その246 夢の国へ
それから、三時間ほど経って。
舞浜駅一階のギフトショップ前にて、私たちは深刻な表情で死者を取り囲んでいます。
ただ一人、日比谷康介くんの隣で膝を折っているのは、――
「嘘だろっ。……嘘だぁ……康介ー……」
彼の父親、日比谷紀夫さん。
私、大人の男の人が泣くとこ、始めて見ました。
無線によって呼び出された彼は、多少無理を押してでも”グランデリニア”から出国してきた様子。
その場にいる誰も、彼にかける言葉はありませんでした。
子を失った親は、お墓に入るその時まで、嘆き哀しみ続けると聞きますが……。
「そんな……そんな、…………なんで……なんで、なんで………」
紀夫さん、壊れたテープのように「なぜ」を繰り返すようになって、私たちはしばらく、彼らを二人きりにします。
凛音さんは、赤く腫れた目元をごしごしやりながら。
孝史さんは、紀夫さん同様に顔をくしゃくしゃにして。
夜久さんはマスクなので表情不明。
美言ちゃんはなんだか不機嫌そうな顔で。
早苗さんはハンカチで目元を押さえて。
綴里さんはなんだか、哀しいというよりは深刻そうな顔つきで。
不謹慎になりかねない、ありとあらゆる発言が禁じられた雰囲気でした。
うー。苦手だなあ、こういう空気。
私、小さい頃、実父のお葬式でお骨を拾うとき、
「焼き肉パーティみたいだねwwwwwwwwwww」
と発言して親戚一同のひんしゅくを買ったことがあります。
沈痛な雰囲気の中、私たちは舞浜駅二階からランド……というか、”アビエニア”のメイン・エントランスを結ぶ、横断歩道橋へ出ました。
「……ところで、”ハク”」
「はい?」
「さっきはすまなかったね。取り乱したりして」
一瞬、凛音さんが何の話をしているのかわかりませんでしたが、
「ああ、お気になさらず。言われなければ忘れていた程度のことです」
「ならいいんだけどさ。……これからどうする?」
「まず、少しでも早く、紀夫さんたちには拠点を移動してもらいましょう。……いつ、再び”飢人”の襲撃があるかわからないですし。それと今度はなるべく、目立たないところに」
「そうだね。それがいい」
「それと、――特に紀夫さんは、もし辛いようなら一度雅ヶ丘まで戻るように伝えてください」
「あの親父さんのことだ。ここで引き下がるとはとても思えない」
そう、ですか。
私は凛音さんの言葉に、一抹の不安を感じていました。
怒りや憎悪、復讐心は、強力な行動力を生み出しますが、人を変えます。私は、理不尽な思いをした人が不幸になっていくのを見ていられません。
「一つ提案があるんだ。悪いんだが、あたしをいったん、ここにおいていってもらえないだろうか」
「それは、――紀夫さんのため?」
「ああ。あたしなんかが助けになるとは思えないが……こっち側に残るのが、夜久さんと孝史さんってえ男所帯じゃあ、いろいろと……」
仲間割れになった時、間に割っては入れる人が必要、と。
「そうですね。心配です」
さすが凛音さん。
こういう時、そういう細やかな人間関係に気付いてくれる仲間が頼もしい。
「凛音さんはここに残ってもらって、――」
”アビエニア”入リするのは、私、美言ちゃん、綴里さん。
ちなみに明日香さんは”アビエニア”からの急な出国が難しいことも手伝って、今は向こうで待ち合わせしています。
「では、紀夫さんのフォローから何から、ここでのことは全て、お任せします」
「わかった。任せて」
「ちなみに、――紀夫さんを励ますのは結構ですが、えっちな励ましはNGで」
「……は? ……はあ?」
「相手は既婚者ですよ」
私がニヤリと微笑むと、それがジョークだとわかったのか、
「ばかだね」
と、疲れた笑みを返してくれました。
「良かったぁ。凛音さん、年上フェチだから……」
「うっさい」
などと、軽いチョップを甘んじて受けつつ。
ここに残ると言い出したのは、――彼女自身の精神的なダメージが大きかったからかもしれません。
だけど、今ので作り笑いができるなら、……まあ、大丈夫かな。
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凛音さんが去り、あとは”アビエニア”に向かうだけ。
「そんじゃ、いきましょーか」
美言さん、綴里さんに声をかけると、二人は深刻に頷いて、私の後ろに続きます。
左手に、遊び心満点の巨大なトランク型ギフトショップを眺めつつ、人気のない歩道橋を三人、横並びに歩いて行くと……だんだん目に付くようになってきました。
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「三角三角改行半角スペース三角」で出来上がる、例のあの形が。
地球人であればみんなお馴染み、知らない人はきっと宇宙人か異世界人だろうと断言できる、世界的人気キャラクターのシルエットです。
「前に来たのは……三年前の夏休みだったかな。懐かしいです。ディズニャーランド」
「ひゃあっ!」
私は恐れおののいて両耳を塞ぎました。
終わる。私の冒険がここで終わってしまう!
「綴里さんっ、お、オソロシイ……そんな、はっきりとその名前を……」
すると綴里さん、私のオーバーリアクションがウケたのか、
「もう! ”戦士”さん、いまさら著作権も何も、ないですよ」
「そうかなー?」
私は、壁にでっかく描かれた人気者、ニャッキー・キャットの絵を見上げます。
ニャッキーったら、私の気持ちも知らずに満面の笑みを浮かべてサムズアップ。
「でもしかし、……もし私が晩年、手記みたいなのを書くときが来たら、巨額の使用料を取られたりしないでしょうか」
「それは……どうでしょう。ただそれより前に、人類を救済することが先決です」
そりゃそーなんですけどー。
「おーい!」
私たちが足踏みしていると、なんだかいらだたしげに美言ちゃんが叫びました。
「ごちゃごちゃいってないでさー! さっさと行こうよ! 行くんだ! 行くぞ!」
と、なんだか手足をパタパタさせながら。
どうやら彼女、ちょっとだけウキウキしている様子。
まあ、彼女もまた、一人の小学生だったということでしょうか。
でも、ちょっとだけ気持ちがわかります。
なんでって、エントランスに近づくにつれ……ちょっと楽しげな音楽が聞こえてきているもので。
「はいはい、わかりましたよ、っと」
私は、生活に疲れたOLのように頷きながら、彼女の背に続くのでした。




