その64 邪悪な奴隷使い
「とりま、自己紹介をば」
と、青年は断った後、
「“邪悪な奴隷使い”こと、アマミヤっす。仲良くなったらアマちゃん、そうでもないなら、ただアマミヤとだけお呼びください。歳は18っす」
18……というと、同年代ですか。
早生まれなんで、私はまだ17ですけど。
「会談の席を用意させたんで、どうぞ」
導かれるがまま、野外に置くには少しもったいないくらいに立派な木製のテーブルにつきます。
こちら側には、私と、彩葉ちゃん。
向こう側には、アマミヤくんと、すまし顔のメイドさん。
「えっと。……どこから話したらいいすか? 時間がないようなら、結論から言いますけど」
「急いではいません。最初から順番に話してください」
「はい……」
アマミヤくんは、すでに土くれのような顔からいっそう血の気を引かせつつ、話し始めました。
彼の“物語”を。
「おれが力に目覚めたのは、“ゾンビ”が現れて、一週間くらい経った後のことでした。
最初は、完全に頭がおかしくなっちまったと思いましたよ。
でも、そーいうんじゃなくて。
きっとお二人も似たような感じだったと思いますけども、“ゾンビ”と戦うことになって、俺の力ってば、けっこう凄いもんだって気づいて……。
正直おれ、舞い上がってました。
世界を救うのはおれだって。少年漫画の主人公みてーに。
でも、ダメでした。うまくいかなかったんです」
腕を組み、口を挟みます。
「うまくいかない、とは?」
「おれ、喧嘩がめっぽう弱いんです。才能ないんす。どうしても、怪物を目の前にするとビビっちまって……。“ゾンビ”だって、自分の手じゃ、まだ一匹も殺せてないんす」
「ほえぇぇぇぇ」
彩葉ちゃんが、驚きの声を上げます。
「おめー、よくこれまで生きてこれたなー」
「仲間のお陰っす。おれ、みんなの助けになるよう、補助系のスキルばっかり取ってたんす。戦いはみんなに任せっきりにして……」
「一つ、質問いいですか」
「なんでもどうぞ」
「ここにいる人が、女性ばかりなのは何故です?」
すると、「えっ?」と、彩葉ちゃんが目を見開きました。
周りを見回して、
「ほんとだ」
嫌悪感を露わにします。
「なあ、ねーちゃん。やっぱこいつ、殺したほうがいいと思う」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれ! おれは別に……その、みんなに手を出しちゃいない。……あ、いや、嘘やごまかしはしない約束だったよな。実を言うと、最初はそういうつもりだったんだ。ハーレム作ろうって。そうするのがいいと思ったんだ。ほら、おれ、不思議な力が使えるわけだし。そういう遺伝子ってさ、なるべく多く残したほうがさ、人類のためだろ?」
「その考え、あんまり人前で口にしないほうが賢明ですよ。吐き気がします」
「おれも今ではそう思う。反省してるんす。言ったっしょ? 舞い上がってたって。……それに、その、最初に“ゾンビ”に襲われてからさ、なんかぜんぜんチンコが勃たなくなっちまって。うまくいかないんだ。ほんとに」
赤裸々な下半身事情を語りつつ、アマミヤくんは続けました。
「それにさ、立場を利用してその気がない相手に無理やりって、童貞には難易度高すぎるぜ。セックスって、そういうもんじゃないだろ? もっとこう、心が通じ合った相手としかできないもんさ。な?」
いや、「な?」とか言われても。
知りませんけども。
「だからおれ、ここの人たちには、誰一人だって手を出しちゃいない。でも、なんか、セックス巧いとか、わけわかんない噂されてるみたいだけど」
「わかりました。もういいです。……それより、女性以外の人たちは? まさか、見捨てたりとか……」
「してないしてない! ただ、ちょっと離れたとこに住んでもらってる。ここと同じく、安全なとこだ」
うーん。
正直、想像していたのとはひと味違うタイプのクソ野郎ですね。
これならもう、いっそ殺し合いに発展していた方が気楽だったような……とか。
いけませんいけません。
ちょっと心がバーバリアン寄りになってきています。
「で……話を戻すと。おれ、補助系のスキルばっか取ってきたって言ったよな。だから、はっきりいって、ほとんど戦えないんす」
そこでアマミヤくんは、傍らにいるメイド服の少女に目配せをしました。
何事が通じ合っている様子の二人は、そろってこくりと頷きます。
「んで、もう、こっから先を信じてもらうには、これが一番手っ取り早いと思うんすけど……」
――“邪悪な奴隷使い”が、あなたの仲間になりたいようです。
――彼の従属を受け入れますか?
「んん?」
聞き慣れない幻聴さんの提案に、私は首を傾げました。
「”従属”を申請しときました。これを許可したら、おれは今後、“流浪の戦士”さんに一切の攻撃ができなくなるそうです」
「……いいんですか?」
「もちろんす。どーせ戦っても勝てないんで」
「そうでなくても、逃げる手があったはずです」
「一緒っす。おれの“クエスト”って、“流浪の戦士”さんを殺すか、従属させることでしたから。スキルを失わずに生き残る方法があるとすれば、これだけでした」
なるほど。
私たちの“クエスト”は、お互い対応しあっていたのですね。
「それで、綴里……っていうのは、後ろで控えてる、紫髪のメイドっすけど。……あいつに頼んで、二人のこと、ずっと監視させてもらってたんす」
「それは、本人から聞きました」
「あっ、そっすか」
そこで一旦、アマミヤくんは立ち上がって、彩葉ちゃんに深々と頭を下げました。
「その節はもう、ほんと申し訳ないっす。おれの監督不行届っす。綴里はきっと、良かれと思ってしたことなんでしょうけど」
「むーっ」
ふくれ面の彩葉ちゃん。
「でも、綴里の、万一のことがあってもいけないって気持ちだけでも、ご理解いただけると幸いっす。おれが死ぬと困るのは、おれだけじゃないんす。このコミュニティの人たち全員が困るんす。みんな、おれの《治癒魔法》を当てにしてるとこありますから」
「それはもういいです。話を続けてください」
アマミヤくんは、いちいち恐縮した態度を見せながら、話を続けました。
「“奴隷使い”には、プレイヤー以外の人間と、“特殊な関係”を作るスキルがあるんす。それがあると、いつでもテレパシーみたいなので会話できて。おれ、ずっとお二人の活躍を拝見させていただいてました」
「ふむ」
「それで、お二人が、弱者を見捨てるような人じゃないってこと、いい人たちだってこと、わかったんす。だからおれ、お二人に賭けてみたいって思ったんす」
「……はあ」
そこで青年は、大きく深呼吸をして、真顔を作ります。
「ここからが本題だ」とでも言わんばかりに。
「ここの北東に、大学があるのって知ってます?」
「そうなんですか?」
「あるんす。そこに、マジでヤバいやつらが陣取ってるんす」
「ヤバい、とは?」
「悪党っす。本物の」
アマミヤくんが身を乗り出しました。
「女さらって玩具みたいに扱うとか、鬼畜系のエロ漫画みたいなこと、マジでやってる奴らっす。『北斗の拳』に出てくる悪役いるじゃないですか。あんなやつらです。自衛隊かなんかの武器輸送車からパクってきた銃で武装してて。この国じゃ、嘘みたいな話ですけど、ロケットランチャーまで持ってるそうです」
ロケランですか。
……うーん。
さすがに、喰らったら即死しちゃうでしょうねー。
「近場にいるおれらは、戦々恐々っすよ。昨夜も、どっかの女が、三人ほど連れ去られてるのを見た人がいるらしいっす。……ここまで話せば、言いたいことわかりますよね」
私は、小さく嘆息します。
「私に“従属”する代わり、手を借りたい、と。――そういうことですね」
「うす」
話し終えた“邪悪な奴隷使い”は、どこか満足したように頷きました。




