その333 No more room in hell.
「すんません! ちょっとトイレ行ってて遅れましたぁ!」
などと叫びながら、三階西のエリアに突撃していく銀色の鎧を観て、
「――いまなんか走りましたね。へんなの」
「ん。あれ、犬咬くん、だね」
やっぱそうなのかな。
ぱっと見た感じでは敵か味方はわかりませんが、どこか変身ヒーローっぽいデザインは、いかにも”正義の味方”って感じ。
私、少し心配そうに男を見送っている舞以さんを見て、
「どうします? やはり、追いますか」
「やめとこ。ナナミは時間稼ぎだけするって言ってたし。ここは、生き返れない命……避難民のみんなが優先」
「でも……」
私、ナナミさんのお腹の子のことなんて知らなかったから。
ついさっき舞以さんから事情を聞いた私は、ちょっと複雑な気持ちです。
「いいんだよ。本人が、別にいいって言ってるんだから」
「でも、そう言ったからって本当の気持ちはわかりませんよ」
私には、ナナミさんの考えはわかりません。
ただ、自分の言葉が常に本心を現わしてくれる訳ではないことは重々承知でした。
すると舞以さん、小さく嘆息して、
「だから……少しでも早く、やるべきことをやる。私も本気モードだ」
と、その場で軽く身体を動かして、両手にナイフを構えます。
私がつられて身構える……頃には、舞以さんはとっくの昔に仕事を終えていて、私たちの半径十メートル圏内にいる”ゾンビ”たちの首が次々と刎ねられていきました。
「おおおっ!?」
それは明らかに人間の動きではありません。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃない、何らかのスキルを使ったことが窺えます。
「あん、どぅー、とろわっ。ってね」
そしてぴょんと手すりを足場にして、吹き抜けのフロア内を飛び回り、中空をぼんやり飛行していたドローンを数機、撃墜していきました。
私はそれを、孫悟空の戦いを見守るZ戦士の気持ちで見守っています。
《すばやさⅤ》と《電光石火》の組み合わせだというその動き。かなり強いですねー。
私、ちょっと嫌な予感がしています。
もし、私が今後、志津川麗華さんと敵対することになったら、”不死隊”である彼女とも戦うことになるかもしれず。
だとすると、――この人を倒せるのはたぶん、私の他にはいないでしょう。
「よしっ。おーわり!」
「おつかれさまです」
「どうやら浜田のやつ、ドローンにまで意識が回ってないみたいね。らくしょー」
落下したドローンをのぞきこむと、火炎放射に使うためのガソリンが漏れ出ているのが見えます。
”ゾンビ”たちにもその一部がかかっているのを見かけて、
「――《火球》をえいっ」
私はそこに《火系魔法Ⅱ》をぽいっと投げ込んでみました。
『ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ』
嘆きの悲鳴を上げながら数匹の”ゾンビ”たちが燃え上がり、階下にはあっというまに焔が広がっていきます。
それほど強い火ではないために、むしろそれらはじっくりこんがりと”ゾンビ”を焼いていき、光に惹かれる”ゾンビ”から”ゾンビ”へと炎が燃え移っていきました。
それはそのまま、人々が頭に思い描く地獄の光景そのもの。
「『地獄は満室。溢れた死者が、地上を歩く』ね」
「ええ……」
光は”ゾンビ”どもを惹きつけます。
これで、少しは時間稼ぎになってくれればいいんですが。
私はまず、ゴムで髪をまとめ、ドクロ柄のスカーフを口元に、ゴーグルを装着。
そして、ポケットに入れっぱなしにしていた十徳ナイフを取りだして、刃渡りで言うと8センチほどのナイフ部分を摘まみ出しました。
それに気付いた舞以さんが、ひょいと猿のように手すりに乗っかりながら、
「それで戦うの? 缶切りに使うんじゃなくて?」
「ええ」
「私の短剣、貸しましょうか?」
「いいえ。これで十分です」
むしろこの状況では、これくらいがちょうどいいっぽい。
私は少し深呼吸して、ちょっとだけナイフに意識を集中させます。
あんまりひどいことにはならないでくれよ、と。
そう願ってから、《必殺剣Ⅴ》を起動しました。
すると、短いナイフの刀身が銀色の輝きを放ちます。
私はそれを試しに、一階と二階を繋ぐエスカレーターへ向けて、手首をくいっとしてみました。
するとどうでしょう。
ナイフの切っ先から弾丸の如く放たれた銀の光は、見る見る暴力の渦を生み出して、エスカレーターに降り注ぎます。
いまも2階に”ゾンビ”を運ぶべく稼働中のそれは、竜巻に巻き込まれたように、その身をぐにゃりとひん曲げ、即座にその用途を果たさなくなりました。
同じことをもう三回繰り返し、吹き抜けエリアにあるエスカレーターを全て破壊し、”ゾンビ”たちがこれ以上昇ってくることを防ぎます。
「うん。威力もちょうどいい感じ」
試したのは初めてですが、やっぱ刀の切れ味によって威力が変わるんですね。
祖父の形見の刀で斬れば、モールの壁に大穴を空けてしまいかねない《必殺剣Ⅴ》ですが、このナイフなら建物のダメージを最小限度に戦うこともできそう。
「では、さっさとこの辺りの”ゾンビ”を始末してしまいましょ」
「うん」
ここから先は、時間との勝負。
我々は”ゾンビ”という無限に補充がきく手駒を殲滅しつつ、浜田さんを追い詰める必要がありました。
ついでに、まだ建物のあちこちにある”ゾンビ”たちの進入路を塞ぎ、浜田さんの用意した罠などあれば片っ端から破壊し……そうして、将棋で言うと王将を詰ませるように浜田さんを追い詰め、始末する。
「のこった”ゾンビ”の進入路は……」
「非常階段と、東西に二基ずつあるエスカレーター、でしょうね」
「じゃ、二手に分かれましょ。私は東。”名無し”ちゃんは西で」
「りょうかーい」
と、その時、なにやら階下からエンジンの駆動音が聞こえました。
それも、一つや二つではありません。
恐らくは五、六台の車が走る音が聞こえて、――やがて、何かが突撃するような不快な音と共に、通路が少し揺れます。
「むむ?」
階下を覗き込むと、トラックが数台、新築の大理石の床を”ゾンビ”の血で汚しながら侵入しているのが見えました。
「――おおおっ?」
そして、それらトラックが開けてくれた出入り口から、追加の”ゾンビ”たちがわらわらと。
ふむ。
私たちの動きに気付いて、増員をよこしたってところでしょうか。
……こりゃ、ちょいと急いだ方がよさそう。
雪崩のようにモール内に入り込む”ゾンビ”たちにせっつかれるように、私は西のエリアを目指しました。




