その180 空白期間
秋葉原。駅近にある広場のベンチにて。
日比谷康介くん、今野林太郎くん、多田理津子さん、君野明日香さんに私を加えた五人は、炊き出しのお姉さんから受け取ったおにぎりときゅうりのお漬物、豚汁をモシャりつつ、会話に花を咲かせます。
話題はもちろん、ここ数ヶ月の間の空白期間の出来事で。
「ほへー。……“マスターダンジョン”っすか。なんつーかその、……えらい経験しましたね」
「まあ、たしかに」
山のようなスライムに追われたり。
針山地獄を歩かされたり。
お腹をショットガンで撃たれたりもしました。
「……怖くなかったんすか?」
「いえ、別に?」
むしろ、今となっては良い思い出。
おいしいものたくさん食べられましたし。
ふかふかのベッドで眠れましたし。
針山地獄についても、《皮膚強化》のおかげでほどよい足裏マッサージ受けてる感じでね。なれると意外と気持ちいいんですよ、あれ。できればまたやりたい。
「それよりみなさんはどうだったんです? 変わりありませんか?」
するとみんなは、少し気まずそうにお互いの顔を見合わせます。
「……まあ、いろいろです」
「というと?」
「やっぱ、俺たちだけでは守りきれなかった人もいたので……」
四人を代表して、康介くんが私の留守中に亡くなった方々の名を挙げていきます。
少なくとも私となじみ深い人の名前は挙がりませんでしたが……フウム。
やはり”怪獣”に対抗するには、”プレイヤー”の戦闘力が必要なのは間違いなく。
できることなら、一つのコミュニティにつき数名の”プレイヤー”がついてくれるのが理想的なんですが……。
「それでも、この辺では俺たちのトコが一番、治安良かったように思います。他のコミュニティに比べたら争いごとも少なかったし。”理想郷”みたいに言われたりして」
「そうなんですか?」
「ええ。……佐々木先生と鈴木先生がいろいろと手をつくしてくれたんですよ。みんなが住みやすいよう、ずっと気を配ってたみたいでした」
「へえ」
私の頭に、あのカエルおじさんとハッスル姉さんの顔が浮かびます。
「佐々木先生ってわりと厳しいイメージがあったから。……ああ見えてあの人、世話焼きおじさんだったんですねぇ」
明日香ちゃんがしみじみと言いました。
「……一時期、ちょっと頑張り過ぎちゃってる人がたくさん出たことがあって、避難所の雰囲気もギスギスしてて。……平時みたいに、ちゃんと休みをとろうって言い出したのは佐々木先生だったんです。やっぱり反対も多かったけど、結局はそれが良かった」
残った三人が神妙にうなずきます。
「深夜に”怪獣”の襲撃があって。おかげで俺たち、万全な状態で戦えたんですよ」
「……えっ。“怪獣”が出たんですか?」
「はい」
「大丈夫だったんですか?」
「なんとか。……さっき話したとおり、犠牲はゼロではありませんでしたけど」
「ほへー」
内心、”怪獣”のことはずっと気がかりでしたが……。
少なくとも、絶望的な結末は避けられたようで。
ほっと一息、かな?
▼
それから数十分後。
ふと、それまでの話題の流れをぶった切って、
「あっ、そーだそーだ!」
ぴょんと林太郎くんが立ち上がりました。
「あぶねー言い忘れるとこだった! なあ明日香! あの銀ピカ男!」
すると明日香さんが、「あっ。……ソーデシタ」と手を打ちます。
「何なんです?」
「ちょっと前なんだけどさ。オレっちと明日香がさ、池袋当たりの生き残りを探してたらさ、かなりヘンテコなやつと会ったんだよ!」
「ヘンテコ?」
「それが、全身銀ピカの鎧を着たやつでさ! センパイは心当たり、あるか?」
銀ピカ? 鎧? コスプレ?
「うーん。……どうでしょう……」
言いながらも、頭に浮かんだ”プレイヤー”が一人。
私が”マスターダンジョン”に囚われる前、ちょっとだけ顔見せした、全身黒い甲冑を着込んだ男の姿です。
百花さん曰く、”暗黒騎士”とかいうジョブだそうですが……。
結局あの人、なんだったんでしょう?
台詞も「……………フン」って何回か言っただけでしたし。よくわからん。
「オレっちさ、センパイが前に話してくれた、“暗黒騎士”とかいう野郎だと思ったんだけど。どうかな?」
「でも、その人の鎧は銀色だったんでしょう?」
私が見た甲冑男は、はっきりと”漆黒”。
林太郎君が語る甲冑男は”銀ピカ”。
とはいえ、甲冑男がそう何人もいるとは思えませんし……。
何者なのかな。仲良し兄弟とか?
「やっぱそっかぁ……。オレっちてっきり、あいつが”暗黒騎士”なんだって思い込んじまって。……ひょっとすると、悪いことしちまったかも」
「まあ、生きてれば謝る機会もありますよ」
「うーん……」
ちょっぴり意気消沈する林太郎くん。
「…………………………………………ところで、センパイ」
話題が途切れたタイミングを見計らって、多田理津子さんが身を乗り出します。
「センパイはこの後、どうするつもりですか?」
「どうする、というと?」
「ええと。……………いつもみたいに…………どこかに行かなくちゃいけない、とか。どこかで誰かを助けなきゃいけない……………………………とか」
不安げな彼女の顔を見ていると、“賭博師”さんの言葉が思い出されました。
――もし、避難民が”プレイヤー”に襲われた場合、頼りになるのはオメーだからな。
実際、まだ動向がはっきりしていないプレイヤーは多くいます。
”勇者”だとか。”暗黒騎士”だとか。”商人”だとか。
今となっては、いつ、誰の気まぐれで悲劇が生まれるかわかりません。
せめて状況が安定するまでは、極力みんなと一緒に行動したいと思います。
「できれば、しばらく雅ヶ丘でのんびりしたいですねー」
「そうしましょう!」
すると、理津子さんが珍しく声を荒げました。
「みんな、センパイが帰ってくるのを待ってるんですよ」
「あ、そうなんです?」
「もちろん!」
そう面を向かって言われると、……なんだかちょっと照れますねぇ。
「私たち、今日の午後には戦車と一緒に引き上げることになってるんです。できればセンパイも一緒に……」
しかもタイミングも良いときてる。
「じゃ、みなさんの用心棒もかねて。同行します」
「やった!」
……と。
本日の予定がほぼまとまりかけたころでしょうか。
「ずいぶん楽しそうだね」
皮肉げな口調で、私たちを見下ろす男性が。
モデル顔負けに整った顔立ちには見覚えがあります。
「あっ。琴城両馬さんじゃないですか」
「琴城さん?」
康介くんが首を傾げつつ小声で、
「えーっと。どっかで名前、聞いたことがあるような……何してる人でしたっけ?」
「さっき話したばかりですよ」
「え?」
「私のお腹をショットガンで撃った人です」
「ああ、なるほ…………へ?」
彼の笑みが引きつります。
「でも、私たち以外の“プレイヤー”はみなさん、この地域から逃げ出したって聞きましたけど」
「そうだ。……その件も含めて、ちょっと話がしたくてね」
「ふむ」
「実を言うと僕はいま、とある“プレイヤー”のメッセンジャーになってる。……いくつか交渉したいことがあるそうだ」
「交渉?」
「うん。恐らく君にも利益になる話だよ」
「ほう。……聞きましょう」
すると両馬さんは、お菓子のCMに登場するジャニーズ系タレントみたいに口元をほころばせ、
「……なあ、君、……“ギルド”に興味はないか?」
「“ギルド”?」
……っていうと。
ええと…………。
うんと…………。
「なんでしたっけ?」
「一応“ギルド”については、君の仲間の……モモカ? という女性が知っているはずだけど」
百花さん関係、ですか。
そうなると、…………(“転生者”’s情報メモを読み返し中)…………。
★“ギルド”について★
十人以上の”プレイヤー”を擁するチーム。“ギルド”の長は、”勇者”あるいは”魔王”を見かけた場合、敵対行動をとってくれると約束してくれているゾ。
(ワンポイントメモ)
”プレイヤー”の存在はかなり稀。自然に彼らが集まるとは考えにくい。
なにか特殊なスキル持ちの”プレイヤー”がいるっぽい?
とのこと。
「あー、あー、あああああああ……」
そーいやそんな話もありましたねー。
“プレイヤー”の集団というと、仲道銀河さん、……つまり“王”のことかな、と、勝手に思っていましたが、苦楽道さんによると“王”と“勇者”って元々協力関係にあったみたいですし。
「詳しくお話、聞かせていただいても?」
「構わないが、……失礼」
そこで言葉を切って、私の周囲にいる四人に視線を向けます。
彼の目が、青白く発光しました。
――《スキル鑑定》ですか。
確か、前回会ったときは持ってなかったスキルですよね。
ちょっと見てない間にレベル上げしたのかしら。
「……うん。この中で”プレイヤー”は君だけだね」
「いかにも」
「じゃあ悪いんだけど、二人きりになれないかな。……”プレイヤー”でない人間に話を聞かれるのはうまくない」
「彼らは信頼できますよ」
「それでも、だ。……悪いね。僕自身”ギルド”に入ったばかりで、これが初仕事だからさ。間違いのないようにしたいんだよ」
「あっ、そうなんですか」
「まあね」
私はみんなに目配せして、立ち上がります。
「…………………………………センパイ。あとでまた声、かけます。必ず」
背中に熱烈な視線を感じつつ。
「だいじょーぶ、すぐ戻りますよ」
私は気楽に応えます。
これが何かのフラグでないことを祈りつつ。




