第一話 土俵に宿る龍の記憶
巨大蛇の化石発見から三週間が経過した。
月読峠は、文字通り日本中の注目を集める町へと変貌を遂げていた。
駅前には取材班のワゴン車が列を成し、砂原湖畔の神社には連日観光客が押し寄せる。古書店には地図を求める人々が殺到し、店主の正徳は嬉しい悲鳴を上げながらも、どこか複雑な表情を浮かべていた。
そんな騒動の中、夜は相変わらず古書店でバイトに勤しんでいた。
「楽々浦君、この地図、買い取って欲しいって人がまた来たんだけど」
店主の声に振り返ると、カウンターには30代ほどの男性が立っていた。スーツ姿で、どこか緊張した面持ちだ。
「実は、亡くなった祖父の遺品を整理していたら、蔵の中から出てきまして……」
男性が広げた地図を見て、夜は思わず息を呑んだ。
それは他の地図とは明らかに異なる、精緻な筆致で描かれた古地図だった。月読峠の中心部――ちょうど駅前の繁華街のあたりに、不思議な円形の図形が描かれている。
「これは……土俵?」
夜が呟くと、店主も身を乗り出してきた。
「ああ、確かに。しかもこの周りの文字、見てごらん」
円形の図形の周囲には、細かな文字で何かが記されている。
『龍神降臨の地、力士たちの魂ここに眠る。満月の夜、土の中より咆哮あり』
「力士……相撲ですか?」
男性が首を傾げる。
「ええ、実は月読峠には、明治時代に大きな相撲興行があったという記録が残っているんです」
店主がタブレットを操作しながら説明を始めた。
「明治20年代、この町は鉱山で栄えていた時期があってね。そのときに、地元の有力者が巡業を招いたんだ。当時の横綱も来たという話があるくらいの、大規模な興行だったらしい」
「へえ……」
夜が感心していると、店主は続けた。
「ただ、その興行中に奇妙な事故があったという記録もある。力士の一人が土俵上で突然倒れて、そのまま亡くなってしまったとか。その後、興行は中止になり、土俵も取り壊されたそうだ」
「不吉な……」
男性が顔をしかめる。
「でも、それが本当なら、この地図が示している場所には何かあるかもしれませんね」
夜の言葉に、店主が頷く。
「調べてみる価値はありそうだ。買い取らせていただきます」
地図の売買が成立し、男性が店を出て行った後、夜は改めて地図を眺めた。
「池水さん、これ、本当に調べに行くんですか?」
「もちろん。君も来るだろ? 臨時ボーナス、また出すよ」
「それは嬉しいですけど……」
夜が躊躇していると、店の扉が勢いよく開いた。
「先輩、いますか!」
息を切らした七巳が駆け込んできた。制服姿のまま、手には何かの資料を握りしめている。
「七巳? どうしたの、そんなに慌てて」
「大変なんです。神社の蔵を整理していたら、こんなものが……」
彼女が広げたのは、古い神社の記録だった。
「『明治二十三年九月、大相撲興行に際し、辻文神社にて土俵祭執り行う。しかるに力士・龍ヶ嶺権太郎、興行中に急死。その魂を鎮めるため、土俵の下に龍神の加護を祈願し埋納す』……」
「龍ヶ嶺権太郎?」
夜が復唱すると、七巳が頷いた。
「調べたんです。彼は当時、次の横綱候補と言われていた大関だったそうです。でも、月読峠での興行中に土俵上で倒れて、そのまま……」
「それで、土俵の下に何かを埋めた、と」
店主が地図を見つめながら呟く。
「おそらく、この地図が示しているのは、その『埋納されたもの』の場所だ」
「でも、土俵はもう取り壊されているんでしょう?」
夜の疑問に、七巳が答える。
「それが問題なんです。神社の記録によれば、土俵は取り壊されたけれど、埋納されたものはそのまま地中に残されているはずなんです。でも、その正確な位置が分からなくて……」
「この地図があれば、見つけられるかもしれない」
店主が地図を七巳に見せる。
「龍ヶ嶺……龍ね」
七巳が呟いた。
「蛇の化石も龍として描かれていた。もしかしたら、これも何か関係があるのかもしれません」
「とにかく、調べてみよう。夜君、今日は早めに上がっていいから、七巳さんと一緒に現地を見てきてくれないか?」
「え、でも……」
「心配しなくていい。今度は大人もついていくから」
店主がにやりと笑う。
「大瓦刑事に連絡を入れておこう。公式な調査という形にすれば、問題ないだろう」
夕暮れ時、月読峠の駅前繁華街。
地図が示す場所は、現在は駐車場になっている一画だった。
大瓦刑事と白井、そして七巳の祖父である神主・辻文龍臣も同行していた。
「ここか……」
大瓦が地図と現在地を照らし合わせながら呟く。
「駐車場の管理者には連絡を入れてある。今夜は立ち入り禁止にしてもらった」
「助かります」
七巳が頭を下げる。
龍臣は白髪の長身の老人で、威厳のある佇まいだった。彼は地面をじっと見つめながら、何かを考え込んでいる。
「龍ヶ嶺権太郎……確かに、先代からその名は聞いたことがある」
龍臣が口を開いた。
「彼は単なる力士ではなかった。龍の化身だと、人々は畏れ敬ったという」
「龍の化身……ですか?」
夜が尋ねると、龍臣は頷いた。
「土俵上での彼の動きは、まるで龍が天を駆けるようだったと。特に、彼の得意技である『龍巻き投げ』は、相手を空中で一回転させるほどの威力があったそうだ」
「すごい……」
白井が感嘆の声を上げる。
「でも、そんな強い力士が、なぜ土俵上で突然……」
「それが謎なのだ」
龍臣の表情が曇る。
「記録によれば、彼は取り組みの最中、突然動きを止めて天を見上げた。そして『龍が……月に……』と呟いて倒れたという」
「月に……」
夜が空を見上げる。既に日は沈みかけ、東の空には満月が姿を現し始めていた。
「そして今夜も満月か」
大瓦が呟く。
「偶然にしては出来すぎている」
「偶然じゃないかもしれません」
七巳が資料を広げる。
「神社の記録を調べたら、龍ヶ嶺が亡くなったのも満月の夜でした。そして、埋納の儀式が行われたのも……」
「満月の夜、だな」
龍臣が続けた。
「龍神は月と深い関わりがある。満月の夜、龍は月を目指して天に昇ろうとする。だが、それは同時に、龍が月に溺れる危険もあるのだ」
「月に溺れる……」
夜が呟く。その言葉に、何か引っかかるものを感じた。
「おい、見ろ」
大瓦が駐車場の一角を指差す。
そこだけ、アスファルトが微妙に盛り上がっているように見えた。
「地図の示す場所と一致する」
「掘ってみますか?」
白井が道具を取り出す。彼女は意外にも、こういった作業に慣れているようだった。
「遊園地で、設備のメンテナンスもやってるんです」
彼女が笑いながら説明する。
慎重にアスファルトを剥がしていくと、その下から古い石が現れた。
「これは……」
龍臣が石に触れる。
「土俵の下に埋められていた、鎮めの石だ」
石には、龍の彫刻が施されている。そして、その中心には何か文字が刻まれていた。
「『龍よ、どうか今宵は月に溺れぬように』……」
七巳が文字を読み上げる。
「これ、化石が見つかった洞窟の壁にも、似たような言葉が……」
夜が思い出したように言う。
「確かに。『蛇よ、どうか今宵は月に溺れぬように』だったか」
大瓦が頷く。
「つまり、龍と蛇……どちらも月に関係している」
「そして、この石の下に何かが埋まっているはずです」
七巳が言う。
慎重に石を持ち上げると、その下には小さな木箱があった。
龍臣が箱を開ける。
中には、古い巻物が入っていた。
「これは……」
巻物を広げると、そこには力士の姿が描かれていた。巨大な体躯、鋭い眼光。そして、その周りには無数の龍が舞っている。
「龍ヶ嶺権太郎の肖像画か」
大瓦が呟く。
「いや、違う」
龍臣が首を振る。
「これは……魂の記録だ」
「魂の記録?」
「昔、優れた力士が亡くなった時、その魂を土俵に宿すという儀式があった。力士の魂は土俵と一体となり、後世の力士たちを見守るのだ」
「じゃあ、龍ヶ嶺の魂は今も……」
白井が言いかけた時、突然地面が揺れた。
「地震!?」
夜が叫ぶ。
だが、揺れは一瞬で収まった。地震というより、地下から何かが動いたような感覚だ。
「これは……」
龍臣が巻物を見つめる。
すると、巻物に描かれた龍の目が、微かに光ったように見えた。
「まさか……」
七巳が息を呑む。
「龍ヶ嶺の魂が、反応している……?」
「おい、あれを見ろ!」
大瓦が空を指差す。
満月が、異様なほど大きく明るく見えた。そして、その月明かりの下、駐車場の地面から白い霧のようなものが立ち上っている。
「これは……」
霧の中に、人の形が浮かび上がった。
巨大な体躯、まわし姿。そして、その顔は巻物に描かれた龍ヶ嶺権太郎と瓜二つだった。
「龍ヶ嶺……」
龍臣が呟く。
霊的な現象に、一同は言葉を失った。
だが、龍ヶ嶺の姿は敵意を示すでもなく、ただ静かに夜たちを見つめている。
「何か、伝えたいことがあるんじゃないですか?」
夜が一歩前に出る。
「楽々浦君!」
七巳が制止しようとするが、夜は構わず進んだ。
「龍ヶ嶺権太郎さん……あなたは、何を伝えたいんですか?」
龍ヶ嶺の姿が、ゆっくりと手を上げた。
そして、土俵を描くような動作をする。
「土俵……を?」
夜が呟く。
龍ヶ嶺が頷いたように見えた。そして、今度は月を指差す。
「月……」
龍ヶ嶺の表情が、苦しそうに歪んだ。
「月に……溺れた?」
夜が尋ねると、龍ヶ嶺が大きく頷いた。
そして、彼の姿が徐々に薄れていく。
「待って! もっと教えてください!」
夜が叫ぶが、龍ヶ嶺の姿は霧のように消えていった。
後に残ったのは、静かな駐車場と、手の中の巻物だけだった。
「今のは……」
白井が呆然と呟く。
「幽霊……なんでしょうか」
七巳も信じられない様子だ。
「いや、幽霊ではない」
龍臣が巻物を見つめながら言う。
「あれは、土俵に宿った魂の記憶だ。龍ヶ嶺は今も、この地に留まり続けている」
「でも、なぜ……」
「おそらく、彼には果たせなかった思いがあるのだろう」
大瓦が冷静に分析する。
「『月に溺れた』という言葉……何か意味があるはずだ」
夜は龍ヶ嶺の最期の様子を思い出していた。
「取り組みの最中、突然動きを止めて天を見上げた。そして『龍が……月に……』と呟いて倒れた……」
「もしかして」
七巳が何かに気づいたように言う。
「龍ヶ嶺は、土俵上で龍神の啓示を受けたんじゃないでしょうか。満月の夜、龍は月を目指して昇ろうとする。でも、それは同時に危険でもある……」
「龍は月の引力に引かれて、天に昇りすぎてしまう」
龍臣が続ける。
「そして、地上に戻れなくなる。それが『月に溺れる』ということだ」
「つまり、龍ヶ嶺は……」
夜が理解する。
「力士として極限まで力を高めた彼は、もはや人間ではなく龍に近い存在になっていた。そして満月の夜、その力が暴走して……」
「天に昇ろうとしてしまった、ということか」
大瓦が頷く。
「だが、彼は人間でもあった。だから、完全に昇ることもできず、地上にも戻れず……」
「その狭間で、命を落とした」
白井が悲しそうに呟く。
「なんて、切ない……」
一同が沈黙する中、夜は巻物を見つめていた。
龍ヶ嶺の描かれた絵の中に、何か文字が隠されているように思えた。
「これ……歌になってる」
夜が呟く。
「歌?」
七巳が覗き込む。
確かに、絵の中に細かな文字で和歌が記されていた。
『土俵踏み 龍と化したる 力士かな 満月の夜 天に溺れぬ』
「これは……龍ヶ嶺自身が詠んだのかもしれない」
龍臣が言う。
「彼は自分の運命を知っていたのだ。だから、この歌を残した」
「でも、それなら何のために……」
夜が考え込む。
すると、巻物の裏に別の文字があることに気づいた。
「あれ、裏にも何か……」
巻物を裏返すと、そこには地図が描かれていた。
月読峠の地図だが、今まで見たどの地図とも違う。
「これ……」
七巳が息を呑む。
「町中に、土俵のマークが……」
地図には、月読峠の各所に土俵を示す円形のマークが描かれていた。
駅前、神社、湖畔、山中……少なくとも十か所以上。
「まさか、龍ヶ嶺はこれらの場所すべてで……」
大瓦が呟く。
「興行が行われたという記録はないぞ」
「いや、興行ではない」
龍臣が地図を見つめる。
「これは……稽古場だ」
「稽古場?」
「龍ヶ嶺は興行の前、この町で稽古を重ねていた。そして、各所に土俵を作り、そこで修行をしたのだ」
「なぜ、そんなことを……」
「龍神の加護を得るためだ」
龍臣が説明する。
「月読峠は古来より龍神信仰の地だった。龍ヶ嶺は、この地で龍神の力を借りて、さらなる高みを目指そうとしたのだろう」
「でも、それが裏目に出た……」
夜が呟く。
「龍神の力を得すぎて、人間でいられなくなってしまった」
「そういうことだ」
大瓦が頷く。
「そして今、彼の魂はこの地に留まり続けている」
「どうすれば、彼の魂を救えるんでしょうか」
七巳が尋ねる。
「それは……」
龍臣が考え込む。
「おそらく、彼が本当に望んでいたことを叶えてやることだろう」
「彼が本当に望んでいたこと……」
夜は龍ヶ嶺の姿を思い出していた。
土俵を描く動作。月を指差す仕草。
「もしかして……」
夜の中に、一つの考えが浮かんだ。
「龍ヶ嶺は、もう一度土俵に立ちたいんじゃないでしょうか」
「もう一度?」
「はい。でも、今度は月に溺れずに。ちゃんと、人間として」
夜の言葉に、一同が顔を見合わせる。
「つまり、土俵を復活させろと?」
大瓦が尋ねる。
「そうです。この場所に、もう一度土俵を作るんです」
夜が地図を指差す。
「そして、満月の夜に相撲を取る。龍ヶ嶺の魂に、もう一度土俵を体験してもらうんです」
「でも、誰が相手を……」
白井が言いかけて、ハッとする。
「まさか、楽々浦君、あなた……」
「いや、俺じゃ無理です」
夜が首を振る。
「でも、この町にはきっと、相撲をやっている人がいるはずです。その人たちに協力してもらって……」
「待て」
龍臣が手を上げる。
「それは危険すぎる。龍ヶ嶺の魂が本当に現れたら、相手をする力士が……」
「大丈夫です」
夜が断言する。
「龍ヶ嶺は、誰かを傷つけたいわけじゃない。ただ、もう一度土俵に立ちたいだけなんです」
「どうして、そう言い切れる?」
大瓦が尋ねる。
「さっき、彼の姿を見た時……悲しそうだったから」
夜が答える。
「怒りじゃない、恨みでもない。ただ、悲しみだけがあった。きっと、彼は自分の運命を受け入れられないんです」
一同が沈黙する。
「分かった」
龍臣が決意したように言う。
「やってみよう。私が責任を持つ」
「神主!」
七巳が驚く。
「龍ヶ嶺の魂を救うのは、神主の務めだ。それに……」
龍臣が空を見上げる。
「この町に龍神の加護を取り戻すためにも、必要なことかもしれん」
翌日から、町は新たな騒動に包まれた。
駐車場に土俵を作るというニュース、蛇の化石発見に続く話題として瞬く間に広がった。
神社の主催という形で、『龍ヶ嶺追悼相撲大会』が企画された。
当初は地元の相撲愛好家だけで行う予定だったが、ニュースを聞きつけた元力士や、相撲好きの有名人まで参加を表明し始めた。
夜は古書店で、相変わらず地図の整理をしながら、その様子を見守っていた。
「すごいことになったね」
店主が笑いながら言う。
「まさか、本当に土俵を作ることになるとは」
「でも、これで良かったんでしょうか」
夜が不安そうに言う。
「龍ヶ嶺の魂が本当に現れて、何か起きたら……」
「大丈夫だよ」
店主が夜の肩を叩く。
「君の言う通り、龍ヶ嶺は誰かを傷つけたいわけじゃない。ただ、もう一度土俵に立ちたいだけだ」
「どうして、そう思うんですか?」
「この地図を見てごらん」
店主が、龍ヶ嶺の巻物を広げる。
「彼が残した稽古場の地図……よく見ると、すべての土俵が神社を中心に配置されている」
「本当だ……」
「つまり、龍ヶ嶺は龍神に祈りを捧げながら稽古をしていたんだ。力を求めたのではなく、守りを求めていた」
「守り……」
「そう。彼は自分の力が暴走することを恐れていた。だから、龍神に守ってもらおうとしたんだ」
店主の言葉に、夜は納得する。
「でも、それでも月に溺れてしまった……」
「だからこそ、今度は違う結末を見せてあげたいんだ」
店主が優しく笑う。
「龍ヶ嶺に、土俵で戦う喜びを思い出してもらう。そして、安らかに成仏してもらう」
「そうですね……」
夜が頷いた時、店の扉が開いた。
「先輩、大変です!」
七巳が駆け込んでくる。
「どうした?」
「神社に、変な人が来たんです!」
「変な人?」
「はい、自分は龍ヶ嶺の弟子の子孫だって言って……」
七巳が息を整える。
「龍ヶ嶺の秘伝書を持っているから、それを使って供養したいって」
「秘伝書?」
夜と店主が顔を見合わせる。
「行ってみよう」
三人は急いで神社に向かった。
神社の境内には、60代ほどの男性が立っていた。がっしりとした体格で、元力士のような雰囲気だ。
「あなたが……」
龍臣が男性と話をしている。
「はい、私は雷電豪太郎と申します」
男性が名乗る。
「曾祖父が龍ヶ嶺権太郎の付き人をしていたと聞いています」
「付き人……」
「はい。そして、龍ヶ嶺が亡くなる前、曾祖父に一つの書を託したそうです」
雷電が風呂敷包みを開く。
中には、古い帳面があった。
「これが、龍ヶ嶺の秘伝書です」
龍臣が帳面を開く。
そこには、相撲の技や稽古法が詳細に記されていた。
「すごい……」
七巳が覗き込む。
「これ、本物なら相撲史の貴重な資料ですよ」
「本物です」
雷電が断言する。
「そして、最後のページに……これが書かれています」
帳面の最後には、一つの儀式について記されていた。
『満月の夜、土俵の四隅に塩を盛り、龍神に祈りを捧げる。そして、最も強き者が土俵に立ち、天に向かって四股を踏む。その時、龍は地に降り、力士と一体となる』
「龍と一体に……」
夜が呟く。
「これは、龍ヶ嶺が考えた儀式なんです」
雷電が説明する。
「彼は龍神の力を制御する方法を探していた。そして、この儀式にたどり着いた」
「でも、間に合わなかった……」
龍臣が呟く。
「そうです。興行の前に完成させるつもりだったが、その前に……」
雷電が悲しそうに言う。
「だから、今度こそ、この儀式を完成させたい。それが、龍ヶ嶺への供養になると思うんです」
「しかし、最も強き者とは……」
龍臣が考え込む。
「それは、私が務めます」
雷電が言う。
「私は元大関でした。今は引退していますが、まだ土俵に立てる体力はあります」
「元大関!?」
一同が驚く。
「はい。四股名は『雷龍』といいました」
「雷龍……確か、10年前に引退した……」
夜が思い出す。
「そうです。私も龍の名を持つ力士でした。だからこそ、龍ヶ嶺の供養は私がやるべきだと」
「分かった」
龍臣が頷く。
「では、追悼相撲大会の最後に、この儀式を行おう」
「ありがとうございます」
雷電が深々と頭を下げる。




