身に余ってるって言ってんだろ(虚無)
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次回の更新は、9/29です。
そうやって園遊会は終わって。
希望の配達人パーティーと菊乃井歌劇団のお嬢さん方は、一足先にラーラさんとヴィクトルさんが菊乃井へ送り届けてくれることに。
彼女達にもお休みは必要だし、希望の配達人パーティーはナジェズダさんに一刻も早く優勝を伝えたいんだそうな。
それで私はっていうと、ロマノフ先生と宰相閣下にお呼び出しだ。
海の向こうの疫病対策のこと。
彼方の大陸には宗教国らしい宗教国はないそうな。
「つまり大規模に神聖魔術をかけられる楽団や聖歌隊は存在しない、と」
「うむ。理由としてはマグメルに雪の女王信仰が生まれたあたりにまで起因するのじゃよ」
そういえばかつて行った帝国の音楽の都・マグメルを守るキアーラ様とガーゴイルのゴイルさんが、そういう話を聞かせてくれたように思う。
たしか海の向こうの大陸では魔術師狩りが大々的に行われ、結果として向こうの大陸から逃げて来た魔術師がマグメルに受け入れられた。その逃げて来た魔術師の中にレクス・ソムニウム……イチルという変わった少女魔術師の友人がいて、友を受け入れてくれたマグメルを守るために、レクスが防御機構としてゴイルさんをそこに残したとか。
その魔術師狩りは長年に渡り、魔術師狩りが終わってもう数百年以上経つのに、そのダメージが回復しないほどの傷になっているらしい。
とはいえ、神殿に仕える神官や巫女さんは魔術を修めること自体は許されていたんだけど、一度根絶やしにされかけた魔術師の血筋は先細りが酷く、神聖魔術なんかもってのほか……みたいな。
神聖魔術って神様に認められるのは勿論だけど、ある程度の魔術的力量がないとやっぱり使えないんだよね……。
「真面目にこちらが示した防疫対策に力を入れていればよかったものを……」
愚痴っぽく吐き出された宰相閣下の言葉に頷く。
どうにかする術がないならひたすら予防に努める。これは防疫対策の初歩なんだよ。
それをやらなかった癖に、後始末をこちらに持って来られても困る。これは誰でも思う本音だろう。
で、だ。
そんな愚痴を零すために私を呼んだりしない人なのは、長くないお付き合いでも解る。
だとすると考えられることは多くない。
嫌だなぁ。
そう思いつつ口を開いた。
「菊乃井歌劇団を慰問名目で派遣して、私に神聖魔術を何回かかけてこいと?」
「それは最終手段じゃよ。そこまでの義理のある国でもない」
「取引次第、ですか?」
「そうなるであろうな。あちらの国民には惨い話になるやもしれんが、卿を派遣するほどのメリットがない。それより変質した病に、卿や菊乃井歌劇団のお嬢さん方が晒されるデメリットの方が怖い」
国益と人命。命の方が重いと思うけれど、他国民と自国民を天秤にかければ、けして等価にはならない。
仮に私が病に倒れたとしても、菊乃井の行政機構や歌劇団は歩みを止めることはないだろう。そんな軟な組織作りはしていない。それでも責任者が現場と連絡を取れるのと取れないのじゃ、やはり後者は色々問題が出る。
防疫の肝の疑似エリクサー飴が菊乃井で作られている以上、僅かでも菊乃井の停滞は歓迎出来ない。帝国の見解はそんなところだろう。
「では、見捨てるので?」
「そういうわけにもいかんので、困っておるのですよ」
飄々としたロマノフ先生の言葉に宰相閣下が首を横に振る。
帝国としてはまず、海の向こうの大陸の国々が楼蘭教皇国に支援を願えるように外交の場を設置したとか。
楼蘭教皇国はシュタウフェン公爵家での病の対処経験から、グーパンでない神聖魔術の使い方を研究し、一応なんとかできるようになったそうな。看護の方法も学んでいるから、これ以上ない支援者ではある。
だけど派遣できる人員が限られていて、海の向こうの全ての国に派遣できるわけではない。ここで物を言うのは楼蘭教皇国にどのくらいの御寄進が出来るかっていう、生臭い現実だ。
だってね、神官さんや巫女さんも食べてかなきゃいけない。宗教的行事にも、後進の育成にもお金がかかる。神殿や色んな施設の維持にもお金は必要。
ついでに海の向こうまで看護に行くのに、手弁当もないだろう?
そういうわけでお金っていう力が強いものが優先される。それが良いことか悪いことかは論じることじゃない。
でもこれだとお金のない国はどうするんだってことになるわけで。
「そこで最終手段として、菊乃井歌劇団と卿を考えておるのだよ」
「つまり、今は行かせる気はないけれど、その覚悟だけは一応しておくようにという?」
「そうだの。その前に何らかの有効手段を彼方も思いついてくれればいいが……」
そこはちょっと見えないな。
だけど看病というなら、出来ることはあるだろう。
「看病をするだけでしたら、マンドラゴラ医療班を派遣することも可能ですが」
「そちらはシュタウフェン公爵の次男坊が申し出ておるよ。自分にも手柄が必要だと、な」
「後々のためにですか?」
「うむ。シュタウフェン公爵領を切り取る名目としての」
次男坊さんの所にもマンドラゴラを株分けする話は出てたけど、なるほどこれのためか。
それはそれでシュタウフェン公爵家が混乱するから、次男坊さんとしてはやっといて損はないって感じなんだろう。
着実に彼も色々地歩を固めている。
とりあえず疫病の話はこの辺りで終了。現行私の出番はなし。
本命の話題は褒美のことだった。領地が増える、その手続き的な話だよ。
前回は陞爵と同時にアルスターの半分を貰ったわけだけど、成人後に残り半分が下賜される約束だった。それを前倒しにして今回の褒美とするので、という。
貰うはずの物を前渡ししたところで、それが褒美になるかという話になっているらしい。
「とはいえ、領地を渡し過ぎても整備が追い付かねば、それが卿への攻撃材料にならぬとも限らぬ。それを避けるためにも、今は残りの部分を下賜するに留めることになった。園遊会のときも告げたが、卿が幼年学校に入った際に褒美として改めて渡す。その領地に関しては選定を進めておるよ」
「選定、ですか?」
「うむ。飛び地になるのはまずかろう?」
「ああ、はい。たしかに」
「なので、アルスター付近の天領の幾つかが候補よな。産物も菊乃井の産業に適したものが良かろうよ。その辺は任せたまえ、弟弟子よ」
ぱちこんとウィンクが飛んでくる。
そういった気遣いをいただけるのは本当に有難い。
ほっとしてお礼を言おうとすると、宰相閣下にひらひらと手を振られた。
「卿、運河の件を忘れておるじゃろ?」
「運河ですか? 覚えておりますとも」
「魔物を焼き払って運河を通すのも、十分な武功ではないかね? 褒美が増えるが?」
「あ!」
やべぇな、マジで領内もだけど屋敷だのなんだのをなんとかせんと。
私の目から光が消えたところで、用事は今度こそ終り。
宰相閣下が「悪いようにせんから」って言ってくれたけど、何だろう。漠然とした不安が……。
宰相閣下の執務室を辞して、次に開かれる皇子殿下方のお茶会に参加するため、宛がわれた控えの間へ。
入室すると既にレグルスくんがラーラさんやヴィクトルさんと一緒にソファーに座っていた。
「あにうえ、おはなしはおわった?」
「うん。領地が増えるんだって……」
若干目がどんよりする。
それに気が付いたレグルスくんがこてんと首を傾げた。
「いいことでしょ?」
「いいことなんだけど、お役人さんが忙しくなっちゃうんだよ……」
「ああ……」
レグルスくんの目も遠いところを見ている。
月末なんかレグルスくんも私の仕事を手伝いに来てくれるから、その辺のことはひよこちゃんも知ってるんだよね。
そして私やレグルスくんすら忙しいなら、私の後見の先生方も忙しいわけで。
「いい天気ですね……」
何となく全員で視線を逸らし合って、窓の外の風に揺れる緑葉に心と目を癒されるのだった。
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