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白豚貴族だったどうしようもない私に前世の記憶が生えた件 (書籍:白豚貴族ですが前世の記憶が生えたのでひよこな弟育てます)  作者: やしろ


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世界を変えるのに必要なもの

いつも感想などなどありがとうございます。

大変励みになっております。

次回の更新は、12/12です。

「麒凰帝国菊乃井侯爵閣下に、わたくし、ルマーニュ王国ユレンシェーナ伯爵家嫡男ニルス、言上(ごんじょう)(つかまつ)りたき儀が御座います」


 ニルスさんはさっと膝をついて胸に手を当てる。

 自分より目上に対する行動をとられて否やは言えない。一言「許します」と告げれば、彼は決意の籠った表情で顔を上げた。


「私がルマーニュ王国から疎開する羽目になったのは、家の立ち位置だけではなく、とある情報を……病の根底に呪いが関わっていることを知ったからです」

「ほう?」


 レグルスくんと顔を見合わせる。

 そもそもの話として、ルマーニュ王国以外の主だった国の上層部と菊乃井の関係者は、件の病の主成分に呪いがあるのを理解している。

 でもそれは内密の話で、当然ルマーニュ王国には漏らしていない。だからここでも呪いのことは知らない振りをする。

 それがニルスさんには、きちんと懐疑的な態度に見えたのだろう。

 彼は「信じがたいとは思いますが」と言いつつ、件の病のメカニズム……魔力を持つものほど重篤化しやすい呪いが流行り病に付与されていると説明してくれた。その上で、その病がルマーニュ王国で流行ったのは人為的だとも告げる。


「ルマーニュ王国での最初の病の発生は、とある男からの売り込みが原因でした。人為的に流行り病を発生させる呪いとして、ルマーニュ王国のさる公爵家に持ち込まれたのです」


 男の触れ込みとしては、強力な流行り病が人為的に起こせる呪いで、その呪いによる病に対する特効薬も開発済みだという話だったそうな。

 物は試しとしてルマーニュ王都の下町で、実際その呪いを撒いてみたそうだ。結果、病は流行った。問題はここからだ。

 公爵家ではその呪いを買おうとしたそうだ。使い道はまあ色々。

 しかし、その病が公爵家お抱えの魔術師に感染した辺りから風向きが変わった。

 男があると言っていた病の特効薬がまるで効かなかったのだ。それだけでなく感染力の高さも売りにしていた病は、次に公爵夫人に襲い掛かって……。

 結果公爵夫人の病を治すために、売り込みに来た男は囚われ、その部下も同じように囚われて薬を作らされているそうな。

 ニルスさんがそれを知ったのは、さる公爵家へ病を売り込んだ男と共に囚われた部下が、瀕死の状態でユレンシェーナ伯爵領に逃げ込んだのを保護したから。


「その人も、結局は病が原因で死にました。けれど死ぬ前に懺悔のつもりか、私と父にこの話を打ち明けて……」


 うん、聞くんじゃなかったな!

 口では「なるほど」とか言ってみたけど、私の内心は嵐だ。これ、夏休み切り上げねばならんヤツでは!?

 もう一度内心で吐血した私だったけど、レグルスくんの心配そうな「あにうえ」の呟きで我に返る。

 痛くなってきたこめかみに指を這わせれば、肩を揉んでくれていたレグルスくんのお手々がそっちにまわって優しく擦ってくれた。落ち着く。

 聞いちゃった以上答え合わせはしないといけない。

 ついでに彼のことも保護しないといけないんだろうな……。

 大きなため息を吐きかけて、平然とした表情を作る。

 そしてニルスさんが売り込みに来た男の正体に触れようとするのに、待ったをかけた。


「そこから先を私に聞かせて、何を望むんですか?」

「そ、れは……」

「私は帝国の貴族です。ルマーニュ王国のために何かということはあり得ない。であるにも拘わらず、その話を私に聞かせてどうしろと?」

「……ッ」


 彼が虚を突かれたような表情になる。

 でもルマーニュ王国貴族として筋を通したいなら、その情報は私に渡すべきじゃない。ルマーニュ王国のもっと大きくて強い家に渡すべきだ。ただし腐敗してないならば、だけど。

 ニルスさんが迷うように視線をさ迷わせる。しばらくそうしていて、不意にシャツの胸元を握り込んだ。


「……てください」


 蚊の鳴くような声に、眉を顰める。

「たすけてください」なんて、あったばかりの人間に些か期待しすぎだろ?

 多少の失望を感じていると、ニルスさんが叫んだ。


「教えてください! 私に、戦い方を! どうすれば、我が領民を! 我が国の民を! 救うことが出来るのか! 私に教えてください!」


 至近距離の大声に耳が痛い。

 眉を動かしたつもりはないけれど、そっとレグルスくんの手が耳に触れて、小声で「大丈夫?」と振って来た。

 レグルスくんこそ大丈夫だったんだろうか?

 そっと窺い見ると、レグルスくんはニコニコしている。


「あにうえ、助けてあげるんでしょ?」


 小声で告げるレグルスくんは、こてりと小鳥のように首を傾けた。

 保護するという意味でなら、助ける気はある。大事な証人だもの。

 が、もう一押しほしい。

 そう言えばレグルスくんが「しかたないなぁ」と肩をすくめた。


「ニルスさん、いまのはなしはほんしんですか?」

「え? も、勿論です! 証立てが必要なら何でもします!」

「じゃあ、宇気比は? うそをついたらのろわれちゃうけど」

「宇気比でも何でも致します!」


 ニルスさんは頷いた。

 それを見たレグルスくんが指に火を魔術で灯そうとしたのを止める。

 誰かがこちらに来る気配と、ニルスさんを呼ぶ声が聞こえたのだ。

 私はニルスさんに声をかける。


「本当に何でもできるのか、今夜一晩じっくり考えなさい。ただし私達は明日の朝、この宿を発って次の目的地に向かいます。タイムリミットはそれまで。いいですね?」

「は、はい!」


 彼を呼ぶ声は爺やのアルバートさんの声だろう。

 部屋にいない彼を案じて探しに来たようで、ニルスさんを案じる色が声に混ざっている。

 こちらに一礼してニルスさんは声のする方へと慌てて去って行った。

 その背中を見送っていると、不意に声が複数近付いてきて。


「ん-、嘘言ってる感じではなかったなぁ。むしろダメ元くさい」

「当たって砕けろ的な自棄感はあったね」

「ユレンシェーナ伯爵家はサン=ジュストくんからも、良識派って聞いたことがあるよ」


 紡くんと手を繋いだ奏くんに、お酒のグラスを持ったラーラさんとイカ焼きを咥えたヴィクトルさんが、それぞれ部屋から濡れ縁へと顔を出す。


「まず、皇子殿下方へ連絡を入れましょうか?」


 からっと焼けた手羽先を持ったロマノフ先生の言葉に、がくっと首が落ちた。お仕事ですよ、畜生め。

 それにしても、皆潜んで成り行きを見守ってるんだから人が悪い。

 ぶうっと膨れれば、奏くんがにかっと歯を見せて笑った。


「いやぁ、だって。若様のことどうこう出来る感じはないし。それにわりと若様の好きそうなタイプじゃん?」

「だからって隠れてることないでしょ?」

「先生達が隠れてるから、つい」


 奏くんの視線の先にはそっぽを向いている先生方がいて、その先生方の手には晩酌のおつまみとグラスがそのままある。

 この人達、私とレグルスくんとニルスさんの会話を肴に飲んでた訳だ。ひっどい。

 ジト目でロマノフ先生を見れば、苦笑いで何かを空に投げる。それは空中で鳥になって夜空を流星のように切り裂いて飛んで行った。

 方向は王都マルフィーザのど真ん中にある王城の方。


「叔父上に手紙用使い魔を飛ばしました。明日の朝一番で連絡が来るんじゃないですかね」


 からりとした言葉だったけど、返事は恐らくニルスさんの保護と情報の確保をってところだろう。

 一晩経っても彼の志が変わらないのであればあまり難しい話ではない。問題はがらっと変わってた場合。こちらは少々面倒臭いことになるだろう。

 そう口にすればレグルスくんが穏やかに首を横に振った。


「だいじょうぶだよ、あにうえ。『たすけて』じゃなくて『たたかいかたをおしえて』っていったひとだもん」

「だと、いいね」


 世界を変えて来たのはいつだって戦う意志を持った人間だ。

 湿り気を帯びた空気が徐々に昼の熱気を手放して冷えていく。

 ニルスさんの去った方向には、夜の闇が重く拡がりを見せていた。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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