その77 話し合いの続きを
ぱん、ぱぁん!
と、パーティ用クラッカーを鳴らした時と大差ない音が耳朶を打ち、腹部に鈍痛が走ります。
痛みを無視して、私は跳びかかりました。
「――!?」
明智さんが驚愕の表情を向けます。
それが、致命的な隙を生みました。
隠し持っていた”どれいつかいのムチ”を振るい、明智さんの頬を打ちます。瞬間、電流が流れたようにびくんと跳ね、――彼は動かなくなりました。
すかさず、頭をわしづかみにして《隷属》スキルを発動。
「…………なッ! ……な、に、を……」
どうやら、多少口を利くことはできるみたいですね。
「怖がらないで。殺しはしません」
もちろん、その言葉を額面通りに受け取るほど彼も愚かではなかったらしく、顔面を脂汗まみれにしながら、なんとか抵抗しようとします。
ですが、無駄でした。彼の全身は、異常な強張り方をしたまま、ぴくりとも動きません。
「あ……あ………」
私たちのすぐ隣では、少女がすっかり怯えきった様子で、頭を抱えていました。
「大丈夫。あなたを傷つけるつもりは、――」
その、次の瞬間。
「ボスッ! どうかしましたか!」
物音を聞きつけて扉を開けたのは、織田さんでした。
そして、――その眼が驚愕に見開かれ。
一瞬、目が合います。
「な、何やってんだテメエッ!」
「……ちっ」
小さく舌打ちして、明智さんを掴む手を手放します。
そして、テーブル上の菓子類を蹴散らしながら、織田さんに接近。”どれいつかいのムチ”を振りかぶり、
「くそが!」
対する織田さんの判断は俊敏でした。
ボスから離れた瞬間、彼は私の額に向け、正確に拳銃の引き金を引きます。
「――ぐぅっ」
ヘッドショット。
頭に堅いものを叩きつけられた感じで、思い切り上半身を仰け反らせます。
テーブルの上の食器類が粉々になるところを、スローモーな視線が捉えていました。
あ、これ、さすがに死んだ……かな?
そう思った次の瞬間には、もう一度身を起こしています。
自分がいまどういう状況であれ、身体が動く限りは義務を果たさなければなりません。
「ば、化物か!」
織田さんが狼狽えました。
まあ、無理もありませんよねー。
そんな彼の胸部に、”どれいつかいのムチ”をぽいっと。
「……しまっ!」
彼もまた、明智さんと同じく身動きが取れなくなりました。
「あ……が……ご……」
私は無言のまま彼の胸ぐらを掴んで、素早くソファ裏の死角に隠します。
その後、明智さんに対する《隷属》を再開。
「や……め……ろ」
言葉によるささやかな抵抗も虚しく、明智さんの”奴隷”化に成功します。
(身体が動けるようになったら、テーブルの上を片付けなさい。何事もなかったように振る舞うのです)
私が念じると、
「……く」
反逆不可能な命令を受けて、明智さんの表情が曇りました。
続けて私は、織田さんの頭にも《隷属》スキルを使用。
ちりちりと、肌が焼けつくような緊張感が場を包み込みます。
やがて、明智さんがゆっくりと身体を起こし、テーブルの上にある散乱した菓子類、割れた食器類を丁寧にゴミ箱へ放り込み始めました。
その表情からは、”不服”の二文字が伝わってきます。
覚悟はしていましたけど、人に強制的な命令をするのって、気分が良いものではありませんねー。
……などと考えているうちに、織田さんの《隷属》も完了。
正義は勝つ!
とか言って勝ち誇るには、まだ状況を切り抜けたとは言えません。
拳銃の発砲音が三発。
様子見の人たちがここにくるまで、そう余裕はないでしょう。
とりあえず、まだしゃがみこんだままの吉田さんに手を差し伸べます。
「大丈夫ですか?」
「は、……わわわ……」
「怯えさせてごめんなさい。手荒な真似はしませんので、しばらく黙ってていただけます?」
すると、《隷属》を使うまでもなく絶対服従の表情で、彼女は顔をこくこくと縦に振りました。
そして、手早く手鏡で自分の顔を確認。
たしか、額を撃たれたはずですが……。
見ると、確かに私の額から血が流れていました。
……が、どうやら致命傷には程遠い感じ。絆創膏貼っとけってレベル。
念のため、撃たれた腹部も見てみると、似たような感じです。
もしかしなくても、《防御力Ⅴ》のスキルのお陰ですよね。
私、知らないうちに弾丸を弾く体質になってました。
これ、もうお嫁さんにもらってくれる人、いないんじゃ……。
とりあえずハンカチで軽く血を拭います。
たったそれだけで、銃撃の痕跡はほとんど消え去りました。
そのタイミングで、どかどかと、扉の外から、複数人の足音が聞こえています。
(うまく言って、この場を誤魔化しなさい)
命じて、私は元いたソファに座りました。
これでよし。
踏み散らかさなかった残りの菓子類を頬張りつつ、彼らの到着を待ちます。
「どうしました!? ボス」
「銃声が!」
「おい、織田! 何してる!」
血相を変えて現れたのは、三人の幹部さんたち。
私は、何事もなかった風を装いながら、おつまみとして出されたサラミを口に放り込みました。
あ、これ、おいしい。パンに挟んでサンドウィッチにしたい。
明智さんは、私が見ても驚くほど見事な演技力を発揮しながら、
「……いや、なんでもないよ」
と、柔和な笑みを浮かべます。
「酔っ払って、少しはしゃいでいただけだ。迷惑をかけたな」
するとみなさんは、少しだけ怪訝な表情を浮かべた後、
「……あ、ああ。そうでしたか。なんか、お騒がせしちゃったみたいで」
織田さんの能面のような表情の裏に「なに納得してんだ馬鹿かお前ら」という声が見え隠れ。
「いいんだ。ありがとう。ドアは閉めて行ってくれ」
そして、彼らは去って行きました。
……ふう。
どうやら、皆殺し展開は避けられそうですね。
もちろん、私は油断なく彼らに命じておきます。
(今後、仲間を呼んだり、私を危険に晒すような真似は一切行わないでください。もしそのような行動が見られたら、即座に自殺を命じます。いいですね?)
「わ、わかった」
「……俺もだ」
二人の男は、かろうじて顔を縦に振りました。
命令が有効なのは五分間だけですが、こう言っておけば下手な行動は起こさないでしょう。
とりあえず、一安心しつつ。
私は、できるかぎりの笑みを浮かべながら、こう言いました。
「ではでは、再開しましょうか。食事と……話し合いの続きを」




