その390 地下牢
コツ、コツと音を立て、舞以さんを先頭に、地下への階段を進んでいくと……、
「うーん。やっぱりこの辺、綺麗に片付いてるなあ」
それに答えたのは、ナナミさんでした。
「この辺りには、”不死隊”の子たちの居住区域があるからね」
「……ってことはここの子、出入りするたびにさっきの茶番を繰り返してるってこと?」
「いや、――あの子たちは、地下の従業員通路から出入りしてるみたい」
できれば、そっちのルートが良かったなぁ。遠回りかもだけど。
と、そこで舞以さんが、唐突に叫びます。
「それよりみんな、気をつけて! ここから先は、地下牢に続いているの。……なんでも、封印された童話の悪役たちが、いまも捕らえられているって」
舞以さんのセリフは、”迫真”と”投げやり”を行ったり来たり。
それでも、彼女の台詞に反応してか、地下のライトが点灯していきました。
『フッフッフッフ……チビッコたちよ。ようく足元に注意するが良いぞ……こんなところで怪我をされては、せっかくの余興が台無しじゃからのう……』
ちょっと親切な台詞の”魔法の鏡”さんが可愛い。
私は、腕時計を見て、
「残り、あと二十五分ほど……」
余裕があるような。そうでもないような。
「まあ、同じ建物の中だから、すぐに着くさ」
たしかにこのお城、遠近法を使って大きく見せていますが、実際にはそれほど巨大な建造物ではありません。
「でも、こういうところで暮らすって、ぶっちゃけ虚栄心を満たす以外の目的があるんでしょうか」
いくらVIP用の部屋があるといっても、あくまでそれは管理が行き届いた状態で、ようやく快適に過ごせるレベルでしょうに。
「知らん。……ただ、麗華は建前を大事にするところがあるからなあ」
呟きつつ、そこでナナミさん、そっと私に耳打ちします。
「ところで、――ねえ、”名無し”」
「はい?」
「実は一つ、今のうちに忠告しておかなくちゃいけないことがあるんだけど」
「なんです」
「”姫”同士の回線があるっていったよな。……それで、さっきから連絡が取れないやつがいる」
「というのは?」
「”歌姫”、千駄ミズキってやつ」
「ええと……たしか、派手な見た目に反して、いつもおどおどしてる感じの」
「そうそう」
彼女とは一緒に”うたってみた”系の動画を作る予定だったんですが、”鏡の国”のゴタゴタが思ったより長く続いたお陰で、お流れになっちゃったんですよね。
「マジですか。……参ったなあ」
たしか彼女、レベルは52でジョブは”吟遊詩人”でしたっけ。厄介な。
「っつってもあの娘のことだから、案外気付いてないだけかも。寝てたりして」
「いやいや、それはないでしょ」
「そう思う?」
「そーいうのって、物語とかでは”伏線”とか”フラグ”と言ってですね」
「伏線くらい知ってるけどさ。現実は、それっぽい偶然の積み重ねでできてるもんだぜ」
「そりゃそうかもしれませんけど……」
「いや、実際ミズキって、すげー寝ぼすけなのよ。マジで。あたしはただの偶然説を推すけど」
「いやいや。『あの術は使うなよ?』って言っておいて作中、マジでなんの術か判明しないようなことは……」
「何の話?」
と、その時でした。
「みんなーっ。ちょっとストップ! これを見て……ここはひょっとして、――シンデレラの家族が閉じ込められている部屋じゃあ……」
と、舞以さん。
それに応えて、牢屋の中から、いかにもおどろおどろしい声で、
『どこ……ねえ』
『ここはどこ……?』
と、二人組の人形が囁きます。
よく見るとみるとそれは、ぽっかりと両の目が空洞になった女性たちでした。
『シンデレラにぃいいいいいい、目玉をほじくられたあああああああああ!』
「ひゃあっ!」
デフォルメされている人形ながら、私はその迫真の演技に悲鳴を上げます。
彼女たちは、よたよたと鉄格子に歩み寄り、こう続けました。
『確かにあの娘を虐めたのは私たちだけど』
『ここまでされる謂れはあるの……?』
『あの娘だけが”末永く幸せに暮らし”ているのに』
『私たちだけは、永遠にここで苦しめられている』
『私は足の指を』
『私は踵を』
『切り取ってまで、王子に媚びたのにぃいいいいいいいいい』
『そこまでしたのにぃいいいいいいいいいい」
同時に、がやがやと他の牢屋までもが賑やかに騒ぎ立てます。
『そうだそうだ! 私などは、真っ赤に焼けた靴を履かされたんだよ』
と、”白雪姫”の王妃様。
『俺は、寝ているうちに腹に石ころを詰められた!』
『私はヘビで一杯の大桶に入れられた!』
『私は濃硫酸をかけられた!』
『正しいからって、何をしても許されると思っているのか!』
こんなん子供、トラウマなるで。
「ひえええ……み、みんなぁ! にげろー!」
舞以さんがそう叫ぶと、松明型のライトが牢屋の奥を照らします。
はいはい。次はあそこが順路ね。
全員が扉に駆け寄ると、――その時でした。
それこそ、なんの伏線も予兆もなく、突如として、ぶぅうううううううううううううううううん……と、耳障りな羽音が聞こえてきたのは。
一瞬だけ、これも何かの演出かと思われましたが、どうも違う。
この音だけ、録音とかそういうのじゃなく、アトラクションの演出的にも浮いているのです。
「ちょっとまって。……何です、この音」
「羽虫でも、飛んでるのかしら」
いや。
何か違う気がする。蠅の羽音がする「ぶぅうううん」と、この「ぶぅうううん」は、なんというか、ちょっとだけ羽ばたく音の高さが違う、というか。
「……あっ」
と、そこで、同行していた藍月美言ちゃんが口を「O」の字にしました。
どうしたんだいお嬢さん、と訊ねかけた、その時でしょうか。
私のこめかみを、弾丸で撃ち抜いたような衝撃が……。




