エピローグ 〜公爵家にて〜
今回は公爵家でのお話です。
序列としては夫人→閣下→執事のハリー→フェルベールとなっております。
翌日…ガチガチに緊張した面持ちで、フェルベールの両親に婚約の許しを得る為の挨拶をしたクリスティーナであったが、
「諦めていた義娘が……。なんという事だ…。クリスティーナ、どうかお義父様と、そう…呼んでもらえるだろうか?」
一見虚無的で威厳漂うオーラを纏う公爵閣下。フェルベールに似たその美しい顔、逞しい体躯、そして低くセクシーなテノールボイス……。これらを前提とした公爵閣下に、照れ顔でハニカミながらお願いされたクリスティーナは…早々に白旗を揚げた。
クリスティーナが「おっ…お…おと…」と言いかけるがそれにストップをかけるのは、勿論公爵夫人エメリアーナその人だ。
「待つのよクリスティーナ!貴女何か大事な事を忘れているのではなくて?」
ハッ!「こ…この度は我がブロワ家の醜聞となる所を公爵家のお力添え…」
「んもぅっ!その事はいいのよっ、報告も聞いてるし、後の事も貴女達は気にせず、愛を育む事を第一に考えてちょうだい!…ほらっそうではなくて、貴女が仕事でもプライベートでも一番世話になったり、毎回貴女にプリンをお土産に持たせていたのはだぁれ?」(ニコニコ)
「それは勿論っ!エメリアーナ様です!」
「ん?、よく聞こえなかったわ〜」(ニコニコニコ)
「ハァ…奥様、いくら笑顔でもその様に圧をかけて強く要望なさる事を、なんと言うかご存知ですか?」
「ハリー!あなたは黙ってなさい、これはわたくしと旦那様との譲れない戦いなのですから!」
執事のハリーと軍神かくやの夫人を、ダンディな閣下が仲裁人となって取り成す横で、すかさずフェルベールが何かをクリスティーナに耳打ちをした。
「三人とも、クリスティーナが困ってますよ!」
フェルベールの一声に三人とも大人しくなる。どうやら公爵家のトップ3はクリスティーナに弱いらしい。
「ごめんなさいね…クリスティーナ。わたくし達…つい浮かれてしまって……」
「いえ…わたくしの尊厳と自我を取り戻し、自信へと繋げ…価値を与えてくださったエメリアーナ様に、心から感謝しております」
「クリスティーナ…それは貴女自身が努力した結果よ」
「…わたくしが努力するのは当然の事です。いえっ、そうではなくて…その、とても気が早い事なので…ちょっと戸惑ってしまうと言うか、…そもそもわたくしの方からこんな事をお願いしてもよいのか……その、、、」
「なぁに?言ってみないと分からないでしょう?貴女はもう家族になるのよ?遠慮なんてせず、いいから言ってごらんなさい」
「…っっ!!尊敬してやまない大好きなエメリアーナ様をっ!おっおっ…お義母様とお呼びしたいのです!」
ーシンッー
「やっやっぱり、ずっ図々しかっ……へぶっ!」
「クリスティーナ!クリスティーナッ!勿論っ勿論よっ!いいに決まっているじゃない!んもぅっ、貴女ってばなんて可愛いのかしら!
ハリー!旦那様!見てちょうだい、わたくしの義娘よ!わたくしにも義娘が出来たの!」
「ええ、ええっ、ようございましたね奥様っ!私がお止めしても先走って用意され、一部屋埋め尽くすまでになった…山の様なプレゼントをようやっとお渡し出来ますね!」
「今後フェルベールが!愛想を尽かされなければな…」
「あなたっ!縁起でもない事を言わないでくださいませ、万が一そうなったら出て行くのはフェルベールの方です!…さぁっクリスティーナ!この人達はほっといて、もう一度わたくしを呼んでちょうだい!」
「お…お義母様…くる、し……へぶっ」
「嬉しいわクリスティーナ!ありがとう。フフ、さぁ可愛い顔を見せて?
いい?わたくしが王妹である事は知っているわね?結婚するまでは、王族として国や国民の為にこの身を捧げていたつもりだったの。でもねこの人と結婚して、フェルベールが生まれて、それが少し変わったの…もしこの人達に何かあったら……わたくしは、それこそ迷わずこの身を差し出そうと、例え犠牲になろうとも言葉通りわたくしの命を差し出してでも大事なこの人達家族を守ろうとね…。
貴女のお母様もきっと同じ気持ちだったはずよ。
だからね…わたくしは貴女のお母様、ビオレッタさんの代わりにだなんて言わないわ、貴女の母親はビオレッタさん唯一人だもの…。でもね、わたくし達は家族になって…わたくしが命を賭けても守るべき存在に、貴女もなるの。その事を忘れないでいてね、クリスティーナ…私達みんなで貴女を守るわ」
「エ"ッエ"メリアーナ様"ぁ"〜〜っっ」
「んもぅっ!そこはお義母様でしょー!全く、この子ったら……フフフ」
そんな二人を、身体の大きな閣下がすっぽりと包み込み、優しく抱きしめながらチラチラとフェルベールを見ては手招きをする。(お前も来い、と。)
フェルベールは笑顔?で席を立ったが、ふとハリーを見るとフラフラ〜と自分も側へ行こうとしていたので速やかに止めた。そしてクリスティーナだけを引っ張り出し、自らの腕の中に囲い込んだ。(へぶっ)
「クリスティーナを可愛がるのは大変結構ですがっ!俺が言うべき言葉や役目を、俺より先に奪うのはやめてください!」
「だぁって〜わたくしもこの人も、あなたが結婚出来るだなんて思わなかったんですもの〜、少しぐらいわたくし達にもクリスティーナを堪能させてくれてもいいじゃな〜い。親にまで嫉妬してどうするのかしら?狭量な男は嫌われるわよ〜」
「プハッ!きっ嫌いません!お…お義母様が、おおっおっお義父様達を守られてきた様に、これからは、わたくしが……フェルベール様を守りますっ!…」
囲われていたフェルベールの腕の中から顔を出し、へぶっとされない様に今度はクリスティーナがフェルベールの腰にしがみつ…抱き付き、フェルベールの顔を見上げると…真っ赤な顔をして、涙を滲ませているフェルベールと目が合った。
「フェルベール様がわたくしの父と約束してくださった様に、わたくしも貴方を守り、幸せにすると誓います。そして…伯爵家も公爵家も二人で一緒に守っていければと、そう願っています。
なので…ずっとお側にいさせてください。それがわたくしの望みであり一番の願いです!……さっき、叶えてくださると、……仰いました…よね?」
先程フェルベールに耳元で囁かれた言葉…
「すまない、母は君からお義母様と呼ばれたいんだ。もし母の願いを叶えてくれたら…今度は俺が君の願いを聞いて叶えるからどうか頼むよ」
思い当たったフェルベールはクリスティーナをきつく抱き締め、頭にチュッチュッチュッと沢山キスをする。
プシューッと音が聞こえそうになったところで、執事のハリーが止めに入った。
「坊っちゃま、その辺でお止めください!若奥様にはまだ刺激が強うございます。…全くこれだから恋愛初心者は…旦那様も奥様も嬉しいのは分かりますが、緩み過ぎでございますよ。これから忙しくなるのですからお気を引き締めていただかないと、よろしいですねっ!
ささっ、若奥様…新しい紅茶を淹れましたのでこちらへどうぞ。この方達の事で何か困った事がございましたら、ぜひ私めにご相談くださいね。そして私めの事はどうぞ…ご遠慮なく『爺や』とお呼びくださいませ」
「んなっ!ハリーまでズルイぞっ!俺も本当は愛称で呼び合いたいのにっ!おいっクリスティーナの頭を撫でるのをやめろっ!」
「プッ、フッフフッフハッ…ウフフッ…」
クリスティーナは我慢出来ずに笑い出した。夫人に泣かされた顔もハリーによって綺麗にしてもらい、小声で「ありがとう…ハリー爺や、とても美味しいわ」と伝えたら頭を撫でられていたのだが……。
フェルベールの慌てようも、普段とのギャップも、本音も独占欲も嫉妬でさえも…全てを愛おしく感じていた。
いつの間にこの人の事をこんなに好きになっていたのだろうだとか、今日は婚約の許しを得る為の訪問だったのに…まるで結婚したかの様な盛り上がりも、己の常識や疑問が…この幸せな雰囲気に流されてしまう…。それに気づいたクリスティーナはどうしようもなく可笑しくなってしまったのだ。
母を亡くしてから…初めて心からの笑顔で、声を出して笑ったクリスティーナ。
それを見た四人は『この笑顔を守らねば!』と、それは公爵家全員の総意となった瞬間だったのであった。
こうして無事?挨拶も済み、伯爵家に戻ったクリスティーナはその様子を父親やサーシャに嬉しそうに報告し、二人を安心させた。
ただ…クリスティーナがサーシャに「あちらのお義父様はね、熊さんみたいにおっきくてとっても素敵な方だったのよ!」と、こっそり教えていたのを聞いてしまったランドルフが、翌朝、早朝誰もいない庭で鍛錬を始めたのは……ここだけの話。
家同士の顔合わせの日まで、何故か闘志を燃やし…筋トレを続けるランドルフ・ブロワ(34)なのであった。
次回はあの二人のその後になります。




