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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第一章 三枚舌と縊り姫

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神々に愛される少女

「はぁ、はぁ、なんかデジャブを感じるな......それに、分かっちゃいたけど、悪魔殺しになったからって無尽蔵の体力が手に入ったりはしないのか」


 全力疾走で息を切らしながら、翔は大熊達の事務所が遠目で見える距離までたどり着いていた。到着後、すぐにでもカタナシとの最終決戦に備えた会議が始まると考えた彼は、全力疾走から息を整え小走りに移行する。


「電話の最後で麗子さんが言っていた、俺が戦わなくても神崎さんだけは戦わなければいけないって言ってたのは、どういうことなんだ?」


 小走りになったことで多少考える余裕が生まれた翔は、電話越しに麗子が話していたことを思い出す。


 どんなことがあろうと姫野は戦わなければならない。翔の考えだけでは、やはり麗子の発言は常識的とは言えなかった。


 彼女は理由を必ず話すと言っていたが、言われなくても理不尽や不条理といったことが大嫌いな翔は、きっと姫野の身の上を問いただしていただろう。


 考えを巡らせながら事務所へと足を踏み入れた翔の目に、不意に巫女装束に身を包み、立ちすくむ姫野の姿が移った。


「あっ、神崎さ...」


 姫野に声を掛けようとした翔だったが、その呼び声は最後まで続かなかった。


 姫野が舞と思われる舞踊を始めたためだ。その舞は風に吹かれて飛ばされた木の葉が地面に落ちるまでを再現するかのような滑らかな揺れ動きを中心としているが、要所ごとの祈りを込めるような仕草の箇所では己の全身全霊を込めるかの如き力強さを感じる。


 そんな踊りを続ける姫野の表情は無表情であるにも関わらず真摯な気持ちが感じられ、眼差しを向ける月の(ほの)かな明かりもあって、より幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 翔は姫野に声をかけることなど忘れて、ただその美しい舞に見とれることしか出来なかった。


「おら、いつまで見とれてんだ」


「ぶべっ!? あっ、大熊さん」


 見とれる翔を正気に戻したのは、いつの間にか現れた大熊だった。


「大熊さん、あれは?」


 正気に戻った翔は、気を抜いたらまた目を奪われてしまいそうな舞を踊る姫野について質問をする。


「あれは月読(つくよみ)って神様の力を借りるための対価だ。月読は美しいものが大好きな奴でな、そいつを満足させるための舞なんだよ」


「ってことは、あれも魔法ってことですよね。でもなんでこんなところで?」


 翔が疑問を口にする。神様の力を借りるにしても、こんなに諸刃山から離れた場所で魔法を使ってしまったら、たどり着くまでに多くの魔力を消費してしまうだろう。


 カタナシからの妨害を考えたとしても、もう少し諸刃山に近づいてから魔法を使ってもいいはずだと考えていた。


「なんでって、お前カタナシがどこに潜んでるかは知ってるだろう?」


「諸刃山ですよね」


「そうだ。螺旋型魔法陣最後の発動拠点となる場所。今までと違って高い木々のせいで視界は狭く、日光すらろくに差し込まない場所。そんな場所でどうやって悪魔を探す?」


「えっと前の市民会館のように、神崎さんに水の......何とか様って力を使って探してもらえばいいんじゃないですか?」


深淵之水(ふかぶちみず)夜礼花神(やれはなのかみ)か? 姫野も言っていたと思うが、あの神様は細かい魔力の探知には優れているが、大きすぎる魔力が相手だと波紋がぶれて分からなくなっちまうだろ」


「あっ、そうか」


 翔も思い出した。姫野が自らの血を滴らせることで作り出した波紋による魔力探知機。


 その探知機はカタナシの魔法が予想以上に大規模だったこともあり、場所を特定する前に波紋がぐちゃぐちゃに潰れて役に立たなくなってしまったのを。


「だから夜に限定されちまうが、大規模な魔法を使うことを前提の探知魔法を使ってるんだ。月読は文字通りの月に加えて、静寂を司る神でもある。そんな神様が夜の静寂を乱す胡乱な魔力の存在を許すはずがねぇだろ?」


「なるほど。すみません、早とちりしちゃって」


「気にすんな」


 そう言って大熊は言葉を切った。


「まぁ、対価が舞の奉納ってこともあってまだ時間がかかる。麗子から姫野の件を話してくれって言われてる。というか聞いておかねぇと、気になって戦いどころじゃねぇだろ?」


「......そうですね。教えてください」


 大熊は少し強引とも呼べる話題の転換を行った。


 まるで無理にでも翔に聞いておいて欲しいとでも言うかのように。


 だが翔にとってもそれは好都合だった。姫野が戦わなければいけない理由、それが誰かに強いられた理不尽によるものだとしたら、例え覆すことは不可能だったとしても抗議の声だけは上げておかなければならないと思って。


「じゃあ最初に神様が与える加護について説明しなくちゃならねーな。翔、姫野みたいに複数の神様の力を借りることが出来る人間は何人いると思う?」


「え...?100人くらいですか?」


 てっきり姫野の立場についての説明が始まるものだと思っていた翔は、大熊の質問に面を喰らっていた。


 しかし、どんな突拍子の無いことが話されてもいいよう心の準備をしていたおかげで、冷静に考えを巡らせることが出来た。


 魔法世界の、それも悪魔殺しになれるほどの才能を姫野が持っていることを考えて、悪魔殺しの上限人数である100人程度は複数の神様の加護を得られる人間がいるのではないかと思っての回答だった。


「不正解だ。正解は約1000人ほど()()()と言われてる」


「あれ?案外多いんですね」


 翔が回答の感想を話すと、なぜか大熊のほうが怪訝(けげん)な表情を作った。


「あん? 翔、お前何か勘違いしてないか?」


「え? だって、神様の力が借りられる人間が1000人もいるってことは、仮に神崎さんみたいに悪魔殺しになった人が100人いるとしても、残り900人が人類側の主力として戦えるってことですよね?」


「はぁ......そういうことか。翔、1000人ってのは現状その人数がいるってわけじゃねぇんだ」


 困った表情で、大熊が溜息を吐きながら頭を掻いた。


「どういうことですか?」


「この数は複数の神の加護を得られた歴代の人数ってことだ。今生きている人間で、複数の神の加護を持っているのは姫野を除いて数人いるかどうか。しかも歴代の複数加護持ちも2種類が限度だったやつがほとんど。それも最初に得た加護と同系統の加護を得たって奴のが大半なんだ」


「どういう......ことですか......?」


 大熊の話した内容が翔には理解できなかった。


 翔が見ただけでも姫野はすでに2種類の神の力を借りており、翔が市民会館へ向かう際、使い魔達からの追撃を防いだ時にさらに1種類の力を使っていたと麗子から聞いている。


 そして商店街での姫野の話しぶりから、対価の関係で契約出来ない神様も含めれば相当な数の、それも全く別系統の力を借りることすら可能なようだった。


 対価を払えば力を貸してくれる。それが神様に関する常識と思っていた翔にとって、大熊の言葉は驚愕だった。


「ようやく理解できたみてぇだな。姫野の加護の数は、歴代の神職者の中でも異常としか言えない数なんだ。もちろんその原因も日魔連の調査ですでに明らかになっている」


「何が原因なんです?」


「生まれだよ」


 そう答えた大熊の表情は苦虫を噛みつぶしたようだった。


「生まれ?」


「そう、生まれが原因なんだ。姫野は降神教(こうしんきょう)っつう、とあるカルト宗教団体で生まれた。それだけならありきたりな話で終わってたんだが、この宗教団体を率いていた神混(しんこん)って奴が大陸流れの本物の魔法使いだったことと、元々狂った目的で団体を運営していたことで大事(おおごと)になっちまった」


「なんなんですか、その狂った目的って?」


「大陸生まれだった神混は、日本の神による生贄儀式に目を付けた。生贄を要求して、それが通らなければ村を大雨で押し流すとかそういったやつだ。神混は逆説的に考えた。神が目を付けた人間を生贄として要求するのなら、神が喉から手が出るほど欲しい人間を創り出せば、それを捧げることで思い通りに神の力を振るえるのではってな」


「そんな......それじゃあ神崎さんは、生贄に捧げられるために生まれたって言うんですか?」


 殺されるためだけに生まれ、育てられ、そして捧げられる。そんなものは家畜と一緒だ。


 そして人と家畜を同一視する人間がいることが翔には理解できなかった。ましてやそんな役割を定められたのが見知った相手だったこともあり、翔は激怒を通り越して絶句していた。


「あぁ。神混の目的によって生まれた子供の一人だったわけだ。奴は日本各地に残る生贄伝承をかき集め、生贄として捧げられた人間の親族や子孫を誘拐した。そこで集めた人間達を使って子供を産ませ、産まれた子供は肉体の成長を促進させる魔道具を使って無理やり大人にする。それを繰り返すことで、神好みの人間ってやつを作り出していった」


「っ!」


 翔は思いがけず、奥歯をギリリと噛みしめていた。


 胸糞が悪い。翔は人生で初めてその言葉を痛感した。人間を人間とも思わない邪悪な所業、人は目的のためにここまで残酷なことが出来るのかと思わずにはいられなかった。


「そうして世代交代を進めた神混は、今度は子供達に神々が喜ぶような舞や歌、接待の仕方なんかの教育を施した。逆に言えばそれしか教えなかった。姫野もその教育のせいで、今でも違和感を感じる受け答えや常識の無さをひけらかすことがある。そして姫野の舞を見ればわかると思うが、位の高い神ほど生贄の肉体や魂といった単純な要求をしないことが神混は理解できていた」


 大熊が踊り続ける姫野の姿をちらりと見た。


 つられて翔も姫野の姿を見る。一心不乱に踊り続ける彼女は、やはり見とれるほどに美しかった。思えば自らの負傷には無頓着でこちらの傷ばかり心配していたのも、歪んだ教育が原因だったのかもしれない。


 お互いのすれ違いを話し合ったあの時に、姫野のことを少しは理解できたと思っていた。だが、実際は理解には程遠かったのだ。


 変わらず舞は美しい。しかし、事実を知ってしまった翔にとって、踊り続ける彼女の姿はどこか痛ましく見えてしまい、目を逸らしてしまった。


 しかし、目を逸らした先にあった大熊の表情を見て、翔ははっとした。


 大熊の表情は、翔のように残酷な目的によって生まれた彼女を痛ましく思うわけでも、ましてや(おぞ)ましく思うわけでも無く、ただ娘が健やかに成長することを祈る父親の表情だった。


(そうだ。神崎さんは自分の過去を憐れんで欲しいなんて言ってない。そして大熊さんもこの話を聞いて神崎さんのことを可哀そうな奴だと思って欲しいわけでは無いんだ。それなのに俺は、神崎さんを可哀そうな人だと勝手に(あわ)れんでいた)


 翔は一瞬でも姫野を憐れんでしまった自分が恥ずかしかった。彼女と自分は対等だと約束したのだ。その約束を無意識とはいえ破っていたことに気が付き、猛省した。


「大熊さん、続けてもらえませんか?」


「......悪かったな、続けるぞ。生贄の数が十分に揃ったと確信した神混は、生贄を一斉に神々へと捧げ、信者共々神々の加護を得ると、日本各地の魔法使いの拠点を襲撃した。魔法を使えるのは自分と自分の信奉者だけでいいと思ったんだろう。最後には日本の影の支配者にでもなろうとしたんだろうよ」


「でも、成功しなかったんですよね」


「そうだ。手に入った力の大きさ故に(おご)っちまったんだろうな。カルト宗教の信者程度では、日本の魔法使い全勢力を相手にするほどの力は無かった。そうして明るみになった神混の存在を危険視した魔法使い達は、全力を持って奴を叩き潰した。その後に行われた拠点調査で見つかった、たった一人の少女。奴が縊り姫(くびりひめ)と呼んだ最終兵器、それが姫野だったんだ」


「どうして神崎さんだけが、生贄にされなかったんですか?」


 翔がもっともな疑問を大熊へとぶつける。


「もったいぶったのさ。姫野は神混の最高傑作だった。どんな神も姫野の姿を見れば手に入れたいと思い、その声は一言で様々な神を魅了し、その血は最高の甘露(かんろ)になり、その魂は誰もが傍仕えとして欲しがった。だから奴も姫野だけは生え変わる髪や爪を神に捧げる方が得だと考えたんだろう。そして、これこそが姫野が悪魔と戦い続けなきゃいけない理由なんだ」


「どっ、どうしてですか!? 神様に愛されるってのはいいことじゃないですか! それで神崎さんが戦わなくちゃいけないのか理解できないですよ!」


「この世に一つしか存在しない貴重品。欲しがる競合相手は八百万(やおよろず)といる。それでも手に入れたい。そう思った神のやることは一つ、その魂も肉体も姫野を構成するすべてを殺してでも奪い取る、だ。そうしない理由はただ一つ、悪魔殺しになった姫野は悪魔を討伐することで魔力が増え、神々にとってより魅力的な存在になるからだ」


「魔力で、より魅力的に......」


「悪魔と戦っている間は、神々が姫野に手を掛けることはない。仮に先走った神がいるとしたら他の神々に全力で叩き潰されるだろうからな。だが悪魔との戦いを拒否するなら姫野にこれ以上の成長は無い。その瞬間から神々は牙を剥く。だから姫野は悪魔との戦いから逃げられねぇんだ。力を貸す相手から見限られねぇために」


「そんな......」


 あまりの事実に翔は眩暈に襲われた。どうしてこうも彼女の人生は苦難に満ちているのだろうか。彼女の享受する苦難の一片、その欠片一つでも肩代わりしてやれない自分が悔しかった。


「でも......そんな過去は関係ないんだ」


 だがそれでも、それでも翔が姫野に出来ることが何一つ無いというわけでは無い。


 彼女が悪魔との戦いを避けられないのであれば、自分も付いていって手を貸してやることは出来る。

苦難の肩代わりは出来ずとも、苦難を共に歩むことは出来る。


 今の自分にはその力があるのだから。


 大熊は翔の言葉と表情を見て、意外そうな顔をする。


「この話を聞いた奴は揃って不快そうな顔をしたり、姫野を憐れむもんだったんだが、お前はそんな表情を作らなかった。どうしてだ?」


「違いますよ。俺も最初は目を逸らしてしまいました。でも、約束を思い出したんです。俺達は対等だって。それは立場とか力関係とかを気にしないための約束でしたけど、俺は心も対等でありたいと思ったんです。悲惨な過去を知って憐れんで、痛ましく思って、優しくあろうとする。それは無意識の見下しです。そんなことをするくらいなら、ただ神崎さんに手を貸してあげるほう良い。そう思ったんです」


 翔は大熊の顔を真っすぐに見つめ、自信をもって自らの心情を語って見せた。


 その言葉を聞いた大熊は一瞬呆けたような顔になり、嬉しそうな表情に変わり、悲しそうな表情を作り、そして苦し気な顔で口を開いた。


「お前達の戦いは、ずっと楽なものになるはずだった。それをここまでの劣勢に立たせちまった原因は俺だ。本当にすまなかった」


「そんなわけないじゃないですか。どう考えたって、悪魔を利用しようとした奴が一番悪いですよ」


「......そうか、そうだな。......翔、お前が戦いに向かうと決めたとしても、それを止める権利が俺にはある。だが俺は姫野が生き残る可能性を少しでも上げるためにお前を止めない。許してくれ」


 大熊が悲しみの表情で打算を口にした。


「俺だって神崎さんに生きてて欲しいって思ってますよ。それにここは俺の故郷です。故郷を守るために戦うのは当然じゃないですか」


「......姫野は今まで生きるための努力と行動しか許されなかった。悪魔殺しになって多少の自由は得たが、結局メインは神々のご機嫌取り。そんなのは本当の自由じゃない......だから、だから本当の意味であいつを幸せにしてくれないか?」


 大熊が精いっぱい明るい顔を作り、希望を口にした。


「もちろんです。女の子の笑顔を守るのは男の義務じゃないですか」


「そうか......任せたぞ」


 大熊が翔の両肩に手を置き、小さく、されど信頼が込められた言葉を口にした。


「はい!」


 たった一言。だが何よりも意味のある一言で、翔はその言葉を受け止めるのだった。

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