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白豚貴族だったどうしようもない私に前世の記憶が生えた件 (書籍:白豚貴族ですが前世の記憶が生えたのでひよこな弟育てます)  作者: やしろ


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侵掠すること火の如く

評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。

更新は毎週金曜日の予定です。

 腸が煮え繰り返るってこういうことだと思う。

 一般の冒険者からはいくぶんかマシとしても、あんまり手入れされてないだろう上半身だけのプレートメイルに肘あて、膝あて、革のブーツに申し訳程度のマントだし、隊長は革のブーツじゃなくてプレートが入ったやつっぽいけど、本当に危ない。


 「くっそ、何やってんだよ、私は。初心者冒険者も危ないけど、足元の方がもっと危ういじゃないか。本当に阿呆だな。ああ、もう!」

 「もっと早くにこちらに目を向けるように誘導すべきでしたね、私の調査不足です。申し訳ない」

 「いいえ、ロマノフ先生のせいではありません。全ては、私を含めた菊乃井の危機管理能力の低さ故です」


 ぎりっと食い縛った唇は切れて血が出たかもしれない、口に鉄さびの味がする。

 その金物臭さが、血の登った頭をほんの少し冷やしてくれた。

 大きく息を吸って吐き出す。


 「隊長、非番の兵士も含めて全員、今使っている防具や武器を持って集合させてください」

 「……何をなさるおつもりです?」

 「私が使えるありったけの付与魔術を全員の防具や武器にかけます。応急措置ですが、無いより大分ましだ」

 「そんなことができるので……?」


 愕然という言葉が似合う表情で、隊長が私を見る。それを受けてか、兵士からヤジが飛ぶけれど、ジャヤンタさんが吼えると、途端に静まった。


 「うるせぇな、いちいち。この坊っちゃんの付与魔術の腕は俺が保証してやるよ。俺はジャヤンタ、上級冒険者パーティー・バーバリアンのリーダーだ」

 「私も保証しますよ。鳳蝶君の付与魔術の腕は、帝国で五指には入る」


 「ほらよ」とジャヤンタさんが隊長に向かって、自分の冒険者タグを投げると、それを隊長と兵士たちが確かめるように眺める。

 ちらりとそれを見て腕組みしながら、更にジャヤンタさんが言葉を重ねた。


 「鳳蝶坊の作った付与魔術付きの防具のお陰で、俺の大事な銘付きの斧が粉々だ。隊長さん、あんたも一角の剣士なら解るだろ? 銘付きの武器を壊されるってのが、どんだけ怖いか」

 「材料が優れていただけでは?」

 「馬鹿言えよ。あの名工・ムリマの銘付きだぞ。あれを壊すにゃオリハルコンの盾でも無理だ。だけど鳳蝶坊の防具は奈落蜘蛛の布にエルフの守りの刺繍を施して、後はありったけの付与魔術をくっつけた、それでも単なるジャケットだった。今もそこの蜘蛛を頭に乗っけたロミオって奴が着てるよ」


 いきなり水を向けられて、ビクッとロミオさんが肩を揺らす。その頭の上ではタラちゃんが尻尾をフリフリしていたけど、心なしか「どやぁ!」って雰囲気が漂っていて。

 「どうぞ」と低姿勢で、自分のジャケットを脱いで隊長に渡すロミオさんとは対照的だ。

 渡されたジャケットを眺める隊長に、バタバタと走ってきた兵士が単眼鏡を渡していたけど、以前に菊乃井を訪れた晴さんの鑑定アイテムに似てるから、たぶんそれ。

 眼鏡を通してジャケットを見る隊長の顔が、段々と色を失くしていく。

 「それで……」と、隊長が項垂れた。


 「それで……自分や兵士をどうするおつもりです?」

 「どうって……応急措置をするんです。ここは最前線なのに、なんてひどい扱いだ。本当に申し訳ないことをしました」

 「そうやって油断させたところを、一度に処刑なさるおつもりか?」

 「処刑? なんですか、それ? あ、集合はお昼ご飯終わってからでも大丈夫ですよ」


 何だかいまいち会話が噛み合わない。

 つか、処刑ってなんだよ。

 もしかして「監査」って言葉に引っ掛かってるんだろうか。

 隊長や兵士たちの妙な言動に首を捻ると、私は説明が足りなかったかと口を開く。


 「私は確かにこの砦に監査にきましたけど、別にこの砦に不審があったから来たって訳じゃありませんよ。監査とは不正をあぶり出すのが目的でなく、人や物や法が正しく運用されているかの点検なんですから」

 「それならば尚更、自分を処罰したいのでは?」

 「いや、何でですか。ここは余りにも不当に扱われ過ぎている。その不当な扱いの現状を浮き彫りにして是正するのが今回の監査の目的であって、不当な扱いをされているあなた方を処罰とか変じゃないですか」


 話せば益々おかしい会話になって、首を捻る。

 私には処罰する理由なんかないんだけど、この口振りだと隊長にはあるってことか。

 このまますれ違いの会話を続けていても埒があかない。

 どうしたもんかと思っていると、隣にいたレグルスくんのお腹がきゅるんと可愛らしく鳴いた。

 丁度お昼ご飯時、さっくり片付けよう。


 「さっきから会話が全く噛み合ってないので単刀直入にお尋ねしますけど、隊長が処罰されると思ってる理由はなんですか? 重ねて言いますけど、私の方にはそんなことする理由はありませんよ」

 「……去年、代官が罷免される元となった件を、お父上に報告したのが自分でもですか?」

 「へ……、え?」

 「自分が! この砦の窮状を、御曹子のお父上に報告したのですよ! 貴方の母上の任命した代官が不正を働いているお陰で、難儀していると!」

 「な、なんですってー!?」


 隊長の叫び声と同じくらい大きな声が喉から飛び出る。

 なんと、去年からバタバタした代官が交代した一件の始まりがここだったとは。

 いや、確かに代官が不正をしているなんて、外部より内部のが掴めるから薄々内部告発かなんかだとは思っていたけども。

 愕然とする私に、隊長が嘲るように嗤う。

 しかし、解らないのはそれでなんで私が隊長を処罰すると思われてるかなんだけど。

 誤解があるようだから、それを聞かなくちゃ。


 「これで処罰したくなりましたか?」

 「いや、全然。と言うか、内部告発ありがとう御座います。お陰で菊乃井の大掃除が出来ました」

 「大掃除ですと……」

 「はい。不正に関与したもの、そうでなくても賃金は得ていても労働実態のなかったもの、真面目に働いているものは兎も角、そうでない両親の息のかかったものは全て排除しました。お陰さまでちょっと予算に余裕ができたので、この砦の運用に必要な分のお金は確保できました」


 ルイさんはリストラしただけでなく、損害賠償請求が出来るところには容赦なくしたらしく、結構なお金が戻ってきたそうで。

 他にも無駄の見直しをかけたら、砦の運用にかかる費用くらいは何とか用意できる目処がついたそうだ。

 だからタイミング的にも、軍権の掌握を急ごうかと言う話が出たんだよね。

 そんな話を軍権の掌握の本当の理由を伏せて話せば、隊長の黄色みがかった眼に困惑が浮かぶ。


 「では、御曹子は真実この砦の状況を改善するために監査にいらした、と」

 「はい。ずっとそう言ってますよね。最初にしても言い方が悪かったかもですけど、予算が無さすぎて、非戦闘員がウロウロしていても大丈夫なくらいの事しか出来ない状況だったのは把握してますって言いましたし」

 「う、そ、それは……」

 「挑発されてイラッとしたから、私も神経を逆撫でするような言い方をしました。それは申し訳なく思ってます。貴方は父の腹心と聞いていたし……」

 「代官のサン=ジュスト氏の要請をはね除けたからですかな」

 「はい。もう私の中では第一級戦闘配備状態でした」


 これ、良くないと思うんだけど、私はどうしても両親に近しい人間には良い印象が持てない。寧ろ「喧嘩上等」くらいの気持ちでいるんだよね。

 でも、それは相互理解を阻む壁だ。

 壁なんだけど、解っちゃいるけど止められないって奴で。

 そう言うことをちょっとずつ説明すると、隊長も頷いてくれた。


 「それは自分の方も同じことです。去年伯爵は代官を罷免した後、『必ず何とかするから自分以外の命令を聞くな。あの女の息がかかっている』とここにきて我らに仰せになった」

 「ああ、なるほど。それで貴方がたは私を『敵』だと思ったと」

 「は、その通りです。丁重にお帰り頂こうと思っていましたが、あれほどの付与魔術を使える魔術師に、ほぼ魔力耐性のない我らが勝てる筈もない。それで観念した次第です」


 そう言うことか。

 まあ、私は攻撃魔術は怖くて使えないヘッポコなんだけど。

 案内された隊長の部屋には、今にも潰れそうなソファがあるだけ。

 そこに私とロマノフ先生が座り、後は申し訳ないけど護衛もかねて立って貰う。レグルスくんは私の膝の上で、ウゴウゴしてる。

 部屋の外では兵士たちが聞き耳を立てている様子に、ジャヤンタさんの虎耳がピクピクと動いていた。


 「さてと、何から説明しましょうかね」

 「去年からの君の知ることを追って話していけば良いかと」

 「そうですね、質問は随時なさってください。答えられることは全て話しますから」


 ロマノフ先生に促されて、去年からの菊乃井の流れを説明する。

 所々挟まれる隊長からの質問には出来るだけ丁寧に答えると、困惑が浮かんだ眼に更に色んな感情が混じって。


 「では、御曹子の膝に座っているのが……」

 「あのひとと、あちらの方の間に生まれた弟のレグルスです。レグルスくん、ご挨拶して?」

 「きくのい、レグルス、バーンシュタインです! よんさいになりました!」

 「賢いでしょ?」

 「鳳蝶君、お話がそれるので……」


 もうちょいレグルスくんの可愛いとこ、話したかったんだけど仕方ない。

 代官が罷免された後の交渉や、その後の経済活動や今後の動向、結構長い話になったけど、どれもきちんと隊長は質問を挟みながら噛み締めるように聞いてくれた。話の解らない人ではないらしい。

 本当は隊長の人となりとか調べてからくるべきだったんだろうけど、何せこの隊長、菊乃井に赴任してからの数年間、休みの日でも砦から出ないよく言えば真面目、悪く言えば真面目過ぎるひとだそうで。

 解ってるのは元々菊乃井出身者ってだけで、どの集落なのかまでは突き止められなかったんだよね。


 「……と、まあ、こんな感じで今に至るんですが」

 「なるほど……。御曹子側のお話は承知致しました」

 「私の側と仰ったと言うことは、父側の話も聞きたいと?」

 「一方からの聞き取りでは、片手落ちでしょう」

 「そうですね。まあ、本当のことを言うかは別として、聞ける手段があればそうなさったら良いですよ」


 そして代官を罷免した後、一年近くこの状況を放置した理由を聞いてくれたら良いと思う。

 だいたい、あのひと領地も砦も一年間放置とか出来る状況じゃない。

 だって領地を経営してお金を稼いで、更にそれを借りて元手にして事業を起こして儲けなければいけない立場だ。

 でないと、レグルスくんは将来莫大な借金を吹っ掛けられることになる。

 被服費やら教育費は私の趣味にかかったお金として、ある程度は誤魔化しがきくけど、それだって限度ってものがあってだな。

 これから大きくなるにつれて、諸々の費用が嵩んでくるのも眼に見えてるわけだし。

 膝の上でお腹をきゅるきゅる鳴らしてはいても、レグルスくんは大人しくお話が終わるのを待つことが出来るくらい良い子だって言うのに。

 あのくそ野郎、本当にどう処してやろうか……!


 「御曹子、お怒りはごもっともと思われますが……ッ」

 「鳳蝶君、ちょっと落ち着きましょうか。怒りがお口から出てますし、吹雪でシャトレ隊長と兵士たちが凍りますよ?」


 はっとして辺りを見回すと、氷の結晶がキラキラと部屋の中を舞っていた。

お読み頂いてありがとうございました。

評価、感想、レビュー、ファンアートなどなど、頂けましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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