだったかな。あまりに雰囲気も見た目も整いすぎて、実は目を付けていたのだ。近付けば微かに薔薇の香りがするからなおのこと。立ち振る舞いは上品なのに誰とも相容れない孤高の出で立ちから、誰かが呼んでいたのを聴いてこっそり"気高き薔薇の君"と妄想していた。ちなみにペンも携帯のストラップも薔薇だったり。絶対にこだわりがある……。
僕の言葉を聞いて彼女は、ゆっくり口を開き一息ついてスッと目を細める。
「私が言ってるのは君ではない。私の机に躓いて転んだ彼女の事だ。衝撃で痛かったぞ」
踊りましょうと言わんばかりの形で優雅に手を向け譲羽指す。しかしそれは決して好意を向けているワケではない。詰める彼女を落ち着かせ宥めなければ。
「ごめん、僕が彼女を焦らせちゃったんだ。だから僕が悪いんだよ。ぶつけた場所、痛くない?」
「痛みはもうない。事情は解った。しかし、直接迷惑を掛けたのは彼女なのだから、彼女も謝ってしかるべきじゃないか?」
「そ、そうかな……じゃあユズ……」
まあ何か他に要求してくるワケでないし――と譲羽を見れば、仄香と咲姫に支えられながら口をわなわなとさせている。これは……。
「ユズ、大丈夫?」
「あ、あ……の、その……っ。あぅ……」
震える譲羽。問い詰めるような怖さに上手く喋れなくなってしまったのだろう。
「謝るだけだ。そんなコトも出来ないようでは、この先、生きていけないぞ?」
「なんにぃっ!」
「落ち着いて仄香」
冷たい正論を突きつけられ怒る仄香を抑える。うーん、厄介だなぁ。
「彼女、口下手みたいなんだ。あんまり詰めても可哀想だしさ、許してもらえないかな」
両手を胸の前で揃えてお願いすると、考えるように視線を外し、どこかを見つめる鈴城さん。一度まぶたを閉じ、そして再び目を開く。
「口下手か。まあ、仕方がない……な」
何か言い含めるように彼女は言う。その目は怒りに燃えているようでもあるけれど、どちらかというと哀れむような冷たい瞳で、視線を交わせば蛇に睨まれた蛙のように、ぴしりと立ち竦んでしまった。
僕と感情もなく見つめ合うと、彼女はやれやれというように鼻で笑う。
「この位にしておこう。大人の私が、しつこいのも考えようだからな」
左手でファサッと長い髪を優雅に払い、目を伏せ酔いしれるように彼女は微笑む……なんだろう大人って。
「鈴城さん、ありがとね」
「ふっ……。別にお礼を言われるほどの事ではないが」
キリッと流し目をしながら言う彼女。う~ん、こじらせてるなー。しかししかーし。めんどくさ過ぎるのが相まってむしろ可愛いぞ? なにせ美人だからね。そう、可愛いは正義っ!
そして、立ち上がり僕と一時の対峙をする。僕だって身長は高い方なのだけれど、こうやって彼女と並んで見るとスラッと背が高くてかっこいいとも言える……。
鈴城さんが視線を教室前方のドアに向けると、おずおずと咲姫が道を開けたため、コツコツ足音を鳴らしながら歩き席から去る。視界から彼女が消えたとき、ふぅーっと僕は息を吐いて周りの皆を見渡す。
「さあ、とりあえず保健室に行こうか」
「う、うん……ゴメンネ……」
「いや、いいんだよ」
僕の言葉に咲姫と仄香は黙ったまま。譲羽が返事をしてくれる。
やがて僕が先導する形で譲羽達を連れ、鈴城さんが出て行ったのとは反対側のドアから教室を後にした。




