SS9『メアリー・スー』
「やれやれ、とんだことになったものだぜ」
コースケ・ヒビーヤはそう思いながら、ミヤビ・ガオカ学園の廊下に足を踏み入れた。
「まさか、元傭兵にして聖剣の使い手、そして吸血鬼の血を引く堕天使(属性は”無”)のこの俺が、異世界に転生し、ファンタジックな雰囲気の学校の一般生徒として紛れ込む羽目になるなんてな」
アスカがコースケに歩み寄った。
「こんにちはヒビーヤ。ところで私、あなたに首ったけなの。ベッドを共にしませんか?」
「アスカ! 俺はそんな男じゃないぜ!」
「その通りね。だからこそあなたを尊敬しているの。しばらくあなたの掃除当番を代わってあげる。あなたは珈琲でも飲んでいて」
リツコがやってきた。
「ヒビーヤ、教室で何をしているの」
「のんびりスローライフさ」
「ユーモアたっぷりの答えね。あなたの精神性を賞賛するわ」
アスカとリツコとリカは、ヒビーヤと共にリゲル第37地区へと送られた。
しかし恐るべきはグリーン・ゴブリンである。
なんかFFとかに出てくる雑魚キャラっぽいやつらの攻撃を受け、ヒビーヤ一行は監禁されたのだった。
弱気になったコースケ・ヒビーヤは、自分の正体(冒険者ランクEであることを偽っていたが、本当は冒険者ランクSSSである)ことを仲間に打ち明けた。
そしてすぐに勇気を取り戻し、ヘアピンで南京錠をこじ開け、全員で学園に帰還したのである。
しかし、戻ったリカとヒビーヤは、探索に出た仲間たちがジャンピング・コールド・ビーズ病に侵されていることに気付く。ヒビーヤの症状が一番軽かった。
4人の仲間が病室で衰弱している間、学園の指揮はヒビーヤが行った。
その見事な指揮により、ヒビーヤはノーベル平和賞とバルカン国武勇勲章とトラルファマドール国正義の味方勲章を授けられた。
しかしヒビーヤはついに病に倒れ、危篤になってしまう。病室で死にかけるヒビーヤを囲み、アスカとリツコとリカは泣きじゃくりながら、ヒビーヤの若々しい美しさ、若さと美しさ、知性、美しさ、能力、そして美しさなど、あらゆる面での長所を惜しんだのだった。
今日に至ってもなお、ヒビーヤの誕生日は学園の公式な祝日になっている。
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雅ヶ丘高校、三階廊下にて。
私は、唐突に手渡された原稿用紙を読了して、目を白黒させています。
「どうすか? センパイ」
「いや、どうすかって言われても……」
康介くん、マジでこれ……マジで……え?
「なんですか、これ?」
「久々に文芸部の活動をしようって話になりまして。こんど、自作小説の発表会があるんです。それで俺、センパイの感想を聞きたくって」
「はあ」
私はしばし、眉間にぎゅっと手を当てて、
「個人的には、……こんなの書く人、知り合いにいてほしくないですね」
「え? なんで?」
そんな真っ直ぐな目で問いかけないでくださいよ。
「わ、わかりませんか? ……だってこの話、あなた自身がモチーフでしょ?」
「へ? 俺そんなこと、作中に書いた覚えがないですけど」
すごいぞ、この男。
遠回しな皮肉とかでなく、天然でそう言ってるみたい。
やむを得ず私は、少しだけ本腰を入れて批評を行うことにしました。
「私思うに、このお話にはいくつかの問題点があると思うんです」
「はあ」
「① 主人公の名前が、作者とあまりにも似すぎていること。
② 仲間の名前が、あなたの身の回りの女の子たちと同じであること。
③ その女の子たちが、主人公=あなた自身に惚れている設定があまりにも気持ち悪いこと。
④ 百歩譲って、自分の恋人をそういうポジションのキャラとして描くなら微笑ましいけれどこれ、肝心の梨花ちゃんがぜんぜん目立たないのはどういうこと?
⑤ あとこの、異世界転生設定、いる?」
「ふむ……」
康介くん、しばらく眉間に皺を寄せて考え込んだ後、
「まず、①の問題ですが……、そもそも作者が自己投影してる作品って、少なくない気がするんですけど」
「えっ」
「だいたい、太宰治の『走れメロス』だって、自己投影の産物でしょ?」
「……それは、その」
「それと、②の問題ですが、作中のキャラクターに実在の人物を使う手法も、それほど珍しくないはずです。例えば『不思議の国のアリス』は、アリス・リデルという少女を元にして書かれたものだと聞きました」
「へ、……へー……。そうなんだ」
「最後にまとめて、③と④と⑤の問題ですが、それってセンパイの感想ですよね? だったら本編の文学的価値とは関係がないのでは?」
「ぶ、ブンガクテキカチ、ですか」
「ええ」
持論を展開する康介くんに、私はそれ以上の反論ができません。
「ええっと……でも、でも……」
なんかこれ、みんなに見せると、――怒られる気がするんですけど……。
ただ、それ以上は言葉にならず。
康介くん、カンペキに論破したと思ったのか、ずいぶんスッキリした表情です。
「でも、参考になりました! センパイの言うとおり、主人公の名前は少し、弄ってみようと思います。……ヒビーヤ・コースケ……ヒビャー・コーケス、とかに」
「そう、ですか」
できればその原稿、焼き捨てた方が良いと思うのですが。
「それでは!」と一礼し、小さくなっていく彼の背中を、私はぼんやりと見守って……。
……。
…………。
…………いや、だめだ。
あれを読んだらひょっとすると、梨花ちゃんが傷つくかもしれない。
どんな創作活動も否定はしませんが、特定の誰かを苦しめるようなものだけは放っておけません。
「ねえ、康介くん!」
「……? まだ何か?」
「いま、私、あなたのお話に、……『俺わかってるぜ』感というか……、ちょっとだけ、皮肉なエッセンスを加える改訂案を思いついたんです」
「はあ」
「主人公の名前ですけど、――こういう風に変えてみるのはどうでしょうか」
「?」
「メアリー。……メアリー・スーって」




