そんなことより悪巧みしようぜ!(しろめ)
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次回の更新は、12/19です。
マルフィーザの冒険者ギルドも、仕組みは菊乃井にある冒険者ギルドと同じ。
カウンターにご挨拶に行って、冒険者登録をして、出来そうな依頼を紹介してもらう。これに菊乃井だと初心者講座のご案内があって、受講が決まれば受講日とそれまでの生活に必要なお金が稼げそうな見習い用仕事の斡旋が続く形だ。
けれどマルフィーザは初心者冒険者講座は導入していないようだから、登録して簡単な決まりを二三説明して終了となる。
「そうなんですね、知らなかった……」
「ちょっと調べましたけど、ユレンシェーナ伯爵領にも小さいけれど冒険者ギルドがありますね。そこもここと同じ手続きのはずです」
冒険者ギルドの建物内部を興味深そうに眺めるニルスさん。爺やさんはちょっと顔色が悪いけれど、別にニルスさんに冒険者登録させようと考えてるわけじゃない。
ただ知ってほしかっただけだ。外国にいたって自分の領地のために学ぶことが出来るってことを。
マルフィーザとルマーニュ王国では気候も人の気質も違うけれど、共通した社会制度がある。
その内の一つが冒険者ギルドの果たす役割だ。
危険があるから外に出れなかったのは仕方ないとしても、宿屋の人達は聞かれたことに対して誠実に答えてくれる。彼らにマルフィーザの気候の話を素直に聞いていれば、昨日の熱中症は確実に防げただろう。
マルフィーザに到着してから昨日まで、そういう情報収集の一つもしなかったのであれば、厳しい言い方になるけど彼はその時間を無駄に過ごしたと言わざるを得ない。
突き付ければ、ニルスさんが恥ずかしそうに俯いた。
「私は……なんて愚かな……」
呟く彼の肩に触れる。
「誤解しないでいただきたいんですが、貴方に羞じろと言うためにここに来たわけじゃない。知ってほしかっただけです。何処にいたって、自分の領地のために出来ることはある、と。学ぶこと、知ること。迂遠だけれど、それが領地を救うことに繋がるんです」
今すぐの即効性はないけど、外から自領・自国を眺めることで、見えてくる物・考えられることは増える。
それが将来役に立つ日が来るんだ。
そう言えばニルスさんは唇を嚙み締めた。
彼は今すぐの力がほしい。でも、そんなものは何処にもないんだ。
「貴方は私に戦い方を教えてほしいといった。それは私の最初が貴方と同じ伯爵家嫡男だったからでしょうけど、貴方と私ではまず前提条件が違う」
私の場合は天の時、地の利、人の輪が全部揃っていた。
地の利とは、私が伯爵家の本拠地である本邸に捨て置かれたこと。やり繰りの心配はあったけれど、兵糧攻めの心配は低かった。
人の輪は言わずもがな、ロッテンマイヤーさんや屋敷の人から始まって、姫君様、ロマノフ先生、ヴィクトルさん、ラーラさん、奏くん達、協力してくれる人がいっぱいいたこと。
そして天の時は、地の利と人の輪が揃った上に、陛下が陛下で宰相閣下が宰相閣下の今だった。
これが私に味方して、トントン拍子に両親を払いのけられたのだ。
翻ってニルスさんは本拠地である領地から切り離され、彼のために働いてくれるのが爺やさんだけ、オマケに敵が多すぎる。
そもそもこんな状況じゃ、どんな知恵者でも逆転とか無理じゃね? 白目剥きそうな状況だわ。よく戦おうと思ったな?
「貴方の勇気には感心するけど、今の段階じゃ蛮勇ってやつです。本当に」
懇々と言えばニルスさんが目を瞬かせ、ちょっと目に覇気が出て来た。でも残念、褒めてねぇんだわ。
だけど彼とユレンシェーナ伯爵家、ひいてはルマーニュ王国をこのままには出来ない。
帝国からの働きかけでは内政干渉として撥ねつけられるけれど、内部からの改革ならば文句はあるまい。あってもニルスさん及びユレンシェーナ伯爵家が強くなれば、それも黙らせられる。よって彼と彼の家には強く賢くなってもらわなきゃいけない。
その辺の事情を彼に話す気はないけれど、こっちもお仕事ではあるのだ。お国からの直々の。
「出世してもらうのにはまず、貴方と貴方のお家に力を付けてもらわないといけない。でもそれには時間がかかる。なので時間稼ぎをしましょう。病に関しては魔女の一族を頼りに色々方策を探るとして、敵を分断しておかなくては」
敵の敵は味方とは言えないけれど、敵の敵は敵のままであれば各個撃破しやすい。
一番嫌なのは、ユレンシェーナ伯爵家を同一の敵とみなした敵同士が手を組むこと。これを防ぎつつ、利用できる勢力を利用して決して一つに纏まらないようにする。
分断して統治せよ。
ニルスさんが三つの勢力を相手に上手く立ち回れるようになるまでは、これが当面の方針になる。
というわけで、噂を一つ二つ用意してバラまいておこうか。
王家派、革命派、売国派。この三派のなかで一番変節が激しそうな売国派が、王家にすり寄らなくなる噂を。
顎を一撫でして、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんと円陣を組む。
ギルドの人の邪魔にならないように隅っこで。奏くんには防音と遮音の結界を張ってもらった。
その後で奏くんがレグルスくんの耳を塞ぎ、レグルスくんが紡くんの耳を塞ぐ。
「今回ニルスさんの持って来た情報で、ルマーニュ王国の現王家の首を挿げ替えることが出来ると思うんですよ。そこで売国派に向けて、帝国は次の王家の選定をユレンシェーナ伯爵家に委託する気でいるという噂を撒くんです」
「革命派にはユレンシェーナ伯爵家は革命派に恩義があるから、議会制の導入を条件に王を選ぶつもりが……と?」
ロマノフ先生の補足に頷くと、ヴィクトルさんが「王家はどうするの?」と首を傾げる。
「王家には、帝国の皇子殿下方とニルスさんが知り合って興味を持たれた。彼に何かあれば、それこそ帝国に内政干渉の実を与えるかも……くらいでどうです?」
実際に皇子殿下方はもう彼の安全確保を私に命じてるんだから、嘘ではないんだよなー……。
これで全派閥がユレンシェーナ伯爵家を守りつつ、潰し合ってくれたら重畳。潰し合わなくても牽制、睨み合ってくれたら上出来だろう。
「駄目押しに、皇子殿下方との仲立ちをしたのがまんまるちゃんって噂も出そうだけどね」
ラーラさんの言葉に、苦笑いして頷く。
まあ、ありえなくもないな。ただそれだと、私憎しでニルスさんに何かする可能性も考えられる。
とはいえ革命派と売国派がユレンシェーナ伯爵家を守ってくれる確率も上がるだろう。だって私はルマーニュ王国の王家と某公爵家と対立してるわけだし。心証を良くするために頑張ってくれるかもしれない。
ユレンシェーナ伯爵家を利用する算段はこれで付いた。
奏くんに声をかけて結界を解いてもらおうとすると、か細く「あの……」と声がかかる。
「あの、今の話、私にも聞こえてたんですが……」
ニルスさんが顔を引きつらせて手を上げた。こてっと首を傾げる。
「聞かせてたんですけど?」
「え?」
「だから聞かせてたんだってば。貴方の家と貴方を利用するけど、これだって貴方が戦うための下準備でもあるんだから。戦うと決めたんだから、腹括って利用されて利用するんですよ」
あくまでユレンシェーナ伯爵領ないしルマーニュ王国を救うのは、その地の人でなくてはならない。
切り込んだ視線の先で、ニルスさんが息を呑んだ。
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