ピタゴラスイッチとコペルニクス的転回を組みあわせてもそうはならない(なった)陰謀論
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歌劇団の娘役一番手志望のお嬢さんに、イシュト様の加護持ちの強いお嬢さんがいる。
それは結構衝撃的なことで。
翌朝ついつい、朝食の席で皆に話してしまった。
「……えーっと、すっごく強い女の子が娘役の一番手になりたいって頑張ってるってこと?」
「らしい、です。現役の歌劇団員か、まだ入団してないのかは分からないんですけど」
「へぇ……」
歌劇団員のお稽古の先生を務めるヴィクトルさんが、なんだか遠い目だ。
いや、うん。
劇団員のお嬢さん達って、ラーラさんからお作法とかダンスとかだけでなく護身術も習っている。だから武道の才能のあるお嬢さんなら、そりゃイシュト様のご加護をいただける程度に使えるようになってもおかしくはないような。
皆そう考えたんだろう。
だけど護身術の先生のラーラさん自身はというと、ちょっと怪訝そうな顔をしていて。
「うーん、今いるお嬢さん達じゃないんじゃないかな?」
「え? そうなんですか?」
「ああ。どのお嬢さんも多分初心者冒険者よりちょっと強いくらいだけどね。それでもイシュト様のご加護を得るほど強いかって言われると、流石に違うというか」
それはそうか。
だって彼女達の本分は歌や舞踊であって、武闘じゃない。
というか、何か聞き捨てならないことが挟まってたな?
私が気付いたんだから皇子殿下達も気が付いたようで、ひくっとシオン殿下が口の端を引き攣らせる。
「あの、今、歌劇団のお嬢さん方、初心者冒険者よりちょっと強いと聞こえたんだけれど?」
まさかねぇ? そう言いたげな尋ね方だったんだけど、ラーラさんもヴィクトルさんも「そうだよ」と返す。
なんでやねん。
歌劇団やぞ? 華撃団じゃないし、過激団でもないんやで?
そっとヴィクトルさんやラーラさんから目を逸らす。するとニコニコ笑うロマノフ先生とばっちり目が合った。
「いやぁ、頂戴した水差しのお水を差し入れしたり、いただいた蜜柑のパウンドケーキやジャムを差し入れしてましたもんね。それはそうなるでしょう」
ぐふっ。
危うく噴き出すところだった魚介のスープを飲み込む。
やったな、そういえば。
姫君様にいただいた蜜柑、美味しかったからパウンドケーキにしてお嬢さん方に差し入れしたさ。アンジェちゃんにも持たせたさ。
お水だって風邪が流行る時期には差し入れしたよ。しちゃったんだよ!
お水はちょっとくらいなら風邪防止になるだろうって思ったからだけど、蜜柑は知らなかったんだからセーフだろ!? 私、悪くない!
思いきり現実から目をそらしていると、統理殿下がレグルスくんに尋ねた。
「レグルス、その、初心者冒険者というのは菊乃井基準か? それとも他所基準か? お前の目から見てどうだ?」
どういう質問なんだよ?
そう思いつつも視線を向けると、ちょっと考えつつひよこちゃんがぴこっと髪を揺らして。
「菊乃井きじゅんです!」
元気よく答えるレグルスくんに、納得したのか統理殿下が頷く。
「そうか。なら他所の衛兵レベルには戦えるんだな」
「させませんよ!?」
彼女達を戦力として考えたことも見たこともない。
だって歌劇団だぞ? なんでそんなこと考えるんだ?
びっくりした。いや、そんなもんじゃなく思いもしない言葉に凄くショックを受けてる。何をどうすれば彼女達を戦場に……なんて考えるんだ。
私の表情に皇子殿下方は顔を見合わせる。それから物凄く嫌そうな顔を作った。
「いるんだよ。歌劇団は隠れ蓑で、あれは菊乃井の兵力だとかいうアホが」
「はぁ!? なんでそうなるんです!?」
「彼女達ほぼ全員が魔術を使えるから。声を遠くに届けるための魔術、使ってるだろう?」
「そんなことで……?」
たしかに最初は魔術が使えなかったから、彼女達に音響系の魔術のかかったアクセサリーを渡してた。けど最近はその魔術を使えるようになってきたお嬢さん達は、自分でやるようになったんだよね。その方が自分の声に合わせて微調整できるから。
「重ねて言いますが、私にそんなつもりはありません」
呆れたようにため息とともに吐き出せば、統理殿下もシオン殿下も「分かっている」と手を上げてくださる。
帝国の上も下も、その話を聞いたことのある家はごく一部を除いて「出来の悪い陰謀論もいいところ」程度の反応なんだそうな。
だけどそういうことを言ってきたルマーニュ王国は、大真面目らしい。
「帝国で病が収束しつつあるのは陰謀だと、一部の王族が騒いでいるそうだ。うちにも困った輩がいて、『ルマーニュ王国は徳が低いから疫病が治まらない』と吹聴した件が伝わったそうだ。それでいうに事欠いて、一番最初に帝国で菊乃井が鎮圧に成功したろう? あれを自作自演じゃないかってあてこすってきた」
「だから、なんでそうなるんです……!?」
ピタゴラスイッチもびっくりだわ。どんな思考回路してるんだ!?
それで対処するのに神聖魔術を乗せた歌を聞かせてるアレを「人心の慰撫でなく、洗脳のための精神操作系魔術が乗ってる」とか言い出しているらしい。
歌に乗せた神聖魔術が聞こえる帝国との境目では病がすぐ治る。それを知った貴族や豪商が帝国との境目の町に移動しているらしい。なんなら亡命希望を出してくる輩もいて、それを精神操作の結果と言い立ててるとか。
意味が解らないよ。
「正直なところ、帝国はとっととルマーニュ王国の病が収束してくれないと非常に困る。第三勢力の帝国に吸収合併を望む派閥がすり寄ってきているんだ。今のルマーニュ王国を吸収したところで国力が違い過ぎて、帝国に旨味がないどころか損害しかない」
「だってルマーニュ王国の今の王族や貴族の大半は反発するだろうし、独立しつつ改革を望む平民達も敵に回すことになる。合併したら疲弊した民の慰撫やらなにやらのために帝国臣民の税を使う分、臣民の負担が大きくなる。誰がこれで喜ぶんだか」
皇子殿下方の言葉に頷く。
帝国だって国力が高いとか強いとかは言えない。その状況で更にボロボロの他国にすり寄られたって困るんだよ。
ただ売国っていっちゃなんだけど、それを考えてる方だって今の王族では体制の維持が出来ない。さりとて改革派の平民達も理想は高いけど指導者も纏まりもないって現状では、他国にすり寄って建て直しを図りたいってなるのも無理はないんだよね。
困ったもんだ。
だけどそれで私がルマーニュ王国に対して何らかの扇動を企てて、どう得するのかっていう話なわけで。
勿論帝国としては毅然と抗議したそうな。
元々病を放置して他国にばらまいてるのはどこの誰なんだってさ。
菊乃井はそれをいち早く研究して、克服に動いただけ。そしてその結果として、死なずに済む人が増えている。
それに対して協力を求めるならまだしも、自作自演とは何たる言い草!
宰相閣下が目に見える形で激怒されたそうで、あちらの大使は平身低頭の姿勢だったとか。
「象牙の斜塔の賢者があちらでは結果を出せず、こちらでは結果を出したのも気に食わんようだな」
ため息交じりの統理殿下の言葉に、静かに食事をしていた大根先生の顔が上がる。
「あちらも長が関わっているのを出して来たのかね?」
「いえ、噂だそうです。とある公爵家で象牙の斜塔の長を招聘して、この感冒の研究をさせているが捗々しくない、と」
シオン殿下が眉を顰めたのをみて、大根先生も頷く。
オブライエンの情報によれば、現在象牙の斜塔の長はまだ生きていて、某公爵家で囚われつつ病克服のための研究をさせられているそうな。
そういえば帝都にも象牙の斜塔の研究者とか賢者が流入しているはずだけど?
疑問をぶつけると、統理殿下が半眼になった。
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