予期せぬ仕込みの思わぬ活躍
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開幕で識さんが味方に付与をかけて……までは、ここまでの戦いで全ての魔術師を擁するパーティーの定石だった。
しかし今回は油断できる相手じゃないことを、識さんに寄生するエラトマも把握したのか、弱体化の魔術をエストレージャへと行使。
観客も菊乃井万事屋春夏冬中もエストレージャも、それは当たり前の行動と感じてただろう。しかし、だ。
「あー……あにうえ、識さんたちダメかも」
「うん? うん、そうだねー……」
レグルスくんの呟きに、頷く。私の隣ではヴィクトルさんも「まずいね」と呟く。
対してラーラさんとロマノフ先生が、ほんの少し首を傾げてから「あ」と零した。
「エストレージャの装備、まんまるちゃんが作ったんだったね? どんな感じになってるの?」
「エストレージャの能力が大幅に低下した際、周辺の魔力を吸収して、装備に付けられた付与魔術の効果を大幅に引き上げる魔術を仕込んでます。ついでに攻撃・弱体化魔術の吸収効果も」
「最初の帝都の記念武闘会に参加したときより、効果が凶悪になってませんか?」
「去年の菊乃井冒険者頂上決戦のときに試験的に仕込んでみたんですよ。あの頃はまだレクス・ソムニウムの衣装が手に入ってなかったんで、フレンドリーファイアへの対策をどうしようか考えてた時期だったから」
フレンドリーファイアへの対策はマンドラゴラの葉から作った布でどうにかなりそうだから、その仕込んだ事実ごとうっかり忘れてたんだよな。だって術式が面倒くさげふん大掛かりだから。
売りに出すにしてもバーバリアンくらいのお金持ちで、守秘義務とか守ってくれそうなパーティーにしか売れないもん。
それに相手との力量差があると、発動したところであんまり意味がない。夏の模擬戦のときにそれは解ったし。
あのときの私は二割の力も使ってなかった。なのに弱体化は通ったし、攻撃魔術も十分に威力を発揮した。結論、やっぱり大仰なだけで大した意味がないってさ。
でも力量差がそれほどでもないと、十分効果的なんだな……。
実際リング上を見ると。
「え!? ヤバ!? 魔力吸収されてる! え!? しかもなんか弱体効果が反転してる!?」
識さんとエラトマが異変に気付いたらしい。けど遅いんだよなー……。
それまでにエストレージャの装備についていた強化が、識さんの魔術を吸収して倍くらいの効果にはなったみたい。
素早さも上がったようで、マキューシオさんのナイフがライラの影を縫い留める。
一瞬で動きを封じられたライラを助けようと、ラシードさんが焦って動いた。
陣形が一瞬にして崩れる。
とは言ってもエストレージャは前衛が多いから、すぐに識さんに辿りつける訳じゃない。
ロミオさんとティボルトさんの相手をするノエくんを見て、識さんが更に強化を付与しようとする。そこをマキューシオさんのナイフが狙って来るもんだから、ラシードさんはそのフォローに行かないといけない。でもライラが動けないんだよねー……。
「ライラを助けるために識嬢をがら空きにするか、識嬢を守るためにライラを見捨てるか……辛いところですね」
ロマノフ先生が囁く。
これが魔物使いの弱点なんだよなー……。
下級の冒険者には戦力が多くなると魔物使いのエントリーに良い顔をしなかった人が多いけど、大物の冒険者はこの弱点を理解してて「弱点を増やして大丈夫か?」って顔の人が多かった。これもまた違いといえば違いか。
けどライラは動けないなりに糸を吐こうと藻掻いてた。自分は戦う意志を喪ってないと示す。
魔物使いと真に絆を紡いでいる魔物は、自分の命より主の命を選んでくれる。ライラは自分のことは自分でどうにかするから、己の役割を果たせとラシードさんを叱咤してみせたのだ。
それを汲んでラシードさんは識さんを守るため、マキューシオさんのナイフを叩き落とすことに専念する選択をした。
だけど、だ。
「力量が拮抗していると、装備が物を言うというのがよく解る試合運びだね」
「だね。これだから付与魔術付きの装備って怖いんだよ」
ラーラさんもヴィクトルさんも、一方的になりつつあるリングの戦況に肩をすくめる。
時折その視線が「凶悪な実験しちゃって……」っていう感じで、私にぶっ刺さるんだけど。
だって万が一のときってあるじゃん!?
あのとき試せそうな装備がエストレージャの物しかなかったんだから仕方ないじゃない。
レグルスくん達には間違っても魔術当てないというか、レグルスくんや奏くんや紡くんのいるところで、そんな広範囲高威力の魔術なんか絶対使わないし。
先生方の装備にって考えないこともなかったんだけど、エルフィンブートキャンプがえらいことになりそうな予感しかしなかった。
結果、任務や依頼で危ない目に遭いそうなエストレージャのにしたんだよね。役に立って良かったよ、想定外の場所でだけど。
並みの上級冒険者よりも剣の腕がたしかなノエくんだって、その上級冒険者二人相手にすれば押し負ける。付与があっても二対一は辛い。
じりじりと追い詰められているところに、識さんがロッドを武器に助けに入るんだけど焼け石に水って感じ。
攻撃魔術を使えば相手を更に強化するし、かといって付与で強化も障壁で防御も限界がある。
一方でマキューシオさんと戦っているラシードさんも、マキューシオさんのスピードに追い付けないでいた。
動けないライラを回収しようにも、投げナイフと魔術で牽制されて近付くことすら出来ない。
相手の土俵に乗らない戦い方が大事なのは、こういう隠し玉が何処にあるか分からないからでもある。
それを忠実に守っていた菊乃井万事屋春夏冬中でさえ、こういう落とし穴にハマるわけだから。
一番は情報がない相手とは戦わないことだよね。
冒険者はそうはいかない職業だから、日頃の備えと逃げ道の確保は必須かな。
リングから識さんがティボルトさんによって叩き出された。吹っ飛ばされたみたいで、地面に倒れて動かなくなって戦闘不能。
ティボルトさん自体はノエくんに懐に入り込まれて、鳩尾に強烈な突きを食らって蹲ってる。こっちも戦闘不能のようだ。
いつの間にかマキューシオさんとラシードさんも倒れてる。
こっちは見ていたひよこちゃんによると、足が縺れたラシードさんにマキューシオさんがトドメをさそうとしたそうだ。
でもライラが力を振り絞って放った糸がマキューシオさんの足を止めて、ラシードさんが鞭を渾身の力で振るって倒したんだけど。
「倒れる間際にマキュたんが投げたナイフで相打ち、か」
「よく粘ったじゃないですか」
「魔物を封じられても戦えるって示したんだ。ラシードの株もあがったろうね」
三先生の評価は概ね高い。課題があるとすればライラと識さんで迷った辺りだろうか。
でもアレは仕方ない気もするんだよね……。
そして一対一、ノエくんとロミオさんが距離を取って睨み合う。
「ノエくん、すごくつかれてる」
「大人と子どもの体力だもんね」
ロミオさんも肩で息をしてるけど、ノエくんはもっと激しく肩を上下させていた。
次の一撃がノエくんの最後の攻撃になるだろう。
じりじりと二人が距離を詰め、互いの隙を探り合う。
観客も次に二人が動いたときが決着だと気付いているようで、しんっと会場が静まった。固唾を呑んで見守るっていう言葉のとおり、誰もがその動きに注目している。
そんな会場や二人の間に、何処からか飛んできた花びらがひらりと落ちる。その刹那—―。
「おぉぉぉぉッ!」
「はぁぁぁぁッ!」
二人とも一足飛びに距離を縮めて、気合一閃。
派手に剣が一合ぶつかり合う音が、異様に大きく響いたかと思うとミシッと軋みが。
驚愕に揺れる二人の目の前で、ロミオさんの剣の切っ先が折れた。けどそれに怯むことなく、残った残骸でノエくんの持つアレティを弾き飛ばす。
弾き飛ばされたアレティはリングの外の地面に刺さり、驚愕で動けないノエくんの首にロミオさんの折れた剣が突き付けられた。
「俺の勝ち、でいいかい?」
「はい。オレの負けです」
苦笑いで問うロミオさんに、ノエくんがすっきりした顔で頷く。
どっと会場が大きく揺れる。
かくて勝者は決まり、決勝カードも決まった。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




