知識の魔王の悪魔講義 悪魔(成長型)編
「まず知っていて欲しいのは、私達悪魔はどうやって生まれるかといったことだよ」
「悪魔の生まれ?......いやちょっと待て、その話、ハプスベルタに聞かされたことがあるぞ」
「おや、凡百が?」
(「悪魔には私のように魔界で生まれた者、多くの生物達の明確な負のイメージを基にしてマイナスの魔力が形となって生まれる者、そして現世で多くの負の感情を獲得した生物や物が死した後に悪魔に生まれ変わる者の大きく分けて三種類があるんだ」)
月下の夜に剣を交わしあった魔王は、己が振るう剣達の不幸を語る際に、悪魔の生まれについてもそう語っていた。
「あぁ。魔界生まれの奴、負のイメージが固まった奴、後は現世の行いの悪さで悪魔になる奴の三種類いるんだろう?」
「その通り。そこらの雑談を交えているあたり、君は相当に凡百に気に入られたらしいね」
「冗談でも止めろ。あんな戦闘狂と仲良くなって、いいことなんて一つもねぇよ!」
ことあるごとに、命がけの斬り合いを挑んでくる相手に好かれていたら、命がいくつあっても足りやしない。
「お似合いだと思うけどね。
あぁ、そんな目で睨まなくてもいいじゃないか。冗談だよ、冗談」
「お前の冗談が冗談で済まないことは、最近しっかりと学ばせてもらったからな」
「ふふっ、勉強熱心で何よりだ。
話を戻そう。悪魔は少年の語った順に成長型、伝承型、昇華型と呼ばれる三種の方法で、この世に存在を確立させる。
まずは一つ目の成長型からだ。これはいたってシンプルだ。現世よりずっと濃度が高い、魔界の魔素溜まりから生まれてきた者や、悪魔の番同士から生まれてきた者、そして転生した者がこれに分類されるね」
「魔素溜まりってのは理解できる。番同士ってのも、さっき結婚なんて話が出てきたくらいだから、百歩譲って理解できる。
けど、転生ってどういうことだよ?」
転生。文字通り解釈すれば、生まれ変わるということだ。
特定の悪魔が持っている魔法ということなら、ごく最近、己の選択を自分の存在ごと選び直す力を持った、ウィローという名の悪魔のおかげで翔にも理解できる。
けれどダンタリアは悪魔の誕生の一例として、転生を上げている。つまり、一般的な悪魔であれば、その選択肢を取ることが可能であると言っているようなものだ。
そうなると、翔の頭では理解できない難問だ。彼はいつものように、目の前の悪魔に質問を投げかけることにした。
「そうだね。人間にとっては、少し理解しがたいものだろう。少年に理解しておいてほしいのは、一般的な悪魔の寿命は二百年程度だということだよ」
「たった二百年?じゃあお前はどうなるんだよ?」
二百年程度の寿命しか無いのであれば、目の前の魔王が常日頃から語る、自分を人類の誕生以前から生きる存在であるという話は、大嘘になってしまうはずだ。
「ふふっ、慌てない慌てない。
次に少年には、一つの事柄を思い出してほしい。私達が、例え討伐されようとも存在そのもの死にはならない理由はどうしてだい?」
「うん?そりゃあ、今ここに顕現している身体は、魂だけを移した仮初の身体だからだろ?」
それは翔が悪魔殺しになった日に、麗子によって語られた事柄だ。
悪魔は本体たる器を魔界に残し、現世に作り出した仮初の肉体に魂を移し替えることで、この世に顕現してくる。
そのため、魂そのものを完全に閉じ込めた状態で消滅でもさせない限り、殺しきることは難しい。
「その通り。ならば少年、こうは考えられないかい?悪魔の本体は魂そのものだ。この魂を、肉体を乗り換えるのと同じ要領で取り換えてしまえば?」
「無限に生きられる!それが転生ってことか!」
「そういうことだよ。悪魔は寿命が近付くと、魂の入っていない空の器を用意する。そして、その空の器に魂を。己の力、知識、魔法、全ての情報が入り混じった魔力を注ぎ込むんだ」
「そうやって新しい魂を手に入れれば、寿命はまた二百年にリセットってことか」
「無論、何のリスクも無いわけがない。悪魔にとって己の魔力は、己を構成するすべてだ。注ぎ込む魔力を少しでも零してしまおうものなら、多くを失うことになる」
「多くってなんだ?」
「例えば記憶を失えば、己がどんな悪魔であったか、どんな魔法を使用していたかを忘れ、どれだけ強い魔力を持っていても無垢な赤子のような、非力な存在になり果ててしまうだろう。
魔法を失えば、その悪魔の本質はねじ曲がり、強力無比であった根源魔法も、そこらの魔人の振るう魔法よりも弱体化してしまうかもしれない。
知識を失えば、生き抜くために必要な危険予知能力を失い。略奪の国や獣の国などの、私ですら用が無ければ足を運ばない混沌の国に、平気で足を運んでしまうだろうね」
「確かにそりゃとんでもないリスクだ。そこまでしてでも、悪魔ってのは長生きしたいのか?」
翔からしてみれば、人生というのは一度きりだからこそ、全力を尽くせるものだと思っている。
それを、たった今ダンタリアが上げたリスクを承知で実行しようとすることは、自分の死期を早めるだけのとても愚かな行為に聞こえたのだ。
「ふふっ、今少年が感じている感覚は、種族の違いゆえの違和感だと思うよ」
「そんなこと言われたって、人間の俺じゃ理解も納得も出来ねぇよ」
「そうだね。なら分かるように解説をしようか。
少年、悪魔というのはね、結局のところ自分が全てなんだ」
「自分が、全て?」
「そう。相性の良い悪魔達で徒党を組んで国を成そうと、さらに国同士で同盟を結ぼうと、結局のところ、それらは全て自分という存在を守り抜くためだ。
悪魔にとっての死とは、自身の存在の消滅のみならず、積み上げてきた物の全てが誰かに奪われることを意味する。
名を残すほどの名声を手に入れる悪魔なんて、ほんの一握りだ。自分の生きた証が何一つ残っていないというのに、どうやって自分が存在したと誰かに証明できるんだい?」
「それは......だから、お前たちは転生するのか......」
ダンタリアの問いに、翔は咄嗟の返答が出来なかった。
彼女や他の悪魔の断片的な情報を聞くに、魔界とは弱肉強食の世界だ。自分以外が全て敵というほどではないだろうが、わざわざ死に花を手向けてくれるような者のいる世界ではないのだろう。
死者を敬わない世界。そんな世界では、一体の生の証など、次の瞬間には吹いて飛ばされてしまうほど脆い。
失わないようにするには、その生を証明し続けるには生き続けるしかない。
だから、悪魔達は転生という方法を生み出したのだ。今この瞬間、己が確かに生きて、この場に存在しているのだと証明するために。
「無論、少年の言う通り、転生に失敗して結果的に命を失うようでは意味がない。
だから私の国では、ちょっとした保険を用意していてね」
「保険?」
「広げない、騙さない、失くさないを三本柱に、事前に各国の悪魔の生を、一冊の本にするんだ。
そうすることで、手が滑って魂を地面にぶちまけてしまった間抜けを除いて、スムーズな転生が出来るようサービスをしているんだよ。
もちろん、強者が今後紡いでくれるだろう愉快な物語を、期待していないと言えば嘘になるけどね」
「そりゃあ、知識の魔王と呼ぶにふさわしい、高尚なお仕事なことで。
お前が仕事熱心なおかげで、人類が余計に悪魔の被害に苦しむことに_」
ダンタリアが今語ったサービスも、どうせ後述の自分の興味を満足させることに重点を置いているに決まっていると思った翔は、特大の皮肉を彼女に送りつけてやろうと思っていた。
しかし、言葉の途中で、彼の頭に一つの考えが思い浮かぶ。
彼女が王として君臨する国。現世と魔界のあらゆる知識を集めに集めた大図書館でも言うべき叡智の国。その国は、絶対の中立を宣言していて、国の順位も71位と、下から数えた方が圧倒的に早い。
今までの断片的な魔界の知識で考えれば、普通そんな態度を取るような国は、次の瞬間にはあらゆる国に敵対されてもおかしくはない。けれど、そのようなことは今日まで起こらず、件の魔王は遊び半分で顕現することが許されている。
普通に考えればありえないことだ。翔だって、つい先ほどまでは悪魔にも文化や知識を後世に伝えることの大切さが根付いているのかと思っていたが、それは大きな間違いだったのだ。
転生。この存在が全ての考えを覆した。
多くの人は、たった1パーセントでも命の危険があることを実行しない。それは間違っても自分の命を、特大の貧乏くじの引換券にしたくはないからだ。
それは悪魔だって同じこと。むしろ、人間よりもずっと生への執着がある彼らからしてみれば、転生というロシアンルーレットは、六発全てに実弾が込められた死のゲームに見えているのかもしれない。
けれど、そんな悪夢のゲームの攻略本を販売してくれる業者がいたとしたらどうだろうか。
転生という、生きるためには避けようの無い死のゲームを茶番にしてくれる存在。そんなものが存在するのであれば、誰だって文字通り保険として加入しておきたいはず。
そして、そんな生命保険の販売元を潰すわけがないし、潰そうとする者を他の保険加入者が放っておくわけがない。
「そうか......そうか、だからお前は中立でいられるのか!」
「ふふっ、気付いたかい?
商売の秘訣は独占と信用だ。特に信用は長年の努力が必要だからね。少年も起業を考えているなら覚えておくといいよ」
「長年の信用、ね......そりゃあ、新刊の本を読みに現世に顕現していますっていう、ふざけた理屈を通せるわけだ」
知識の魔王はこれを見越して、敵対するかもしれない悪魔達にコツコツと媚びを売っていたのだろう。
短期的に見れば、敵に塩を送っているだけの無意味どころかマイナスしかない行い。
けれど長年の実績が伴うことで、それは知識の国を盤石とする絶対の切り札へと変貌した。知識の国は、文字通り知識だけで、魔界に一国を築き上げたのだ。
「ふふっ、ただの物語ジャンキーじゃないと気付いて見直したかい?」
「はっ!お前を見縊っていたことなんて一度もねぇよ!」
千年を超えて魔王の座を守り続ける悪魔は、実力だけでなく、知恵も回る。翔は今日改めて、目の前の魔王の恐ろしさを学んだ。
「それは、それは。なら、この政策にはもう一つ副次的な効果があると知ったら、その時少年はどうなってしまうのやら......」
「まだあるってのか?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない。
そう考える方が面白いだろう?秘密は女性を輝かせるんだよ」
「そのセリフを吐くんなら、せめてもう少し肉体年齢も成長させろ!」
クスクスと大人びた表情で笑う彼女には、どうしても肉体的なミステリアスさが足りていなかった。
全ての生まれにおける最初のスタート地点は、高くとも魔人からです。成長型のみ、生まれる総数と魔獣クラスの生まれる確率が他よりも高くなります。
また、ここで彼女の根源魔法についてお話ししましょう。
彼女の根源魔法、喪失魔法大全は、失われた根源魔法を保存し、自由に振るうものです。
そして、この魔法で根源魔法を習得するには、魔法そのものの知識だけではなく、振るう悪魔の思想や戦法、いわゆる生涯の記録というものも必要になります。
上記の商売を続ければ、悪魔の情報は自然に彼女の下へと集まってきますね?翔よりもずっと先に気付いてしまった天秤の彼は、そこに絶望してしまったんです。
次回更新は3/1の予定です。




