メンダコから料理ノート
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次回の更新は、7/7です。
希望の配達人パーティーが帝都での武闘会の本戦出場を決定させた。
この報せが届いたのが昨日、即ち記念祭の開催一週間前だ。
まあ、そこまで色々忙しかったから、体感としては「もう?」って感じ。
それまでに宰相閣下と打ち合わせして、空飛ぶ城は記念祭の前々日に帝都に移動させることも決まって。
歌劇団のゲネプロは前日。
去年と同じく名だたる芸術家、文化人の皆さんを招待して行われる。
菊乃井家のお食事会は歌劇団の特別公演の中休みの日に。だって公演中は城の主として、そこにいなきゃいけないから。
帝都の菊乃井邸ではその準備に追われている。
あそこの家令さんはロートリンゲン公爵の元執事さんで、ヴィクトルさんのサロンの準備を色々手伝ってくれているから安心だ。
でも喜んでたって言ってたな。
文芸サロンが帝都の屋敷で開かれるのだって華やかだけど、主がいるパーティーとは比べるべくもない。
今回はパーティーという規模ではないけれど、私がいるんだから普段よりずっと華やかにすると意気込んでるそうな。
ロートリンゲン公爵家でのパーティーの仕切りもしたことがある人だけに、その辺りのことは私よりずっと強い。そういう存在にいてもらえるのは本当に助かる。
こちらからは本当ならロッテンマイヤーさんに来てもらいたいんだけど、無理させちゃいけない時期だ。
どうしようかと思ってたら、母とセバスチャンの監視に行ってくれてた帝都のメイド長が一時的に戻って来てくれることに。
その間のあちらの監視は、エリーゼが出張してくれるそうだ。
エリーゼと蛇従僕の関係は一言でいうと、クジャクと蛇らしい。エリーゼはクジャクっていうより、チョウゲンボウって感じだけどね。可愛いんだけど猛禽。
本来なら前のりして家令さんとメイド長に挨拶しないといけないんだけど、「旦那様はご多忙なのですから、その時間があるのであれば身体を労われてください」ってさ。気を遣わせている。
あとやることといえば、皇子殿下方主催のお茶会の衣装ですよ。
私はレクスの衣装でいいんだけど、レグルスくんと和嬢だ。
和嬢のお衣装は宰相閣下から「こっちで用意するから、色だけ合わせて」的な連絡があった。
婚約者っていっても、今のところ内定でしかないから。
建前だ。
本音は「菊乃井に作らせると古龍の逆鱗とか使われるから、ちょっと」っていうね。
ヴィクトルさんが宰相閣下に真顔で告げられたらしい。なんでだよ、親戚になるんだから引き受けてよ。
オリハル猫脚箪笥にしまってるけど、どうも増えてるんだよなー……。
猫脚箪笥がツヤツヤしてるんだもん。漏れ出てる魔力と、神様方の神気を吸収してお腹一杯で輝いてる。
いや、現実逃避はここまでだ。
実は問題が発生している。
お食事会の題材の偉人が決まらないのだ。
題材探しは二人でやってくれてるんだけど、どの人もインパクトに欠けるというか。
音楽家にしても美術家、文豪、英雄、誰にせよ、ピンと来ない。
そんな話を夕食の席でするのもなんだけど、料理長が態々給仕しつつ「実は」と弱り切った声で報告してくれたわけで。
「菫子さんとも話し合ったんですが、誰を選んだとしても『その再現を菊乃井でやる意義は?』と疑問が湧いてしまうんです」
「菊乃井で再現する意義、ですか」
うーん、それなぁ。
そうなんだよ、普通の再現料理だって別に菊乃井でやらんでもって話になる。菊乃井だから出来た。そういう物や話こそが菊乃井の未来を拓いてくれるんだ。
難しいことを頼んだけど、難しいどころの話じゃなかったんだよね……。
頼んだ手前、私だって知恵を絞ってるんだけど、何にも出てこない。
困った。
食卓を見回しても、先生方も何も出てこないのか首を捻ってる。
大根先生も色々意見を下さってるんだけど、帝国創世期の英雄だと今でもその英雄の縁の土地に行けば食べられる料理も多いんで、早々に却下されてるんだよなぁ。
そんな中、レグルスくんがぴこっと金の綿毛のような髪の毛を揺らした。
「うつのみや、おれのおへやのつくえにあるノートもってきて?」
「え?」
振り返って声をかけられた宇都宮さんが、目を丸くしつつ「はい」と返事して食堂を出ていく。
なんぞ?
皆の視線がレグルスくんに集まる。
それににこっとひよこちゃんが笑った。
「めんちゃんに、おりょうりノートかしてもらったんだ」
「お料理ノート?」
「うん。なごちゃんにあったとき、おいしいおかしをプレゼントしたいなっておもって」
照れ照れしながらひよこちゃんが話し出す。
菊乃井のお祭りで和嬢と「次に会うのは帝都の記念祭」とお約束をしたひよこちゃんは、和嬢とお会いするにあたって彼女の好きな果物のお菓子を作ってあげたいと思ったそうな。
それで出来れば私と一緒に和嬢のお菓子を作りたいと考えたひよこちゃんは、図書館にお菓子の作り方の本を探しにいったとか。
料理長は私にお仕事を任されているから、自分で調べようと思ったんだって。賢いし気遣いができるとか、最高か。
それで図書館の司書めんちゃんに、子どもでも作れる珍しいお菓子のレシピを探してもらうよう声掛けして。
事情を訊いためんちゃんが出して来たのが、そのお料理ノートだった。
ノートだから本じゃない。でもそれは長く保存できる魔術が丁寧にかけられた物で、図書館の蔵書の中でも最高クラスに貴重なノートなのだそう。
即ち、それは。
「レクスのすきなひとが、レクスのためにつくってたりょうりのレシピがぜんぶのってる『レシピノート』だって」
「!?」
ガタッと食卓が揺れる。
夢幻の王、或いは魔導の王と呼ばれるレクス・ソムニウムは戯曲の登場人物でもあり、魔術史上における重要人物でもあれば、何処の国にも属さず力で抑えつけようとした者を全て跳ね除けたまつろわぬ者達の英雄だ。
料理長と顔を見合わせれば、同じことを考えたのか力強く頷く。
しかし。
レクスとその伴侶のことは私の腰にいる夢幻の王もだけど、うさおやうさこも大切に思ってるみたい。めんちゃんもきっとそうなんだろう。その彼らの思い出を、白日に晒して良いのか?
悩んでいると「ちょっといいですか~」と脳内に、夢幻の王の声が届いた。
聞いていると、半眼になってくる。
その様子に料理長が目を丸くした。
「や、なんか、再現してもいいんですって。でもレクス、凄い偏食の人だったから面倒かも~って」
「へ、偏食ですかい?」
「うん。えぇっと、なに? あー……えー……ピーマン・人参がダメ、骨の多い魚もダメ? 骨抜いてもらってた? 固いお肉もちょっと? 初めて見る野菜は無理? なんじゃそりゃ?」
「わぁ」
料理長の唖然とした目に、レグルスくんの意外そうな声。
脳内の夢幻の王は、レクスの伴侶の苦労話を垂れ流してくる。
すりおろしたり、小さく切ったり、形を見えなくしたり、独特の風味が前面に出ないようにしたり、物凄く大変だったみたい。
一頻り話した後、夢幻の王は「あとはうさことうさおに声かけてください」と。彼らのまだ目覚めさせていない魔術人形に、厨房の手伝いをしていた魔術人形がいるそうだ。
「お食事会の会場、変更したほうがいいね」
「そうだね。レクスの食卓を再現するなら、場所はレクスの空飛ぶ城の食堂がいいんじゃないかな?」
「そうですね。ロマンを感じてもらうなら、その方がいい」
「その頃の調味料の種類なら覚えているから、菫子に教えておこう」
エルフ先生達の目も輝いてる。先生達もこういうこと、大好きそうだよね。
「レグルスくん、ありがとう。これで何とかなりそうだよ」
「そう? よかった。それであにうえ、おれとなごちゃんにあげるおかしつくってくれる?」
「勿論!」
こんなお手柄なのに、そんな小さなお願いで満足してくれるなんていい子すぎる。てぇてぇ。
宇都宮さんがノートを持って食堂に戻ってくるまで、私はレグルスくんの頭を撫でまくった。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




