歩いていたのは蜘蛛で、ぶつかったのは棒でなく厄介事
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あしからず。
ぴくぴく痙攣するような白い繭に、先生が剣の切っ先をほんの少し突き立てて、端から端に向かって走らせる。
柔らかい繭は切っ先に触れたそこからはらはらと糸に戻って、地面へと落ちていった。
「え……!?」
繭の中には鉄の塊があって。
より正確に言えば鉄っぽい金属で出来たブーツに包まれた人間の足、ふくらはぎより上はレザーみたいな布に覆われ、腰と胴体はこれまた金属の鎧を付けてって……プレートメイルを着た人間っぽいものが出てきた。
腹部は茶色というかどす黒く変色した液体が鎧の隙間から流れ出てて金具にべっとり、冑を被った頭部からはひゅうひゅうと苦しそうな呼吸音が。
これ、ヤバくない?
ひぇっと驚くよりも先に、喉から歌が出てきた。
神様、どうか大いなる恩寵を!
コーサラでも怪我人に歌った曲に魔力を乗せて、傷を撫でるイメージを編めば、やわやわゆっくりと鎧の人の呼吸が落ち着いていく。
それを見計らって、先生が頭部からゆっくりと冑を外すと、紫の長い髪が滑るように出てきた。
レグルスくんと似たような肌の色、やや濃い紫の睫毛が頬に陰影を落とす。
眉根を寄せてはいるけれど、そこに苦悶は浮いていなくて、ちょっとほっとした。
いや、ほっとしてる場合じゃない。
人が蜘蛛から贈られたってことは、もしかしてこの森にいる蜘蛛って人肉食べるの!?
ドキッとしていると、タラちゃんが糸で地面に字を書いた。
『ぷれぜんと、ちがうます。このひと、そらからおちてきて、くもたちこまってたそうです。ごしゅじんさまたち、つよいそうだから、なんとかしてほしいいってます』
なん、だと!?
貢ぎ物だと思ったのはこちらの勘違いなんですか、そうですか。
じゃあなんでタラちゃん、喜んでるの?
そう思ってタラちゃんに聞いてみたら、なんと蜘蛛族って下位種に頼られてこその上位種だそうで。
強かろうがなんだろうが、人望……蜘蛛望がない蜘蛛は認められてない扱いらしい。
タラちゃん的には森の蜘蛛揃って自分と私に頼み事をしてくるってことは、この森の蜘蛛は全て私とタラちゃんの支配下に入ったといっても過言ではないとか。
蜘蛛族の縦社会って、思ってたのと違う。
「それ、若様がこの森の蜘蛛のボスのボスってことか?」
「にぃに、すごぉい!」
「すごぉい!」
奏くんやレグルスくんや紡くんは誉めてくれるけど、なんか、これ、厄介事を押し付けられた気がしないでもない。いや、凄くする。
兎も角、人を、それも怪我人を拾っちゃった以上、ピクニック……じゃなくて、探索をこれ以上続ける訳にはいかない。
そう言えば皆頷いてくれて。
森にいるバーバリアン組とエストレージャ組と合流して、この人を連れて帰ることにする。
そのために、先生がマジックバッグから小さな枝みたいなペンダントトップがついた、皮の紐を取り出した。
それはエルフ同士の連絡によく用いられる、エルフにしか聞こえない音域を出す笛なんだとか。
それって犬ぶ……げふんごふん。
浮かんだ言葉を瞬時に脳内から掻き消していると、笛を咥えようとしていた先生がぴたりと動きを止める。
ソーニャさんもハッとして辺りを見回し出すと、森の奥を鋭く見据えた。
「アリョーシュカ!」
「ええ、あの音はラーラです!」
何も聞こえんかったけど!?
大きく動くエルフの耳は、何かしら音が聞こえたんだろう。
先生が紫の髪の人を担ぐと、直ぐ様森の奥へと走り出した。
「鳳蝶君、紡君はタラちゃんに乗って下さい!」
「れーちゃんとかなちゃんはばぁばが付与魔術かけるから走って!」
返事するより先に、私はござる丸にタラちゃんへと乗せられて、更に紡くんを抱えさせられて。
紡くんはござる丸を抱え、ござる丸はタラちゃんが貰った白い繭を抱えて、いざ出発。
っていうか、奏くんとレグルスくん、付与魔術で素早さを上げてるからか先生の後ろにぴったり付けてる。
だけどもっと恐ろしいのが先生が人一人、それも金属の甲冑を着けた人を、担ぎながら物凄い速さで走ってることだよね。
ソーニャさんはロッドに横座りして飛んでるんだけど、魔女ってこんなだっけ?
エルフだから、魔女関係ないの?
いやいや、そんなこと気にしてる場合じゃない。
全速力で走るとなると、その辺の木の枝や草が当たって皮膚が切れたりする。
そういうのを防ぐためにプシュケを前に二つ、上空に二つ、後ろに一つの配置に切り替えて防壁を展開。
走る邪魔にならないように、プシュケは先生より先行させてるから、その範囲は結構な大きさかつ流動的でコントロールが中々難しい。
前に行かせた蝶々からも、上空のからも、後ろのからも、それぞれ別の情報が来るからそれも処理しなきゃだ。
前世のアニメとやらで、こういうビット的なものを操作して、ロングレンジ攻撃だの情報収集だの防御だのをしていたキャラクターがいたけど、あれってやってみると忙しくて忙しくて。
ひぃひぃ言いつつその忙しさに頭が慣れた頃、先行していたプシュケから、森が一気に開けた先に大きな茶色い岩盤が聳えている画像が送られてきた。
その岩盤の前にラーラさんとバーバリアンがいて、更にその後方に頭と上半身は鳥なのに、下半身は猫っていうか獅子っぽい、羽の生えた生き物が。
彼らの前方では、さっき倒した悪鬼熊くらいの大きさの、黒くて頭が二つの犬みたいな生き物が火を吹いていた。
見えたものを先生やソーニャさんに聞こえるように叫べば、二人は振り返らずに呟く。
「グリフォンに……オルトロス?」
「オルトロスってこの辺には……いえ、麒凰には生息しないはずよ?」
グリフォンっていうのは頭と上半身が鷲、下半身は獅子、賢くて人に馴れる生き物。
翻ってオルトロスは犬なんだけど、双頭で体毛は黒、鬣があって尻尾が蛇っていう外見。
プシュケを近づけると、グリフォンには鞍や手綱がついてるし、オルトロスの首にも紐っぽいものが付いている。
二匹とも人の手が掛かっているのかな?
オルトロスがバーバリアンに火を吹いてること、グリフォンがバーバリアンの背にいて蹲っていることを鑑みると、バーバリアンがグリフォンを庇うためにオルトロスと戦ってるのかな?
「状況が解りませんが、とりあえずオルトロスが邪魔ですね」
先生はそういうと、怪我人を一瞬宙に浮かせて、鞘から剣を一気に抜いて、何もない空間を横に勢いよく一閃する。
なんか飛んだなって思ったら、遥か向こうから「ギャンッ!?」と犬の大きな悲鳴が聞こえて来た。
プシュケからは、飛んできた鎌鼬のような衝撃波を避けきれなかったオルトロスが、ぶっ飛ばされて岩盤に叩き付けられる様子が送られてくる。
え、こわ!?
森の木々は別に切れたりも倒れたりもしてないのに、オルトロスだけがぶっ飛ばされてるとか!
もしやこれがレグルスくんの鎌鼬の最終形態なのかな!?
そんな離れ業を見せた先生は、怪我人を抱え直して、何事もなかったように走ってるし。
そうこうしてるうちに森が割れて、光が向こうから見えてきた。
「ラーラ!!」
「ラルーシュカ!!」
「ジャヤンター! ラーラせんせー!」
「ラーラ先生たち、大丈夫か!?」
先行していた先生やソーニャさん、レグルスくんに奏くんがラーラさんとバーバリアンの元に辿り着く。
私と紡くんとござる丸の乗ったタラちゃんが辿り着く頃には、オルトロスがヨロヨロと起き上がって来ていて。
「ラーラ! 皆! 無事かい!?」
「な、なんでオルトロス!?」
「皆さん、ご無事っすか!?」
「ええ!? グリフォン!?」
丁度私たちが来た反対側の森から、ヴィクトルさんに率いられたエストレージャも現れた。
全員集合すると、さしものオルトロスもガルガルこちらを威嚇するけど、それだけ。
その隙にタラちゃんから降りると、私はラーラさんたちに「何事です?」と声をかけた。
「鞍をつけたグリフォンを見つけたから保護しようと思ってね。笛で君たちを呼んで合流しようとしたら……」
「いきなりオルトロスに襲われたんだよ」
「お陰でグリフォンは怪我しちまうし、俺らも退くに退けないし、でな」
ラーラさんの言葉に、ウパトラさんとジャヤンタさんが困ったような顔をする。
グリフォンだけでも大概なのに、オルトロスもとかそりゃ驚くよね。
だけど襲われたなら倒してしまえば良いのでは?
そんな疑問が顔に出たのか、カマラさんが首を横にふりつつ、オルトロスを指差す。
「奴の首元を見てごらん。首輪が付いているだろう?」
「あのオルトロス、誰かの使い魔ってことです?」
「多分ね」
うーん、困ったな。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




