呉越同舟、当事者としては気まずい
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次回の更新は、11/24です。
あまりの巡り合わせに後悔したものの、袖すり合うも他生の縁だ。ここから先、厄介そうなら逃げればいいや。
幸い【千里眼】からは明確なアラートはないし。
そんなことを考えているうちに、お爺さんからすすり泣きというか嗚咽のようなものが聞こえてきた。
内容的には先々代の頃には物凄く権勢を誇っていた家門だったとか、その頃の当主様だったらそんな商人は許さなかったとか。
「件の病から疎開のためにこの国にいらした坊ちゃまがお労しい……!」
ああ、そうですか。
いや、まあ、ルマーニュ王国がかなり大変なことになっているのは知っている。けれど貴族で大変なんだったら、庶民はもっと大変だろうな……という?
疎開するのは悪いことじゃないけど、何となくモヤッとするな。
けれどどんな家にだって事情はあろう。まして「坊ちゃま」と呼ばれる身分である以上、本人が望まなくとも遠ざけられる立場にあるわけだから。
そしてそんなことは本人が一番悔しく思っていることであって。
エイルさんの用意した寝台で、静かに横たわっていた坊ちゃまが身体を無理に起こそうとする。
それをエイルさんと一緒に支えようとすると、ヴィクトルさんとラーラさんが先に坊ちゃまを助け起こした。
「労しいのは僕じゃなく、医者にもかかれない領民達だ。皆、僕を送り出してくれたけど、そのお金があれば楼蘭の教皇猊下にお縋りすることもできたろうに……!」
「坊ちゃま!」
お爺さんが坊ちゃまの身体を支えようと手を伸ばすのを、坊ちゃまが押し留める。
そしてそのままエイルさんと私達に頭を下げた。
「助けていただきありがとうございます。件の商人の娘に関しても僕が至らないせいです。助けていただいたのにとんだ濡れ衣を着せてしまうところでした。僕はルマーニュ王国ユレンシェーナ伯爵家嫡男ニルス、このお礼は必ず」
サラっとプラチナの髪が揺れる。
慌てたというか、気まずくなったのかエイルさんが手を振って「お礼なんかいいよ!」と手を振った。
こちらも御辞退申し上げると言ったんだけど、ニルスさん的には家名を名乗った以上引き下がれないようで。
奏くんが「なんとかして」という目で私を見る。えー……。
まあ、外国のとはいえ伯爵家の嫡男に頭を下げられたエイルさんも面倒だろう。なら地位には地位をぶつけるべし。
こほんっと咳払いすると、私は代表して口を開いた。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私は麒凰帝国菊乃井侯爵家当主鳳蝶。当方は身分を隠しての旅行の最中です、お礼などは必要ありません」
「!?」
「と、当主!?」
きっぱり告げた言葉に、ルマーニュ王国側の二人は息を呑み、エイルさんが声を裏返して驚く。
当主ってやっぱり驚かれるよねー……。
一瞬の間を置いてエイルさんが痛ましそうな表情を浮かべた。
「まだ小さいのに当主って、大変だね。御不幸があったのかい?」
「ええ、まあ」
「ごめんよ、無神経なこと聞いちまった」
「いえいえ、大丈夫です」
納得ずくで解っててやったことだから、どうも思ってない。第一エイルさんの想定した不幸とは違って、二人とも生きている。まだ、な。
にこりと笑えばエイルさんは、ほっとしたような顔をする。逆に顔色を悪くしたのはルマーニュ王国から来た二人だ。
ルマーニュ王国にも私の名前は知れ渡っているのだろう。それも良い意味でなく悪い意味で。
ニルスさんとお爺さんが顔を強張らせたことに気が付いたのか、エイルさんが首を傾げた。
「どうしたんだい?」
「んー、帝国とルマーニュ王国って最近ちょぉっと仲が微妙通り越してて。険悪まではいかないんですけどぉ」
「ああ、国際情勢ってやつかい?」
「はい。そんなところです」
本当はもっと色々あるし、寧ろルマーニュ王国と菊乃井家が相当に険悪って感じで冒険者の皆さんには伝わっていると聞いたことがある。ソースは晴さんとか、バーバリアンの皆さんや、シェヘラザードの冒険者ギルドの長である津田さんとか。不本意ながら情報の精度はかなり高い。
だからニルスさん達が顔色を変えたのはその辺だろう。二人から感じるのが、怒りとかじゃなく恐怖なのが納得いかんけどな。
売られた喧嘩を超高額買い取りした覚えはあるけど、こちらから売りつけたことは一度もないぞ。
微妙に空気が緊張を孕む中、エイルさんが指折り数える。
「えぇっと、マルフィーザだと準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵だから……え!? 若様んち、偉いどころじゃないじゃないか!?」
「ああ、まあ、序列的にはそうですね。でもさっきも言いましたが、他国でそれを持ちだしても仕方ないでしょう?」
「なるほど、あたいの態度にもなんも言わないわけだ」
「エイルさんには助けていただいたのに、何を言うことがあるやら」
ひらひらと手を振る。
もうこの身分の話もお礼の話も終わり。
とりあえずこの場で恐らく一番の上位者の私がそういう態度だからか、ニルスさんやお爺さんも黙る。言いたいことはあるんだろうけど、それより怖いと感じるのが先だっているみたい。
話を変えるためにだろう、エイルさんが口を開いた。
「身分を隠して旅行だって言ってたけど?」
「ああ、はい」
「えぇっとな、人探しと友達の母ちゃんの墓参りも兼ねてるぜ?」
頷いた私に目配せして、奏くんが答える。こういう風に奏くんが私より前に出るのは珍しい。ということは、奏くんの中で何かが閃いたのだろう。
「人探し? 墓参り?」
「はい。本当はそっちがメインで、尋ね人がルッジェーロ山にいるらしいという情報があったのと、友人のお母様のお墓がやっぱりルッジェーロ山にあるので。それならちょっと足を延ばしてアルチーナの谷の化石地層も観光しようという」
「随分とまあ危ない場所に行くんだねぇ……」
そう言いつつ、エイルさんは私達全員に目をやる。
「そっか、だからエルフが三人もいるんだね。ルッジェーロ山は子どもが行けるような場所じゃないんだけど、でもエルフって強いんだろう? あたいの知り合いの爺さんが、昔助けてもらったことがあるって言ってたよ。人間が束になっても勝てないって」
「ああ、先生方は私の家庭教師なんですよ」
「へぇ」
強いと言われた先生方はまんざらでもなさそう。
因みに菊乃井の冒険者ギルドで教えてもらったんだけど、ルッジェーロ山に出る魔物は雪樹山脈に出る魔物と強さ的には然程変わらないらしい。
その中でも熊の魔物は皮から肉から骨から需要が高いそうなので、狩ったら是非持って帰ってほしいと言われている。
ローランさんにはその熊をお土産にしたいところ。
先生達は赤さんの防寒具に熊の毛皮がほしいらしいので、最低二匹だな。
奏くんと紡くんは化石地層から稀に採れる鉱石をモトおじいさんや、兄弟子・姉弟子さんへのお土産にしたいんだって。
レグルスくんは化石地層にあるかも知れない、花を閉じ込めた魔石。和嬢の誕生日プレゼントに加工したいんだってさ。
私はロッテンマイヤーさんと赤さんに魔化石でドリームキャッチャー作ってあげたいんだよね。
色々見るべきこともやるべきこともあるって話をすると、エイルさんは笑いつつ頷いてくれた。
「そうかい。帝国から比べりゃマルフィーザなんざ田舎だろうけど、楽しんでっておくれよ」
「はい」
「ありがとう、エイルおねえさん!」
和気藹々と話していると、それまで空気と化していたニルスさんから何か不穏な気配が。
ちらっとそちらを見ると、一瞬ニルスさんに睨まれた。でもこっちが視線を投げれば、怖気づいたように逸らされる。
レグルスくんも先生方も奏くんも紡くんも、タラちゃんやござる丸でさえ彼の不自然さに気が付いたけど、何もリアクションはしない。
だってその程度の不穏だから。
まあ、言いたいことの想像はつくけどな……。
だからって斟酌してやる必要も感じないので黙殺することにした。
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