SS11『最終兵器』
■”ゾンビ”毒に関するデマの一覧■
【”ゾンビ”毒は熱に弱いので、”ゾンビ”になった人もお湯をかけると元通りになる】
SNSを中心に広まったデマ。
たしかに”ゾンビ”毒が熱に弱いというのは周知の事実であるが、その所為で失われた命が蘇るというわけではない。
このデマのお陰で、”ゾンビ”に噛まれた親族を家庭内で保護する事案が急増、深刻な被害をもたらしている。
一度毒が回った者は、もう戻らない。残酷だが現実を受け入れよう。
【”ゾンビ”毒は空気感染する】
ニュースサイト『ARpress(Air Reading Press)』が掲載した記事が元になっているデマ。
「インフルエンザ以上の感染力」「世界一の医学誌の情報」「スゴく信頼できる」などの扇情的なタイトルもあり、口コミで一気に拡散された。
しかしこれは大きな誤り。
”ゾンビ”毒そのものの感染力は極めて弱く、空気感染は行わない。
あくまで”ゾンビ”化の条件は、連中に噛みつかれ、唾液や血液などの体液を直接取り込んだ場合にのみに限られることに注意。
【”ゾンビ”は某国が意図的に生み出した生物兵器である】
最初のアウトブレイク以来、多くの人々の間で信じられている陰謀論。
これを筆者が「ただの妄言だ」と断じるのは、この”ゾンビ”化現象があまりにも人智を超えた病気であるためだ。
所詮、この世に生きる者にできることなど、限度がある。
このような事態を人為的な何かと仮定するよりも、全ての犯人は神か宇宙人だと言われた方がよっぽど納得がいく。
【”ゾンビ”毒は樹木や古紙にも付着するため、今後生産されるトイレットペーパーの使用者は”ゾンビ”になってしまう】
今となっては冗談のような話だが、何故か富裕層を中心に信じられていたデマ。お陰様で、アウトブレイク直後のセレブの尻はずいぶんと臭かったらしい。
一応解説しておくと、万が一そのような事態になったとしても、トイレットペーパーは加工の際に蒸気を加えて叩解される。その際に発生する熱によって十分”ゾンビ”毒は消滅するのでご安心を。
【”ゾンビ”毒には潜伏期間があり、ある日突然発症する】
『”ゾンビ”になった人たちの死骸、みんな焼いてるでしょ? それがよくないんです。大気中にね、”ゾンビ”の毒がね、ばらまかれる結果になってて。これね。ほんとね、実はみんな、気付いてないだけで感染者なんです。この世界にいる人はみんな、全員ね。私はね、このことに関する極めて重大な証拠映像を手に入れました。要チェックです。よろしく。』
上記のような内容を語るネット動画を、府内のクリニック院長である医師がアップロードしたことで広まったデマ。
なお、彼がその後に投稿した「証拠映像」は、ドラマ『ウォーキングデッド』のワンシーンを加工したものに過ぎない。
アンドリュー・リンカーン(同ドラマの主役)の顔に心当たりがあるファンだけが、このデマに引っかからなかったという。
【厚生労働省が対”ゾンビ”用の最終兵器を製作中】
残念ながらこれも、デマに過ぎない。
「秘密のスーパー兵器によって人類の危機が救われる」というのは実に夢のある話だ。しかしながら、我が国にそのような兵器を作る余力は残っていないのである。
とはいえ、希望を失ってはいけない。
我々は日々、”ゾンビ”どもに対抗するため、様々なことを学んでいる。
これまで人類を襲ってきた数多の災厄と同様に、いずれ必ず、この”ゾンビ”化現象を人類が乗り越える日が来ると、筆者は信じている。
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……と。
そこまで記事を読み終えて、私は大きく嘆息します。
私が手にしているのは、『中央府日報』と題された新聞紙。
日付は少し古く、一週間ほど前のものでした。
「なるほど。”中央府”も結構、大変なことになってるんですねー」
「ああ、そうみたい」
沖田凛音さん、その端麗な容姿をちょっぴり皮肉げに歪めます。
「一応それ、この前に雅ヶ丘に来たインタビュアーからもらったものでね。みんなで回し読みしてるんだ。あんたは多分、最後の一人」
「なるほど……」
言われてみれば、何度か丁寧に折りたたまれた跡が見られます。
「でもみんな、ずいぶん大切に読んでますね」
「そりゃね。西の方にはまだ、ちゃーんと文明が残ってる証拠だからね。読んでいて嬉しくなっちまうのさ」
確かに、スポーツニュースの欄とか、眺めてるだけでもちょっと楽しい。
『阪神タイガース、地元の草野球チームに百連勝中』とか。
「あと、向こうにはまだネットが残ってるってのも、結構嬉しい情報かも」
お陰様で、ネトゲ三昧の夢……まだ諦めずに済みそうです。
「どーする? なんならいっそ、あんただけでも向こうに移住するか?」
「んー……。いや、止めておきましょう。私はまだ、ここでやることがたくさん残ってますもの」
「そうかい。そりゃあご立派なことで」
凛音さん、皮肉っぽく言ってますが、その口元には笑顔が浮かんでいました。
「それにそもそも、”中央府”もあんまり状況は芳しくなさそうです。向こうに行ったら行ったで、こき使われそう」
「ああ。国のえらーい人たちもみんな、暴動を抑えるのが精一杯、って感じだね」
「ええ」
非常事態におけるデマの蔓延はよくあることでしょうが、……まさか、ここまで混乱しているとは。
「案外、私たちがいる場所の方が治安が保たれてるのかもしれませんね。なんででしょ」
「そりゃまあ。……わかるだろ?」
凛音さん、眉を段違いにして、不敵に笑います。
私は少し首を傾げてから、――自分なりの答えを見いだしました。
「やっぱり、現場に近いぶん、変な情報に踊らされずに済んでいるのかな?」
すると凛音さん、
「ん。いや……」
と、言葉を濁します。
あれ、ハズレかしら?
私が目を丸くしていると、彼女、こう続けました。
「みんなの夢みる”最終兵器”が、……すぐそばにいるから。じゃね?」
なんて。
私の顔を、じろじろと見つめながら――。




