城郭都市グラン・ドレイグ ⑥ 名匠ロゥウェンという男
マッシュがゼノの剣を抱えて向かった先は、グラン火山だった。
宿場町を突き抜けて辿り着いた火山の麓、その脇に大きな洞穴が開いている。なだらかな下り坂をしばらく進んでいくとやがて階段が現れ、それを降りていく。一段進むごとに額から汗が一滴垂れるほどに暑く、その温まって停滞した空気は喉を焼きそうになる。
辿り着いた先は、薄暗い開けた空間だった。
ただ堀り抜いただけのような空間。岩壁はゴツゴツとむき出しのままで、唯一の灯りは天井にぶら下がっているいくつかのカンテラだけが頼りだった。
周囲には様々な形の刀剣が投げ捨てられており、一部は抜き身のまま縄で一つに纏められており、また一部は壁に立てかけられており、また一部は壁の高い位置に飾られている。
その奥には壁から流れる溶岩を炉の代わりにして、そこに赤を通り越して白くなった鋼鉄を熱している一人の男が居た。
彼は若くなく、むしろその外見は老人に近い。
男はひどく矮躯ではあったが、しかしその腕は丸太ほどに太く、肉体は筋骨隆々と逞しい。
伸び切った白髪、口元に蓄える長い髭。耳は長く、その先端を鋭く伸ばしている。
ドワーフと呼ばれる種族である。背は低いが力は強く、特に工芸や鍛冶に対して高い能力を有している事が多い。
「やあ、また来ましたよ」
マッシュは手を上げながら歩み寄る。男はそれを一瞥すらせず、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「呼んでも来ぬ男が、一体どんな風の吹き回しだ?」
低くしわがれた声が威圧的に告げる。まさに職人肌そのものだが、マッシュはこれでも彼とは付き合いが長い。
名匠ロゥウェン。
聞く人が聞けば堪らずひれ伏してしまうだろう、世界的にも有名な鍛冶職人だ。マッシュはその男の作り出した刀剣類を唯一買い取り、販売している行商人でもある。
「実は折り入ってお願いがありまして」
「お願いだぁ?」
熱していた鋼鉄をそのまま置き去りにして、ロゥウェンは立ち上がった。
「手前さんも偉くなったもんだな、何の用だってんだ」
言いながら、マッシュがその腕に抱えている常識はずれに長い得物を睨みつけた。
「……なんだ、そりゃあ」
「わたしの大切な友人のものだ。あなたは気づかなかっただろうが、僕も気づかなかった事なんだが――先日外で大騒ぎがあってね。友人が戦っていたようなんだが、これこの通り」
言いながら鞘に収まる二本の内一本を抜いてみせる。その重量にいい加減腕の筋肉が悲鳴を上げているが、マッシュは意地でそうして見せた。
抜けたのは半ばまで。否、その剣はその半ばから折れていたのだ。
「折られてしまったようでね。もう一本は無事だが……どうにかならないかな」
説明しながら歩み寄ったマッシュは、そのまま折れた剣をロゥウェンに手渡す。分厚い革の手袋をしたままそれを受け取った。
受け取って睨みつけ、灯りに照らし、そうして革の手袋を投げ捨てると、素手でその刃に触れてみる。
「……随分と使い込まれちゃいるが、刃こぼれも少ないな。丁寧に使ってるっつぅよりは、こいつが頑丈なだけのようだな」
見慣れない金属だ。どういう鍛造の仕方してやがるんだ? ロゥウェンはしばらくブツブツと独り言を漏らしながら、また炉の前まで戻って座り込む。
「ふむ……無理だな」
「ええっ、どうしてだい」
マッシュは驚いたように声を上げる。それにロゥウェンは呆れたように頬を引きつらせて、あからさまにため息を付いてみせた。
「手前はそれでも商人か? 剣ってのは折れたら焼き直しても元通りにはならねえんだよ、こいつを短く……この長さなら精々ダガー程度にする事は出来る。だが元通りツーハンデッドソードにすることは出来ねえし、そもそもなんだこの重さは。作ったやつは大馬鹿もんだが――大した腕前だ」
「名匠ロゥウェンの腕では直せないってことかい」
「ワシに出来ねえんだ、この世に出来る奴ぁ居ねえよ」
だがな、と髭を蓄えた口元が歪む。にやり、と笑うのがよくわかった。
「その一本に、残りの切れ端を足して焼き直してやることは出来る。もう一本を芯に変えてやれば決して折れない代物が出来るだろうよ、それもワシにかかればタダじゃ終わらせねえ」
「ふむふむ、なるほど」
マッシュは顎に手をやり、暫く思案する。
なるほど、この一本を合わせて二本を一にすることで元通りには出来る。あるいはより強力な剣に変えることが出来るという。
だが本人の許可もなくそんな加工をして良いのだろうか。エルファから一本しか使っていなかったとは聞いたが、だからと言って……。
「うん、しかしどの道このまま帰っても、折れた一本と無事な一本が残るだけなわけだ」
「ま、そういうこったな。だが時間はかかる……無論、この代物を触っていいのならサービスはするぞ」
「サービス?」
「こいつを取り回しの良いダガーに打ち直してやる」
言いながら、先程から握っていた折れた剣を振ってみせた。
「じゃあロゥウェンさん、お願いするよ」
「おう。たまには面白えモン持ってくるようになったな――ところで、こいつを扱ってるのはどんな巨漢だ?」
「いや、背は高いけど細身だよ。わたしより細く見えるが、恐らく筋肉はわたし以上にある」
「ノッポか。ああ、わかったよ。五日……いや七日から十日くらいか。その頃にまた来い」
「ありがとうロゥウェンさん。じゃあ頼んだよ」
そう告げる頃には、もうロゥウェンはさっそく鍔を外して、柄から剣を抜き始めていた。
マッシュは邪魔をしないようにその場に残りを置いて、その場を後にした。




