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白豚貴族だったどうしようもない私に前世の記憶が生えた件 (書籍:白豚貴族ですが前世の記憶が生えたのでひよこな弟育てます)  作者: やしろ


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書籍14巻発売記念SS・おばあちゃんの推し活事情

いつも感想などなどありがとうございます。

大変励みになっております。

次回の更新は、7/4の朝6時です。

通常の本編更新です。

 冬だというのに、菊乃井という場所では花の香りがする。

 咲いているわけでもないのに、何故かそこはかとなく。

 町を歩けば、道行く人が気さくに声をかけてくれる。

 挨拶に一言二言、こちらを気遣うような言葉も付け加えて。

 私がエルフだと分かっていても、決して遠巻きにすることもなければ、好奇の目線を向けることもない。

 ただ「温かくして過ごしてね」だとか「雪かきとか大変なら手伝うから、気軽に言ってね」だとか、本当にただ気遣うだけの声掛け。

 菊乃井では先日、おかしな病が発生した。

 人間社会ではとても危険で、異国ではかなりの死者をだしている流行り病。でもそれは表向きで、本当は魔力の高いものを呪詛するものが含まれた、人が作り出した病だった。

 人を大量に殺すためにつくられただけあって、かなり危険で悪質な病ではあったけれど、菊乃井ではすぐに鎮圧されて。

 領を完全封鎖して一週間後には、病は菊乃井から完全に消えていたように思う。

 私も古いエルフの血を継ぎ、エルフの中では世界樹の巫女・ナジェズダとして名のある存在。

 人がかかる病であっても、私を殺すことは出来ない。だからこの病の封殺をお手伝いした。

 でも、人々が私に親しく声をかけてくるのは、その恩ゆえではない。もっと前から、菊乃井の人々は私に優しかった。

 最初はそう、友人の旅するエルフのキリルさんに菊乃井に連れて来てもらったとき。

 喉が渇いて何処かで休憩できる場所はと探していたら、その様子を見た商店の店主らしき女性が「フィオレの宿屋だったら美味しいものが食べられるよ」と丁寧に教えてくれた。

 それだけでなく、その宿屋まで道案内してくれて。

 耳を隠してはいなかったからエルフだと彼女も気付いたろうに、特に態度を変えることなく、店に付くまでに色んな話をしてくれた。

 その後は色々騒動になってしまったけれど、フィオレさんもいい人だったし、菊乃井家の方々も親切にしてくれた。

 私達エルフに未来はない。

 ない未来に縋りつく同族が哀れで、この歳まで唯々諾々とエルフの里で世界樹の巫女として生きていた。

 そんな私を幼い頃から見ていた世界樹の精霊、私達エルフが殺してしまった神様の欠片は、ずっと私に「自由におなり」と語り掛けてくれていたのに。

 彼がいなくなったのは、命の先が見えてきた私を自由にするためだったのかも知れない。これもまた、エルフゆえの傲慢かも知れないけれど。

 さくさくとわずかに霜の降りる道を歩く。

 身に付けた刺繍の技を施した服は、簡素な仕立てであっても雨風や雪を防いでくれる。

 今の私の生業は、巫女などという仰々しいものではない。鳳蝶様の商会の一お針子だ。

 趣味の手芸を活かして日々の糧を得る。

 穏やかな毎日は、エルフの里の毎日と同じく静か。なのに彼の里で生きていた頃よりも、ずっと充実していて生きている実感に溢れている。

 チラホラと舞う雪も、エルフの里で見るよりも柔らかい。そう感じるのは、私の心が里にいた頃よりずっと柔らかいからだろうか。

 街並みもエルフの里はシンプルな木目が多く、白・黒・茶色に緑が僅か。でも菊乃井はレンガもあれば木造の家もある。

 色味だってとてもカラフル。空に溶け込む青色の屋根があれば、黄色いドアもあるし、ステンドグラスの窓も。景観に頓着なく色を配しているようでいて、その実しっかりと他の建物と調和している。

 個性と個性がぶつかり合わずに、上手く交わっているのだ。

 その街並みの一角、商店ばかりを集めた通りがある。

 用事があるのは、その連なった店々の中にある八百屋だ。

 買い物かごを持って「くださいな」と声をかけると、店先の女将さんが愛想よく「はいはい」と答えてくれる。

 菊乃井に暮らし始めて、ここにはかなりの頻度で通っているから女将さんとももう顔なじみだ。


「ナジェさん、今日はいい蕪が入ってるよ!」

「あら。じゃあ、蕪のシチューにしようかしら?」

「いいねぇ。ベーコンと一緒にバターで炒めても美味しいよ!」

「まあ、ニンニクを効かせたらお酒の肴になるかしら!」

「お! ナジェさん、いけるクチかい?」


 女将さんと顔を見合わせてふふっと笑う。

 里にいたときは、こんな風に気安く声をかけてくれる人すらいなかった。

 ソーネチカや里にいた頃のフェーレニカは親しくしてくれていたけれど、それだって少しばかりの距離があって。

 始祖の流れを汲む最後の世代だろうアリョーシュカやヴィーチェニカ、ラルーシュカ達も近しくしていたけれど、周りのエルフの大人達の態度もあって、距離が出来てしまっていた。

 菊乃井では、誰もが私に気兼ねなく話しかけてくれる。

 今夜は女将さんのおススメの蕪とベーコンをバターで炒めようか? それともシチュー?

 迷っていると、その隣の魚屋さんから大将さんが顔をだす。

 挨拶を交わすと、彼はにやっと片頬を上げた。


「ナジェさん、魚大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫だけれど」


 唐突な声掛けに首を傾げると、大将が「実はさ」と皿を一つ差し出す。

 そこには濃い赤、朱にも見えるほど艶のある魚の片身。


「鱒の冷燻? 大根先生のとこのお弟子の女の子に教わって作ってみたんだよ。これがまた旨くてさ。ちょっと持ってかねぇかい?」

「そうなの? おいくらかしら?」

「いや、今回は試作だからよ。食べて感想をおくれな。そこから改良して、店に並べたいんだよ」

「まあ、責任重大ねぇ」


 笑えば大将さんも、八百屋の女将さんも一緒になって笑う。

 魚屋の大将さんは、結局八百屋の女将さんにも鱒の冷燻を渡して。

 でもそれだけじゃ申し訳ないから、今日の夕飯のメインにするために鱒の切り身も買い足す。

 少し世間話をしている間に、雪の降り方が変わってきた。

 今夜も積もるのかも知れない。

 八百屋の女将さんも魚屋の大将さんも、今日の夜は冷えるだろうと言う。

 それから「早く帰って温かくした方がいいよ」と、私を心配してくれた。

 擽ったい。

 彼らが思うほど、私は弱い生き物ではない。それでも彼らは隣人として私を心配し、心にかけてくれる。

 その好意にお礼を告げて、私は家路へと急ぐ。

 しんしんと雪が降る中を、足早に行きかう人々もきっと家路を辿っているのだろう。

 曇天の空は里で見上げたものと同じなのに、菊乃井の空は曇天であってもなお温かいのね。

 そんなことを考えていると、背後からパタパタと足音が。

 エルフの耳はよく聞こえるだけでなく、足音を聞けば誰か判別できるのだ。

 最初はゆっくり歩いていたのが、ある地点から小走りになって、更にそこから全力で三人が走ってくる。

 そして、くるっと振り返ると。


「ナ、ナジェズダさん! これ! これ着てください!」


 差し出されたのは暖かそうなケープに手袋、それから耳当て。


「あらあら、こんにちは。シェリーさんにビリーさんにグレイさん」

「あ、こんにちはっす! じゃなくて! 寒そうですよ!」

「ほんとだよぉ、そんな薄着だと風邪引くって」

「ナジェズダさん、早く早く!」


 走って来た三人の頬は赤く、息も少し上がっているよう。

 けれどそんなことに頓着せず、グレイさんは私の肩にケープをかけ、ビリーさんは手袋を、シェリーさんは耳当てを差し出してくれて。

 不用意に他者の身体に触れてはいけない。

 そう菊乃井の初心者冒険者で教わっているせいか、グレイさんがケープを肩にかけてくれた以降は、シェリーさんが「失礼しますね」と断って手袋や耳当てを付けてくれた。


「これで一安心ですね!」

「うん。良かった」

「今年の風邪、キツいらしいから気を付けてくださいっす」

「まあ、ごめんなさいね。お手数かけて」


 私の服の簡素さが気になったのだろう。本当は大丈夫なのだけれど、彼らの心遣いが嬉しい。

 詫びの言葉を口にすると、彼らは首をブンブンと横に振った。


「いやいや、おいら達が勝手に気になっただけだし!」

「うん、ナジェズダさんにはお世話になってますし」

「アレだったら、ありがとうって言われる方が嬉しいです」

「そう? なら、皆さんありがとう」


 微笑みが自然と浮かぶ。

 菊乃井に来たのはシェリーさんからの手紙が切っ掛け。

 生に倦んでいた私にとって、彼女の純粋な感謝の言葉は大きな揺らぎだった。

 巫女として生きたことに後悔はない。けれど今までこんな風な言葉を、誰かからもらったことがあるだろうか、と。

 手紙には彼女の真心が書かれていた。私への感謝と仲間への感謝、そしてその大事な仲間とこれからも冒険を続けたいという夢。

 純粋な祈りにも似たその文面に、私の中で燻っていた情熱が燃えたのだ。

 彼女の熱や祈り、心に触れてみたい。彼女だけでなく、彼女が愛する仲間達の心にも。

 触れた後は、ひたすら彼女達が愛おしくなって。

 この状況を鳳蝶様は「沼落ち」と呼び、私が彼女達を応援したいという気持ちを「推し活」と呼んだ。

 推しよ、健やかで幸せであれ。

 その気持ちで何かをすることは全て推し活なのだ、と。

 彼女達のために、私に何が出来るのか。

 ニコニコ笑う彼女達のお腹から「ぎゅぅぅぅ」という音が聞こえた。これは空腹のアレ。

 顔を真っ赤にする三人に、私の出来る推し活がある。


「シェリーさん、ビリーさん、グレイさん。良かったら夕飯をご一緒しない?」

「え? でも」

「いいのよ、おばあちゃんの一人暮らしだもの。シチューは沢山作ったほうが美味しいけれど、一人だと余っちゃうでしょう?」


 家にある食材でざっと四人分の献立を頭の中で組み立てる。

 彼等は人間でもまだ育ち盛りの年齢だから、沢山美味しいものを食べさせたい。

 三人は顔を見合わせると、こくっと頷く。


「では、お言葉に甘えさせていただきますね」

「ありがとうございます!」

「あざっす!」

「いえいえ、こちらこそ」


 まだ私が土に還るまでは幾許いくばくかある。

 彼女達の、この町の未来を希望を持って推していこう。

 私の推し活と第二のエルフ生は、まだ始まったところなのだから。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
人生は短いです。長いエルフ生といえど推しと出会えることは本当に幸運です。ましてや人間においておや。
いいですねえ。 いろんなものや事態に巻き込まれてうんうん考え込んでいるご領主様をおいて、ほっこりと幸せな時間を過ごせる領民(もう領民ですもんね)。 こんな日常を守るんだと頑張っている成果が、こんな形で…
ごめんなさいコミックの方の感想ですが、あ。7巻発売おめでとうございます( *・ ω・)*_ _))ペコリ 32話のレグルスくんの寝相www ちっさい子あるあるw なんでか「ちょ、それ苦しくないのw」っ…
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