その217 地下シェルターにて
その後、麻田さんと美言ちゃんの二人は、別室で入念な身体検査を受ける流れに。
「あんたらと違って、普通人は噛まれやすいからね……」
と、言い訳するように、ピアスのお姉さん。
「私たちはいいんですか? 武器まで持ち込んじゃって」
「まーね……。あんたらは普通と違うから、調べてもわかんないし。――それに”プレイヤー”はゾンビ病に感染しないって話もある」
「え。それマジです?」
「あくまで噂だけどね。ほら、”プレイヤー”がゾンビになった報告って、あんまり聞かないだろ?」
「それって、単純に……」
「ああ。あんたらは強いからって、そんだけの話さ。たぶんね」
「ふむ……」
我々は感染しない。……そんな都合の良い話、本当にあるのかな。
まあ、少なくとも試してみる気にはなりませんけど。
「藍月ちゃんのことはお任せください。センパイたちは先に”王”の元へ」
とのことで、結局シェルター内に入ることになったのは私と凛音さんの二人だけ。
カウンター奥に隠された、三重構造になっている蓋を開くと、中から文明の香りが漂ってきました。
ひんやり冷たい、空調が放つ特有の匂いです。
ほほう! これはなかなか……、
「すっごーい!」
私の中に潜むサーバルちゃんも目覚めるというもの。
バス内ですら空調は控えめだったところに、この冷たさ。
私は我先にとその中へ飛び込んでいきました。
そして、――夏の日差しが厳しい中、コンビニに逃げ込んだあの時の喜びを全身に感じます。
「すずしーい!」
「ここばっかり人が集まってくるわけだねぇ」
「ここに住むー!」
「……まあ、地下は太陽が見られないのが嫌だって人も多いみたいだけど」
シェルター内部は、私が思っていたよりずっと素晴らしい空間でした。
漫画の練習本に登場しそうな、どこまでも続いていく白壁の廊下を目の当たりにして、
「宇宙船の中みたい!」
実際そこは、”王”が大好きなSF系の世界観をモチーフにしているそうです。
廊下を進むと、あちこちにポップコーンの自動生成器とウォータークーラーが備え付けられており、最低限の生活は保障されている感じ。
時折、シェルター内部の生活組合が作ったと思しき立て看板があって、そこでは地下で上映されている映画のスケジュールが貼り出されていました。
「へぇ~。……いまさら『けいおん!』の劇場版を……あっ、私『LEGOムービー』好き」
「あんまり観光している時間はないよ。仲道縁と話さなくちゃ」
「あっ、はい」
凛音さんに続いて、パースをとる練習にぴったりの廊下を歩きます。
地下シェルターはとにかく広く、少しでも多くの人々が暮らせるように工夫されているようでした。
道中、手に入れた無料のポップコーンをぽりぽり食べながら進んでいると、大きめの講堂めいた場所に行き当たります。
ちょっぴり中を覗くと、そこにはものすごい数の人々が集まっていました。
立ち見を含めると、夜久さん戦で集まってきた人々の倍くらいはいるでしょうか。
講堂は衆議院の本会議場に似たレイアウトになっており、中央に”王”がぽつんと一人いて、それを半円形に取り囲むようにして席が並べられています。
”王”は観ていて気の毒になるくらい汗をかいている中年のおじさんで、高そうな革の椅子に座らされ、肩身が狭そうにしていました。
彼は、マイクにキスしてるのかなって感じのおちょぼ口をパクパク動かして、
『い、い、いやだから俺、自分に与えられた権力を好き勝手に使ってやろう、みたいなつもりはなくて……でも、今の配給計画だと、どうしてもお腹空いてる人はいる訳で……チビども、……あ、いや、孤児の子供たちも、色々言うもんだから。……それならポップコーンが一番腹に溜まるし……よかれと思って……』
ざわざわと講堂内が喧騒に包まれます。
それは、”王”の判断が独善的な偏見に基づいたものであり、完全無欠に間違っていることを責め立てる言葉の数々でした。
――避難民にはポップコーンが苦手な者もいる。
――だいたいあれは歯に挟まって美味しくない。
――なぜポテトチップスにしなかったのか。
――今回の一件、”王”はどう責任をとるおつもりか。
『い、いやだから、そのためにはもっともっと仲間を増やして、”王”としてのレベリングにつとめる……そういうつもりっす』
再び、喧騒。
――今や、多少は食事を制限してでも長期戦に備えるべき時期だ。
――それにポップコーン食べ放題というのは、いかにも働かない者に有利な発想。
――つまり”王”は、衆愚政治をやられるつもりか。
――そんな有様では、”中央府”に国を乗っ取られることになりかねない。
――そうだそうだ。まず我々は、”中央府”と対等な関係の構築を……。
『ちょ、ちょちょちょ、ちょっとまってくださいっす! お、お、俺は別に、自分の国を作るつもりはない……! ”王”っていうのはあれっす。あくまで俺に与えられた役割というか、便宜的なものであって……』
その時の反論こそ、アキバの人々を紛糾させる、もっとも巨大な議論を呼び起こしました。
一部のやくざ者めいた男が「そんな弱腰でどうする」と叫び、”王”に飛びかかりかけます。
圧倒的強者であるはずの”王”はそれに「ひぃぃ」と頭を抱えて怯える始末。
「なんだこれ」
私はというと、ひょっとするとこれは具合の悪いときにみる得体の知れない夢ではないか、と思っていました。
「あそこでみんなに虐待されてるおじさんが、”王”?」
「そういうこったね」
「へえ」
会議は狂乱の体を為し、どうやらこれ以上有意義な意見が出る様子はなさそう。
どうもこの辺の避難民はけんかっ早い人が多いみたいですね。
まあ、いつまでたっても救助にやってこない”中央府”とやらにみんなが不信感を抱くのは仕方のない話かもしれません。
しかしなあ。この論調のまま話が進むと、マジで戦国時代に逆戻りですよ。
そしてそうなった場合、戦わされるのって多分、私たち”プレイヤー”ですよね。
さすがにそれは勘弁。
「会議はもう終わりだね。……あたし、ちょっと行ってくるよ」
あ。
凛音さん、クラスのいじめっ子に説教するときの顔になってる。
「じゃあ私もー」
独りぼっちで残されるのも嫌なので、彼女に付き合うことにします。
てっきりみんなの注目を浴びることになる。そう思っていたのですが、実際には、私たちが講堂に足を踏み入れても、それに気がついた人はほとんどいませんでした。
みんな、”王”という新たな可能性を中心に添えた新国家に関する議論に夢中です。
私たちはそれこそ、盗むように”王”、――仲道縁さんに声を掛けました。
「やあ、縁さん」
『――え? あっ』
縁さん、慌ててマイクのスイッチをオフにして、
「うわ、おつかれっす、久しぶりっす”戦士”さん!」
その顔は、砂漠でオアシスに巡り会ったかのよう。
どう応えれば良いかわからない私の代わりに、凛音さんが話します。
「お疲れ。ちょっと用事があって寄らせてもらったよ」
「マジすか。大歓迎っす。”戦士”さんの部屋も、あの時のままにしてあって……」
「うん。それは後でいい。それよりちょっと、静かなところで話せるかい」
「話す? ……いや、そうしたいのは山々っすが……」
ちらと、議論を重ねている人々を観て、
「ここの連中は気にしないさ。――行こう」
脂ぎったおっさんが、女子二人に手を引かれて講堂を出たのは、それからすぐのこと。
縁さんはしばらく、会議がどうなったか気にしていたようですが……。
あとあと聞いたところ、その日の議論は”王”不在のまま深夜まで続いたそうです。




